カテゴリー「少年サッカー全般のこと」の記事

2023年5月17日 (水)

オウンゴールから③(サッカースクール・ソラ*千葉北スカイランド校)

同じく、2011年通信から・・・

■オウンゴールから・・・③
オウンゴールは「失敗」として取り上げられることも多いので、ここでは、「失敗」に関連する話を。
よく、保護者の方から、「子供には、サッカーを通じて人の気持ちを理解できるようになってほしい」「サッカーを通じて、子供には協調性を養ってほしい」ということをお聞きします。
私も同じように考えています。
そして、それらを学ぶためには、まず、自分自身が色んなことを経験し、その時の気持ちを体に留め、体内に吸収することが必要だと考えています。自分として十分にその時の気持ちを感じないで、他の人の気持ちを考えることなどなかなかできません。
失敗をした時、水が土に染み込んで行くような、その時の気持ちが心に自然に染み入るくらいの状態であれば、自然な範囲での受け取り方をでき、十分に体内に吸収することができると思います。
ですが、失敗したことに対して、まだ合わぬ厳しさやプレッシャーを与えられる中ではどうでしょうか。
例えば、サッカーでのオウンゴール・・・ボールに触れようとして追いかけた結果、間に合わなかったり、失敗をしてしまったりした場合は、(プレーしたくてボールを追ったのですから)自分の思ったようにプレーできなかった時点で、その子は十分にそれに相応しい「ちくしょう!」を自分で受け取っているのです。
それなのに、それ以上の形、大きさで、その経験を吸収させられているように感じることが多くあります。
不自然な形や大きさでその失敗(実際には失敗ではないことがほとんどですが)を周囲から強く押し付けられてしまったり、認識させられてしまったりすると、その時に感じるべき本来の気持ちが生まれません(もちろん、失敗をしっかりと教えるべき段階や状況もあるとは思いますが)。
これでは、当然、その時に吸収すべきものを自分の体に吸収できません。
その結果、これは試合会場などでもよく見る光景でありますが、失敗をした子が次に失敗をした時に、自分の失敗だとわかっていてもそばにいた誰かのせいにしてしまうことや、他の子が失敗をした時に、その子を「必要以上」に責めてしまうことがあります。
実際には、まだ子供たちは、自然に体に入った悔しさや悲しい気持ちでさえ、他の子の立場に置き換えることが難しい年代なのです。
「お前のせいだ」と言われた子が、「人にこういう風に言われるのはこんなに嫌なんだ、こんなに悲しいんだ」とか「失敗した時の気持ちってこういう気持ちなんだ」と理解することができるかどうかを、自然な範囲での経験の中でさえ、まだ気をつけて見てあげるべき年代なのです。
ですから尚さら、失敗をしてしまった時には、必要以上の大きさや形で周囲がそれを受け取らせようとなんかせず、相応しい大きさ、形でその時の気持ちを吸収する経験をたくさんしていく必要があるのです。本当に、自然な大きさ、空気の中でいいのです。
ですが、失敗が必要以上にクローズアップされる環境・・・試合結果が必要以上に意識されるような環境ではそのような環境になりやすいかと思いますが・・・そのような環境、子供が相応しい大きさ、形でその時の気持ちを感じられない環境がまだまだ多いと感じています。何年も前に、これと似た話で、子供に適していない競争環境や厳しい練習環境の中では、子供たちを強く、優しくしていくどころか、逆に弱くしていくことがあるというようなことを書いたことがあるので、また同じようなことを書いていると思われるかもしれませんが・・・。
子供に接する者として、彼らに相応しい、より自然にプレーでき、起きたことをより自然に吸収できる環境を作っていきたいと思います。また、このような環境の中でも、子供たちが伸び伸びとプレーできるようにと、勝敗よりも子供の伸びをまず考えられる、とても深く、大きな、余裕のある姿勢で子供たちに接している方がいることも知っています。そのような方を心から応援しています。

 

オウンゴールについて②

(2011年通信から)

