通信おまけ「20cmの大きさ」

通信No.83おまけより

■20cmの大きさ
ある日のゲームでこんなことがありました。
ボールがラインを割って、相手チームの子がスタートをしようとすると、そのすぐ前に立って邪魔をする子が・・・。相手チームのキックを邪魔するのは悪いことではないのですが、近すぎて、その近さでは相手の子がスタートすることができないのです。
こういう時は、相手の子や周囲の子が「近すぎる」と言うと、たいがいの場合、渋々と少し離れるものです。すぐには離れないこともありますが、そういう場合でも、2、3回そういうことをすると、自分にも得にならないと思い、少し離れるようになります。
・・・が、この子は離れない!(“この子”と書きますが、よくあることで、こういうことをする子はたくさんいます。普通のことで、この子が特別ということではありません。)

実はこの子はその前の週も同じことをしています。その時は友達が背中を優しく引っ張ってくれたおかげで、非難が強まる前にゲームが再開され、セーフ。こういう優しい友達に感謝です。こういうことがないと、非難がさらに強まっていきます。その時に、渋々でも離れるのならいいのですが、それでも離れないと(実際には、意地になってしまうこともあり離れにくいのですが)、そして、それを何度も何度も繰り返すと、さすがに周囲の子もまだ子供なので、今度は友達との距離が少しずつ開いていってしまいます。だって、ゲームを早くやりたいし、たくさんやりたいし。だから、こういう友達の存在はありがたいのです。
…しかし、その日、この子はその後も同じことを続け、その日のゲームでは“セーフ”の回数は1~2回くらい。この子は友達が引っ張ってくれても(←ほどよく冗談っぽく、ほどよく優しく、ほどよく注意気味に・・・私にはできない芸当でした)下がらず、引っ張られて下がってしまってもすぐに元の位置まで戻ってしまうことを何度も繰り返していました。しかも、引っ張ってくれた友達に対して「強く引っ張った」と思ったようで、その後もちょっと文句を言ったり。子供なのでわからないんでしょう。なので、この時は、「さっき、○○が引っ張ってくれたけどさ、…」と、友達が引っ張ってくれたから、その後もみんなでゲームをできたということを説明しました。少しだけでも、わかればなと。

さて、そんなことがあった翌週の「ある日」の同じような場面だったのです。
この時も同じように、相手のすぐそばに立ちすぎて、相手がスタートできず困る状況に。
すると、先週同様、ある子がピョコピョコと背中を引っ張りに。
それでもやっぱり下がろうとはしないで、相手のすぐそばにいる。
・・・・ふ~ん、どうしようかな・・・・と、ちょっとため息をつきかけた瞬間、発見!
この子、前は、引っ張られて20cmくらい下がってしまうとすぐに元の位置に戻ったのに、この時は戻らないでいます。相変わらず、引っ張った子や周囲の子が「下がれよ」と言うような距離にいるものの、でも、それまでのように意地になってさらに前に行くなどしないで、その20cmくらいずれたところに留まって邪魔をしてる。(それでもかなり相手はやりにくい距離で文句を言いたくなるような邪魔の仕方ですけどね。)
・・・確実な進歩。邪魔する態勢も、周囲に言い返す言葉も雰囲気もそれまでと同じなのでわかりにくいですけど、これは進歩です。以前よりももっと友達の気持ちを感じるようになっています。友達と自分の「どっちが正しいか」の時の“押したり引いたり”を、少しずつ覚えてきています。この子にとっての成長。
小さなことのように思えることでも、こういう成長が生まれる場にしたい、そう思っています。だから、こういうことにもっと気づけるようになりたいと思っています。(甘く見てあげるとかとは全く違います。私、かなり厳しいです。)
実は、こういうことって、(恥ずかしい話ですが)現場に一緒にいても気づかないこともあるんです。もう長く一緒にいる子も多いので、他のことが気にかかり、こういう小さなことに気づかなくなることがあるのかもしれません。この子のおかげで、小さなことの大きさを、再確認できました。感謝です。(←現場では、もちろん、「こらっ、てめー」の方が多いですけどね。)

わずかでも必ず成長を見せてくれる子供たち、大きな成長を見せてくれる子供たち。
たくさんの子がソラに来て、色んなことを私たちに教えてくれます。
そんな子供たちに応えられるように、これからも努力していきたいと思います。

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通信82おまけ 「プレーイメージの合わない時」

ゲーム中に、ある子が味方にパスを出し、そのまま、またパスを受けるために走りましたが、味方からパスが戻ってくるのが少し遅れました。
すると、「なんで(パスを)出さないんだよ!」と言い、自分のイメージ通りのプレーにならなかったことに対して文句を言っていました。
こういうことを目にすることがたまにありますが、サッカーでは状況は常に変化しています。
パスを出す側も、パスを受ける側も、その変化しつづける状況でプレーを選択しなければなりません。
プレーのイメージが少ないと、その思い通りのプレーにならない時に、文句を言って動きを止めてしまうこともありますが、これはなんとももったいないことです。
味方に、「俺はあのタイミングでパスがほしかったんだ」とか「このコースにパスがほしかった」などと意思やイメージを伝えることは大切なことでもありますが、味方の子が自分のイメージ通りにプレーをしてくれなくても、(色んなプレーをこれから覚えていく、プレーのイメージをたくさん増やしていく)今の段階で、それを否定するのは間違っています。相手にも、同じように、プレーのイメージがあるのですから。
それに、先ほど書いたように、状況は常に変化します。その中で、「これがダメなら別の動き」、「もっと良い動きをしよう」と、どんどん新しいイメージを持っていけることが大切ですし、今の自分が持っているイメージも、たくさんあるプレーの中のほんの一つに過ぎないのです。しかも、そのイメージも、子供の頭で考えたならとんでもなく面白いことができるかもしれないので、できるなら、“どんなことでもあり”の“子供の発想”から出るプレーや友達が考えている(自分とは違うイメージの)プレーは大切にしてほしいのです。
さて、先ほどのことのあった日、私は、「自分の思い通りに味方の子がプレーをしないこともあること」、「味方の子が自分の要求に応えられない状況があること」を子供たちに話しました。
その話をしている時に、ある子が、ゴールに寄りかかって座り、口笛を吹きながら聞いていました。
9000歩譲っても怒鳴りたい気持ちでしたが、この時、私がこの子に対して注意をしなかったのは、ここには書きませんが理由があります。他の子は、(その子に対して私が注意をしないのは)なんでだろうと思ったかもしれませんが、理由はちゃんとあります。(ちなみに、この子には練習後に電話をし、注意をしています。)
スクールには、こういう、気持ちと気持ちのぶつかりというか、色んな子の気持ちが存在してできる凸凹というか、色んなものがつまっています。
さてさて、それにしても・・・どんなものでも、特徴には良い面、良くない面がありますよね。
この子の口はよく動きます。それが良さでもあるのですが、相手が嫌な気持ちになるようなことも言ってしまいます。でも、もし、相手が本当にその言葉で傷ついてしまうような様子を見せたなら、この子はちゃんと反省します。ただ、相手の子が傷つくような様子を見せないと、この子は気づかないことがよくあります・・・。
そんな時には、相手の子の気持ちを代わりに伝えると、ちゃんと反省します。
つい前も、ゲームの時に、この子の相手チームだった子が、この子との言葉のやりとりが原因でゲームへの積極性をなくしてしまったことがありました。その後、チームを作り直し、この2人を同じチームにして様子を見ましたが、積極性をなくした子は後ろの方に立っているだけという感じで・・・。それにようやく気付いたか、この子、ある場面で、他の子がその子(積極性をなくした子)へ出したパスを途中で自分が止めてしまった時に、普段なら言わない(気づかない)状況なのに、「あ、○○、(パスを取って)ごめん」と言ったんです。実際には、この時には、この子がパスを受けた方が良い場面で、この子はそのままシュートを打って決めているので、自分より後ろにいたその子に謝る必要などないのですが、その子が積極性をなくした原因を感じているので、それまではなかなか言わなかった「ごめん」をちゃんと言ったんです。
そうしたら、その“積極性をなくしていた子”がどんどん前に行くようになりました。明らかに、その「ごめん」の後からです。
その後、「ごめん」と謝ることができた子に、「さっきまであいつはずっと後ろの方にいたが、お前が謝ってから、前に行くようになったんだぞ」、「お前はそうやってちゃんと“ごめん”と言えるところも良さだぞ」と伝えました。そうしたら、次のスクールの時にこの子、ウォームアップの練習でペアを組んだ子に対して、謝る謝る・・・・。
こびるとかではなく、悪い時は謝る、謝れば相手が気持ちよくプレーできる、自分も気持ち良くプレーできる、そういうことを少し感じたのでしょうか、とても楽しそうに「ごっめーん!」と言って練習する姿がありました。
明らかに、それまでとは比べものにならない量の「ごっめーん」です。(こんな時でも私には謝りませんが…。)
その日は私は特にその「ごめん」については何も言いませんでしたが、その翌週も、同じように、2人組でする練習で「ごっめーん!」、「あっ、今の俺(の責任)だぁ!」と・・・。
ちゃんと相手の気持ちに気づけば行動を変化させられる素直さがあるのです。
ちなみにこの日に2人組を組んだ相手の子に対しては、それまで、時には否定的なことを言ってしまうこともあったのですが、この日はその子のことを「○○ってさぁ、本当に守り強ぇ!」と感心しながら言っていました。(その子に聞こえるように言いたかったのかもしれませんが・・・。)
本当に、ちょっと前までは、否定的に言うこともあったんですけどね。それまで、誤解とかで否定的に見てしまっていたということに気づいたのでしょう。
あ、でも、その「○○ってさぁ、本当に守り強ぇ!」と言った直後に「シュートは弱いけど」とまた余計なことを言っていたんですけどね・・・・。(ったく・・・。)
まぁ、今のこの子の段階にはこれぐらいがちょうどいいのかな、と思います。
きっと、この子はこれからもこうして少しずつ成長していくのだと思います。
私としても、急に“おりこうさん”になってしまうより、こうして、ちょうどいい早さで成長していってくれた方が安心します。

一人一人に対して、違う注意の仕方をしたり、同じ子でも状況によって全然違う注意の仕方をすることがありますが、特別扱いの子はいません。・・・というか、私にとってはみんな特別です。
一人一人の違いも、それぞれが、みんな特別です。
「違い」は、常に「良さ」として表れるわけではないので、ソラの空間はいつも凸凹です。
でも、だから、一人一人がたくさん成長できるのだと思います。
まだまだ力が足りず、一人一人を思うように成長させられないこともたくさんありますが、子供の作る凸凹の空間を大切にしていきたいと思います。

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通信80おまけ 「2月」

2月の2週目、U-12クラスのある曜日、私は子供たちに混ざってゲームをしました。
1月はかなり厳しめの雰囲気にしたので、2月からは楽しいモード全開でやらせてあげたいと考えていました。本当はもっと早くそういう時期が来ても良いと思っていましたが、なかなかそうならず、この時期まできてしまったのです。
ですから、時期が遅くなった分、2月はただただ笑顔で、その中で程よいケンカや言い合いがあって、子供が子供のリズムで、子供の感覚でスクールの空間を、サッカーを楽しむような、そんなスクールになればと思っていました。
そんな予定の2月を迎えるため、実は、1月中に、「伸びていないかもしれない6年生がいる」こと、「それは俺の働きかけが良くなかったからかもしれないから、申し訳ないと思う」という話をしました。
そして、「だから、悪いが、お前ら(6年生やみんな)も、自分が成長するように努力してくれ、友達が成長するように努力してくれ、自分から周囲に関わろうとする,周囲に関わろうとしていない子がいたら、関わらせようとする努力をしてくれ」と話しました。
「してくれ」と言っても難しいかもしれませんが、その努力をしてほしかったのです。行動に移すまではいかなくても、他の子をもっと見ようとは思えるはずです。
困って、行動に移せない、それでも別にいいと思います。
まず、もっと関わろう、関わらせようと思う、これが今の彼らにはすごく大切なことだと思っていました。
だから、本気で話したんです。ここでは伝わらないかもしれませんが、かなり本気で話しました。2月を迎える前にできる、最後の手段かと思って話し、彼らも聞いていたと思ったのですが・・・それなのに。

2月のその日、私は怒りました。実際には「怒った」のではないのですが、子供たちにはそう思えたでしょう。
てめーら、約束したじゃんか、という気持ちです。責任転嫁もいいところですが、でも、お前らにだって頼んで、お前らだって受けただろうが、という気持ちです。ところが・・・
実は6年生には、6年生全体へ宛てた手紙を何度か書いていました。
「本当にうまくなりたいなら、一人もほうっておくな。全員でうまくなれ。全員に挑戦させろ、努力させろ。
自分もめちゃくちゃ頑張るし、友達にもめちゃくちゃ頑張らせろ。学校も所属チームも関係ない。ここにせっかく集まった仲間なんだ。全員で関わりあってうまくなれ」・・・他にも色々と書きましたが、こんな言葉の入った手紙を何度も書いたり、消したり、直したりしました。何度も書いたのですが、書いた後にいつもどうするか考え、その度に渡すことはやめようと思い、結局、一度も渡さなかったのでした。
そういう手紙を書いたことがあることを、その日は何度か6年生に話していました。
何で話したのかと言えば、1月に話したことをまだ理解できていないと思ったからです。
このままではいけないと思い、これが(今の彼らの受け取る力、表現できる力を考えると)話をできる本当に最後の最後だと思って話しました。まだ、その時点ではその日の練習の締めくくりであるゲームまでには時間があります。だから、それまでに何とか伝えられればと思い、話したのです。

そして最後のゲーム。
私のミスで失点することもあり、子供に責められることも。別に責められることは構いません。今までにもそんなことはたくさんありましたから。でも、そんな雰囲気がエスカレートした時、ついに、私の怒りも頂点に達しました。
その日にやったどのゲームも、私に文句を言う子やゲームでシュートを打つ子、それを避ける子も、みんな、バラバラな感じ。自分で好きなプレーをして、自分は関係ない顔をして、関係ない顔をしている子のことなどおかまいなしで、みんな好きなことを言ったり、好きにプレーしたり。
さっき話をした時間はなんだったのか、こんなに互いの関係がバラバラで何を楽しそうにしているのだろうか。そう思うととても悔しくなりました。
私に文句を言うのが全員なら別にいいんです。でも、限られた子だけ。シュートを決めるのも、喜ぶのも、限られた子だけ。相手のシュートや攻撃を適当に避けて、シュートを打った側の子は相手が(自分の打った)シュートを適当に避けても、つまり相手が本気で守っていなくても何も感じないで、ただワーワーとやっている。それが6年生のプレーか。一緒に練習をしてきたやつらのプレーか。それで本当に楽しいのか。
そんなゲーム、他のところでやってくれ、うすっぺらい関係のやつらだけでやってくれという感じです。
そんなゲームを自分たちがしていることに誰も気づかないので、怒りました。
ゲームも嫌な感じのまま終わりにしました。最後だけ取り繕うなんてこと、私はしません。
もう終わろうと言った時に、「わかった、ちゃんとやる」と言った子がいましたが、あの日、あそこまで話して、それまでに十分に気づく機会があっても気づかなかったことに、その後すぐには気づけないでしょう。
それまで友達を真剣に見ようとしなかったのに、ゲームがしたいからするというのもふざけた話です。
そんな軽い気持ちで友達のことを考えてほしくありません。だから、嫌な感じのまま、終わりにしました。
なんでバラバラなのだろう。子供たちは、私が“みんなに文句を言われたから怒った”と思った子もいるかもしれませんが、そんなことじゃありません。そんなことの何十倍、いや何百倍も悔しいことだったんです。
この日の練習後、子供たちに次のように話しました。
手紙を書いたけれど、みんなに配らなかったのは、それがなくてもみんなが自分でできるかと思ったからで、その方がみんなにとって良いことだと思ったから。でも、結局、そこに書いてあるようなことを話してしまったのは、俺が自分で勝手に「配らない方がいい」と思ったせいで、みんなが成長せず卒業したら、それは申し訳ないから。だから、話すと。
自分から変わろうとする努力が必要な時に、自分でそれをしない、周囲がそれをさせようとしないのなら、私はもう、どんどん言います。もちろん、何も言わずに様子を見ることもします。でも、放っておきはしません。
そういうことをわかった上で来いと言いました。それが嫌なら、来るんじゃねーとも言いました。これは、彼らと付き合う私の本気です。
自分の殻を破ろうとしない奴、友達のことを何とも思わない奴らにはバンバン言うと、何度も言いました。

そして・・・翌週は違う曜日で、同じようなことがあり・・・。この日はゲームではなく、練習で。
2人組を作らせ、「同じ所属チームの人と組むのはダメ。もし自分がペアを組めても、他の人が同じ所属チームの人と組むことになってしまったら、自分のペアを崩して組み直すこと。そして、全員が所属チームの違う人と組めるように協力すること」と言ったのです。すると2人余り、その2人は所属チームが同じなので、組むことはできず…。それなら、誰かが自分のペアを壊して組み直せばいいのです。が、それができない。
もちろん、ペアを組んだ子と離れることは「相手に悪い」と思うこともあるかもしれませんが、その時の子供たちの表情は、ペアの子のことを思って動かないという顔には私には見えませんでした。誰かがやってくれるのを待っている、きっと自分はしなくても大丈夫、そんな顔に見えました。
「ふざけるな」です。大切なのは実際にできるかどうかではなく、やろうと思えるかどうか、です。やろうとして「できない」のと、「誰かがやるまで待つ、やらないで待つ、その結果、できない」のとでは全然違います。
その後、子供が一人増え、人数は奇数に。一つメニューをやった後、また、同じように2人組を作らせました。一人余り。そして、違うメニューをやり、また2人組を・・・また、同じ子が一人余り。
一人余った子にも、他の全員にも「ふざけるな」です。
子供ではわからないことがあってもいいと思います。でも、「これぐらいはわかるだろうよ」と思います。
それとも、そういうこともわからない、或いはわかっても動けないのか?・・・本当に悔しいです。
友達同士が公園でベンチに座り、お互いに別々のゲーム機を手に持ち、それぞれのゲーム機の中で作られた表情の人物と対話したり、作られた人物を操ったりしているような光景をよく見ます。それが悪いことだとは思いません。私も今の時代の子供だったらゲームを欲しがるでしょう。ですが、こういう時代だからこそ、目の前の友達と触れ合う経験がより必要なのではないのかと思います。
スクールでは十分にそのような経験を大切にしてきたつもりでしたし、また自分自身努力してきたつもりでもありましたが、友達を感じる経験をもっとさせるべきだったのではないかと、今更ながら強く反省しています。
大人のように気を使うとか、そんなことは全く望んでいないけれども、人がそこにいることを感じる、子供の感じ方でいいから感じる ー そういう経験を、もっともっとさせるべきだったかなと、深く思います。
そこにいるすべてのやつの存在を感じろ、こんな程度のつながりで卒業させてたまるか、そう思っています。
おとなしい子が悪いわけではありません。声が小さい子もいるでしょう。でも、それが普段の彼ら、本当の彼らなのか。私はスクール以外の場での子供の姿、スクール以外の友達といる時の子供の姿も見ています。できれば、本当の自分でいてほしい。自分を出せる場、そういう場、そういう仲間にしたい。
もちろん、場所によって、態度やふるまいが変わるのも自然なことですから、今の成長段階に合わないことは強要すべきではないでしょう。でも、そういうことと違い、自分が他の子に関わらなくても時間が流れ、空間が作られていくーそれをそのままただ受け身で見ているということは、自分から選んできたここ、ソラではすべきことではないと思うのです。
ソラに来たなら、ソラにいるやつらを一人一人が感じろ、その中に一人一人しっかり存在しろ、存在させろ、そう思います。こんなことを感じた2月でした。

