カテゴリー「少年サッカー全般のこと」の記事

サッカーを好きな子がする動きの補足

前のブログで、日本代表の選手がやっていた動きについて、「サッカーを好きな子なら自然にやる」と書きましたが、もちろん、同じ質でやれると言っているのではありません。目的なども、子供がやっているものと大人のやっているものとでは違います。
日本代表の選手は、チームとしてどうするのかということを十分に意識して動くので、ただ自分が(子供のように)ガムシャラに追えばいいというわけではありません。
そういうことではなく、原型としては同じことだということです。
大人のサッカーにおいても、できるとすごいことの原型が、子供のサッカーに本来は詰まっているということです。
ただ、そのはずなのに、本来の子供のサッカーが、すでにそういうものではなくなっている部分があるので、スクールでは、そういう部分を大切に、学べるように意識しています。個人に大切なテクニックを練習しながら、そういう、個人として本来すべき動きの原型、本来学ぶべき動きの原型を覚えられるように、練習を見ています。
以上、補足でした。
そういえば・・・この続きは、また改めて!

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プロフェッショナルファウル

※先日触れた、プロフェッショナルファウルについて、です。この文章は、他にも色々とまとめたことの一部分なので、ここに抜粋して載せますが、ちょっと違和感があるかもしれません。お許しを。

さて、プロフェッショナルファウル - これは、子供にフェアプレーを教えるコーチとしては、なくなってほしいものの一つです。但し、プロフェッショナルファウルについては、仕掛ける側と仕掛けられる側の双方に利益がある場合もあると思うので、そういう理由からなくなりにくいものだとは思います。
例えば、守る側が攻撃側の選手を倒し、とりあえずピンチをしのぐ。そして、倒された攻撃側の選手が、ファウルをもらってフリーキックを獲得する。こうすることにより、選手は、お互いに一息つけ、(倒さない状態・倒れない状態でプレーが続いた場合よりも)より良い状態でプレーをすることができますから、双方に利益があります。それに加え、観客も喜ぶことができます。フリーキックの結果を想像してワクワクするファンもいるでしょうし、とりあえずピンチを脱出できてホッとするファンもいるでしょう。こういうものは、選手にとってもファンにとっても利益があるものだと考えることもできます。
安易に認められるべきものではないと思いますが、プロならば、絶対に負けられないこともあるでしょう。もしかしたら、絶対に守らなければならないファンとの約束であるかもしれないし、運営的な面に関わることがあるかもしれません。外から見ていてもわからない部分もあるでしょう。
このように、選手もファンも受け入れているものなら、また、サッカーに関連する人たちが、より長くサッカーから楽しみを感じて行くための手段となるものであるならば、「存在する意味を持つこともできるもの」としては、理解できます。
ですが、プロフェッショナルファウルでも、悪質なものは絶対になくすべきです。時には、選手からプレーの機会を奪い、選手の夢、選手を応援する者の夢、サッカーを見ている者の夢を奪うこともあります。例え「敵」であっても、ルールのあるコートの中で、そんなことが許されるべきではありません。それに、子供たちが、プロ選手のプレーの一つ一つに、どれだけのものを見ているのか、サッカーが大好きでプロ選手になった人ならわかるでしょう。すごい眼差しで見ているんです。プロはファンに夢を売るのも役目の一つでしょう。こういうことからも、選手や見ている者の夢を奪う可能性のあるものは、例えプロフェッショナルとしてやむを得ない状況でも、すべきではないと思います。
見ている人の夢を奪うようなものは、やがて見る人がいなくなります。当然、プロとして活躍できる場も、活躍できる人も減っていきます。自分たちだけでなく、これからプロを目指す子供たちの場も狭めることになるかもしれません。そこに関わる人たちの喜びを減らしてしまうかもしれません。それは、プロのすべきことではありません。
私は、子供たちのゲームを見ることが好きです。プロのようなハイレベルのプレーがあるわけではないのに、「何でだろう」と考えました。そして、「たぶん、これかな?」と思う理由がありました。
プロの試合では、みんな、その時点での最高のプレーをしようとします。チャレンジするというよりは、より持っている力を発揮しようとすることの方が多いのです。つまり、「できることをする」「できるようになったことをしようとする」プレーが多いのです。ですが、子供たちのゲームは違います。「できないことをする」「できないかもしれないことをしようとする」のです。チャレンジだらけです。これが、私が子供たちのプレーを見ることが好きな理由です。このような見方(プロ選手の試合は、その時に持っている力を出そうとする)からも、その時点で正当に相手からボールを奪うことができないならファウルをすることもある、ということは何とか理解できるのですが・・・でも、プロは、子供の時にチャレンジを繰り返してなったものでしょう。ですから、子供の時のプレーを、あらゆる質で絶対に超えてほしいとも思います。子供の時にファウルをしないでボールを奪うことができていたのなら、奪おうとできていたのなら、それを、さらに成長した体、技術で見せてもらえたら、今の何倍もシビれるでしょうね。プロって、本当にすごいんですから。
=サッカースクール ソラ=
■TEL : 042-534-3766
【練習会場:スカイランド】千葉市稲毛区長沼原町261番地
■ソラ・HP→ http://www.sonoyosade.com
■深めの通信 http://solasolasola.cocolog-nifty.com/omake
■ブログ*ソラ的な日々(「ソラ」のコーチです。スクールであったことや子供のこと、書いています。) http://solasolasola.cocolog-nifty.com/sola