■オウンゴールから・・・②
今度は、オウンゴールをしてしまう選手はどんな選手なのかを考えてみましょう。
まず、なぜ、オウンゴールが生まれるのかを考えてみましょう。
オウンゴールをしてしまうということは、自分の態勢が悪い状況、無理にボールを触らなければならない状況でボールを触ってしまったということですよね。
では、なぜ、悪い状況になるのかを考えてみましょう。
それは、(子供の場合)多くは、自分のゴールに向かうボールに対して、「走っても間にあわないかな」と思う状態からでも追いかけてしまっているからです。当然、体は自分のゴールの方を向いていることが多く、そのような状態から自分の進んでいる方向とは違う方向にボールを蹴ることは難しいので、蹴ったボールがそのままゴールに入ってしまうことがあるのです。また、自分のゴールの方に走っている時に、足にボールが当たり、そのままゴールの方へ飛んで入ってしまうこともあるのです。
*他にも悪い状況になる原因はあります。特に大人の試合では。ですが、大人の試合で起こるオウンゴールと子供の試合で起こるオウンゴールの原因は根本的に違うと思います。それらのことも含めて考えると、問題が多く、複雑になり、見えにくくなるので、それら他の要因のことは(実際に、子供たちのプレーを見ている上で大きな要因にはなっていないと思われることが多いので)ここでは特に取り上げないで考えていきます。但し、安易に、大人のゲームで起こるような要素で子供のゲームでも起こっているように見える要素を、ここで考えるべき原因から外したと誤解されるといけないので、大人と子供で同じ現象(原因)だと思われるかもしれないことについて、一つだけ説明します。
では・・・大人でも子供でも、「ポジショニングのズレ・ミス」からオウンゴールが起きたように見えることがあり、同じ原因でオウンゴールが起きたように思われるかもしれませんが、そもそも、子供が大人と同じレベルでポジションを取るべき試合などないはずなのです。なぜなら、大人はチーム戦術を実行する上で、「グループ」「コンビ」「個人」としてポジションを取っているからです。それと同じポジショニングを必要とするということは、同じように「チーム戦術」を必要とするということです。ですが、「チーム戦術」とは、それ以前に「グループ」「コンビ」「個人」としての戦術を身に付けた上に成り立つものなのです。そして、育成年代では、「チーム戦術の前に、個人、コンビ、グループといった部分での戦術をもっと十分に学ぶべきだ」ということを、育成年代の良い指導者であれば理解しているはずなのです。(←実際に、小学生以降の、中学生や高校生年代の代表チームを率い、国際大会を経験した指導者が、その経験から、中学・高校年代ですら、「育成年代なのだ」と強く認識し、チーム戦術の前に、「個人」戦術をもっと学ぶ必要があると指摘しているぐらいです。)
ですから、小学生年代では、当然、チーム戦術が強く影響するはずはないので(影響すべきではないので)、高度なチーム戦術の上に成り立つ大人の試合での原因と子供の試合で起きる原因は、現象的には似ていても、ここでは切り離して考えることにいたします。
また、子供の試合で「悪い状況からのミス」に見えるものに、「急にボールが自分のところに来て、当たって入ってしまう」とか、「慌てて蹴って、自分のゴールに入れてしまう」というものもありますが、これらも、別に悪いプレーではありません。「その前に色々すべきだ」とか言っても、適切なタイミングで適切なポイントを捉えることができる指導者でないと、それらの原因を正しく把握し、子供に伝えることはできません。一瞬、見るタイミング、ポイントがずれるだけで、間違った指摘をしてしまいますから。
こういったことも踏まえて考えた場合、オウンゴールとなる他の原因は、その時に子供に言っても仕方のないことがほとんどなのです。ですから、それら他の原因については、ここでは特に触れないで話を進めます。
「無理だ」と考えていたら、そこまで走らないので、悪い状況にはなりません。そして、走らなければ、失点の瞬間にはそこにはいませんから、失敗したように見えることもありません。
「失敗に見える」オウンゴールと、「失敗したようには見えない」見送りと、どちらの方が良いプレーなのか、はっきりしていますよね。
子供たちは、その時に自分の目に入ったことが情報の全てになってしまうので、「あ、オウンゴール!」となりますが・・・それにしても、「オウンゴール」という言葉を子供たちがとても使うので驚いています。
もう覚えてしまった言葉を使うなというのは不自然なのでしませんが、それにしても、こんなに多くの子が(しかも年齢の低い子)が覚えることなんてあるのかと、不思議です。
(続き)
もちろん、子供が「オウンゴールだ」と言う時には、相手に対して言うというよりも、「相手が自分に点を入れてくれた」=「面白いこと」と捉え、「面白いから言う」という要素も強いかと思いますが。
ですが、言われた子は、大きな失敗をしてしまったと感じているように思えることがよくあります。
少なくとも皆さんには、いつでも正しく子供の努力を見てあげられるように、「オウンゴールをするような子は、良いプレーをしている、本来伸びるべき子」だということを覚えておいて頂けたらと思います。

オウンゴールについて①(2011年通信より)