みんなに同じように笑ってほしいのでも、同じように怒ってほしいのでも、同じように一生懸命になってほしいのでもありません。ただ、自分らしく存在してほしいのです。ソラはお前らの場所だとわからせたいのです。
話がそれますが、だいぶ前、ブログにちょっと書いた、「高校の時の自分が嫌いだ」という文を呼んだ後輩から、「なんで嫌いなんですか?」というメールが来ました。私のことを語ってもしょうがないので一言で言うとすれば、「自分らしくなかった」からです。どんなに後悔しても、その時にはもう戻れません。もちろん、それによって多くのことを学ぶことができたのかもしれません。だから、今があるのかもしれません。
今、私はソラでコーチができて、本当に幸せだと思っています。こうしてソラの子供たちと一緒にサッカーができて、コーチができて、世界一幸せなコーチなんじゃないのかと、よく思います。それでも、自分らしくなかった時のことは一生後悔すると思います。私は高校生だったのに、自分らしくないということに全く気づきませんでした。自分を見失っている時や自分らしくない時というのは、もしかしたら自分では気づかないのかと思います。もちろん、自分の経験を子供たちに当てはめることが良いことだとは思いません。でも、他の人の話でも、「自分らしくなかった」時期に自分では気づかずに大きなものを失ったという類のことはよく耳にすると思います。自分で気づきかけることも、気づくこともあるかもしれません。でも、自分では気づかないこともやはりあるのだと思います。
ソラに来てくれた子供たちには、こんな後悔、経験はさせたくない、させるべきではないと思うのです。
だから、一人一人、自分らしくあってほしいと思うのです。・・・・・・これが、2月に書いたことでした。

そして、もう最終月。
さすがに、もうこれまでに、言うべきことは言ってきたので、あとはできる限り様子を見て、変化を見ていきたい、すべきことのみに集中していきたいと思います。
子供たちのグランドでの行動は、これまでにどのように接してきたかという私の責任が大きいので、子供たちをただ責めているのでもありません。
それに、ソラの子は決して友達の気持ちをわからない子でも、友達との関係を軽く考える子でもないということだってわかっています。
ただ、もっとくっつく力、関わり合える力を持っていると私は思うだけです。
もっと、今よりもっと、一人一人がしっかりと存在して、その存在を掛け合わせたような空間を作れると思っているだけです。だからこそ、それができなかった、その部分がもっと成長できたかもしれないのに、その力があるはずなのに見せてくれなかった2月が悔しかったのです。
お前ら、子供ではあるけれど、もっといけるだろうよ、そう思ったのです。

・・・さて、もうすぐ最終週。
今年度最後の練習、空間まで、自分の責任を十分に感じつつ、でも、子供たちが伸びるように必要な働きかけはしながら、しっかり見たいと思います。

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通信78おまけ 「嬉しかったこと」

ちょっと遅いですけど・・・高校サッカーの話でいきましょう。
昔見ていた子で、高校に進学する直前、入寮する直前に会った子がいました。会ったのは3年前なので、今、高校3年生。彼にとって、冬の全国高校サッカー選手権は今回が最後です。
あれから3年、どんな風に成長したのか、登録メンバーに入ったのかどうか、ちょっと気になっていました。
そこで、お正月に、「えいっ」と実家に電話して聞いてみると、メンバーには入れなかったとのことでした。
もちろん、レギュラーで試合に出ている方が、その子が嬉しいでしょうから私もその方が嬉しいですけど、何と言っても「まだまだ」成長過程ですし、大切なことがたくさんあります。ですから、実は、「もしかしたら、メンバーに入っていないかもしれない」と思って、電話をしたんです。
その子の技術を疑うわけではありませんが、全国大会の常連校なので競争が激しいことは予想できます。今回もその高校は県代表として全国大会に行っていますが、その中で、メンバーに選ばれなかった場合はどんな気持ちでいるのか、サッカーを続けるにしても、続けないにしても、自分ではっきりとした考えがあるのか、なんとなく決めてはいないか、それが気になって電話をしました。
電話をした時には、その子は不在で、お母さんから話を聞きましたが・・・、すごく嬉しい話を聞きました。
その子は、今回のメンバーには入れなかったようですが、フットサル(イメージ的には小さなコートでやるサッカーのようなスポーツ:正確には違いますけどね)の方で、いくつか話があったそうです。
なるほど、メンバー入りはしていなくても、技術的には他メンバーに負けていないということですね。さすが、たいしたものです。あ、これが嬉しかったのではありません。
この子、話のあったフットサルではなく、「まだサッカーを続けたい」から、大学でサッカーを続けることを選んだんです。これが嬉しかったことです。
もし、この子が、今回メンバーに入れなかったことから、自分で納得していないような形、サッカーへの思いを残したまま中途半端な形でサッカーをやめるのなら、それはしない方が良いということを伝えようと思って電話したんですが、この子にはそんなこと不要でしたね。
自分の進路については十分に考えて決めたようです。(小学生の頃の彼からは、想像が・・・。)
そして、今は先生になりたいという夢もあるみたいです。(やんちゃな)自分のような子を何とかしたいから、先生になりたいという夢を今、持っているようです。そのために、教員免許も取りたいと思っているみたいです。彼がこう考えるようになったのは、高校で出会った先生の存在がとても大きいようでした。こういうことも、とても嬉しいです。
今、持っている夢は、もしかしたら、追いかけていくうちに、また、形が変わるかもしれません。
でも、夢を持ち続けるのは、本当に大切なことだと思います。
夢に向かいながら新たに見つける夢は、成長した自分だからこそ見える新しい夢です。
夢に向かって一日一日努力する中で、その日までの自分よりも一日分成長して、そういう成長を繰り返して新たな夢を見つけた時の自分は、走り始めた時の自分よりも成長している自分です。こうして、夢を持ち続けて成長し続けることができれば、どんなに素晴らしい人生だろうかと思います。
あ、そうそう、ちなみに、この子は小学校高学年の時、所属していたチームを辞めています。
大切なのは、チームに所属しているかどうかではなくて、サッカーを続けること。思いきりサッカーをすること。そして、サッカーを好きだという気持ちを持ち続けること。
この子は、別にサッカーが嫌いでチームを辞めたのではありません。
こういう子は他にもきっといるでしょうから、彼のような子が、その後、ここまで成長してくることは、色んな意味で嬉しいですね。

さて、ここまで成長したこのサッカー少年の、小学生の頃は・・・・なかなか面白いヤツでした。
練習中も冗談を言ったり、超真剣だったり。バラバラのような感情、行動に思えるかもしれませんが、根底に流れているのは「サッカーが好き」という気持ちなので、そばにいた私には表面上の行動は別に不自然には
見えませんでした。子供とはこういうもんです。練習後には、早く帰した方が家の人も安心だろうと思い、「早く帰れ」と何度も言うのですがなかなか帰らず、冗談ばかり言っていて。その時に話していたのは、その日の練習のことや、学校のこと、特に話すことがない時には、お互いの足の短さをネタに「お前の足なんて30cmじゃん」、「コーチなんて3cmじゃん」とか・・・そんなことでしたが・・・。自転車に乗ったまま柱をつかみ、ずっと冗談を言っていたり、おにぎりを食べながら冗談を言っていたり・・・。そして、さようならの前には気持ちを思いきり入れて「あっかんべー」を見せたりして。あの小僧が、ここまで精神的にも技術的にも、人間的にも成長するとは。本当に、親御さんから話を聞いて、「へぇー!」の連続でした。・・・本当に子供たちの持つ可能性はすごいですね・・・って別に驚いたりはしませんけどね、それが子供ですから。
「全国大会で活躍する」・・・それも素晴らしいことですし、その子を知っている者とすれば嬉しいことです。
でも、周囲の人に恵まれ、周囲の人と関わりながら、高校の3年間で体も心も大きく成長したこと、子供の持つ可能性をちゃんと私たち大人に教えてくれたこと、こういうことが本当に嬉しかったです。
これからも、この子が周囲の人に恵まれ、また、自身でもこれまで同様に努力を続け、さらに成長を続けて行くことを願っています・・・なぁんて思わなくても、成長していくことでしょうが。
この子の努力とこの子を支えた全ての人に、感謝!

*小学生の頃に所属していたチームにそのまま残るような子だったなら、この子の場合は、もしかしたら、サッカーを嫌いになっていたのかもしれません。嫌いにはならなくても、枠にはめられたような、“その時の指導者的に正解”と思えるだけの小さな範囲でのプレーしか覚えていけなかったかもしれません。
私はこの子のプレーを見ていて、「サッカーが好き」という気持ちを常に感じられましたから、この子が辞めたくなるほどのチームであれば、辞めた方が良かったのだと思います。それは逃げるとか、とりあえず自分に合っていないから合っているところを探すとか、そういう安易なものではないと思います。このように、「サッカーを好きな子なら耐えられない」環境や「サッカーが好きな子が、だんだんサッカーから興味をなくしていく」環境があることも事実です。
もし、皆さんの中にも、チームなどで指導する立場にある方がいらっしゃいましたら、ちょっと振り返ってみて下さい。ソラの保護者の方の中にはそのような指導をしている方がいないことを望みますが(普段、よく話をして下さる方も多いので、そのような方は安心ですが)、これからどんどん伸びていくかもしれない、大きな可能性を小さくまとめてしまうような、指導者の考えの枠の中に入れてしまうようなことをしていないか、少しだけ振り返ってみて下さい。
(子供たちは、友達がサッカーやチームをやめるという経験をするかもしれませんが、それは、ただ弱いとか、サッカーが嫌いだとか、仲間を裏切るとか…決してそんなことではないということを親御さんからも教えてあげて下さい。)

*昨年末、ある子に「ねぇ、ソラの子から、将来、日本代表が出たら嬉しい?」と聞かれました。私は「あぁ、嬉しいね。でも、出なくても嬉しいよ」と答えました。思いを全て話すと長くなるので、思いきり短くして話すと、子供たちには生きていってほしいと思っています。(短かっ!)でも、サッカースクールなので、サッカーが上手になりたいと思っている子の気持ちを裏切らぬよう、最低限、サッカーを上手にさせることは達成した上で、そういう自分の勝手な思いを持つようにはしています。日本代表になるかどうかなども、もし代表になれば、その子が嬉しいだろうから私も嬉しい、知っている子が頑張っている姿を見ることができるから嬉しい、そういう感じです。なので、日本代表にはならなくても、その子がサッカーから得たものを大切にして、どこかで頑張っていて、幸せに暮らしているのなら、しっかりと生きているのなら、それで嬉しいです。(もちろん、子供たちは日本代表を目指しているでしょうし、私が勝手にその気持ちを軽く見てはいけないので、選手として成長させるためにも、練習では持っているものを全て出していきます。)

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通信77おまけ 2008年・・・ 皆さんへ

■皆さんへ
今年も一年、色んなことがありました。
毎日毎日、反省の日々です。←本当はこんなことを言うような真面目な性格ではないのですが…。
帰り道の途中、色んなこと、色んな場面を思い出すと、「なんでもっと優しくなれなかったのだろう」、「なんでもっと厳しくなれなかったのだろう」、「もっと話を聞いてあげるべきでなかったのか」、「理由を聞き過ぎたことが、かえって問題を複雑にしてしまったのではないか(もっと、シンプルに対応してあげた方が良かったのではないか)」、「途中段階での材料(練習メニューや働きかけの仕方)が良くなかったのではないか」・・・等々、考えることがたくさんあります。
現場では、それまでの自分の経験を全て活かして、頭をめいっぱい働かせて、子供たちに働きかけをしているつもりですが、帰りの車の中では、自分がやったことは本来すべきことと正反対ではなかったのかと考えると、なかなかその答えを見つけ出せず、自分の額を拳で打ったり(もちろん優~しく)、自分の未熟さに腹を立てたりすることもありました。正解がないとは思っていても、最低限、自分が納得するだけの理論的な説明はつけられるようにしなければなりません。でないと次に進めません。
・・・そんな毎日でしたが、大きな事故やケガもなく、今年も最後の月を迎えることができました。
自分のできなどに関係なく、これは、本当に嬉しいことです。これも、皆さんのご理解、ご協力のお陰です。本当にありがとうございました。
今年も、スクール中はとてもたくさんの思いを経験することができ、また成長させてもらいました。
2008年最後の練習が終わるまで、気をしっかり入れて、グランドに立ちたいと思います。
そして、少しでも多く、子供たちを成長させたい、自分自身も成長したいと思います。
来年も、きっとたくさんの失敗をすると思いますが・・・、よろしくお願いいたします。

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通信77おまけ 「6年生の強さ」

■6年生の強さ
ある日のU-12クラス。
子供の会話で本当に許せない内容のものがありました。(内容についてはここでは書きません。)
話していた子にはかなり厳しく注意をしましたが、この時のその子への話し方、注意の仕方は、その時の思いつきでそうしたのではありません。これまでにも、適当な大きさ、形で、その子には、色々なことを伝えてきたつもりです。他の子同様、一瞬の行為だけを見て言っているのではありません。
・・・さて、その話の最中、端にいた6年生の子が数人、小さな声で笑い始めました。
ある子が注意されている、真剣な話をしている、その時に笑っています。みんなに関係のある話です。この子にだって話しているのです。とても笑える状況ではありません。
「友達のことを関係ないと思っているお前らにもサッカーを教える気なんかないから帰れ」と、この子たちにも言いました。その後はこの子たちも話を聞き、話し終わった後に私は、この6年生の子の中の一人(話しかけていたと思われる子)を呼びました。この子が呼ばれたのを見た他の子は、「きっと怒られるんだ」と思ったかもしれませんが、違います。笑っていた理由を尋ねるためです。
私は話している間に言葉を言い間違えることもあったので、それがおかしかったのかもしれません。それは仕方ないことだとも思うので、(でも、あそこではこらえてほしかったので)「そういう気持ちもわかるが、あのような場では、笑うのは抑えろ」と言おうと思ったのです。
そして、理由を尋ねると、私の予想は外れ。この子は、「コーチの言ってたこととは関係のないことを○○に話して、笑ってた」と答えました。大切な話をしている時に、それは許せないことではありますが、そのことについてはさっきすでに注意をしているので、「そうか、俺は、俺の言い間違えがおかしかったのかと思った。それで笑っているのだとしたら・・・」と話し出すと、すぐに「そうじゃない」と答え、「でも、あの時に、コーチが言ったように友達のこととか、みんなのことを考えていなかったのは、そうだから、すみませんでした」と改めて謝ってきました。(さっきもちゃんと謝っているし、もうわかっているだろうから改めて謝らなくてもいいのに。)  話して改めて感じました ー 強くなりましたね、コイツ。
自分の悪い部分は、(認めなくてはならない場面では)きちんと認めることができます。
そして、私が、「わかった。でも、俺が言い間違える時があるだろう? その時はおかしくても我慢してくれよな」と言うと、“そんなことはわかってる”という感じで、「よく間違えるもんね。間違えすぎだよ」と・・・。何とも生意気な奴ですが・・・・・でも、とても信頼できる子です。
その後、休憩中などに私がこの子とこれまでと同じようにふざけたり話しているのを見た、最初に注意された子が、(この子と同じように)私のところにふざけてきましたが、私はふざけあったりはしませんでした。だって、その子は自分が注意されたことをちゃんと受け取ってはいないと思えたから。
6年生の子もその子も、みんなの前で厳しく注意されたということでは同じですが、含む内容も、どこまでちゃんと受け取ったかということも、全然違います。同じようにふざけあえるわけがありません。「ちゃんと気づけ」という意味でも、私はそのふざけるような言葉に対して、ただ冷静に答えました。
さて、ここではその話がテーマではないので、話を6年生の子に戻しましょう。
この6年生の子は、4年生の頃、かなり厳しく注意をしていた時期がありました。お父さんが見学に来ている時でも、みんなの前で厳しく注意をすることがありました。色々な理由から、そうする必要があったのですが、4年生の子に対する注意では、私の経験上、過去最高の強さだったでしょう…。
幼稚園の頃のこの子も、2年生の頃のこの子も、3年生、4、5、6年生になったこの子も、ずっと見てきました。ずいぶん長く、この子とは付き合っています。お父さんとも、たくさん話をしてきましたが、技術面だけでなく、精神面でも、この子は本当によく成長したと思います。
これからも、きっと、もっと信頼できる子に育っていくのでしょう。
信頼は、私だけでなく、友達からも、たくさん得ていくのでしょう。
そして、もちろん、他の6年生の子にも、良いところ、強いところがたくさんあります。ゲーム中に見せてくれる良いプレーの中には、良い「気持ち」の部分が表れていることが本当にたくさんあります。
4年生の子には、まだあまりピンと来ないかもしれませんが、一緒にゲームをすることも多い5年生の子には、6年生の技術面だけでなく、こういう強さ、卑怯な強さではなくて、知っていかなくてはならない本当の強さも、見てほしいと思います。