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「笑顔のない・・・」の補足

数日前の「笑顔のない一生懸命」というブログですが、ちょっと補足をさせて頂きますね。
ちょうど、関連するご質問を頂いたので。
普段、私はソラに通っている子の様子を見ていますが、今のソラッ子が「笑顔のない一生懸命でどうしよう?」ということではありません。あのブログは、ソラでの子供たちの様子を見て思ったことではありません。
名選手の子供の頃のことが取り上げられることが多いですよね、この頃。そういう場合は、だいたい、小さな頃の一生懸命な部分を大きく取り上げるのですが、そのような中で、「笑顔がない」ぐらいの一生懸命や努力を、必要以上にクローズアップしていることがよくあると思い、書きました。
普通の人が受け取ったら、笑顔がないことの意味を誤解するかもしれないなと思ったんです。
名選手になった人の子供の頃の試合映像を私も見ましたが、ボールを追いかけまくっていて、コートの右端から左端まで、相手のボールを追いかけている場面もありました。追いかけている途中、同じチームの子を追い越していました。つまり、ポジションなんかに関係なく、ボールを追いたくて、触りたくて、プレーをしたくて仕方なかったんですよね。そういう状態になっていたということです。そこまでサッカーを好きになっていたということです。そして、その気持ちでプレーしているから、試合が終わるまでは自然に笑顔がないこともあったのでしょうし、試合が終わっても、もっともっと上手になりたくて、笑顔がないことがあったのかと思います。好きだから、好きになっていったから、自然にそうなったはずなのに、笑顔のない一生懸命さとか努力を強調されすぎ、それを受け取ると、子供や子供の周りの人が「良いこと」だと思い、振り回されることがあります。今、子供を見ている親御さんやコーチが、どう見ても不自然なくらいの笑顔のない状態を「素晴らしいのだ」「そういう努力により良い結果が取れるのだ」と頑なに信じてしまうかもしれません。それを警戒してのブログでした。
ちなみに、日本選手がオリンピック(サッカー)で見せた前線からの早い、しつこいプレスも、サッカーが好きになった子は自然にやってしまうことです。ボールを触りたくて仕方ないから、放っておくと、あんな感じになることがよくあります。
・・・とりあえず、そういった経緯でのブログだったということで。
子供たちが伸びる・伸び始めるきっかけは色々です。伸びる環境も色々。それ(取り組むこと)を好きになることがまずは大切です。無理矢理の一生懸命がそういうことにつながるのかと言えば、決してそうではありません。
サッカーとは全然関係ない話ですが、私の話をいたしましょう。サッカーと関係ない上に私の話なので、興味が一気になくなるかと思いますが、子供のきっかけを考える、成長を考える上では、「へー、こんなこともあるんだ」と、考えの幅を広げられるかもしれません。
私は算数が大きらいでした。小3の頃、九九をみんなの前で暗唱するテストがありましたが、そのテストで合格者がどんどん出て行く中、私はなかなか合格せず、最後の方に残るほど、大きらい、覚えられない、興味ない、でした。
その後は、ほどほどに・・・でしたが、中学の頃、学校を体調不良で休んだ日、当時、兄がやっていた通信教育の数学のテキストを見つけたんです。
あまりにもやることがなく、何を思ったのか(熱のせいか?)、1ページ、手をつけてしまいました。なぜなら、簡単そうで、1ページの問題数も少ないし・・・。そして、手をつけて、解答を見たら、出来ていて(簡単なやつだから)、しかも1ページがすぐに終わったぞ・・・ということで、2ページめ。同じパターンで3ページめ。いつの間にか、問題を解くのが好きになっていました。兄が全く手をつけていなかった、古いテキスト。ですが、私にはそれで得る達成感で十分だったんです。
体調が戻り、学校に行くようになりましたが、数学がいつの間にか、好きに、得意になっていました。
こんなことが、きっかけになるんですよね、子供の場合は。きっと、このテキストがもっと簡単ではダメで、ちょうどいい簡単さだったんですね。難しすぎるではダメで。簡単なことを十分に続けて、いつの間にか難しいことを解けるようになるのは、色んなことに通じるかもしれませんね。
子供に合ったやり方でいいんですよね。
つまり、自分の力を使う機会があるかどうかですね、やっぱり。
自分の力じゃない状態で取り組ませる一生懸命ではなく。
自分の大きさ・力でやっている時には、子供によって、楽しすぎて笑顔がいつも出る子もいれば、ポイントポイントで出る子もいます。成長の段階によっては、笑顔が、みんなと別れた後に出る子もいるでしょう。笑顔ではなく、達成感を強く抱きしめる子もいるでしょう。
それでいいんです。
それぞれの子供に合ったもので。
*そういうことがわかりにくくなっている環境が多いので、あのようなブログを入れたのでした。