さて、では、「オウンゴール」でスクール通信に検索をかけて出てきた10年以上前の通信の文章です。
①~③まであるので、三回に分けて投稿しますね。

(2011年通信より)
■オウンゴールから・・・①
U-9クラスのあるゲームで、相手のシュートを防ごうと必死に走った子がいました。
何とかボールに触れたものの、残念ながら、ボールはそのままゴールに入ってしまいました。
その瞬間、「オウンゴールだ」という声。
その声で、オウンゴールをしてしまった子の表情が一瞬硬くなりました。
この後、「オウンゴール」という言葉を使い文章を続けますが、この時に「オウンゴール」をしてしまった「子」が悪いわけでもないですし、「オウンゴールだ」と言ってしまった「子」が悪いということでもありません。
これは子供を「かばう」とかではなく、本当にそういうことなのです。両者、悪くありません。ぜひそのように認識して頂いた上で、続きをお読み頂きますよう、お願いいたします。
ちなみに、「オウンゴール」とは、例えば、相手のシュートをはね返そうとしてボールを蹴り返したら、ボールが自分のゴールに入ってしまうなど、「自分の守るべきゴールにボールを入れてしまうこと」です。
調べれば他に正確な説明があるかもしれませんが、どうでもいいことなので、わざわざ調べません。
ここでは話をする上でオウンゴールと言う言葉を使った方がスムーズなので解説しただけですから。
「どうでもいいこと」と書くと、オウンゴールで嫌な思いをしたことがある方には失礼かもしれませんが、努力している者の足にボールが当たり、たまたまボールがそのコースに行っただけのことで、シュートを打った相手に運が転がっただけのことです。「たまたま」が重なっただけで、シュートを打った相手(称賛される選手)と等しいプレーをしたということなので、本来は大きな責任を感じる必要などないことですから。本人が自分で相応しい大きさで反省をすることは止めませんが、外野がどうのこうの言うことでは本来ないのです。
さて、話を戻して・・・先程の場面では、そのまますぐにプレーを続けましたが、おそらく、オウンゴールをした後に、ゲームをいったん止め、「今のはオウンゴールだ」とはっきり言ったり、周りの子が必要以上に取り上げたりしたなら、その子は泣いていたと思います。こういう時、「悔しかったら頑張れ」ということがその子にとって良いような場合もあるかもしれませんが、「失敗を大きく反省し、涙をこらえ悔しがって走る」なんてことをさせる前に、本能でボールを追いかけてしまう、ボールを触りたくて無心で追いかけてしまう感覚を十分に覚えさせたいと私は思っています。
年代的に、精神面で受け止めるべき内容としても、また、そこから得るべき身体面での発達から考えても、「チームに損害を与える大きな失敗」として認識させ、「悔しかったらもっと早く走れ、もっと頑張れ」という形で克服させるのではなく、自然にボールを追いかけることを繰り返す中で、素早さを磨いたり、間に合いそうにない状況でも走ってみようという気持ちを覚えたりしていくべき時なのだと思っています。もちろん、段階により、「悔しかったらやってみろ」も大切ですし、私もそう言うことがありますが、一般的に考えれば、この年代は「楽しくてボールを追いかける」が一番大切なのです。
それに、子供たちは「失敗したらどうしよう」という気持ちが大きくなってしまう可能性もある年代です。
もちろん、失敗を恐れない強さを身につけることも大切ですが、オウンゴールをしてしまった時に、失点の原因が全てその子の責任になるような雰囲気、失点はものすごい失敗なのだという雰囲気の中でサッカーをしている(させられている)場合は、必要以上の大きさで失敗を受け取らされることがあります。
そのような中では、失点時に、そこに関わっていなかった子は「関わらなくて良かった」と思うようになり、また、関わってしまった子は「ボールを追わなければ良かった」と思うようになることもあるのです。その気持ちがもっと強くなれば、失敗しそうなことには関わろうとしないようになり、「プレーしたい」と思うことよりも「失敗は嫌だ」という気持ちが強くなっていきます。
子供の試合では失敗しそうな場面はどこにでもあります。しかも、挑戦すればするほど。
そういうサッカーの中で、このように(不自然なほどに)失敗を恐れていたらどうなるか・・・。
ただ無心にボールを追えば、サッカーを楽しめるはずなのに。
・・・初めの頃はサッカーが好きでたくさんボールを追いかけていた子が、試合をするごとに動けなくなっていくことがよくあります。とても変な現象です。不自然です。
少なくとも夏空の間はそんなサッカーをさせたくはありません。「失敗全然OK」の「動きたいから動いちゃう」サッカーをたくさんさせたいと思います。私は甘いコーチではないので、これは「甘さ」ではありません。子供のサッカーの本質です。

2023年4月26日 (水)

偶然?