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通信77おまけ 「困りながらのプレー」

最近、ある3年生の子が面白いプレーをよく見せてくれます。他にも面白いプレーを見せてくれる子はたくさんいるのですが、この子の場合は、「少し困りながらのプレー」という特徴があります。
例えば、ゲーム中に、自分の目の前でボールがバウンドする → 手の高さまでボールが上がってきた → 蹴りたいけれど手は使えない → 「どうしよう」 → そして、つい手が出てしまう → でも、「いけない!」と、とっさに手を引っ込める → ボールが下に落ち、また弾んで上に来る → また手が出そうになる → でも、とっさに引っ込める → そして、足でボールを捕らえようとする・・・。
・・・困っていることがよくわかりますが、困りながらも、次のボールの捕らえ方を見れば、サッカーの技術をバンバン吸収していることがよくわかります。
他にも、味方が蹴ってくれたボールを、(自分が周囲の状況を把握していない時は)ついその子に蹴り返してしまって、この時に、足の甲で蹴るので(力加減が難しく)、ちょっと強く蹴ってしまったり・・・。
友達へのパスは、浮いてしまうと相手の子がボールを触りにくいので、ゴロで蹴る方がいいのですが、前から転がってきたボールを足の甲で蹴る時には、ゴロにすることが難しいのです。でも、この子は、そういう時でも足の甲で蹴ろうとするんですよね。
相手の子はびっくりするかもしれませんが、この子がボールを蹴るまでの目の動きを見ていると、本当によくボールを見ていて、丁寧に蹴っているつもりなのがよくわかります。だから、私は、いいプレーだと思います。
・・・実はこのおまけを書いている数週間前、この子に、「ねぇ、ボールが浮いちゃう。どうしたら浮かないの?」と聞かれたので、「ここでこうして蹴れば浮かないよ」と見せたら、何度も自分で練習して、ちゃんと浮かさないで蹴れるようになったことがあったのでした。なので、ゴロには蹴れるのですが、力加減が難しく、まだちょっと強くなってしまう時もあるのです。
(一般的には足の内側のキックが最も正確なのですが、低年齢の子は、体の構造的に足の内側でのキックはまだちょっと難しいのです。)
なので、この子が困りながらも、自然に足の甲のキックを使うのを見ると、面白いなと思います。(足の甲のキックは、強さと方向の調整が本当に難しいので、たまに、「あれ?!」となりますが。)
また、ドリブルも、困りつつのドリブルをよく見せています。
困ってボールを引く、そして逃げる。でも逃げ切れず、またボールを引く。相手が足を出すので、さらに引く、引く・・・。それで切り抜ける時もあれば、取られてしまう時もあります。でも、取られたらすぐに追いかけます。そういうプレー、困った時のプレーが本当に自然でいいんですよね。
ちなみに、困ったプレーの中でも、初めに書いた「浮き球の処理」は、かなりGOODだと思います。
こういう時に、どうしていいかわからず、手を使ってしまう子、ふざけるしかなく、手で取っちゃう子、わざとじゃないけど無意識に手でボールを触る子・・・色んな子がいます。(どれもいいと思います。)
さらに、わざとだけど、周囲にバレないように器用に手を使う子もいます。こういうのを「ずる賢さ」と言う人もいるようですが、これは「ずるい」だけだと私は思っています。いいプレーだと私は思いません。
その何倍もいい、「困った」プレー。これからも、こういうプレーをたくさん見せてほしいと思います。
(この話を書いたのは3か月くらい前ですが、今、この子はさらに成長し、とても上手になりました。)

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通信77おまけ 「チャレンジャー」

12月のU-9クラス。対決形式(1人対1人)の練習をしている時のこと。
ふざけているように見えるプレーがあったり、一生懸命なプレーがあったり・・・色んなプレーが出て、しかも、みんながバラバラでなく、程よく「負けたくない」気持ちが表れて、いい雰囲気でした。
それだけでも、「やるじゃん」と思えるのですが、さらに「ウォッ!」と思ったことがありました。
1対1での対決は、次のようなルールで行いました。(あまり詳しくは書かないですけど・・・。)
攻撃側がボールを持ち、ドリブルを開始して対決はスタート。攻撃側がシュートできるゴールは2つ。(2つのどちらのゴールにシュートしてもOK。) もし、守備側が攻撃側からボールを奪ったら、その時点で攻守が逆転する(守備側だった子がシュートできる)というルールです。
この対決では、有利なのは、初めにボールを持って攻撃をできる、攻撃側の子。(ゴールも2つあるし。)
…なので、もし、守備側の子が相手にシュートを打たせないで終れば、「勝った」という感じにもなります。
さて、練習。たくさんの良いプレーの中で、私が最も「ウォッ!」と思ったのは、ある子の守備時のプレー。
この子の守りがかなり良く、相手がシュートを打てず困っている場面 ― 攻撃側は、シュートを打ちやすい態勢にしたいのですが、そうすると、この守備の子にボールを奪われそうで、それができません。
一方、守備の子も、不用意にボールを取りに行ったら、相手の子はテクニックがあるので、シュートを決められてしまいそうです。ちょこちょこ動きながらも、均衡状態。
そこで、私が「あと10秒」(でこの対決は終り)と言うと・・・先に動いたのは、なんと、守っていた子の方。
そのままの態勢なら、たぶん、守り切れたはずなのですが、そんなことは考えていません。
ボールを取るために動きました。ここでボールを奪うことだけを考えたら、他にも動き方があるのですが、自分がボールを奪ってシュートを決めるとしたら、ここでの動き方は、その子のした動き方ぐらいです。
(その動きをして奪えなければ、かなりのピンチに・・・というか、相手がシュートを決めてしまう可能性大なのですが、引き分け狙いでなく、勝ちに行くとしたら、この動き方ぐらいしか方法がありません。)
どんな動きかと言うと・・・一言で言うと大人的には「そんな無茶な!」という動きです。(他にも、「子供」ならこういう動きをする子はいると思います。)
残り時間が短く、ただボールを取りたかったのか、それともこれぐらいのことを考えてやったのか、どちらかわかりませんが(子供の自由な発想は本当に色々なアイデアを生み出しますからね。瞬間的にこれぐらいのことを考える、動くことは当然あり得ることです)、いずれにせよ、そのままなら引き分けの(守備側の子にとっては“勝ち”に等しい)状況から、ボールを取りに行ったところがかっこいいですよね。
こういう「損をするような動き」、「負けるかもしれないけれど」ということを含んだ上での「ボールを触りたい」という動きができると、すごくサッカーも楽しいだろうなと思います。
本当に良いプレーだったので、みんなに説明しても良かったのですが、まだ3年生ですし、この日はその練習中に他の子もそういうプレーを自然にする可能性が高かったので、説明して時間をなくすようなことはしませんでした。(説明するとすれば、最低限言わなければならないことだけでもちょっと時間がかかりますし、それに、まだ、理論的に覚えてほしいことでもないので。)
でも、本当に良いプレーでしたよ! 
まさに、「失うものは何もない、チャレンジャー」という感じの、子供にピッタリのプレーでした!

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通信76おまけ 「誰のためのプレー?」

少し前に見に行った、子供たちのミニゲームの大会。
ある子の、一つのプレーが気になりました。
この子のプレー以外にも、気になることはたくさんありましたが、それらの気になる内容も詰まっているような、一つのプレーです。
この子のドリブルはスクールで何度も見ています。スピードの変化、方向の変化がものすごく自然で、ゴールに向かってドリブルすればするほど、技術、素早さが向上していくような成長力、吸収力も持っています。ドリブルをしながら、まさに一瞬一瞬、新しいものを得て上達していくような感じです。
さて、その子の、気になったプレーとは・・・
ドリブル中に相手チームの選手のタックルを受け、相手の足がかかり、転倒したプレー。
自然に見えるかもしれませんが、不自然です。だって、スクールでの動きを見る限り、あれぐらいのタックルなら十分に察知できるし、飛び越えてドリブルを続けることもできたはずなのに。
転倒してフリーキックをもらえれば、キック力のある子がシュートを打てる。(小さなコートだから、考えようによってはどこでもシュートを打てる距離なんです。)そうすれば、チームが勝つチャンスが生まれます。だから転んだのでしょうか?
あの転倒は誰のためなのでしょう。
―あそこで相手の足を飛び越えて、その結果バランスを崩してドリブルが失敗したら、あの子は怒られちゃうのかな? 転んでいれば得られたフリーキック、得点のチャンスを逃して、怒られちゃうのかな?
でも、飛び越えた方が、本人は絶対に楽しいだろうに―。
ケガをしないために、きれいに受け身を取って転ぶこともありますが、そういうのとは違います。
本当のプレーなら、相手の必死のタックルを飛び越えてドリブルを続けたり、バランスを崩しつつもゴールに向かったりする時の楽しさを思いきり感じられるのに。そういう時の頭と体の動きはものすごく、たくさんのことが体にズバッと入ります。
自分に今ある力のちょっと上のことに挑戦し、それを手に入れる。そして、今度はそれを「今の自分の力」、「土台」にして、また挑戦をして・・・。そして、どんどん楽しく、上手になっていけるのに。
―あのプレーは・・・きっと、自分のしたいプレーじゃないということは自分でもわかると思います。それとも、まさか、もう、わからなくなっているんでしょうか。自分の気持ちに素直にゴールを目指すプレーより、倒れて反則をもらう方に喜び・安心を感じるようになっているとしたら、なんてもったいないのでしょう。これからたくさんの、「自分の可能性」を感じる経験をしていけるはずなのにー。
そういえば、ボールを相手に取られた時に、すぐにそのボールを取り返そうとできない子もいます。
自分のポジションや役割を考えて「追えない、追わない」経験をしているうちに、無心に、気持ちのままにボールを追う動きが自然に減ってくるのでしょう。これもさっきの転倒と同じです。
ボールを取られて悔しいからどこまでも追いかける、そして追いつく、或いは全力で追ったのに追いつけないという経験もとても大切です。頭と体の働き、こういう時はものすごく、とても成長します。
こういう自分の可能性をたくさん感じられるプレーの楽しさこそ、これから伸びていく子がもっとも知らなくてはならないことだと思うのですが、それを知らず、自分のプレーを抑え、勝利を重ねていくような場面をたくさん見ると、子供たちが本当の楽しさを知っていけるのか、心配です。
自分の本来のプレーをすることを我慢しても、その後で「優勝」や「レギュラー定着」といった良い結果を得られるから、プレーに満足していなくても、それがあまり気にならなくなる。(子供の育成を真剣に考えているチームは、子供たちがこれから伸びていくことを考えて、レギュラーとそうでない子とを明確に分けるようなことはしないことが多いですが。)
本来すべき挑戦を抑えることで他の嬉しさを得る結果、いつの間にか、自分が本当に挑戦した時の楽しさより、周囲に評価される肩書きを得る方が楽しい、嬉しいと錯覚していってしまう・・・なんてことにもなりかねないのではないだろうかと思います。
もちろん、メダル、順位、資格といったものを子供が欲しがるのは自然です。子供の自信や成長に大きくプラスになることもあります。(子供がこれらを目標にするのと、大人が目標にするのでは意味が違います。子供のそういう気持ちをいかに成長に結び付けていくか、これが大人のすべきことだと思います。)
本当は、試合には勝てなくても、100%の達成感を感じられることもあるし、試合に勝っても、100%の達成感を得られないこともあります。ある時点での対外的な一つの基準に過ぎない目の前の目標に向かって、もっと大切なものを犠牲にしながら一生懸命にボールを追いかけている子を見ると、そういう、自分自身の体中で感じることができる本物の達成感を、しっかり知っていって欲しいと強く思います。

これまでに見てきた子の中にも、実際に、「もともと子供らしい、挑戦のつまったプレーをすることの楽しさを知っていた子なのになんでだろう」と思うほど、プレーの質が変化してしまう子がいます。
(自分だってまだ気付かないくらいの!)自分自身の可能性を感じられるプレーをする楽しさよりも、外からの評価を得ようとするプレーが多くなってしまうことがあります。
自分がサッカーを上手になるために、資格、順位などを得ようとするための姿も、「挑戦」と捉えることもできるかもしれませんが、見ていると、それを手に入れるためのプレーは「失敗しそうなことよりも成功しそうなことを選ぶ」といった行動が多くなるようです。
これを、挑戦と言えるのか。例え、言えるとしても、子供たちの、これからの可能性に相応しい挑戦かと言えば、そうではないと思います。(子供たちは、好きなことでは「強くなりたい」、「良い成績を取りたい」と思うのが当たり前なので、良い成績を得ることで自分たちが強くなった、うまくなったと思うのも自然です。それらを得ようと努力するのは自然なことですし、そういう気持ち自体が別におかしいというのではありません。ただ、見ていると、外から得る評価・成績と、子供たちの成長とのギャップが大きいと私は思うのです。また、評価される部分が必要以上にクローズアップされてしまっているとも思います。そのような中では、尚更、本質的な楽しさを、もっと強く知っていく必要があると思います。)
このように、本人的には同じ「挑戦」をするようなプレーをしているつもりでも、「質」が大きく変化してしまう子を、何人か見てきました。
実力がつき、一時的にちょっと自信過剰になる、ということはよくあることですが、それ以上に、プレーの本質まで変わってしまう ー 本当に不思議でした。
そんな中、先ほど書いたある大会を見に行ったんです。
この大会(ミニサッカー)には、この「不思議」に感じた子たちは来ていませんでしたが、そこでのプレーを見て、感じたことはこれまでに書いたようなことで・・・。
そして、ミニサッカーでの子供たちのプレーとは全く別に、「なんでプレーが変わったんだろう、なんで楽しいと思う部分が変わってきたのだろう」ということもずっと考えていたら、そういえば、この子たち(プレーの質が変化した子たち)も、だいぶ前に試合を見に行った時、今回のミニサッカーで見たようなプレーをしていたということを思い出したのです。
別に無理にこじつけようとしてはいません。実際に、考えだした時点では、全く別の問題として私は見ていました。(本質的な楽しさをわかっていた子のプレーが変化する理由となるような背景は理解したのですが、それにしても、「なんでその背景がこんなに影響する?」と考え続けていただけでした。)
そして、今回、全く別のことが気になり、ミニサッカーを見に行き、さっき挙げたようなプレーを見て、「こんなプレーを続けていたらどうなっていくんだろう」・・・と考え続けていたら、「不思議」と思っていたことに、ミニサッカーでのプレーがくっついたんです。
もしかしたら、こういうプレーを続けることが、結果的に先ほどの「不思議」な現象に結びつくこともあるかもしれないと。もちろん、他の考え方もあるはずで、自分の考えが絶対に正しいとは思いません。まだまだ考える必要はあります。それでも、(これでも)もう何年も、何人もの子供たちを見てきた上での考えなので、(今回のケースに当てはまるかはともかく)こういうことも可能性的にはあると思います。
成長するんですよ、子供たち。これからも、とても。

元プロ選手だった方でさえ、子供たちに指導する立場になった時に、「コーチのサッカー経験を子供に押し付けないこと」、「コーチのサッカー経験で子供に教えすぎないこと(戦術的なものも含め)」ということを、コーチングの大切なこととして述べている方がたくさんいます。
プロになるほどサッカーの本質的なプレーを楽しんだ方たちですから、楽しんでいる時にどれだけ伸びるかということ、指導者の考えの枠内に押さえつけることが(色んなプレーをできるようになる可能性のある子供たちにとって)どれだけもったいないかということを良く理解されているのでしょう。
(もちろん、経験を伝えることと、自分の経験してきた枠に子供をあてはめることとは違います。経験を伝えることはとても良いことだと思います。)
それぐらい、子供の発想力は本当にすごいものなのです。
ですが、指導者の考えの枠の中で、“枠内で得られる最高”を得る経験をしていく子の中には、こういう枠や常識にとらわれない発想・発見の楽しさやすごさを忘れていってしまう子もいます。
本当に子供たち、これからずっと、成長していくんですよ。

子供たちだけでする草サッカーでは、審判がいません。
もちろん、反則を受けたために転んでしまったら、審判がいなくてもちゃんと転んだ子から始めるでしょうが、わざと転んでもみんなプレーを続けるでしょう。そういう時でも、余裕のある相手の子は、転んだ子から始めさせてあげようとすることもありますが、こういう時は、転んだ子は、「反則なんてとってくれなくていいよ」と断ることがあります。それが自分のプレーでないことに気づくからです。そんなことしてボールをもらっても楽しくないことに気づくからです。(お互いにふざけあって「転倒」を楽しんだり、テレビなどのマネで転んでみたいと思って遊ぶことはよくあります。)
そして、相手が必死でしたスライディングタックルを見事に飛び越え、ドリブルすることができたなら、先ほど挙げた自分自身で感じられる楽しさに加え、相手からも「テメー、やるじゃん」という「形には見えない」勲章をもらえるのです。
奪われたボールを取り返そうと、とことん追いかけるのもそう。相手の子はそのボールを奪い返そうとしつこく追いかけてくる子のことを肌で感じるのです。「もう追いかけて来ないだろう」と後ろを振り返ったら、“マジ顔”のヤツが追ってくる。それを見て、「ゲッ、コイツ、しつこい!」、「こいつの本気、すげーコエー!(怖い)」と思うのです。これも、メダルや賞状にはなりませんがすごく意味のあること。
草サッカーで、自分の意思でプレーする子たちの顔、いいですよね。
きっと、夢の詰まったプレー、「上へ、上へ向かうプレー」を、子供たちがたくさんできるから。
このような、一つ一つのプレーから楽しさを感じることができるものが詰まった試合と、スコア上の勝利や順位で得られる楽しさに比重が大きくかかる試合(それも、ある枠の中で得られる勝利や順位) ― 今、成長段階にある子供たちにとって、どっちがいいのでしょう。
子供の時には、対外的な評価、メダルとか賞状とか資格とか・・・そんなもの一切なくても、楽しくてのめりこんでしまうような、そんな本質的な楽しさを伝えてあげたいですね。
「本質的な楽しさ」は、対外的には目立たないことかもしれませんが、一つ一つ、大きな意味があると思います。こういうものを見つけられたらどれだけ楽しいか、嬉しいか。(目に見えるもの、対外的に価値を指し示すものに走ってしまうと、本来の楽しさ、嬉しさを見失うことがあるということは、大人にも当てはまるかもしれませんが・・・。)
ここのところ見に行った大会などを見る限り、子供たちだけでは錯覚してしまう環境があるようです。
周囲の大人の、子供にあった目が必要だと思います。だからこそ、子供を伸ばすために、大きな目で見ている指導者の皆さん、大変かとも思いますが、どうかそのまま、子供たちを見てあげて下さい。
ミニゲームの大会の時に、会場でお話しさせて頂いた方は皆さん良い目をされていました。他にも、よくご相談下さる方などもいらっしゃいます。子供たちのことを考えている皆さん、頑張って下さい!
大会などでは良い成績などが出にくいこともあるかもしれませんが、子供が伸びるプレーを一つでも多く経験させてあげることは間違いなく子供たちの財産になります。それこそ、何年も意味を持つような。
子供たちは成長するんです、本当に。成長を楽しめる、これほど、育成年代のコーチにとって嬉しいことはありません。皆さん、頑張って下さい!
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子供たちから「優勝した」、「○位になった」、「○○に選ばれた」と聞いても、(これまでに書いてきたようなことが頭の中にあるので)私は「良かったね!」とすごく喜んだり、褒めてあげたりということができません。頭の中にある考えは置いておいて、せめてその場だけでももっと喜んだり褒めてあげたりすればいいと思うのですが、それができません。
自分が頑張った結果を喜んでくれない、認めてくれない ー 私が子供の立場だったら、なんて嫌なコーチだろうと思います。でも、子供に合わぬものを追いかけさせられた結果、大好きなサッカーから離れてしまった子も見ています。そういう、本来なくてもいいはずのことが起きている中での「優勝」や「○位」ということを聞いても素直に喜ぶことができません。ですから、そういう時は、その分、お家の方が喜んであげて下さい。子供の努力を間近で見ているでしょうし、子供の喜ぶ顔を見ることが自分自身の喜びでもあると思います。親として、たくさん喜んで、褒めてあげて下さい。お願いいたします。