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ファウルで止まるものは

急にまじめな内容で・・・。皆さんからお話を聞いたり、過去に見たことを思い出したり・・・。そんなわけで、まじめな発信。
**************
反則をして相手を止めようと思った時点で、それは、相手に自分が負けているということです。だって、正しい方法ではとても無理だと思ったのでしょう?
そう思った瞬間、(自分の持っている)成長力は抑えられます。
同じ場面で、反則をしないでボールを取ろうとして追いかけた場合は、追いかけた一歩、二歩分、成長します。例え、その時は追いつけなくても。だって、成長力を抑えていないから。
反則をして相手を止められるようになったとしても、それは、自分が相手を止める力をつけたからではないということは、子供でもわかるはずです。そんなの、自分の可能性を否定しているようで、悔しくない?
何度も自分の成長力を抑えたプレーを繰り返すというのは、自分が相手にかなわないと認めているようなものです。さらに、成長力を抑えることを平気で繰り返せるようになってしまったら、成長する瞬間の嬉しさを、真に体と心で感じられるようになっていけるだろうかと、心配になります。それを感じずにプレーを続けて、何にたどりつくのでしょうか。
チームのために、自分の成長力を抑える?
試合に勝ったら、さっき反則して止めた相手に勝ったと思える? それは何とも悔しい、残念なことです。
どうせ試合をするのなら、どうしても勝ちたいと思うのなら、伸びる力を出して戦え、そう思います。心と体で、自分の伸びを感じるプレーをした方がいい。
・・・・・・・・・・・・・・・
過去に何度か、スクールのゲームでも、相手のシャツを引っ張って相手を止めようとする場面を見たことがありました。故意にやっている場合もありました。それまで、そんなプレーをしなかったのに、どこで覚えた? しかも、そんなことをさりげなく、うまくやってしまうような場面もありました。一生懸命な顔でも、許しません。そんなの、子供たちの本来持つ成長力に合わないプレーだから。
故意ではない場合もありました。でも、ダメ。
ちゃんと取る力をつけられる時です。
一時の「勝ち」や「レギュラー獲得」なんていうものに負けるな。自分の成長力を無駄にするな。
ただ、子供だけに責任があるだなんて思っていません。
以前、このブログに外に出ることの大切さみたいなことを書きました。それにも通じることです。
反則で相手を止めることで、逆に止めてしまう自分が成長する機会。あたり前のように見える中にある、矛盾。
今いる環境の中で「当たり前」だと思っていることが、「当たり前じゃない」ことがたくさんあります。本当に。
個人の伸びる環境は、実は、意外に少ない。
一見、「強さ」に見える「弱さ」を育てないように。
一見、「進んだ」ように見える「後退」を繰り返さないように。
子供たちは一日一日、伸びる時なんですから。
伸びようとする子は応援します。
伸びる力があることを知らない子には教えます。
もちろん、子供を伸ばそうと応援する親御さんも応援します。
今日、「ディ〜プなマジソラ」と言ってもらいました。先日は「真剣にゆる〜い空気」と言ってもらいました。色んな表現ですが、しっかりとソラをつかんでもらって嬉しいです。
ソラの外にも、子供たちがより伸びる環境があふれますように。
*かなり以前にまとめたものですが、今度、プロフェッショナルファウルについてまとめたものを載せるかもしれません。バタバタしているので、載せられなかったらごめんなさい。