PC上に、メモ帳がありまして。
投稿済みのものなら、削除しておこうと思って開くと、「なるほど」。
途中まで書きかけて、長くなりそうだから、途中までで終えていたメモでした。
メモの内容は、
「先日の投稿で、「保護者の方が今必要なこと、大切なことをとてもよくご理解されている」と書きましたが、「保護者の方の理解の仕方と子どもの見せる様子・関係性」について、多くのケースを見てきて、お伝えしておきたいことがいくつかあります。

子どもが伸び悩んでいる時などに、保護者の方がどのように支えるべきかを悩んだり、思うような形で力になれていないと思ってしまったりして、「私がサッカーを知らないので」とおっしゃることがあります。
結論から言います!
保護者の方がサッカーのことをあまり知らないということ自体は、まったく気にしないで平気です。
大切なのは、「今必要なこと、大切なこと」に対する理解です。
支え方は、保護者の方によって色々な形があるのがあたり前です。」
というものでした。
この文の後に、もっと付け足そうと思いつつ、時間がたってしまったんですね。ちなみに、メモの日付は4/2でしたー。
で、こんなメモを残していることを忘れて書いたのが、いくつか前の投稿。
4/23に投稿した「チャレンジかぁ」です。公園でサッカーをしている3組の親子の様子を見て書いたものです。
あの中で、最も子どもが自分自身で楽しいと思えていたと思われるものは、最後の一人です。一番子どもが楽しそうで、動きも表情も良かったので。
そして、その子のそばにいたのは、お母さんで、サッカーのことはよくわからないという感じでした。だから、特に何かを言うわけではなく、子どもの様子を楽しんでいた感じです。
他の2組の保護者の方は、「サッカーを知っている」という雰囲気で、たくさん教えて上げていましたが、子どもは達成感を十分に感じるような顔と動きではなかったので、その3組の中では、「知らないので」という感じの保護者の方の支え方が、子どもにとても合っている感じでしたね。
色んな親子関係があるので、こうしたこともケースバイケースだと思いますけどね。
少なくとも、サッカーを知っているからいいとか、サッカーを知らないからダメということはないということです。
今日、たまたま、会話の中で、「サッカー知らないので」という言葉が出たので、そうだそうだということで、書かせて頂きましたー。

2023年2月26日 (日)

サッカーかぁ

先ほど、公園でのサッカーとか自由なサッカーについて少し触れましたが・・・。
試合でのPK、ハンド。様々なルール改定。
みんなが楽しむためですもんね。
世界各国で共通のものを作らないとならないから、大変ですね。
試合での、ペナルティエリア内でのハンドなんて、もう、すごいことになりますよね。スポーツの枠を超えてるんじゃないかって思えるくらいの重さがありますね。
審判もそうしたプレーを判定するのは大変ですよね。
誤審を減らすために様々な方法が取られていますもんね。誤審を減らす試みはとてもいいと思います。
あれ、試合を再開した後に、「やっぱり今のナシナシ」とか「よく考えたらさ」とかできないからというのもありますよね。
その点、公園のサッカーとか、友達との対決とかって、いいですよね。
ルールでどうか、という部分もありますけど、それを
超えている部分の方が多いですもんね。
わざとやったのかどうか、っていう部分が一番強い。
で、その後の展開によっては、「やっぱりさっきのナシ」もある。
お互いが納得した形で戦いを進めていく。
ルールを自分たちで作っていくこともある。
正式なサッカーのルールとは違う部分もある。いらないものは省かれて、いるものは加えられる。
戦う本人たちが納得するものを作っていく。
その上での勝敗。公式戦での勝敗とはまったく違うもの。
例えば、攻める側の人がシュートをして、それを守った相手が微妙な位置で触ったとして、でも、それはハンドじゃないって、見ていたらわかることがあるじゃないですか。シュートした自分も、相手がハンドしていないことをわかっている時。そういう時、公園のサッカーなら、おそらく、第三者が「ハンドだ」って言っても、攻撃側の人でも、「いや、ハンドじゃない」って言うでしょう? 得か損かというより、自分の力が通用したかどうかとか、本質の部分での勝敗にこだわっているはずだから。
そういう、普通に考えると私はこっちの方が普通だと思うんですけどね、自分でしたこととか相手のしたことをそのまま感じることができて、そのまま心を動かせるサッカー、どれぐらいあるのかなぁ。
おそらく、私が思う、最高のサッカーの形はそれです。
私は、プロ選手をすごいと思うし、プロ選手の試合ってすごいって思っています。
でも、ある意味、それを超えるとも思っています、そういうサッカーは。
これも、いつまでできるんだろう、どれぐらいの子ができるんだろう、です。
プロ選手が、「子どものようにプレーしていいよ」っていう試合をしたら、それはそれはもう、とても面白いサッカーになるでしょうね。
公式戦の何倍も面白いと思いますよ。
さてさて、明日もサッカーを楽しもう。
というか、あの子たちのサッカーを楽しもう。
もちろん、伸ばしまする。