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通信75おまけ 「我慢」から「おならが出る」まで

■ガマン(ブログ「ソラ的な日々」にちょっと載せたものです。)
少し古い話になりますが、夏空の話を。(その時に感じたこと、思っていたことを。)
・・・今年も夏空には色んな子が来ました。
初めて会う子もいたでしょう。初めてペアやグループを組んで練習し、相手が自分の思ったように一緒に練習してくれないこともあったでしょう。
最近(といってもこの文を書いていたのは結構前ですが)、少し思うのは、一緒に練習をする相手がちゃんと練習をしてくれない時や、友達に迷惑をかけたり自分勝手な行動をしたりした時に、自分が我慢してしまう子が多いことです。
その時に我慢して、その後もそのまま何事もなかったかのようにしている子もいれば、やっぱりつまらなかったので休憩中に「相手がちゃんとやってくれなかった」と私に言ってくる子もいます。
私に言ってくる子に対しては、「まずは友達に言ってみろ」と私は言っています。また、自分が我慢してばかりいる子には、「文句言わないでいいのか」と言うこともあります。
相手に不満を言うのではなく、自分が我慢して何とかしようとしている子は、そうしなければならないことも今後の人生でたくさん出てくると思いますし、そうすることで自分も周囲も成長することもたくさんあるでしょうから、立派ですし、すごいとも思うのですが、それでも、本当に文句を言わなくていいのかと、声をかけることがあります。
これまでに、相手の子と充分にケンカをしたり、言い合いをしたりして、色んなことを学んできたのなら理解できるのですが、まだそこまでの経験がないかもしれません。
相手に対してどう気持ちを伝えるのか、優しく言うのか、それともストレートにぶつけるのか。
同じ相手に対してでも、状況によって優しく言った方がいい時と厳しく言った方がいい時があるでしょうし、同じ状況でも相手によって言い方を変えてあげた方がいい時もあるでしょう。
また、本当に気持ちを伝えるのを我慢した方がいい時もあるでしょう。
が、まずはそれらを経験した上で、相手の表情や行動を見て、「あ、言いすぎた」、「もっと言わないとわかってもらえないのか」、「まずは俺が行動で見せよう」などの様々な思いを感じてもらいたいと思っています。
それらを経験せずして、自分の気持ちを抑えることばかりを覚えていくと、どんな時に気持ちを出していいのか、どのように気持ちを出していいのか、わからないで育ってしまいそうで・・・。
もちろん、常に気持ちを出せば良いというものではないでしょうが、少なくとも、出し方を少しずつ覚えていくことは大切でしょう。その中で、気持ちを抑えることも覚えていけると思います。
これは、気持ちを伝えない子にも、伝えてもらえない子にも、いいことではないと思います。
友達が嫌な気持ちになっていたり困っていたりすることを、友達が言ってくれなければ、自分で気づけないこともあります。自分では、みんなと楽しんでいるつもりで、何も文句を言われないから相手は困っていないだろうと行動を続ける。そして、いつの間にか、さっきまで友達だと思っていた子が離れてしまう。それでは悲しすぎます。
気持ちを伝えると、お互いに対する考えが違っていたことに気づくこともあります。
「なんだ、コイツ、いい奴じゃん」とか、「あれ、俺、こんな風に思われてたのか」とか。
まだまだ彼らは子供です。今のうちに、人との関わり方を自然に覚え、言われているのはどんなことなのか、自分を否定されているのか、それとも自分のある行動を否定されているだけなのか、自分が言っていることは相手を傷つけることなのか、それとも相手に必要なことなのか、少しずつ覚えていけるのではないかと思います。
彼らがソラを卒業し、大人と子供の中間になった時に、友達から何かを言われても、過剰な受け取り方をせず、自分に対して適当な大きさで受け取れるようになってほしいと思っています。
ただいつも我慢するのではなく、気持ちを出していい時と出すことを我慢した方がいい時があること、気持ちを出すといっても相手に伝えるためには色々な方法があること・・・
色々なことを、今、ここで充分に感じていってほしいと思います。
子供のサッカーって(サッカーだけではないと思いますが)、昔はそういう場、子供同士の関係から色々学べる場がたくさんあったと思うんですけどね・・・。
あまりに自分勝手なことをやっていたら、「あいつにはパスするのをやめようぜ」ということになり、子供のルールを覚えていく。
例えば、“やっていて楽しい”攻めの時だけボールを追いかけて、“つらい”守りの時に何もしなければ「(守りに)戻ってこいよ!」と言われることになる。それでも戻らなければ、例えその子にパスをすれば得点できるようなシーンでも「あいつが点をとっても(チームとして)面白くない」ということでパスをしない。そして、好きなことばかりでなく、みんなのために嫌いなこともやらなければならないことを覚えていく。
これは、単純に周りに合わせるというのではなく、「一緒に遊んでいるのに友達のことを考えないでいたら、そりゃ、一緒に遊んでいてもつまらないから遊ぶのをやめよう」とか、「頑張っていれば認めるけど、頑張ってない奴は認めないよ」という、子供の社会での当然のルールなのです。
もちろん、友達が勝手にしている時や頑張っていない時だって、ただ受け入れない、認めないというのではなく、手を貸した方が良さそうなところまでは手を貸すよ、という手助けはあります。言葉を発したり、行動で示したり、その形は色々です。ちゃんと、応援ありの中での、子供のルール。
最近、子供の試合を見ていると、完全にポジションが決まっていて、頑張りや子供同士の気持ちなどに関係なく、試合で勝つために、当然のようにパスをもらう光景を見ることもありますが、このようなことが多すぎたら、チームメイトの一員として感じることができる本当の嬉しさや悔しさを、どこまで感じられるのだろうかと思うこともあります。
子供が子供としての気持ちを十分に感じられる場が、たくさんありますように。

・・・と、色々書いてきましたが、夏空の2週目、ある日のU-12クラスで・・・。
対照的な2つの光景がありました。
夏空で初めてソラに来た子、この子は本格的にサッカーをした経験がありません。しかも、4年生。
クラス内では一番下の学年です。周囲には学年が上、サッカー経験が自分より長い子がたくさん。
ですが、練習も一生懸命やっているし、ゲームでも本当に一生懸命ボールを追いかけています。
かっこよくボールを相手から取ることができなくても、何とか追いかけて取ろうとしています。
経験の長い子から見れば、この子がまだサッカーを始めたばかりということはわかるでしょう。
ゲームでは、この子のそばに相手チームの子が何人もいる状況では、この子にパスをしても、相手にとられてしまう可能性があることもわかるでしょう。(そのような状況でボールをもらうのは、経験のある子でも大変なので。)
ですが、この子はこの日、たくさんパスをもらっていたんですよね。色んな子から。
自然にボールが集まっていました。経験とか、初めて会ったかどうかなんて全然関係なく、ただ、仲間として、みんなからパスをもらっていたんです。当たり前の光景ではありますが、でも、すごいなって思いました。
一方、他のチームではこんな光景が。
ある子がシュートを決める。その子は喜ぶ。でも、同じチームの子はほとんど喜ばない。
この日、この子はゲーム前の練習で、友達にパスをする時に相手のことを考えないパスを繰り返したり、練習で使うために友達が用意したボールをどこかに蹴ってしまったりといったことがありました。練習やゲームの開始の時も、悪く言えば邪魔と言えるような行動をしてしまうこともありました。(本来は“邪魔”の一言で表してはいけないのですが。)
もちろん、それらの行動がこの子のすべてを表すものではありません。
とても明るく、初めて会った子とも自然に話をできたり、名前を呼べたり。ただ、その明るさが、その日の練習では、良い方向に表れていなかったのです。
友達は良い方向に出ている部分をまだ見ていなかったので、(それまで、自分たちの気持ちと反対のことをされることが多かったので)その子が点をとっても嬉しくないのは自然なことなのです。
勝ちたいゲームで点をとった時に、友達が喜ぶのと喜ばないのとでは、楽しさが全然違います。
こういう経験も大切だと思うんです。こういう中で、友達との関わり方を覚えていける部分もあると思うんです。
チームメイトの一員として感じることができる本当の嬉しさや悔しさを感じられるサッカー、夏休みにちょっと見せてくれました。夏だけの空間で、よくやりましたね、子供たち。

■補足
私は、練習でいつも同じ友達とばかりペアやグループを組む子に対しては注意をしますが、それも、今、色んな子と関わりを持つ経験をすべきだと思うからです。もちろん、「いつも一緒」、「絶対にコイツがいい」ということは悪いことではありません。
ですが、今、色んな子と関わる中で、自分の良さを相手に伝えることや、知らない子の良さを知ること、自分が(いつもの仲良しの子なら許してくれるけれど)本来なら許されない行動をとってしまっていることがあることなども知ってほしいと思います。そして、自分を省みたり、普段一緒にいる仲間のありがたさをもっと理解したりする必要があることにも気づいてほしいと思っています。
じゃないと、何も気づかぬまま、大きくなっていってしまいます。そして、これまでに許されていたことが許されない時に、成長とは全く反対の行動をとってしまうかもしれません。
人と関わりを持ち、育っていく中で、色んな言い方や表し方をみんな投げたり受けたりしていきます。表面上は全く逆の言葉や行動でも、伝えようとしていることは同じということもよくありますし、表面上は同じでも、実際は全く異なることを伝えていることもあります。
ソラの子だって、笑い方は一人一人違うし、怒り方も一人一人違います。うるさいくらい明るい子、物静かな子、色々いますがこれでいいんです。多くの子、色んな子との関わりの中で、本当に楽しいと思う経験,本当に悔しいと思う経験を子供たちがしていってくれたらと思います。(魅力ある子がこれだけ集まっているので、これを活かさないのはもったいなさすぎます。)そして、子供たちが伝えられていることの本質を自然につかむことができるようになっていってほしいと思っています。

■追加・・・1
と、もう終わる予定だったのですが、夏空4週目にちょっとしたことがあったので追加します。
・・・夏空4週目、子共たちがさらに少し成長した姿を見せてくれました。
そう、頑張っていない味方には、その子がいいポジションにいてもパスをしない・・・。
ゲーム中、ある子が、守りに参加しないのに、失点したら残念がるような言葉を発していました。
その言葉は、GKを責めるというものではなかったと思いますが、それでも、守りをしていないのに、そんなこと言う権利はないんじゃないのか、という感じでした。
ここで私が注意や説明をしても良かったのかもしれませんが、子供たちの成長を見るため、その後、数分、子供たちのプレーを見ることにしました。そして、その間、この子が(得点するためにはいいポジションで)パスを呼んでも、パスはそこには行かなかったんです。
この子は「へい!」と大きな声を出しています。でも、ボールを持っている子がパスを出さない。
パスをしない子にしてみれば、味方が声を出しているのにパスを出さなければ、もしかしたらコーチに「仲間にパスをしない自分勝手な奴」だと思われるかもしれませんし、「まだ技術的に仲間を見ることができない」と思われるかもしれないのに。特に、この日はテーマ的にも、「パスを呼ぶ味方を信じてパスをすること」を子供たちに何度も言っていたので、パスをしなければ、それを理解していないと思われる可能性の方が高いのです。(もちろん、状況的に、技術的に、パスを出せない状況もあったとは思いますが。)
逆に、パスをすれば、「こいつはみんなにパスをする良いヤツ」とか「遠くまで見ることができるボールコントールを持っている」などと思われ、さらに「テーマをよく理解、実践している」と良い評価を得られるかもしれません。それなのに、パスをしない。技術のある子も、理解のある子も。― 頼もしいです。「子供」です。
たぶん、私が子供でも、自分たちが一生懸命に守っている時に守りに来ないで、自分たちが攻めの時だけパスをもらおうとする子には、パスはしません。それだったら、他の、一緒に頑張って守ろうとしてくれた味方にパスをします。その方が楽しいんです。
もちろん、その子はべつに守りをさぼっていたのではないと思います。悪気もなかったのでしょう。
もし、「そんなこと言うんだったら守りに戻ってこいよ」という仲間がいれば、気づいたのかもしれませんし、気づけばいいプレーもたくさんできたでしょう。でも、まだ(期間的に)そこまでの関係にはなっていなかったので、このようなことになっただけです。
それでも、夏休み中の一か月のメンバーで行う子供のサッカーとしては、上出来です。
これでいいと私は思います。こういうサッカー、どこまで子供たちが発見できるのか。
これからも、「子供」のサッカーからどんなものを子供たちが発見できるのか、楽しみです。

■追加・・・2
・・・と、ここで終わるつもりがなんとなんと、2学期最初の水曜日コースで、出ました!
「だって、お前どうせパスしないじゃんかよ!」という声が。こういう声が必要なんです。
ゲーム中、ボールを持つとまずゴールを目指す…すぐにシュートを打てなければ、ドリブルからシュートに持ち込もうとする。ドリブルですぐに相手が抜けなくてもなんとか抜こうとする。
だから、パスをすることがあまりない・・・というように思ったのでしょうね。味方の子が、そのようなプレーをしている子に対して、さっきの言葉を発しました。
もちろん、相手はそういうつもりでなかったかもしれませんが、あまりにも自分勝手にプレーしていたら、そう言われるのです。
実際に、この時は、これを言われた子は、確かにドリブルが多く、また雰囲気的に自分勝手にやっているように見える感じもあったので、そのように言われても仕方がないと言えば仕方ないのですが、違うチームの時には、ちゃんとパスをしている場面がたくさんありました。
もちろん、ドリブルでガンガン行くプレーも多かったですが、無理に狙えばシュートを打てる場面でも、味方の子に、優しいパスをする場面もありました。ですから、決して自分勝手にだけプレーをしていたわけではありませんでした。
この子のプレーが自分勝手なようになる時と、そうでない時の違いは、相手チームの守備でした。
(さっきのことを言われたゲームでは)相手の守備がそこまできつくなかったので、この子がボールを持った時にはすぐにシュートを打てる場面ばかりでした。だから、パスをせず、打っていただけです。また、ドリブルで相手が抜けず、この子がつらい態勢になっても、そこでさらにボールを奪いに来るような守備者がいなかったので、またこの子がボールをキープしながら色んなことを考える余裕があったのです。
その結果、(あまりきつくない守備なので)パスを要求する味方の声も、「今出せ!」というような緊張感のある声よりも「へ~い」というようなリラックスした声が多く、また、パスをもらうための動きもサッと動くような感じではないので、パスが出ず、この子が一人でボールを触る時間が長くなったのです。
言った子も言われた子もどちらもべつに悪くなく、強いて言えば相手の守備、全体の守備意識が問題だったので、この原因は子供たちにはわかりにくいかなと思い、この時は、もっとボールを奪いに行くように全体に話しました。
ただ、私がその説明をする前に、すでに、さっきの言葉を言われた子はもっと周囲を意識するようになりましたし、言った子も言った手前、頑張らないわけには行かないのでさらに頑張り、お互いのプレーが良くなっていました。
何かを言われると、その時は感情的に言い返すことがあったとしても、それにより、何かに気づいてプレーが変わることもあります。また、言った側も、相手が自分の言葉を受け取った時の顔やその後の行動を見て、プレーがより良くなる、相手への考えを改めることもあります。
こうして、お互いに多くのことに気づき、そして、技術的にも成長していくことがあるのです。
・・・なかなか面白くなってきました。日に日に成長を見せています、子供たち。いいぞ!