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笑顔のない一生懸命

好きで、もっと上手になりたくて一生懸命になって、中途半端じゃ楽しめなくて、全力でないと楽しめなくて、仲間内でのゲームでもいつも本気で、笑顔なんか出ない・・・
そういうのはわかります。べつに嫌いじゃありません。むしろ、どちらかというと好きです。
ただ、好きなのは、それが子供から発する自然な表情だからです。
ですが、そういうのとはちょっと違う感じの、笑顔がない状態でただ頑張ることを、必要な一生懸命さだと捉えることが多いようにも感じます。
好きで、自分で追いかけずにはいられない状態、強い達成感や欲求で溢れ、充実している状態、自分とボールと相手を感じまくっている状態、そういう時の笑顔のない一生懸命と、押しつけられてやっている笑顔のない状態、一生懸命とでは、まっ・・・・・たく違いますよね。
そういう部分に気をつけながら情報は受け取りましょう。発信する側が、それぞれの現場のことまで考えていないこともあるでしょうから。そこまで考えると発信できないこともあるのかもしれませんが・・・。だから、受け取る側が正しく読みとりましょう。
一カ所だけにいると、そこの世界で起きていることが「当たり前」のように思うことがあるかもしれませんが、全然当たり前じゃないことが、たくさんあるように思います。
一つの成功例があると、対象・環境・状況に関わらず、その成功を生んだ考え、方法を「当たり前」のように思うことがあるかもしれませんが、「当たり前」ではないことの方が多いかもしれません。
自分の目を疑えとは言いませんが、外の世界を見ることをお勧めします。大人の世界から子供の世界に関わる部分に対して当然のように発信される情報を「それが正解」という形でただ受け取ることのないように気をつけるようにした方がいいと思います。
以上、ちょっとここ数日、感じたことでした。