◆サッカースクールのソラ 千葉で開催中
TEL 042-534-3766
Adre_2
※メールをお送り頂いてから2日しても返信がない場合はお電話にてご連絡下さい。
★サッカースクールについて詳しくはこちら 
個人レッスン・プライベートレッスンについてはこちら
個人レッスン・プライベートレッスン報告こちら
※ここ数年、時間的に難しいため、レポートは更新していません。プチレポートのような形でちょっとだけ報告することがありますが、どんなレッスンなのか、ご感想などをよく確認したい場合は、数年前のレポートをご覧頂けるとおわかりになると思います。
=スクール責任者指導歴=
◆プロコーチ歴20年以上。
1997年  クーバー・コーチングサッカースクール浦和校 サブマスター
1998年  クーバー・コーチングサッカースクールあざみ野校スクールマスター
1999年  クーバー・コーチングサッカースクール相模原校スクールマスター
2000年  クーバー・コーチングサッカースクール世田谷校スクールマスター
1997〜2002年 クーバー・コーチングジャパン 指導者講習会担当スタッフ
2002年  高木琢也主宰サッカースクール責任者
2003年  サッカースクールa 千葉北スカイランド校スクール責任者
2005年  サッカースクール「ソラ」を立ち上げ(現在に至る)
*Jリーグ所属のチームからお話を頂きましたがソラでずっとコーチをしています。

いつ、自由なサッカーをするのだろう

「小さなうちに、こうしたことを覚えておくと良い」。
その「覚えておくと良い」と言われる内容には、時代時代で流行りのようなものはやはりあるようですよね。色んな国の育成年代でのトレーニングが研究されたり、紹介されたりしていますね。国によって少しずつ傾向が違うこともあるでしょうし、同じ国でもチームの育成の方針によって違うこともあるでしょう。
そのように紹介されているものを勉強して、「よし、こうしよう」と思う人も多いと思います。そうした内容が子どもにとって良いことであることもあるでしょう。
ただ、「正解の形を考えながらの練習」「プレーとしての正解を覚えることへの意識」が、増えている、強まっている、低年齢化・早期化しているな、と感じてしまいます。
小学3年生くらいからは、多くの場で、理想の形への準備が始まっているのではないでしょうか。トップにつなげるための考え方やサッカーのやり方など。
そうした情報もどんどん発信されていますからね。
子どももうまくなりたいだろうし、悪いことではないとも思いますが、あまりにもそうしたものを教えられることが多いような気がするので、じゃあ、いつ、自由なサッカーをするんだろうなぁ、なんて思っちゃいます。
正解の枠とかがなくて、目的も色々で、色んな発想や動きが飛び出すサッカー。その「最中・過程・前後」を含めても、うまくなる要素もたくさんあって、記憶に残る要素もたくさんあって。そんなサッカーなんですけどね。
いつまでできるんでしょうね。
どうやって攻めるとか、どうやって守るとか、本当に自分で色々と考えて、うまくいったり、うまくいかなかったりをたくさん繰り返せて。考えや動きも、どんどん発展する。
教えられちゃうと、どうしても、その影響は受けますからね。
公園のサッカーも、昔とは随分変わってきている部分もありますしね。
でも、いつまでできるんだろうなぁ、そういうサッカー。どれぐらいの子が経験できるんだろうなぁ、そういうサッカー。
スポーツマンガの中には、チームスポーツのものでも、だいたい、個人の対決が出てきますよね。試合や練習以外の場でのもの。それは、そうしたものが大元になるっていうことでもあるんでしょうね。それがあっての、その後だったりしますもんね。
そして、マンガを読んだり、アニメを見たりする時には、(読んだり、見たりしている私たちは)そういう、試合以外の場でのやりとりにとてもたくさん心を動かされるわけじゃないですか。
だから、そういうシーンの描写があんなに長いんですよね。
それに、試合の場面でも、プレーそのものというよりも、プレー中の思いや考えがしっかりと描写されていて。そこに引き込まれるんですよね。
とても長い時間ドリブルしたり、その間のやりとりもたくさんあったり、あれ、心とか考えの描写がなく、本当にただ長い時間ドリブルしているのを見ても、面白いと思えるかというと、そうじゃないでしょうしね。
まったく状況が変わらない時間が長いのを見るだけでは、楽しいと思えないでしょうしね。
それほど、心の動きに人が興味を持つ、心を動かされるということですよね。
もし、変化のない状況が長く続いても、それを楽しいと思えるとしたら、それは心情を想像しているからでしょう。
こうした大元の部分を、より広げる機会を、いったいいつまでできるんだろう、なんて思ったわけです。