■引き寄せろ
しつこいくらいに続きます・・・すみません。←一応、“しつこい感”を少しでも和らげるために、「引き寄せろ」という題にしてみました。本当は、「追加・・・3」という題なんですけど。
先程のことがあった日、その、自分勝手にやっているような子に対し、別の子がとった、ある行動。
ゲームで並ぶ時に「べつに並ばないでいいよ~」と言い、なかなか並ばないその子。
みんなは早くゲームをしようと並んで待っていました。
そして、やっとその子も並んで、みんなで“よろしくの握手”。この時もこの子はちゃんとせず、相手の顔も見ず、雑に相手の手を面倒くさそうにさっと触り、(相手は握手をしようとしていたのに)すぐに離れてしまいました・・・いや、離れられません!
なんと、相手の子が、さっと離れようとしたその子の手を強くつかみ、ぐっと引き寄せたのです。
ちょっと決心したような顔で顔は赤く、少し笑って、でも、しっかりと強く、引き寄せました。
引っ張られた子は、一瞬驚き、その後は、照れと嬉しさと混ざった顔でニコッと。
このすぐに離れてしまおうとしていた子、それまでの並ぶところでも、なかなか並ばなかったり、好き勝手なことを言ったり、並んでも、一人だけ練習に関係ないことを言ったり・・・少し、他の子との雰囲気上の差が出てきていました。
ただ、この日は水曜日。水曜日は「大人なしでサッカーしてみろ」的な部分もあるので、私はほとんど注意もしませんし、子供たちの間にも入りません。ですからこの時もじっと見ていました。
そして、さっきの場面になったのです。
その時、腕をグイッと引っ張った子の、ちょっと「間」があっての引っ張りと表情を見て、私は、友達がその空間から離れてしまう、孤立してしまうことを止めたかったのではないかと感じました。
「そんなこと考えつく?」と思われるかもしれませんが、この子なら、できるかもしれません。
この日は、練習前からこの2人は遊んでいて、練習中も2人組を組んでいました。
もともとそんなに絡む方ではありませんが、この日、2人はかなり絡んでいました。
練習前の遊んでいる様子も、初めて友達になる時のように、ちょっとぎこちないのですが、それでも「一緒に遊ぶ」という心でつながっていたようでした。
ですから、さっきまで一緒に練習していた子が、急に周囲と違いすぎる方に行っている、何かおかしい、何か嫌だ、何とかしたい・・・そういう思いから、引っ張ったのかなと思います。
もしかしたら違うかもしれませんが、言葉にはできない思いが働いての行動だと思います。
あの時、本当に、ただサッと手が離れてしまったら、本当に好き勝手なことばかりして、きっと、周囲の子はその子と一緒にやるサッカーを楽しいとは思えない状況になっていたでしょう。
そうしたら、その(離れた)子がかわいそうです。(良いところがたくさんある子なのに。)
それを食い止めたかったのかなと思います。子供たち、本当に頼れるヤツラになってきています。

■おならが出る?
もう、いい加減に終りにしてという感じでしょうが、実はさっきの話と続いていますので。
文句があるのなら子供たちに言って下さい。だって、書きたくなるようなこと、するんですもん。
さて、その「グイッと腕を引っ張った子」が、ゲーム中に転倒してしまいました。
相手チームの子の足が引っ掛かってしまい、結構勢いよく転び、おしりを打ちました。
その子が「おー、痛ぇー!」と言うと、足をかけてしまった子が「ごめん、大丈夫?!」とすぐに声をかけました。本当に心配して謝っているのがよくわかります。
すると、この転んだ子、「オナラが出る~!」と。心配した子も、そばにいた子もゲラゲラ状態です。
きっと、心配させないように、こんな冗談を言ったのでしょう。結構、痛そうでしたけどね。
この子、本当に心も体も強くなっています。上手になっているのは明らかですし、親御さんからの話を聞いても、心身ともに成長していることがよくわかります。それがよくわかる、一場面でした。
さっきも書きましたが、水曜日は大人なしでのゲームをイメージしています。
この日は、2学期最初の水曜日コースで、子供たちは一人一人、自分のイメージではじけていて、ゲーム開始時点では、みんなバラバラでした。
色んな言葉、他人に関係ない独立した言葉、自分だけの好き勝手な言葉が飛び交い、ゲーム開始後も10分くらいは「この後、どうなるのだろう」と思って見ていました。
場合によっては、注意に入らなければならないかと思いながらも、見極められる限界までは見極め、その上で大人として子供の中に入るなら入ろうと思っていました。
そんな中、さっきのような状態まで、子供たちが持って行ったんです。
本当に、開始直後には想像できないくらいの、立派な「子供サッカー」でした。
ここまで子供たちに力を見せられたら、こっちもさらに、頑張りたくなりますよね。お互い、切磋琢磨して(勝手に子供たちの仲間に入れてもらっています)、良き空間を作っていきたいと思います。

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通信74おまけ 「つり合い」

(「ソラ的な日々」にすでに一部載せたものです。)
子供の時に、遊びのような感覚の中で覚えた方が良いプレーはたくさんあります。
そのようなプレーの中で、その習得する過程を見るコーチとして非常に見方、捉え方に苦しむのが、「相手との駆け引きを楽しむプレー」です。
普通に、「対決」という感じで駆け引きをしていれば捉えやすいのですが・・・。
子供が遊びのような感覚で、成長する範囲内で、相手との駆け引きを楽しんでいるのかどうかという捉え方が、非常に難しいのです。
例えば、“相手”対“自分”の、“1”対“1”の対決形式の練習で、もう相手を抜き去っていてシュートを打てる状況なのに、わざと相手が守りに戻ってくるのを待ち、その戻ってきた相手を再びかわす、そして、また、シュートを打たず、わざと隙を見せるようなふりをして、またボールを取りにきた相手をかわす・・・なんてことを子供がすることがあります。
(大人として)見ている側としては、何度もかわされる子も大切な子なので、その子をバカにしたようなプレーはさせたくありません。(これはその時のお互いの表情を見て感じることなので、状況にもよりますが)そのようなプレーをされる子のことを考えても嫌ですし、子供がそういうプレーをするのを見るのも嫌です。
そのようなプレーを見ていると、「お前、ふざけるな」と言いたくなります。
ですが、実は、この、わざと隙を見せておいて、相手がきた瞬間にかわすことや、自分が余裕を持てる範囲を計りながらプレーすることを覚えることは大切なことなのです。
相手との間合いやタイミングの取り方を覚えていく上で、遊びながら何度もやることは必要です。その中で、何種類ものかけひきを覚えていくことができます。そんなかけひきには、何とも説明しようのない相手との「間」をつかむ感覚であったり、ぱっと何かをイメージする頭の働きであったり、そういうものがたくさん詰まっています。(また、何度もボールを取りに行く子も、その経験を繰り返す中で、「こう走ったら、このタイミングで相手が動くかな、こうやって俺を抜こうとするかな」という感覚をつかんでいくこともでき、何度抜かれたとしても、ボールを取りに行く子にはメリットがあります。)
ただ、コーチとして、こういったプレーを見る時に気をつけなければならないのは、これらのかけひきを楽しむプレーは、ただ「相手をバカにするだけのプレー」にも変化することがあるということです。
ふざけているように見えても、お互いに遊びの範囲内で、「対等な立場」で、相手をバカにしているように見えるだけなのであれば、問題はないと私は思います。もちろん、見ている側として心理的には苦しいですが、もっと奥を見なければならないし、もっと先を見なくてはなりませんので。
でも、例えば(バカにされているように見える)一方の子が、全力でやって負けるのが恥ずかしいから、余裕でやっている子に対して自分もふざけたような感じで対応するというのは、これは、この子が自分で負けると思っている時点で、「対等な立場」とは言えないので、よくないと私は思っています。
この場合は、そのような状況で頑張るのも大変かもしれませんが、バカにされているように見える子が頑張るべきだと思います。
ふざけてやっているように見える相手、余裕を持っている相手は、実はちゃんと距離を図っていたり、動きのタイミングを計っていたりして、結構、頭を使ってプレーしているのです。だから、手を抜いている、バカにしているように見える“見かけ”ではなく、中身に対して、対等に行ってほしいと思います。
例えば、表面上は簡単に負けちゃいそうな顔をして油断させておきながら、いきなりガッと奪いに行くとか。こういうのは、こちらも別にふざけているわけでもなく、しかも、あきらめているわけでもないので、関係としては対等です。もしそれでかわされてしまっても、「ちくしょう」、「ちぇっ」と思えますから。(もちろん、表面上も中身も全力で取りに行く、何度かわされても恥ずかしいなんて思わず、ただボールを奪いたい、悔しいから取りに行く、そういうプレーをできる方がすごいと思いますが。)
また、相手をバカにしているように見える子が、一生懸命な相手に対して、本当にただバカにしているのなら、それも対等な立場とは言えないのでよくないと思います。
バカにしているように見えても、相手の全力に対して、実はちゃんと準備をしている、そして、わざと隙を見せる、というのならいいのですが、そうではなく、ただ実力差を見せたいだけでプレーしていたり、自分に対して全力で来ている者をバカにするだけのプレーをしたりというのは、成長につながるとは思えないので、よくないと思います。
そんなことをしていたら、努力することの大切さをわからなくなってしまうかもしれません。そうなってしまったら、本当の成長、大きな成長を続けていくことはできません。
実は、7月のU-9クラス、ある曜日の練習ではこんなことが繰り返されて、上のどちらにも当てはまる部分があったので、見ていて、捉え方、評価の仕方が非常に難しいことがありました。大人としては、どちらの子のことを思っても、相手をバカにしているように見える時点で注意をしたくなるところなのですが、その行為の中に含まれていることが、ただバカにするだけということとはちょっと違うので、また、相手の子の吸収力、成長力を見ると、言葉を飲み込む必要もあり・・・。
このように、大人から見たらなかなか理解できないようなこともある、非常に難しい中で子供たちはサッカーをすることもあります。成長していくこともあります。
子供たちは、せっかく色んな子に関わり合える場に来ているので、お互いの存在として、同じ立場で対等に、その上でバンバンぶつかり合いながら、成長していってほしいと思います。
そして、そういう場になるように、子供たちのプレーを注意して見ていきたいと思います。

*高学年の子なんかでは、これに戦術的な意味も含めて、「そのプレーは良くない」ということもあります。また数年前は、U-15クラスの子に、その後のことを考えて、敢えて私たちが子供たちをバカにするようなプレーをし、その中でさらに差を示し、そういうバカにされたような状況でも自分は全力でやらなければならないことも伝えました。中学、高校では相手をバカにしたようなプレーをする子も出てくるかもしれませんから。でも、そこまでの技術を身につけるには相当努力をしたはずです。もちろん、努力をして上手になったら相手をバカにしていいということではありませんが、それまでの努力の結果としての現状(自分がそれまでに頑張っていた以上に、そいつはそれまで頑張っていたということ)もわかった方がいいですし、それをわからずに、ただ相手がちゃんとやらないことに不満を持っていてもしょうがないので、(それに最終的にはそんな相手も乗り越えなくてはならないので)そんな話もその時にはしました。
 非常に難しい、微妙な部分もありますが・・・。

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通信73おまけ 「オウンゴール」などなど

「オウンゴール」という題で、「ソラ的な日々」に載せた内容が次のものです。(ちょっと文章を加えています。)
6月のU-12クラス。
ゲームの時にオウンゴールが一回。守ろうと思ってゴールの方に戻っている子の足にボールが当たり、そのまま自分のゴールに入ってしまいました。高学年になると「オウンゴール」という言葉も知っている子が多いので、「オウンゴールだ」と何人かの子が言いましたが、本人も一瞬、「あぁ!」と悔やんだものの、次の瞬間にはもう動き出していて、数秒後には自分でちゃんと得点を決めてきました。しかも、その得点、色んな技術と気持ちの組み合わさった、まさに本日のベストゴール!オウンゴールは、守ろうと思って足を出した子がよくやってしまうこと。つまり戻ろう、守ろうとしている子、頑張っている子のプレーです。こういう子はいいプレーができるんですよね。4~6年生の子がみんな混じってやるゲームだったのですが、この子は4年生。
結構、6年生や5年生を相手にプレーするのは大変なんですけどね。しかも、その中で自分のミスを自分でちゃんと返して・・・。(しかも本当はミスじゃないのに!)  いいじゃん、いいじゃん!
点を取った時は本当に「やったー!」と喜んでいました。私も、驚くと同時に喜んじゃいました。
点を決めても嬉しくない時もあるじゃないですか。そういう時に無理に喜ぶのってどうかと思いますが、こういう自然な喜びってやっぱりいいですよね。
これからも、本当の表情をたくさん見れるスクールにしたいですね。
      ↑
・・・と、これがその日の「ソラ的な日々」に載せた内容なのですが、実はこの子は、その前にも「ソラ的な日々」に登場しています。その内容が次のものです。
                   ↓
(天候不良の関係で)今日はU-12クラスしかできませんでした。
そのU-12クラス、かなりみんな頑張ってましたね。
途中から大ゲームをしましたが、本当にみんな良かったです。ーが、途中から一人だけ様子に変化が。動きが少なくなり、表情もさっきまでとは違います。しばらく様子を見ましたが、元に戻る様子もなく・・・。さっきまで頑張ってたのに、どうしたのだろう?
他の子はそれまで通りいいプレーを続けています。練習終了まで残り10分くらい。さぁ、どうしましょう。
このまま放っておけば、この子を除く8人の子は「ナイスプレー」で笑顔で終了。
スクールとしてもいい雰囲気です。ーが、そんなのイヤですよね。同じグランドに立ってて。そんなのを良しとするのはコーチじゃないですよね。(と、私は思っています。)
もちろん、悔しさやつまらなかったという気持ちを持ち帰らなければならない時もありますが今日は違います。
だから、どうしてなのか、聞きました。無視をされても、何度も聞きました。
本当はすぐに「おい!」と言いたくなるところでしたが、誰でも素直になれない時もあるし、もし「怒られる」と勘違いしていたら、怒られたくないので声が聞こえないフリをすることもあります。だから、感情的にならず、なんとか話を聞こうとしました。
そして・・・それでもちゃんと話をしてくれないので、強めに話をしました。
素直になれない時があってもいいと思います。理由を言いたくない時や、特別な理由のない時もあるでしょう。でも、そういうことを考えた上でも、自分を心配する人に対して、とるべき態度かどうか。
その時のその子の態度は、親、友達、仲間・・・自分を心配する人に対して、とっていい態度ではなかったと思います。だから、叱りました。(本当は、もう一人、大人としてそばにいれば、その人が叱ればいいことなのですが、この時は佐藤コーチには他の担当があったので、私が自分で叱ることに・・・。自分の言うことを聞いてくれないから怒るようで、あまり格好よくないですけどね・・・。この時はしょうがなく・・・。)
普段の、じゃれあったり、言い合ったりする関係は表面上の関係か?そんなつもりで私は子供たちに接しているのではありません。それも伝えました。・・・こんなことを私がしなければ、見栄え上は90点のいいスクールになったのですが。こんなことをした結果、見栄えはかなり悪くなったことでしょう。でも、私はこれからもこれでいきます。9人来たら9人が伸びる空間を目指します。90点なんかいりません。そして、本当の信頼関係を築けぬまま、コーチと子供としての表面上の付き合いをつづけるよりも、本当の関係を築くことを目指します。だから、見守りはしても、放っておきはしません。何と言われようが、これでいきます。
    ↑
・・・と、まぁ、こんな感じの日があったりなんかしたのでした。
私はよく子供たちに注意したり、叱ったりということがありますが、注意されている子、叱られている子が、決して「悪い子」などということはないということです。みんな、すごいんです。
たまに、親御さんから「うちの子が話を聞かずすみません」とか「うちの子は生意気ですみません」というようなことを言われることがありますが、決して謝られるようなことではありませんので。
私が怒っていたら、「あぁ、またあのオヤジ、怒ってやがる」程度で見て頂けたらと思います。

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通信73おまけ 「大丈夫?の続き」

(以前に「大丈夫?」という題で載せた内容に文を加えたものです。)
U-12クラス。
子供たちは、特別に仲のよい友達が一人だけいる子や色んな友達と仲良くしている子がいます。
どちらもいいことです。でも、周囲にいる色んな子の良さを知ってほしいし、周囲の子に自分の良さを伝えてほしいので、友達や仲間はたくさん増やしてほしいとも思っています。
さて、6月のU-12クラスで次のようなことがありました。
ゲーム中に、自分のキックを止めに来た相手の子が転ぶ。それに対して、ボールを蹴った子が、転んだ子が体を強く打たないようにさっと手を出す。転んだ子の勢いは、その手に触れるほど強いものではなかったけれども、さっと手が出たんです。そして、使わなかった手を引っ込めて、転んだ子に「大丈夫?」と。
当たり前のこと ― そう思われるかもしれません。でも、これは特別なことでした。
私は本当に嬉しかったです。心配して手を出したことが、とても、本当に、嬉しかったです。そして、その後の、「大丈夫?」の一言も。
この子は、ある特定の子とはとても仲がよく、表情もとても素直に出します。その、仲の良い子と一緒にいる時はとても子供になって、体もよく動いているし、声もよく出ているし、表情もいきいきしています。
でも、その他の子とは少し距離がありました。別にこの子が悪いわけでもなんでもありません。本来、この子には何の責任もないのに存在する距離 ― この距離が気になり、ずっとどうしようか考えていました。
考えて働きかけをしても、それがすぐに効果を出すことはなく、考えて、考えて・・・働きかけては様子を見て・・・という日が続いていました。
これまで何年も子供たちを見てきています。じっと待たなければならないことがあることも、焦ってはいけないことがあることも、私も十分にわかっています。それに、働きかけたところで、今の私の力で、この距離をすぐに取り除くことができるかと言えば、正直、そんなことはできないかもしれません。
でも、一年は長いようで短いものです。何もしなければ、一年はあっという間にたってしまうんです。
できるかどうかではなくて、これは、コーチとしてやるべきことなんです。努力することはできるんです。
今のクラスで練習をするのは一年間。だから、この中で得られるものは得られるだけ得てほしいと思います。ここにいる中で得られる成長は、できる限りしてほしいと思います。
どこまで伸びるのかということをおそらく本人はわからないでしょうが、この年代の子はとてつもなく伸びるんです。たった一年でも、存在の掛け合わせの力は非常に大きく、それが力を発揮した時には、その伸びには限界などありません。
それをこの子にもしっかり知ってほしくて、この一年を大切にしたくて、考えて働きかけて、・・・なんてことを繰り返していたのでした。
そして、今日見れた、一見、当たり前の、でも、実は大きな意味のある光景・・・。
実際に、私たちの働きかけが効果を上げたのかといえば、そうでない確率の方が高いでしょう。
でも、こうして自然に他の子に接する姿を一日も早く見たいと思っていたので、例えそれがコーチの働きかけの結果でなかったとしても、それはそれとして謙虚に受け止めて、そんなこととは全く別に、ただ嬉しいんです。
はじめの一歩 ― 歩き出したんですよ。
もちろん、これからまだまだ伸びていかなくてはいけません。距離だって、まだ全てがなくなったわけではありませんし、私との距離も、まだ残念ながらあります。これも私の責任、問題です。力不足を痛感しつつ、でも方法を見つけ、絶対に何とかします。まだまだ伸びることができるんですから。油断しないで、妥協しないでしっかり見ていきます。とにかく、私は私にできることをするだけです。
それに、例え私の力が及ばなくても、一歩自分で前進した子、前進させた周囲の子たち・・・この子たちならやってくれる、そう思っています。