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縮小版か等身大か

昨日の「子供」のプレー。
冗談を言ったり、ギャグを言ったりすることが好きな子。
ゲーム中も、そういう雰囲気をムンムン出しています。
が、ふざけているのではなく、ただサッカーを楽しんでいるんですよね。
だから、ゲームの時にボールが外に出ると、真っ先に取りに行く。そして、すぐに始めようとする。目の動き、狙おうとするプレーは、まさにサッカーが好きなことをよく表しています。もちろん、動きも。
止まってなんかいられないんですもん。
ふざけるくせに、怒ります。見ていて、動きと表情から、理解できる「怒り」です。自分勝手なわけじゃない、全力で遊んでいる子の怒り。だから、友達も受け入れることができるんですよね。もちろん、この子も覚えるべきことがあるので、そういう部分は説明します。
すると、「でも、それじゃ、××じゃん」「どうせ××じゃん」とか言いかえしてきますが、そう言うのもわかるので、ほどよく説明します。タイミングを見て、量と質を考えて、話します。ちゃんと、受け取りますよ、色んなこと。全力で遊んでいるから。
こういう子、いいですね。
「こう動け」と言われても、そんなことはできないかもしれません。大人の言っていることがわからなくても仕方ない年齢だし、だいたい、ボールを追いたいのに、それを外して動き方のことなんて考える余裕も時間もきっとないでしょう。そんなことしていたら、この子の場合は、サッカーの楽しみが減ってしまうでしょう。
1秒だって長くボールを触りたいんですから。一瞬でも早くボールを触りたいんですから。こういう子が上手になるのが、本当に子供たちに合ったサッカーだと私は思っています。
監督・コーチに言われたことをきれいにこなすことよりね。サッカーを自分で楽しむ、まずはそれを覚えてほしいですね。
この子、他の人から見たら違うように見えるかもしれませんが、一生懸命ですよ。
・・・ところで・・・
必死、一生懸命、負けず嫌い、努力家・・・好きになれば、自然にそうなります。
あまりに安易に、そういったことが美談のように、秘話のように取り上げられたり、発信されたりすることがありますが、強制すべきではないこと、強調すべきではない段階もたくさんあります。本人が好きになればやるのだから。もちろん、意識づけることが必要なこともありますが。
好きになれば自然にそうなることを、その前に強調・強制する場合は、少なくとも、「本当に」本人の成長のためでありますように。
安易な発信が増えているように思うので・・・・。
昨日の、おふざけ大好き一生懸命君たちのゲームは、動きの連続、発想の連続。ボールを追うのが楽しくてたまらない子たちが、勝手に勝ち負けにこだわり、チャレンジを楽しみ、楽しく、熱く、子供らしく、プレーをしていました。
強制なんてしていない、自分たち発のこういうプレーをたくさんしてほしいですね。
驚くプレーの連続ですもん。
大人のプレーの縮小版を子供たちが上手にやるのを見るよりも、何倍も面白い。憧れの選手のマネをするのは、もちろんアリ。それも、子供のプレーです。
大人のプレーの縮小版よりも、子供のプレーの等身大を。
子供が輝くのはそっちでしょ。大人が感じる子供の魅力って、そっちじゃない?

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接着力

昨日のU-12クラス。
初めて来た子も、ずっといる子もたくさん。
会ったことのなかった子がたくさんいたはずの子供たち。
練習では、そういう、普段、会ったことのない子たちと一緒にペアを多く組むことが多かったのですが、最初は照れ笑いやさぐりさぐりの様子だった子たちが、次第に表情も動きも自然になる様は、やっぱり見ていていいですね。
チームに入っている子は、試合で会う時には、対決モードで相手チームの子たちと対面することが多いでしょう。
それも悪くはないですが、それだけだと、お互いに知ることができないこと、学べないこともあります。だから、こうして、違う形で、順位も気にせず、立場も気にせず、順位や立場を得るための競争を気にせず、もう少し、お互いに自分たちの心地よい高さに降りてきて、お互いに接着して、プレーする楽しさを知ってほしいなとも思います。そういう関係の友達を持つ方が、試合の時なども、適度な緊張&リラックス状態で、より「サッカー」を楽しめて、良いプレーもできます。
こういうことは、個人種目のスポーツなんかで、初めて対戦した時よりも、その後、何回か対戦や交流を繰り返してから戦った時の方が、よりお互いに力を出せることがあることなどからも、想像ができるかと思いますが、自分の伸びる力をより知るためにも、こういう関係の友達がたくさんできるといいですね。
ところで、昨日の子たちには接着力がありましたね。
普段、同じチームでプレーする時には、チームとしての約束ごとや戦い方があるかもしれませんが、ここにはそういうものはありません。
ゲームの時にチーム分けをしますが、そこで大切なのは、個人の力。
これからも、子供たちは色んなチームでサッカーをしていくと思いますが、そこで大切なのは、この個人の力です。
約束ごとのないチーム、ゲームの中でプレーすると、普段は見ることのできない部分を見ることができます。まだまだ個人として力を上げる必要がある部分や、逆に優れていると思える部分なども。
そういうものを知り、力をつけていく、磨いていく、それができるかどうかということには、接着力が大切です。
初めて会う友達や空間に接し、手を伸ばす力。
プレーだけでなく、行動などにでもいいので、興味を持てるかどうか。
そういう、人や空間との接着力が昨日の子たちにはあって、良かったですね。
色んな友達と接しながら、個人の力を身につけられるように。今の素直な接着力を大切にしてほしいです。