必要なら、楽しむ材料は与えます。また、作らせます。
公園にだって、木が落ちていたりしますし。
でも、教えすぎはしないです。自分で見つけるものもあるでしょうし。
木だって、使い方がたくさんあって、その使い方を考えたり、見つけたりしている時の子どもの顔が最高だと思うので。
そんなサッカーを、いつやるの、いつまでできるの?
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2023年2月 2日 (木)

土台、どうだい、胴体? Do Day?!(そんな英語はないと思いますが)

昨日、ちょっと記事(脳科学者さんのもの)を読みました。と言っても、鵜呑みにはしないで読もうとする私です。(だからと言って疑いながら読むということではなく、素の状態で、普通に読みます。)
実際に起きている現象から解かれていくはずなので。予想、予測があるとしても、その前に、起きていることの分析があるはずなので。
なので、いくら専門家さんの言うことでも(専門家さんにも色々といらっしゃると思うので)、素の状態で読みます。
習い事と子どものことが取り上げられていたのですが、「あ、これはそうですよね」でした。
私も、色々な変化を見てきて、何年も前からそう感じていますが、おそらく、他の方も、子どもの変化を見てきている方や、様々な親子関係と子どもの様子を見る機会のある人は、感じていることだろうと思います。
それを、色々な研究をされている方がおっしゃってくれるのはとてもいいことだと思います。私は脳の研究なんて、まーったくできないので。(それこそノー!)
すごくざっくり言うと、土台が大事、大元が大事、根本が大事、まずどこを育てるかが大事、どのように育てるかが大事、だということが書かれていました。
私は、書かれていたことに関しては、個人的にまったく同感です。同じように感じています。ただ、考え方や育て方は色々なので、それを押し付けて考えるようなことはしませんが。
ところで、そうしたことは分野を絞って、サッカーの練習方法やコーチングなどにも、(これもここでずっと書いていますが)出てきています。

(ここから、分野をすごく小さく絞って、サッカーのことを。)
なので、10~20年くらい前までは、(子どもたちの)サッカースキルや考え方の根本部分が抑えられている上でのコーチングを行っていけばどんどん伸びる状態だったのですが、次第に、根本を抑えられていないことが多くなり、より根本を身につける必要が出てきました。
「根本」の考え方は様々ですし、色々な要素が含まれますが。
ただ、根本、本質の部分が大事にされないまま進んで行く環境も多いので、ずっと見てきていると、その影響を感じます。
ということもあって、ソラでは、結構普通にゲームをやる方が多いです。
攻めるゴールが1つだけ(コート内にゴールが2つ)のものが多いのも、それが理由。
攻めるゴール、守るゴールが2つずつある(コート内に4つのゴールがある)のもスキル向上に役立ちますが、10年くらい前からは、あまりやらなくなりました。というか、ほとんどやらないですね。おそらく、他の場でやってくれると思うので、それによって不足する部分を補うためにも、1つのゴールに攻める、1つのゴールを守る経験を多くさせています。
ボールを二つ使うサッカーも、昔はたまにやっていましたが、色んな理由から、やらなくなりました。(そのメニューが悪いということではまったくありません。楽しいし、いいと思います。ただ、色んなことに気をつける必要があります。)
ボールは1つですね。
それどころか、ボールが外に出た時に、取りに行く時間がもったいないので、違うボールでやることもありますが、取りに行く時間がかかっても、代わりのボールを使わないでやることもあります。
これらは、大元につながる部分で。(最初に挙げた記事で言う大元とはちょっと違う意味になりますが。)
サッカーは1つのボールでやるもので、1つのゴールに攻めて、もう1つのゴールを守る。これが基本。そこに必要になるもの、それを楽しむためのものが土台です、本質です。
一つにこだわるとか、一回にこだわるとか、一つのものを大事にする、一回を大事にするとか・・・そういったものが先にあるかどうかはとても大切で。
電子ゲームでも、リサイクルでも、まず、それがあるかどうかが大切だと思います。
それがないままで、「次」「代える」が前提になりすぎていく、そしてそれが繰り返されるのと、一つ、一回を大事にすることが前提にある上で、次にいく、代える、変わるが繰り返されていくのでは、まったく違うと思うので。
ああ、一部分しか書けていませんが・・・時間なので、出発します(;・∀・)
そして、今回も誤字脱字「ノー」チェックで行きます('◇')ゞ
ではー!