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通信No.72おまけより

■見学されている方へ感謝

U-6クラス、U-9クラスでは、子供がふざけたり、友達に意地悪なことを言ったり(言われたり)という様子もよく見られますね。
見ている親御さんは自分の子に注意をしたくなる時もあるでしょうが、そういう時でもグランドの子へは声をかけないようにお願いしています。
特に、自分の子が練習の雰囲気を壊しているように見える時には、一生懸命に練習をしている他の子がかわいそうなので、ちゃんとやらないように見える我が子に注意をしたくなると思います。
そういう時でも、皆さんには言葉を外からかけないように私はお願いしています。
おふざけ、言い合い・・・色々ありますが、一人だけでなくみんなが成長していくためにはどうすべきかを判断するために、まずは様子を見るようにしているので、これからもご協力をお願いいたします。
子供の行動には子供ならではの理由があることもあったり、理由がありそうでなかったりなんてこともたまにあるかもしれませんが・・・理由を考えた上で(こちら側で)どうするか考えなければならないこともありますし、また、理由の有無に関わらず、周囲の子のことを考えずに行動した結果、周囲の子がどう思うか、自分が何と言われるかというようなことを友達の言葉や反応から知った方がいいこともたくさんあります。また、周囲の子も、自分や相手のために、例え相手が仲の良い友達だったとしても何かを言わなければならないときがあることを覚えていかなくてはなりません。
もちろん、子供の取る行動・表現が周囲に対してマイナスにしかならないという場合やお互いに受け取れないようなものであったり、相手に投げてはいけないような言葉・行動であったりした場合は、私の方から注意をしますが、実際には「どっちもどっち」というような、(子供であれば)その状況でなら、そのように表わしたくなるものが多いので(どっちもそれを経験して成長できるような)、まずは様子を見るようにしています。
例えば、分かりやすいので子供の発する言葉について取り上げれば、子供が放つ言葉には、「お前、弱い」というような、言われたらグサッとくるような言葉も多くありますが、とても単純な言葉で、相手にそのまま届くものが多くあります。
それがどんな意味か、お互いに説明をする必要があると思った時は話しますし、放っておいたら受け取り方を間違ってしまう、あるいは、元々のことから離れてエスカレートしてしまいそうな時には子供たちの間に入ります。
また、言われた側の子が1人で処理するのは大変そうな時は、少しだけ手を貸すこともあります。
ですが、そうでない時、お互いに適当な大きさで解釈できている時、言われた側にそれを処理する力、返す力がある時はそのままにすることもあります。(場合によっては複雑な心の変化もあるのでしょうが、子供がその言葉を発する元となることも単純なことが多いので、子供たちの中に入っていく場合でも、勝手にこちらで必要以上に言葉の意味を複雑にしてしまうことのないように気をつけてはいます。)

そういえば、昨年の11月、U-6クラスのゲーム時、チーム分けの際に、ある子がみんなに「弱い」と言われることがありました。
「弱いからいっしょのチームやだ」と言われていました。言われた子を見ると、ちゃんとそれを返せそうでしたが、さすがに少し相手が多いので、ちょっとだけ手を貸すことにしました。
みんなに「そんなこと言っちゃダメだよ」と言ってみんなをすっきり良い方向に持っていくことも良いことだと思いますが、この時はそんなことを言わずに、「コーチはそう思わないから(その子と)同じチームになっていい?」と聞き、みんなが「いいよ」と言ったので、「弱い」と言われた子と一緒になり、ゲームをしました。極力その子の力で進ませることにしました。
そして、そのゲームでは、さっきみんなに「弱い」と言われた子はシュートを決めたり、相手のシュートを止めたり、大活躍。これで十分です。
そのゲームの後、「チームを変えるよ」と言うと、さっきその子に「弱い」と言った子たちが、その子と同じチームになりたいと言いました。理由は、「強い」から。
こうやって、自分に対するマイナスの評価は自分の努力で覆せるという経験を、子供たちの大きさでたくさんできればいいと思いますし、友達の言った言葉の大きさを知ること(自分に対する絶対的な評価などではなく、この例のように簡単に変わる一時的なものであることが多いこと)も経験してほしいと思います。また、「弱い」と言った子たちには、「弱い」と思った子が実は「強い」ということを知るような経験もたくさんしてほしいと思います。
「優しさは教えないの?」と思われるかもしれませんが、初めから形式的に「優しさ」を教えるよりも、そうやって、ストレートな言葉を投げあう中で、相手の、泣いたり、笑ったり、怒ったりという反応をお互いに受け取っていく方が、また自分で実際に言葉を受け取る経験をした方が、幾通りもの優しさの表し方、受け取り方も育っていくのではないかと思います。その後で、自分だったらどんな気持ちになるかを教えてあげてもいいのかなと思います。(相手の立場になって考える、自分だったらどんな気持ちになるかを考えることって、実際に経験していないと本当に難しいことだと思いますので。)
ちなみに同じ時期、U-9クラスではこんなことがありました。
1,2年生でゲームをした時のこと。
ある1年生の子とある2年生の子の間で、言い合い、追いかけ合いがありました。
その日、ある程度までは関係を修復しましたが、スッキリと「さわやかに仲直り」という感じではなく、お互いの関係についてはモヤッとしたまま終了。でも、お互いに、相手に対してちょっと自分が悪い部分があったことはわかっているようでした。それなら、モヤッとで帰るのもいいでしょう。
そして、翌週。
2人組でやる練習。まず子供たちに自由に2人組を組ませ、(当然、その2人は一緒には組んでいません)、その後でちょっとだけペアを変えさせました。そう、先週ケンカした、その2人組にしちゃいました。
様子を見ていると、ちゃんと笑ってやっています。お互いにふざけすぎると相手に対して「お前!」と怒りたくなるようなことが起こるかもしれない練習でしたが、ある程度までふざけてもそこから2人で調整しあって、いい雰囲気に戻しています。明らかに“怒る”沸点が上がっています。前なら「ここで怒る」という状況を、お互いに飲み込んで乗り越えています。前のケンカは無駄になっていません。「やるじゃん」と感心しました。
先週のこの2人の言い合い、追いかけあいも、原因はとても単純なことでした。単純なことから、「そりゃ、子供なら言うかもな」という言い合いが始まっただけでした。もちろん、必要以上に傷つかないように、適当でない言葉が使われないようには気をつけて見ていますが、こういう子供同士のストレートな反応、言葉の投げ合いが必要なことは結構あるのです。そして、その結果、コーチの働きかけ以上の効果をもたらすこともたくさんあるのです。
その数はとても多く、数え上げたらきりがありません。
今ここに書いたようなことも、似たようなことが、他の子供同士でたくさん起きています。
今は落ち着いているように見える高学年も、そんなことをたくさん繰り返して来ています。
そして今ではその一つ上の段階で経験するようなやりとりを経験しています。少しずつ心も複雑になって、微妙な動きになって、その中でお互いに投げあったり受け取りあったりするような経験をしています。
ソラには本当に楽しい子供が集まっています。
「サッカーの個人技術を身につける」というと、個人レッスンのような形で、一人一人に対して個別に指導をするような印象もありますが、私はそんな個人が独立した形での上達を目指しているのではありません。
せっかくここにこれだけの楽しい子供たちが集まったのに、お互いの存在を切り離して成長させるなんてもったいないことするもんですか。
お互いの存在を認識した上での成長、友達と自分の存在の掛け合わせで生まれる成長を目指しています。
だから、子供同士が絡み合うような場面を大切にしたいのです。
今回は言い合いや言葉について取り上げて説明しましたが、他の表現なども、みんなの成長に必要なもの、生かせるものがたくさんあります。
これからも、こんな感じで行かせてもらいますが、どうぞよろしくお願いします。

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通信No.70おまけ「最後に選んだ空間」

前年度の最終週     ~ 子供たちが最後に選んだ空間 ~

・・・ここにいる間に子供たちがどう育つか(育てることができるか)、卒業する時に子供たちを一番いい状態に持っていけるか、それを考えてスクールをやっています。今回は、最も大切な、子供たちの卒業時の様子をお伝えします。

<月曜日コース・U-12クラスの最終週>
この日、私は「注意しない宣言」をしていたので、まわりからそっと見ていました。
最後の日にできることは実はありませんし・・・。
もちろん、あると言えばありますが、ここまで接してきて、最後の最後に修正を加えなくてはならないスクールなんてやってきていないつもりです。子供たちはこれまでに十分に色んな経験をしてきたので、あとは信じます。どうしても(子供たちでは)気づかないことを指摘するくらいです。
試合と同じです。
練習でやってこなかったことを、いきなり試合で「やれ」と言っても選手はできません。試合前までに、実はコーチのすべきことはほとんど終わっているのです。
さぁ、この日は色んな表情が一つのゲームの中に見られました。
笑った顔、怒った顔、真剣な顔、つまらないという顔、冷静な顔・・・。
以前に通信で何度か書いた、「子供のサッカー」をしていましたね。
そんな、子供のサッカー、子供の社会の中で、お互いに絡んでいた、関係しあっていたのは本当に嬉しかったです。
冗談を言いながらトォキック(つま先のキック:正確性が他のキックより劣ります)をずっと繰り返していた子も、真剣にボールを追いかけていた子にパスをする時にはインサイドキック(←正確性の高いキックです)を使ったり(←本当に、ずーっとトォキックをやっていたのに、いきなりインサイドに切り替えるんですよ!)、真剣にボールを追いかけていた子も、冗談を言っていた子が自分の方に近寄って来てくれると楽しそうな顔になったりして。
それまでマジメな顔をしていた子でも、冗談ばかりを言っていた子が自分にも絡んで来てくれた時はとても嬉しそうで、その後の休憩中の表情がとても明るくなっていました。
本当に表情って変わるんですよね、関わり合いの中で。
大人の私が無理に作らせるような顔じゃなくて、外から見ていて本当にいい顔でした。

<火曜日コース・U-12クラスの最終週>
・・・練習が終わると、ある子が「今日は○○のせいでつまらなかった」と大きな声で言いながらコートの外に出ました。
ゲーム中に、自分のプレーに対して(休憩中の)○○君が「ボール出た」など外から色々言っていたのが嫌だったのでしょう。それを聞いた○○君はちょっと気まずそうな顔でコートから出てきました。
すると、ちょうどその2人と仲の良い6年生が、「ちょっと怒りすぎ~」と、○○君を傷つけないような、しかも怒りを吸収するような、2人の関係を悪くしすぎないような声をかけました。
おそらく、この2人の仲がいいことをわかっていたから、関係が悪くなりすぎないようにお互いをつなげようと思ったのだと思います。その場にいた私は、優しさから出た声だと思いました。(みんなの前で「今、あの子がこう言ったけどさ・・・」と言うと、「は? 俺、そんなこと言ってないし」と大きな声で言っていましたが・・・。本当に素直じゃない・・・照れ屋さんが多く、良いことをした時ほどみんな本心を言わないので困ります・・・。)
この子は超~生意気な態度を私によく取ります。でも、こういう友達の気持ちがわかればいいと私は思っています。
もちろん、「超生意気」は「あり」ですが、本人が気づいていないことは私もちゃんと話をしますし、そういう時は、ちゃんと話を聞いています。
もうだいぶ前になりますが、この子の蹴ったボールが、出席簿を取ろうとしている私の手に当たりそうになったことがありました。ここでは詳しく話しませんが(←詳しい内容は通信No.65の「おまけ」に載っています。読んでいない方もいるかもしれませんが、内容が長く・・・まとめ下手なのでここでは載せません。)、それ以来、この子は私に同じような状態でボールを蹴ってきたことが一度もありません。(お、いい話?)
ボールではなく、直に私を蹴ってきますから・・・ってバカタレ!(やっぱり)・・・でも、ただじゃれているだけですので。
ちなみに、今回登場した「怒った子」、「○○君」、「6年生の子」は、前通信No.68(「持って帰れ」)に出てきた3つめのグループだった子です。(←私に何度も注意されていたグループ)
子供たちのこういう少しずつの成長が本当に嬉しいです。
私が嬉しいのは、「コーチの言うことを聞くようになる」ということではなく(←超~生意気なのは変わらず、「聞かないこと多々」ですから!)、その起きた内容を少しずつ体に蓄えて、お互いに関係し合って成長していけるということです。最後の練習でも、みんな、ちゃんと成長した姿を見せてくれましたね。

<金曜日コース・U-12クラスの最終週>
この日の最後のゲームは、コーチとして見るのが非常に苦しいゲームでした。
どんな感じだったかというと、真剣にやる時があったり、笑いながらやったり、冗談を言いながらやったり・・・これらがほどよくミックスされている感じでした。みんなそれぞれのモードに関わっていて、どのモードになってもその空間から離れる子、みんなと距離が生まれていく子はいませんでした。
みんな、それぞれのモードで「一生懸命」と言うこともでき、最後に彼らがその空間を選んだならいいかと思って見ていたのですが・・・・、途中から一人だけ、違う表情、違う動きをする子が出てきました。
この子は、真剣にやりたいようです。みんなが笑っている場面でも、顔を赤くして、次の動きをしようとしていたり、次に自分のパスを受け取ってくれる人を探そうとしたりしています。そして、その度に、周囲との動きに少し差が生まれているのです。気持ちが強くなればなるほど、差が生まれていくのです。
今は、笑ってしまう場面がたくさんあって、楽しみながらするようなサッカーも、真剣にプレーしてたくさんの達成感を得られるようなサッカーも、どちらも良いと思います。サッカーの好きさ、精神的な発達度で、楽しみ方、楽しいと思う部分が違うだけなのです。
この年代の子供たちには「形式的に真剣にやること」を覚えさせることはさけたいので、自然にサッカーが好きになっていく中で、真剣にやった時の悔しさと嬉しさ、それがかけ合わさって生まれる達成感を覚えていってくれたらと思います。その自然な、笑いもあるサッカーを経験せず、形だけの真剣モード(やらされるようなサッカー、子供の顔が引きつってしまうような、表情に無理のあるサッカー)を先に経験すると、本来、自然に成長していけば真剣モードのサッカーが楽しいと感じる年代に入った時にふと疲れてしまったり、その時に初めて笑いながらの楽しみモードのサッカーを知ることで極端にそっちに走っていってしまったりして、もっと強い達成感、成長を経験できなくなってしまう可能性もあると思うのです。
さて、この子は、その真剣モードで得られるサッカーの楽しさを、今、自分から得ようとしています。もちろん、この子だって普段はゲラゲラ笑いながらプレーすることがたくさんあります。ですから、急に、そういう部分の楽しさを全て捨てて真剣モードだけのプレーしか楽しめなくなるなんてことはなくていいと思います。
ただ、自分で、本当に「自然に」それを見つけようとしているなら、それは邪魔してはいけませんし、その子の行動は決して間違っていないので、そんな子がつまらないと思う空間は良いものではありません。
「笑いモード」と「真剣モード」―どちらも子供たちには大切なもの。でも、放っておけば、みんながお互いをわからぬまま離れていく状態。なので、少しだけ、口を挟ませてもらいました。(本当は、最後の練習なので、私は注意も、誉めることも全くせず、自分達だけで最後まで雰囲気を作って行けと言っていたのですが、この時は、口を出しました。)
しかし、言葉で少し説明をしてもすぐにみんなが変わるわけではありません。
「笑いながら」と「真剣にだけ」の、どちらかを強要するようなことは言いません。(どちらも大切なので。)極力自分たちの力で良い方向に持っていけるようにするための、最低限必要な言葉しか言いません。「これだけで気づいてくれ」という気持ちでした。でも、雰囲気は、ある程度までは変わりそうになっても、目標とするレベルまでは到達せず・・・。
それでも強制はしたくなかったので、雰囲気がまとまるようにチームのメンバーを変えました。
さて、チームメイトを変え、ゲームが始まり、様子を見ると・・・「笑い・しゃべり」チーム(学年が上の子が多い)が得点を重ねていきます。どんどん得点差は開いていきます・・・。
学年、経験を考えれば自然な現象です。でも、得点や勝敗より、同じ「真剣にプレーしたい」という気持ちになればいいと思っていたんです。それまで、一人だけ「超真剣」にやってしまっていた子が、周囲の子が自分と同じ気持ちでプレーしてくれていることを感じられるくらいにはなって欲しかったんです。
でも、「真剣にプレーしたい子」のいるチームは、「笑いながら」でも楽しめる子が多いので、雰囲気的にはそれまでと大きく変わらず・・・。
同じチームにした子が、プレーでの接点が少しでも多くなれば自然に超真剣モードに傾いていくかと思ったのですが、そこまで感じる段階には、まだ来ていなかったようです。(まだ4年生の子が多かったので、無理もないのですが。)
なので、1人、2人に、「笑いながらやるサッカーと真剣なサッカーと、どっちのサッカーも良いのだけど今は“真剣だけ”でやってみて」と言いました。
最後の手段です。笑いながら楽しいサッカーをやっている子達の雰囲気を否定しないまま、みんなで同じ方向に行ければと思いました。
すると、「真剣モード」チームの「真剣」が本物になり始め、それまで離れてしまっていた「真剣にプレーしたい子」とチームのみんなのプレーが合うようになりました。そして、実際に得点を入れ、その後の形勢は逆転してしまいました。(その時の対照的な雰囲気のまま、「超真剣」チームと「笑いながら」チームの子は最後までプレーを続けました。)
・・・それにしても、「なんで?」と私は思っていました。
「笑いながら」チームの6年生、5年生の子は、どちらかと言えば「しゃべりながら」の楽しさを選ぶ子ですが、どちらのモードでもプレーできる子です。しかも、その日は、何度か「友達の気持ちも考えながらプレーすること」を話し、普段ならそれで十分に気づく子たちだったのに。
「何で今日は最後まで変わらないのだろう・・・。」 終了しても考えていました。
そして、練習後の彼らの雰囲気を見て、「あぁ、そうか」と思ったのです。
―会えるの、最後か。
この日、本当なら翌週の木曜日の練習に参加できるはずの6年生の子がいました。この子がこの日の「お笑い・おしゃべりチーム」の雰囲気を強く作り出していたのですが、この子は先週の木曜日の練習を休み、さらに翌週の練習にも参加できないことになってしまったんです。だから、この日、金曜日の練習に参加したのでした。
そして、この日に来た子たちの中には、本来、先週この子と一緒に練習できていたはずの子、来週も一緒に練習できるはずだった子がたくさんいたのでした。(先週、友達の休みを知って「なんで来ないの?」、「えーっ!」って言ってましたから。)
頭では私の言うことをもっとわかってくれていたのかもしれませんが、もう会えなくなる友達とのチームを楽しみたいという気持ち、会いたいとか一緒にいたいとか、話したい、楽しみたいという気持ちが強かったんでしょうね。
なるほど・・・練習後の子供たちの顔、関わりを見てやっと気づきました。何とも頭を使わせる、楽しい子供たちです。
<木曜日コース・U-12クラスの最終週>
木曜日は休日の関係で「振替練習」という形になり、木曜日コースの練習が年度末の最後の練習となったのでした。
さて、本当に最後です。どうなる???
そして・・・ほぅ、やるね・・・そう思う空間になったのでした。
まったりしている時はまったりしつつも、聞くときは聞く。見る時は見る。なるほど。楽しみつつ、でも外さない。
ゲームでは、さっきまで仲良くしていた子同士がバチバチぶつかりあい、でも、楽しい雰囲気も残して。超真剣マジメモードとお楽しみノビノビモードを自然に操っているような。
勝敗にこだわる6年生も、(自分でドリブル突破できるような場面でも)4年生の子にパスをして絡ませて、なかなかいいサッカーをしていました。
この日は5年生がいなかったのに。
4年生と6年生だけ。間の5年生がいないんです。いつもなら、6年生と4年生の間を5年生が(雰囲気的に)うまくつなげる役をするのですが、その5年生がいない。
・・・なのに、ちゃんとつながっていました。
さすがに今年度最後の練習だし、子供たちが気づかぬうちに雰囲気が悪くなりすぎたら、私が中に入っていこうかと思っていましたが、その必要はありませんでした。
練習後はみんななかなか帰らなかったですね。話したり、じゃれたりしていて。
本当に見ていて楽しくて、無理がなく自然な空間で、子供の表情も良くて。
しんみりなんてせず楽しいまま「さよなら」。でも、また「いつでも会える」という雰囲気の「らしすぎる」終わり方でした。
成長・・・・・・・していましたね、思っていた以上に・・・。