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ひきつけるもの

ところで、さっきの二人は・・・相手にだけ気持ちが向かっているところが私には魅力的なのですが・・・子供たちのサッカーの試合ではこんなこともあります。
試合中、追うべきボールはコートにあって、プレーしているのは自分で、相手はコートの中にいる・・・なのに、コートの外ばかりを気にして、子供がプレーをしていることが。
サッカーに入り込めていないなと、私は見ていると思います。子供に責任がないこともありますが・・・。
そう、子供に責任がないこともあるのです・・・が、最近では、それだけでなく、子供が外の評価を気にするようになってしまっていることもあるのです。まあ・・・そういう場合でも、元は子供に責任がないことがほとんどですが・・・。
子供がサッカーに入り込んでいる時の動きは、不効率なことも、大人の常識とは離れていることも、たくさんあります。でも、心がボールにだけ向かっている時の動きは本当に魅力的なんですよね。外の評価なんて関係なくて、ただ気持ちがボールや相手に向かっているから。
それが、ボールと同じぐらいに、場合によってはボールよりも先に、他のものを気にしてしまっていると、そういう、子供のプレーの魅力が減ってしまうんですよね。
こういうことからも、さっき書いた二人は、私にとっては魅力的でしたね。

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頭にあるのはコーチかね? 友達かね?

子供たちがサッカーをしていると、足が当たった・当たらない、押した・押さない、ボールが出た出ない、こっちボール・そっちボール・・・色んなことで言い合いが起きたり、軽いケンカっぽくなったりすることがあります。
危ない行為はよくないと思いますけど、また、年齢に応じた伝え方を身につけるべきだと思いますけど、子供の、特に小さい時のこういう言い合いとか軽いケンカは、私は結構、好きです。
ちょっとやったり、やられたり、ちょっと後悔したり、させたり。
楽しい気持ちになることも、ならないことも、一緒に経験できること、これは、遊んでいる友達としかできないことです。だから、とても大切なことです。
皆さんも、ほとんどの方が、子供の頃に、仲の良かった友達とケンカをすることや、仲の悪かった子と、ケンカがきっかけで仲が良くなることなどがあったのではないでしょうか。それを、必要なかったこととは思っていないと思います。
そういうことを全部ひっくるめて、子供時代です。
今日もそういう光景を見れました。
いいんじゃないでしょうか。友達に気持ちを伝えるの。伝わる経験、伝わらない経験、受け取る経験、受け取らない経験。
ソラでは、みんな、大人から見た「超理想」とか「優等生」なんて行動はしませんよ。大人が見ていても、イヤな言葉だって平気で使うし、「あらま!」なんて顔もします。
大人がいても関係ない。大人の顔色を気にしない。気持ちは相手にだけ向かっています。
もっと大きくなってから、「大人は関係ない」「社会は関係ない」・・・それはとても残念なことですけど、そういうのとは全然違う、大人のことを気にしない、大人によく思われようとも思わない、相手だけに向かう気持ち、やりとりの、子供のケンカ。
そう、大切なのは、まず自分、そして、相手。自分との関係を、相手との関係を、まずはしっかり作れるようになってほしいと思っています。
サッカーのキックなんて、上手になるまでに何回失敗することか。
それより大切な気持ちの出し方、受け取り方。これだってすぐには身に付くはずはありません。たくさん失敗するでしょう。でも、失敗は大切ですから。
サッカーの時だけでなく、サッカー以外の場でも必ずある、気持ちを出すこと、受け取ること。
たくさん失敗しながら、ちゃんとつかんでいってほしいと思います。
今日は、そういう、第三者を気にしない、子供同士のやりとりを見れて嬉しかったです。好きですよ、二人とも。いいと思いますよ、二人とも。