2023年1月 6日 (金)

ことば、うごき

ところで、年中さん、年長さんのサッカースクールでは、「これはさ、こうやるとさ、できるんだよぉ」の表現が、面白くて。
なるほどね、そう考えるんだね。なるほどね、そう表現するんだね。
教えられたことではなくて、自分の感じたこと。正解を当てに行くではなくて、思ったこと。
いいですよね。
「教えすぎじゃないかな?」って思うこと、多いですもんね。
例えば、目の前に綺麗な景色があって、目の前にかわいい動物がいて、目の前に珍しい虫がいて、
そんな時に、とてもとても小さな子に、クレヨンと紙を渡したら、どうなるんだろう。
くれよんを食べようとしないくらいの子だとして。
もしかしたら、絵を描かないで、クレヨンを投げるかもしれない。もしかしたら、紙をやぶって笑うかもしれない。目の前にあるものではなく、ただ線を描くかもしれない。
それ、どれも、見ていたら、あはははって思いません? そうかぁって思いません?
もう少し大きな子だとして、あの動物を描いてって言ったら、どう描くのかなぁ。
描き方とか教えていない子だとして。
わくわくしません?
上手に描けるかではなくて、どんな風に描くのかなって、わくわくしません?
それで、描いたものを見たら、きっと、あー、こう描くんだぁ、とか、こう思うんだぁってなりません?
発想、表現の仕方、わくわくしますよね。
最初に教えすぎたら、そういうものがちょっと減っちゃうような気がして。
発想、受け入れられたら、それはきっと発した側にはとてもいい経験で、とても大切な経験で、育つ上で心の大きな土台になるもので。
受け入れた目を見た時は、きっと本人もまた嬉しくなって、それを見て、また嬉しくなって。
そういう発想を大事にしたいなって思います。

それを経て、高学年になったら、誰かと協力して行った時の達成感を知ってほしいから、土台となるものや共通認識となるものを、ある程度具体的に渡すことも必要になると思いますが。
それでも、大人の頭の中にある方法をパターン化して入れてしまったら、まだもったいないと思います。
ワクワクを大事に。

なんて考えていますが、他にも色んなことを考えているので、表面上はわかりにくーいスクールになっていて・・・あははは、すみません。受け入れてくれる皆さんに感謝です。

◆サッカースクールのソラ 千葉で開催中
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=スクール責任者指導歴=
◆プロコーチ歴20年。
1997年  クーバー・コーチングサッカースクール浦和校 サブマスター
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1999年  クーバー・コーチングサッカースクール相模原校スクールマスター
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2002年  高木琢也主宰サッカースクール責任者
2003年  サッカースクールa 千葉北スカイランド校スクール責任者
2005年  サッカースクール「ソラ」を立ち上げ(現在に至る)
*Jリーグ所属のチームからお話を頂きましたがソラでずっとコーチをしています。

2022年10月31日 (月)