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以上が最後の週の様子でした。
なんか、曜日ごとに全然文章の量が違いますが・・・文章の長短と子供たちの成長の良し悪しとは一切関係ありませんので。文章が短いのは「書くことがなかった」とかではないですからね~。(なので、このアンバランスなままにしてあるのです。)
この文章は、それが起こった日の夜にパソコンに打ち込んでいますので、長く打ち込めないこともあるのです。
また、起きている内容によって長い説明が必要なことも説明が短くていいこともあるので、短い時は短いのです。
打ち終わった後で、「短いから長くしよう」なんて無理にふくらますようなことはせず、文章を整える程度に留めているので、こんな感じになっています。・・・文章、整ってないですけどね・・・・。
それに、曜日は違っても、ソラの子はソラの子。
一応、わかりやすくするために曜日毎に書きましたが、実際には、曜日に関係なく、同じようなことが毎日起きていて、今回書いたようなことは、実はどの曜日の子にも当てはまることなんです。
そう、どの曜日も、まさに「子供」がたくさんの、大きな価値のある空間でした。
その集大成の最終週、本当に楽しかったですよ。
またこの一年、子供たちの未来に向かって、走っていきます。・・・な~んて格好よく決めてみたりして・・・。

よろしくどうぞ!

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通信No.69おまけ:卒業

今年の卒業生は色々ありましたね・・・本当に色々ありました。
ずっとスクールにいる子も、途中からスクールに来た子も。
子供らしくて、無邪気で、気分屋で・・・。笑ったり、急に怒ったり、真剣すぎるぐらいに入り込んだり、冗談ばかり言っていたり。私もたくさん誉めたり、たくさん怒ったり、すごく嬉しくなったり、すごく悲しくなったり。
こんな子達が卒業・・・もう、昨年の終わりごろから、卒業のことはずっと頭にあり、なんと、こんな私でも、「うるさかったヤツラともお別れかぁ」、なんてしみじみ思うこともありました。
でも、中学生クラスも必要なら開催するし、私はまだソラにいるし、会おうと思えばいつでも会えるので、すぐに、「平気、平気」状態になるのでした。・・・のはずなのですが、今の6年生が小学生としてプレーする空間、今いるみんなと作る空間は、卒業後は作られることは決してないので、それを思うとまた残念に思ったりして・・・。
そんな気持ちが交互に表れる、魅力ある子供たちでした。
それから、この3月、実は6年生の子以外にも卒業する子がいます。そう、中学3年生の子、2人です。
この子たち(と言っても2人ですが)は、小学生のクラスを卒業後、よくスクールに遊びに来ていました。
小学生の頃のこの子たちも、子供らしい、なかなかいいヤツでした。卒業後の2人は、中学生ならではの、大人と子供の中間を一生懸命に生きていて、(当時はまだ中学生クラスがなかったので)学校が終わるとよく遊びに来て、色んな話をしてくれました。
そんな彼らの話を聞いていて、中学生クラスを作らなければならないと思い、当時の月曜日コースの時間を変更するなど、皆さんに色々とご協力頂いて、ソラのU-15クラスはスタートしたのでした。

卒業しても、6年生の子は、落ち着いたらU-15クラスに来る子もいるかもしれないし、中学生の子も、高校生になってもまだ会える機会はあるでしょう。これからも必要な時にはお互いに会おうと思えば会えるので、「卒業」というのは形の上でのことだけですが、とりあえずは卒業ということで、彼らを送り出すにあたり、私が今、最も強く思うことは、「コーチは色々な子に出会うことで本当に成長できる」ということと、「コーチの方が、子供たちに成長させられる」ということです。
実は、コーチングで最も使うのは知識でも体力でもありません。
知識も体力も、それを活かすコーチング技術ももちろん大切なものですが、最も使うのは心です。
他の年代のコーチングでは、逆に心を極力使わないことが必要な場合もあるかもしれませんが、この年代のコーチングでは、最も使うもの、最も大切なものだと私は思っています。
彼らといると、自然にそんなコーチングになりました。コーチング技術云々より、心を使っているかどうかで、スクールの流れ、スクールの質が決まりました。私にとっては、彼らを育てることができるのか、毎回が勝負でした。
だから、スクールをより良くしようと常に思うことができ、彼らに相応しい場にする努力、コーチングの質を上げる努力をする必要性を常に肌で感じることができました。自分自身が成長しなくてはならないと強く思うことができました。本当に、彼らのおかげで、たくさん成長できたと思っています。さて、そんな彼らが卒業です・・・。

U-15クラスを作るきっかけをくれた中学生、子供の心をどうすれば見ることができるのか、課題をたくさんくれた6年生。本当にありがとう。そして、子供を通わせて下さった保護者の皆さん、本当にありがとうございました。

彼らからもらったたくさんのものを大切にし、また活かしながら、これからもコーチをしていきたいと思います。

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通信No.68おまけ:持って帰れ

U-12クラスのある曜日-子供たちが楽しみにしている「ゲームをたくさんやる日」です。
ウォーミングアップで基本的なテクニックを練習し、その後はゲームをひたすら行う予定でした。
もっとも、「ゲームをひたすら行う」といっても、時期的には来月で一年間の練習が終わるので、さらに6年生は来月で一度「卒業」という形になり一区切りになるので、上手にならなくてはなりません。
また、ここで大けがをしてしまったら、年度内に復帰するのは難しくなるので、気が緩んでのケガなどは絶対にさけなければなりません。
そんな日のウォームアップ。
グループを3つに分けて行ったのですが、練習に取り組む雰囲気が各グループで全く異なりました。
1つのグループは、学年、技術レベルがバラバラです。経験の長い子も、まだ経験の浅い子もいます。
練習中は、きっとお互いに意思疎通が難しい時もあったと思います。それでも、自分のため、友達のために練習に一人一人が取り組んでいました。仲良しの子が集まってやっているわけではないので静かですが、グループ全体として練習にしっかり取り組んでいて、経験値に関係なく一人一人が上手になる雰囲気でした。
2つめのグループは、学年が同じ子が多く、仲の良い子も集まっています。しかし、経験値に多少バラツキがあるので、例えば相手にボールを蹴ってもらうような場面では自分が予想していないボールを相手が蹴ってくるようなこともありました。しかし、仲が良いからこそ出る、相手を気遣う声や相手に要求する声を出し合うなど、うまくできない部分をお互いの仲の良さで補いながら練習していました。自然な声、楽しそうな声がたくさん聞こえる雰囲気で練習していました。
そして、3つめのグループ。ここは学年が同じで仲の良い子が3人、それに、学年は違うけどその3人と仲の良い1人。そして、学年の違う子1人。しゃべりながらやったり、失敗して他の子に迷惑をかけてもおかまいなしであったり、みんな同じ感じです。ただ、「同じ感じ」でもお互いのことを尊重しあっているのではなく、好き勝手にやっている、各自で「こんなもんでいいか」と勝手にやっているように見えます。
そのグループでは一度、2人の子の体がぶつかり、もめたことがありましたが、それも、そんな雰囲気の中での行動から生まれるものだったので、うまく消化できなかったようです。その場面では、私はそのグループに行き、話を聞きましたが、やはりバラバラの状態のようでした。
その後、そのグループに(上手にさせるために)働きかけを多くしたのと同様に、一生懸命に練習をしている子たちにも働きかけをする必要がありますので、私は他のグループの練習を見に移動しました。
そして、一生懸命にやっている子にもわかってもらった方がいいことがあったので、みんなを集めてその練習の大切さを説明しましたが、(できればここで、そのグループにも練習の大切さをわかって欲しかったのですが)、それでも雰囲気は変わりませんでした。
そのグループには、今とても上手になっている子が2人もいるので、もっと良い形に持って行けるはずで、他の日にはそのような光景を何度も見ています。
でも、この日はそれができない。やろうとしない。
そのグループにあったのは、「仲の良さ」ではなく、ただの「お互いの甘え」です。お互いに「自分がやろうとしなくても何も言われない」ので、弱いところを出し合っているようです。さて、この子たちはゲームでどんなプレーをするのでしょう。予想はつきますが、まずは何も言わずに見てみることに。

さぁ、一度休憩を入れてゲームです。
ゲームでは先程の練習とは全く関係なくチームを組みました。もちろん、色々な意図があります。
プレーを見ていると、そのグループだった子が、いつもなら簡単に決めるようなシュートを外しています。プレーを見れば、シュートを打つ前に、いつものように「決めよう」と思って打っていないことがよくわかります。
そこで、(別に練習は止めず)その子にのみ、「練習の成果はこういう時に出るから、覚えておいた方がいい」と言いましたが、「平気、平気」と言っています。その答え方を聞いて、「こりゃ、わかってないな」ということでもう少し話しましたが、「はい、わかりました」と今度は“形だけの良い返事”が返ってきました。別に周囲を気にしているのではなさそうです。(この時はみんなの前で注意するのではなく、そばに近寄って話すようにしました。)
もともと高い技術があるので、「やる気になればできるさ」とでも思っていたのでしょうか。
その後も、普段は失敗しないような場面で失敗して、言葉をかけても気づいていません。
そして、数回失敗した後に、今度は先程の練習を一生懸命やっていた子が、(練習中に一生懸命にやっていた)ターンを決め、その子にパスを出しました。
「ターンの後に顔を上げる」、「ターンの後のプレーを速くする」、「速いだけでなく正確にする(相手を見る)」…これまでに言ってきたポイントをその日の練習でもしっかり意識していて、それらを発揮して出したパスです。ディフェンスのプレッシャーを受けながらも、とても正確に、とても適当な強さで出しました。
そして、その「一生懸命練習していた子」からパスを受けてしたシュート。これも、普段のその子なら外さない距離、状況でしたが、やはり外れました。
ここまで来るとこれまでとは違う形で伝える方がいいので、この時にはかなりきつく言いましたが、おそらく本人は、この時点でもまだ「今からやろうと思えばできる」と思っていたのではないかと思います。
その後は、急に本気になりプレーをしていましたが、それでもやはりミスが目立ちます。もちろん、私に注意されたことで冷静になれないという部分もあるでしょうが、力が入りすぎている様子ではありません。
いつもと同じようにやっているように見えないでもありません。でも、明らかに、彼の技術ならしないようなミスを多くしています。そんな中で、強引なドリブルから力強いロングシュートを一度決めましたが、ただのわがままのプレーで、「ナイスプレー」ではありません。その後もミスは目立ち、最後までこの子の本来の力は発揮されませんでした。
・・・この子はかなり良い選手です。
実は、この子がいない時に、その場にいたみんなにこの子の良さを話したことがあります。ちょうどこの子のすごさをみんなに話した直後にこの子が来て、この子にはみんなに誉めたことを内緒にしたままでプレーさせたことがありました。そのゲームでは良さを見事に発揮して、さっき話を聞いていた子たちが本当に驚いてその子のことを見ていたのを覚えています。そんな力のある子です。
でも、この日は違ったということです。
別にリラックスしているとか楽しんでいるというレベルであれば、途中から真剣モードに切り替えても力を発揮できるのでしょうが、自分が本来できることをしないままゲームの準備をしていたら、ゲームで本来の良さを出せないのはあたり前です。
(前にもお話ししたかもしれませんが)だいたい、一生懸命に練習に取り組んだ子とそうでない子で、満足度に差がないような練習、成長に差がないような練習を私は考えません。同じ子でも、一生懸命にやっていた日とそうでない日でゲームで同じ「楽しさ」を経験できるというようなことは、まずありません。

・・・・また、この日は、この子が相手をドリブルで抜きに行った際に、相手の足がひっかかり倒れた場面もありました。相手選手の反則です。普段、こういう場面でも私は滅多に笛を吹きません。特にこの子は、こういう場面でもすぐに立ち上がり平然とプレーを続けることが多いので、相手選手の反則をとることはありません。しかし、この日は良い部分も悪い部分もより正当に評価した方がいいので(本人に対して、より公平な形でプレーさせた方が、本人も自分の良し悪しがよりわかるので)、笛を吹いて反則をとろうかと思いました。
ですが、口まで持っていった笛を吹くのを私はやめました。その時の倒れ方を見たからです。
普段なら、相手の当たりを避けきることができなくても、続けてプレーするために極力倒れない態勢をこの子はとり、ドリブルを続けます。倒れてしまっても、すぐに立ち上がれる態勢をとります。でも、この時は違いました。
倒れることを予定しての足の動き。ひっかかったまま。十分すぎるほどの受け身の取り方。本来のこの子にはないプレーです。ここで笛を吹いたらさらにこの子のプレーは悪くなるので笛を吹くのをやめました。
しかし、足をかけてしまった子が自分の反則に気づき、倒れているこの子にボールを渡しました。
すると、この子は「いいよ、続けろよ」と言って、倒れたままそのボールを相手に返しました。
きっと、この子だって、それが自分の本当のプレーじゃないなんてことはわかっているのでしょう。
この日、いつもなら、うるさいくらいに話をして元気に帰って行くこの子は、とてもつまらなさそうに帰りました。私は「じゃあな」とだけ言い、他には特に声をかけませんでした。
もう、自分で十分にわかっているはずです。
これまでにも色んなことがあって、その度に成長してきた子です。
あとは、また今度スクールに来た時に、ちゃんと練習で成長を見せてくれるはずです。それを待つだけです。
さて・・・この子はその3日後に練習に来ました。
練習開始後、「ヘッド」か「キャッチ」のどちらかを相手に指示する2人組の練習では、「ヘッド アンド キャッチ」と言い合いながら(←本当はこんな指示を出したら相手が困るのですが・・・)楽しみ、でも、ちゃんと互いに協力すべき部分では協力して練習をしていました。いい表情です。
もちろん、この日のゲームではいつもの良さを発揮していました。

子供たちは、日々、色んな表情を見せます。子供なのでたくさんのことを経験してほしいと思います。
ゲームは、もちろん練習の成果を発揮する場であるのですが、この年代の子は、ゲームの中でも本当に成長します。
ゲームに向かう練習での取り組み方次第で、ゲーム中にどれだけ成長できるかが決まります。
そして、ゲームでは、ただ上手くできたかどうかではなく、この成長の幅の方が大切なのです。
スクールは1日で終わりではありません。継続して子供たちを見ていくことができます。
だから、「毎回楽しく帰れる」なんてことじゃなくてもいいと思っています。
その日、自分がどれくらい挑戦したのか、頑張った場合もそうでない場合も、ちゃんと、“その日の自分”への相応しい成果として、その時の気持ちを持って帰ってほしいと思っています。そして、その時の気持ちを覚えておいてほしいと思います。