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さっきの補足

例えば・・・
小学生の頃、チームではDFやゴールキーパーをしている子がいました。
低学年の頃の動きとか、印象とかで、そうなっていったのかと思います。
ですが、この子、「普通にやっている」ので気づきにくいですけど、まず、一つの長所があり、さらに、それとは別に、一般的にもたれそうな印象とは全く違う長所がありました。
試合を見に行っていた時のポジションや立場などからは、動きはおそらくそんなに速くないと思われていたのでしょうが・・・いいえ、実はすごいということがちゃんと表れていました。ただ、もともとの印象とかが邪魔して、それに気づきにくいのかもしれなかったですけど。
私は子供たちがすごく伸びることをずっと見てきて知っているので、その瞬間の彼らが数ヶ月後には動きがどんどん良くなることもわかってみています。ですから、あたり前ですけど、その時の評価を絶対的に持ち越すことはしません。ただ、継続的に見る上では、各時点での状態を正しく見ておく必要があるので、その時の動きや状態を頭にはちゃんと入れておきます。
さて、さっきの子ですが、私の見方は、一学年上の、他のチームで活躍していて、スピードもあり、うまいと言われていた子のスピード・動きに負けない速さを持っているという見方でした。もちろん、テクニックは(ふざけることがありながらも)ちゃんと練習してきたので、体に入っています。
でもチームではDFやGKで、ラインの上げ下げをやっていたり、後ろでボールを触らずに戦況を見ていたり、ボールが来てもクリアの一発で終わってしまったり、そういう時間が長かったので、ここではとにかく1対1の瞬間的な速さを身につけるように、言いました。身につけると言うより、磨きをかけるということですが。本人にもその速さを知る必要があるし。
そうでもしないと、自然に、チームの時と同じように、後ろで見てしまうようになり、もったいないのです。チームの時よりも動くことは動きますが、それでも、自分の強い部分に気づいていない上でのプレーなので、私は物足りないのです。無理をさせたいのではなく、教えてあげたいだけです、もっとできることを。
そして、小学生の頃はチームではDFやGKをやっていた子ですが、中学生ではFWで、得点を重ね、大切な試合でも頼れる存在になっているようです。
こういう、それぞれの良さとか伸ばすべき部分がたくさんあるということです。
ですから、今、もし試合に出れない子がいたとしても、心配するな、ということです。それをそのまま自分への評価にするな、ということです。
また、試合に出ることができている子も、伸ばすべき部分が伸びていないこともあるはずなので、自分の力を認めることはいいことですが、試合に出ていない友達の力も認めることが大切です。そうじゃないと、中学生になって、急に抜かれたと誤解しちゃうかもしれません。本来、共に伸びる力があっただけです。それから、今、「出来ている」「理解している」と思えることが、実はまだ形式的であることもあります。出来ていない、理解していないと思える子が試合に出れないでいると、「自分は理解できている」と思ってしまうかもしれませんが、正しく理解するには本来は、もっと時間をかけるべきことや、もっと基本的なことを突き詰めておく必要があることもあります。だから、「友達がまだ理解をできていない」ということが、「より正しく理解しようとできている」ということもあります。
こういうこともあるので、どんな状況でも、友達の力も認め、フラットな関係でいられるといいと思います。
試合にはみんな出ちゃっていい年代だと思うので、自分や友達への評価が固まる時ではないと思いますが、そうとも言えない感じがするので、自分で友達の良さをしっかり評価するようにした方が、いいかもしれません。
長くなりましたが・・・今の状況ではわからないこともたくさんありますからね。
自分と友達を、しっかりと認めながら、みんなで伸びて行ってほしいと思います。

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