そりゃ、そうなるさ・・・

本当は詳しく書きたいところですが、そういうことばかり書いてもなんか嫌なブログになってしまうので、そこはグッとこらえます。
が、なるほど、それはファールが全然減らないわけだ、と納得する出来事がありました。
ジュニア向けのコーチや保護者の方向けのサッカーサイトで、「そういうことがあったら」また、「そういう立場の人がそう話していたら、それはファールは減らないよ」でした。
そして、私から考えたら「正しい声掛け」をしている指導者の声の掛け方が否定されていました。
真逆です、本当に。その記事は10年くらい前のものでしたが、10年たって、どうなっているのか、どんなことが増えているのかを見れば、そこに書かれていることは真逆では? とわかります。ただ、おそらく、そういう発信をする人たちには気づかれていない。
また、「理想的な話し方はこう」みたいなのも書いてありましたが、いや、それ、そういう時に使う方法じゃないから、です。
偶然ですが、先日ケガのことなどでご相談頂いた話と完全に重なる出来事でした。
よく、サッカーサイトの情報をうのみにしない方がよいことなどもお伝えしていますが、本当にこういうことが多いですね。
そりゃ、真逆の環境が増えるわけで・・・
そんな環境でサッカーを嫌になった子がいたら、「キミの考えでも行けるはず」と言いたいし、そうした環境内で考え方の違いに悩んだ保護者の方がいたら、「その考え方の方が自然で、健全ですよね」と言いたいです。
サッカーを辞めた子、まだまだキミは伸びるぞ。辞めさせたことを後悔している方、スポーツを通じてこういうことを学んでほしいなと思っていたのに違っていたから辞めさせたのなら、それは後悔しなくてもいいことだと思いますよ。それに、チーム・団体を辞める=そのスポーツを辞めるということではないので。
ちなみに・・・前半に取り上げた記事を見たのでこの投稿をしたのですが、そもそもその記事にたどりついた経緯は、
「それにしてもファールが減らないな」→「だからケガをする子もいる」→「ルールとか、わかりやすく書いてないのかね」で検索していたら、最初に取り上げた記事が出てきたのでした。そして、「こりゃ、減らないよね・・・」となったのでした。

2022年10月 5日 (水)

ソラはソラらしく

一か月と10日たち、おそらく返答は来ないと思うので、とりあえず、ここに載せておこうかなと。
一か月以上前に、日本サッカー協会の問い合わせ窓口を探し、メールを送っています。
送り先を間違えたかなぁ・・・(サッカーの中継を見て思っていることだから)テレビ局とかに送った方がよかったのかな?
とりあえず、送った内容は以下のもの。
青い字は、今回、このブログ用に私が補足で入れた説明です。

❶テレビでプロの試合を見ると、よく、ファールをしてでも相手を止めることがその場での適したプレーや褒められるプレーのように実況・解説されていますね。プロフェッショナルファールについては色々な考えがあると思うので、それぞれの立場での解説でいいと思いますが、試合を観ているコーチや子ども、保護者の方への影響を少なからず考える必要もあるのではないかと思います。
育成年代の指導者でも、「そこでは反則をしてもいい」と考える指導者が増える可能性もあります。また、そのように教わった子はそのようにプレーするようになることもあります。
テレビで放映中は、ハーフタイム中を利用するなどして、育成年代ではどのようにすべきか、審判の方からの解説を入れるなどもいいのではないかと思います。(プレーヤーが誤解される形でうつることのないように配慮することは当然ですが。)←反則をしてしまった選手が傷つけられることのないようにして欲しいということです。
抜かれないようにする技術・スキルを覚える機会を失う可能性があることや、相手にケガをさせること、自分がケガをすることなど、客観的に解説してはいかがでしょうか。
技術的なことも関係していますし、ルールのことも関係していますし、体のことも関係していますし、考え方なども関係しています。それらが完成されている、または限りなく完成に近づいているプレーヤー達と育成年代でのことを混同して話すのは難しいとも思いますが(←この文と言葉使い、変ですね)、どの分野からでもいいので、育成年代(指導者、保護者、子ども)に向けてのアプローチは必要だと思います。(15年くらい前からこうしたことはちょくちょく取り上げています。)
❷上記に関連していますが、例えば、Jリーグなどでは、そのようなファールをポイント化(マイナスポイント)して、リーグ終了時のポイント数に応じて、
・育成分野での活動支援をする
・ケガをした子たちへの活動支援をする
などを義務化するなどもいかがでしょうか。
そのようなファールは戦術的に用いられることも多いと思うので、勝敗や戦績に影響が出る形になると、育成年代以外の多くのことに影響が出て、逆にマイナスになってしまう面もあるでしょう。
ですので、育成年代やケガをした子たちの育成、支援に向かう形で考えるのが適切だと思います。

以上

という内容です。
おそらく、考えなくてはならないことはたくさんあると思うので、このようなことに取り組む時間はないかもしれませんね。
なので、各現場で色々と考えて対応していくことが今後も必要だということですね。
それに、そもそも価値観は色々だと思うので、この考えとまったく違う人もいると思います。この考えが正しいと言いたいのでもありません。
ただ、とりあえず、私は、色んな相談を受けたり、子どもたちの成長を見てきて、このように思っています。
何かを壊したいのではなく、作りたい、ということです。
まあ・・・視点も色々でしょうしね。サッカーを見るか、子どもを見るか。
ソラは、ずっと、ソラでいます。

 

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