今年度の練習も残りわずかですが、年度最後のゲーム時に、みんなが一番良い、成長力を持ったプレーをできますように。

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通信No.67おまけ:育成年代のコーチに・・・

お正月、皆さん高校サッカー観ました?見ていると燃えてきますよね。(と言いながらほとんど見ることができていないのですが・・・。)
ところで、むか~しスクールで見ていた子がこの高校サッカーにもちょくちょく顔を出すようになりました。
当時、私が所属していたサッカースクールでは、新規開校などでスクールを移ることが多く、長期間同じスクールで指導をできたことがなく(長くても2~3年)、「ちょっと見ていた」という感じですが、それでも嬉しいものです。(もちろん今と同じように、一日一日頑張っていましたよ!)
そして、その子たちを思いだすと・・・本当に色んな子なんですよね。面白いですよ。
その中でも最も面白い例をちょっと挙げますね。
数年前の年末、お正月の高校サッカー(全国大会)の前、昔のコーチ仲間から、サッカーどころの県代表(全国大会の常連校)に「あの子達が出ますよ」と連絡が入ったのです。
あの子達 - その時、その高校には3人いたのですが・・・
一人はいつもふざけてばかりの子。スクール中はおふざけやケンカで・・・とにかく忙しい子でした。
この子が4年生の時に参加した、全国からサッカー少年が集まるキャンプで、あまりに“おふざけ”がひどすぎて、こっちも“超おふざけ”で対抗した記憶があります。
もう一人は周囲と比べると動きがゆっくりで、一生懸命プレーしているしチャレンジはしているものの、器用にプレーをこなすというタイプではなく、ドリブルを取られてしまったり、パスをカットされたりという感じの子でした。
残る一人は、とても器用にプレーをする子。「上手だな」と素直に思って見ていました。
本当に、技術レベル、プレースタイル、性格の全く違う3人でした。
そして高校生になり・・・その全国大会で3人はチームで活躍し、「おふざけ」の子は大会後の海外遠征メンバー(優秀選手)にも選ばれました。
本当に驚きましたが、つくづく、自分の仕事、少年サッカーのコーチの仕事について考えたものです。
私達の仕事で(サッカーの分野で)大切なことは「続けさせること」だと。
もちろん、実際に上手にさせること、心と体とともに育てていくこと、その他の諸々の大切なことを含んだ上でのことですが、本当にサッカーが好きな子に対しては、続けさせてあげること、続けたいという気持ちを持たせることが大切だと、改めて思った大会でした。
当時から「上手」だった子は別として、「おふざけの子」は、もし、形にこだわったり、型にはめたりするチームに所属し、そこで型にはまったプレーをしてコーチに気に入られて試合に出場する機会を得たとしても、(それは自分の最大の魅力を削るようなものですから)その後ここまでは伸びなかったと思います。きっとこの子のいた環境は、コーチに気に入られるかどうかで「試合に出る、出ない」が決まるチーム環境ではなかったのでしょうね。本当に良かったです。
「器用ではなかった子」も、すぐに得点などの結果に結びつくようなプレーや綺麗なプレー、判断の速いプレー(一見、速いと見えるプレー)などを好むチームやコーチには否定されてしまうような子だったと思います。そのような環境下では、この子もここまで伸びなかったと思います。
あの3人が、全国大会の舞台で同じチームで・・・不思議だし面白く、嬉しかったですね。
しっかりと次の年代につながれば、(もちろん本人の努力が必要なことは言うまでもありませんが)そこで必要な指導を受け、どんどん成長していく可能性があるということを3人がはっきり示してくれました。
きっと、この3人は、成長の仕方、道のたどり方は全く違っていたと思います。お話ししたように性格もタイプも違いますから。ただ、その子達にふさわしい方法で伸びていった、伸ばしてもらったのでしょう。
中学、高校年代で本人の努力があったことは言うまでもないでしょうが、そこで彼らに相応しい指導を行った方々、周囲で支えた方々、そして、次の年代につなげた小学生時代のチーム関係者、素晴らしいですね。
新しいことを始める勇気やチャレンジも大切です。もちろん、そういう部分も育てながら、でも、今やっていること、今好きなことを次につなげる大切さをいつも頭に入れて、コーチをしていきたいと思います。

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通信No.66おまけ:色々あります

最近はやたらと略語が流行っているようですね。スクール中も子供たちが私に向かって“KY”などと言ってくることがあります。まったく・・・。ま、私はあまり略語を使いませんが。
さて、「おまけ」ですが文字が多いので皆さんが飽きないように“イラスト”を混ぜながらいきたいと思います。
では・・・
昨年末
前通信で「子供の深さ」について書いたところ、ある方から「日頃の自分の態度を反省・・・」とのご感想を頂きましたが、私は「反省などしないで下さい」ということと、「それが親子」というようなお答えをさせて頂きました。
また、かなり前に他の方とお話をしていて、「自分の子となると冷静になれない」、「つい厳しくしてしまう」という話があった時も、「それが親子ではないでしょうか」というお答えをさせて頂きました。
そういうことがあるからこそ、子供は他人が自分(子供)に持つものとは違う愛情、親だからこそ持つ愛情を知っていくのだと思います・・・というようなお答えをさせて頂いたことが、これまでにも何度かあります。
実際、前通信であのように書いた私も、(図々しくも勝手に)「親モード」になる時には、「子供の深さ」に関係なく、大人としての立場から子供たちに話をしていきますし、子供たちの中に入っていきます。「子供にあんな言い方をしなくても」と思われるような言い方だってします。空回りしていたって、格好悪くたって、そんなこと関係ありません。
ただ、私の場合、基本は「サッカーコーチモード」なので、前通信でお話ししたような感じになるのです。
ちなみにどんな時に「親モード」になるのかと言うと、命に関することを話している時です。
命の大切さを話している時は子供がふざけていたら厳しく注意します。2、3度注意してもわからないようであれば、(わからないのもしょうがないという前提の上でも)さらに厳しく注意します。こういうことに関しては幼稚園の子に対しても中学生の子に対しても同じです。命の大切さ、これはわからなければいけないことですから。
残念ながら2学期最終週のある曜日でそのような注意をしなければならないことがありましたが・・・。(これは私どもスタッフの力不足であるので本当に残念なことでしたが。)
子供は好奇心のかたまりです。突然走ったり、予想もしない行動を取ったりすることが少なくありません。学期末の練習で、子供たちは楽しい気持ちだけで参加したかったかもしれませんが、安全面については「このぐらいでいい」というような軽い気持ちで取り組むことはできないので、この時も最も気をつける必要があり、少し固い雰囲気になってしまいました。ちょっとかわいそうでしたが・・・。(冬空のU-12クラスでは、かなりふざけたような内容の練習をしましたが、だからこそ、実は最も気をつけて見ていたのは事故やケガを起こさない“ふざけたような中での集中力”でした。)
年が明け、新しい年となりましたが、子供を守ることに関しては、今年も今までのままでいきたいと思います。

おっと、まだイラストが入っていませんね、ではここで・・・

・・・・・とスペースを空けながら結局何も描かず・・・・。では、続きまして・・・

うれしいこと
子供たちとボールを蹴る時、その土台となるコートが愛されているかどうか、きちんと手入れされているかどうか、これはとても大切なことだと私は思っています。
子供たちに伝えたい、た~・・・くさんのことの中の一つに、“物を大切にすること”もあります。
可能性のある子供たちが集まる場にコーチとして立てることと同様、きちんと手入れされているコートに立てることは、コーチとしてとても光栄なことです。
子供たちの可能性に見合うコーチング、コートに見合うコーチング、空間に関わる方たちに見合うコーチングをしなくては・・・成長すべき事を肌で感じさせてくれるこの空間で、これからも成長していきたいと思います。
ではここで絵を・・・
                                 ↓

と、やはり何も描かないまま次へ・・・(そろそろイライラしてきました?)

冬空にご参加頂いた方へ・・・①
まずはお詫びから・・・終了時にろくに挨拶もせずすみませんでした。しかも、ちょっとの挨拶しかできないくせに、帽子も取らずに・・・。
言い訳をさせて頂きます(「言い訳」と言い切るところが男らしいでしょう?)・・・帽子をかぶったままでの挨拶は失礼かと思うのですが、帽子をとったら“とんでもない髪の毛模様”が目に飛び込んできたら皆さんどうですか。リアクションにきっと困りますよ~。皆さんを困らせないための優しさです!
それに、「ありがとう」とお礼を言いながら、いきなり“モジャ頭”を出したら、かえって失礼な気もしますし・・・。
「じゃあ、仕事前に整えて来いよ」と思うかもしれませんが、それでも練習中に必ずモジャモジャになりますから。それに朝の5分は貴重で・・・。鏡を見て「ウッ、すごい状態」と思っても相棒がいれば(←ただの帽子ですけど)「平気じゃん」という気になり、出してはいけないOKサインを自分に出してしまうんです。・・・この時間の有効活用から練習メニューを考えるのでお許し頂ければと・・・。今後もこの調子だと思いますがよろしくお願いします。
あ、そろそろイラスト入れますね。モジャモジャ頭なら描けそうですから・・・・いやいや、やっぱりここでは表現できないですね、あの不必要なモジャモジャ感は・・・。(もう気づきました?)

冬空にご参加頂いた方へ・・・②
練習風景について
・・・U-9クラスのテーマは「相手に向かう」でした。・・・これには土台として気持ちと技術の両方が必要です。
冬空は短期間なので習得できるものは限られていますから、土台の中でも本当に基本となる部分を植えつけることができればと思っていました。種をまくような感じでしょうか。そうすれば、自分たちの場(チームや遊び場)に戻っても、刺激が加わって(適度に思い出し)いずれは花開くかと思いまして。
そこで、今回特に意識したのは、気持ちの部分です。
「相手に向かう」というと、“強い意志”、“負けない気持ち”・・・等々いかにも強そうな気持ちが連想されそうですが、気持ちの部分としては「年代に応じた気持ち」というものを少しでもわかってくれたらと思っていました。
「相手に向かう」と、結果としては失敗と成功が結構はっきりします。ドリブルで相手に向かったなら「相手を抜けるかボールを取られるか」、ボール持つ相手に向かったなら「相手に抜かれるかボールを取れるか」。
この勝敗・結果を、適当な大きさで、成長につながる受け止め方をできるようにしたかったんです。
こんな言葉、よく聞きませんか - 「失うものは何もない」、「失うものがあるから守りに入ってしまった」・・・。
(うぉっ、いきなりテーマが大きくなってしまった・・・。そんな話はできないぞ・・・。戻そうっと。)
(ということで→)では、ジャンケンをちょっと思い出してみて下さい。(いきなりテーマが小さくなりましたね・・・。)
鬼ごっこの鬼を決めるジャンケンなら、ちょっとのドキドキで「ジャンケンポイッ」(地域柄や年代が出ますので・・・発音はお任せします)とできますが、「負けたらお前の大切なもの全部もらうからな」なんて言われたら、とてもできません。絶対やらなきゃならないならやりますが、何を出すか相当悩みますね。相手の顔見て、心を読んで・・・一回のジャンケンで汗びっしょりでしょうね。失うものが大きければたかがジャンケンでもこんな感じです。
サッカーを好きな子供たちにとって、ボールは大切なもの、ゴールは大切なものです。
もともと大切に思っていることを失うかもしれないという状況で行くんですから、この対決の結果は自分に適当な大きさで跳ね返ってくる程度でいいと思うんです。「ちぇっ、負けた。でも次は負けないぞ」とか「失敗しちゃった、へへへ」とか。そういう子供に相応しい程度で受け止めてほしいので、必要以上にクローズアップされることや自分で深く受け止めてしまうことのないようにしてあげたかったんです。(クローズアップしすぎたり、深く受け止めすぎたら、パスやクリアーで逃げたり、じっとしていたり、相手に向かえなくなるのも当然です。)
・・・ジャンケンで「5マ」や「3マ」をした時の雰囲気で相手に向かえればいいかなと。実は、相手に向かう時には、「相手との間合い」(ここでは“自分がボールを優位に扱える相手との距離”ぐらいで考えて下さい)が大きなポイントになるのですが、この「間合い」なるものは、「100マ」くらいのつもりで何回も相手に向かって行かないとつかむことはできません。そして、「間合い」をつかむことができなければ自信は生まれません。だから、自信を持たせていくためにも、何度も相手に向かうこと、失敗と成功を経験する機会を持たせてあげたいと思いました。
そして、自信が持てたら、それまでより相手に向かって行けるようになるでしょうし、そうすれば、色んな対決から「間合い」の取り方に磨きがかかってさらに上手になり、気持ちも技術もどんどん育っていくでしょうから・・・な~んてことを考えていたのでした。子供たちは本当によく頑張ったのでこれからの活躍を楽しみにしています!

・・・U-12クラスは・・・冬空の開催案内ですでに触れましたので、ここでは簡単にしかお伝えしませんが、冬空のテーマのイメージがわき、コーチ仲間に話したら、「うちの会社ではできません」と言われた内容でした。
そりゃそうでしょう、「ク○技術を学ぼう」ですからね、テーマが。
トイレに入るところから終わりまでをテーマに練習・・・わざわざサッカースクールで取り上げる内容ではないでしょうし。でも、子供たちを見ていると思うんです。

綺麗な格好をしていたら守れない、格好を気にしていたら守れないものもあると。まぁ、綺麗なところも必要ですから、そういった部分は綺麗なスクールに任せて、これからもソラはソラで行きます。
ちなみに、コーチ仲間に話した時点では、「ク○技術」といってもサッカーに近い形でわかりやすく練習する予定でしたが、スクールに在籍している子の参加人数が予想以上に多かったので、ふだん練習する技術からは極力離そうと、さらに内容をふざけたようなものにしたのでした。実際にそんな内容で開催し、雰囲気的には1日目、2日目とかなりふざけた感じで練習ができました。1日目、2日目が良かった分、3日目に硬くなってしまったのが非常に悔しいですが・・・。たぶん、2、3年はこの悔しさは消えないでしょう。ただ、特に2日目には今回のテーマに最も近づくことができ、イメージしていた子供たちの表情を見ることができて本当に良かったです。
(私にとっては、あの、メキシコワールドカップ最終予選での、木村選手のフリーキックが決まった瞬間のようでした・・・)

・・・U-6クラスは・・・体調不良等でお休みの子が多くちょっと残念でしたが、冬空中は、1日の終わりがU-6クラスのコーチングだったのでとても大切なクラスでした。しかも、3日目のU-6クラスは冬空最後のコーチングであると同時に2007年最後のコーチングでもあり、良い形で終わりたいと思っていました。そして・・・その最終日は参加者が1名! 2007年最後のスクールがどんな形で終わるかは、この1人の子に託されることになりました。(他人任せ!) でも、1人だとうっかりすると疲れ過ぎてしまい、だからといって抑えてやっていたらつまらないはずで最後までやりたいと思わないでしょうし。だから最初から飛ばし、あとはこの子の頑張りに期待・・・。(超他人任せ!)・・・そして、この子が頑張り、なかなか楽しく締めくくることができたのでした。大感謝です。

おっと、まだイラスト描いてなかったですね。ではここで描きましょうか。なぁんて描かないのです。
だって、ほら、「イライラ」・・・「ストレス」・・・たくさんあったでしょう? 「イライラ」と「ストレス」、略して「イラスト」。ね、嘘はついてないですよ~…と、新年早々KYの私。(ぎゃっ、ここでも略語使った!)・・・と、ここまで書いて、「前にもこんなこと書いた記憶が・・・」と思ったのですが(デジャヴ?)、今からこれまでの「おまけ」を読み返す余裕はTN(とてもなく)・・・。前にも書いていたならHG(本当にごめんなさい)ということで・・・。きっと、そろそろ皆さんAK(頭カンカン)ということで(しつこいでしょう)・・・やめますね。(まだこの紙、破られていませんか・・・?)
ほら、略してばかりじゃ良くないでしょう。おまけに人を不快にすることも。気をつけて使わなければ・・・。

では、冬空にご参加頂いた皆さんに、改めまして・・・
冬空中はメニュー作りに多くの時間を割くため、終了時に皆さんに感謝の気持ちを全てお伝えすることはできませんでした。略すことは決してできないことなので、今さらですがここで・・・。
当たり前ですが、やっている時は楽しさも辛さもたくさんあります。子供たちを見た後で、翌日までにメニューを修正した方がいいと思った時には、ない頭をヒネリます。こんな頭なので、ひねってもなかなかピッタリくるメニューが浮かんでこないこともあります。そんな時は浮かぶまで時間との闘い、自分との闘いです。でも、そんなことがあっても、翌日の子供のプレーがそれらを全て楽しさ、嬉しさに変えてくれます。そして、改めて思いました。やっぱりやって良かったです、冬空。子供たち、皆さんに会えて嬉しかったです。本当にありがとうございました。

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通信No.65おまけ:気持ちわからないのか

サッカーが上手になるには、成功の喜びを味わうことも、失敗の悔しさを味わうことも必要です。また、友達の気持ちを感じることも大切です。チームに入っている子は、試合に出る子、出ることができない子(←本当はまだ勝つための選手起用なんて、特別な場合を除いては必要ないのですが)がいるでしょうから、試合に出る子が試合に出られない子の悔しさを感じたり、チームに入っていない子も、遊びや友達とのゲームの中で、失敗した友達の気持ちを感じたり・・・。
でも、この感じ方、これが子供と大人では全く違うようで・・・。
子供が悔しさを感じているように見えないこと、友達の気持ちを理解していないと感じることが、皆さんはありませんか。「本当に悔しければそんな行動にならないだろう」、「友達の気持ちを考えたらそんな態度とれないだろう」・・・「悔しくないのか」、「優しくないのかな」と思ったこと、あるのではないでしょうか。・・・私はありました。
子供たちと同じ空間を過ごす中で、「この子の気持ちはわかるだろう」と思って話す。
一人一人の優しさや強さも見てきています。だから、「こいつらならわかるだろう」と思って。
なのに、例えば、誰かが苦しい時に、その子のことを考えたら、冗談なんか言えないはずなのに、冗談を言う子がいる。「えっ、お前、なんでそんな冗談が今言えるの?」- そう思ったことが何度もあります。同じように他人事だとしか思わずに話を聞いていない子がいる。
何でわからない?-「いや、話せばわかるだろう」と思い、話せば話すほど子供たちが離れていく。気持ちをいくら伝えようとしても、分りやすい言葉をいくら使っても、いくら真剣に話しても。そんな経験を何度もしました。
でも、その場に合わない冗談を言う子も、話を聞いていない子も、悔しい経験をしたことがないわけではないし、同じように苦しんだり、悔しがったりした子ばかりです。そして、決して人の気持ちがわからない子ではなくて・・・。何で?・・・ずっと考えて、そして、ようやく出た結論。
それは、子供は、子供の深さでしか、まだ悔しさを受け取れないのだろうということです。
人の気持ちを理解するのもそう。子供の深さでしか受け取れない、感じられないのだと思います。
そのかわり、大人にとっては小さなことでも傷つくことがあるように、子供の深さまでは十分に感じることができるんですよね。ただ、それを超えるとまだ感じられないということなんでしょう。
・・・私がそう思うだけかもしれませんが。
だから、例えば、大人から考えたら、「悔しい思いをしたばかりなのに、そんなことすぐに忘れているじゃないか」-そう見えることがあっても、本人は悔しくないわけではないんですよね。
そう思うようになってからは、子供の深さ以上のことは私も話すのをやめるようにしました。決してあきらめたということではありません。ただ、まだわからないことよりも、わかる部分のことを、彼らが受け取ろうとしていることを、受け取れる範囲のことを必要な分だけ話すようにしました。
それにしても、もともとはもっと「子供」として見ていたはずで、子供だからまだこんなことはわからないだろうと、大人のような深さで話すことはなかったのに、何でこうなったんだろう・・・。
きっと、長い時間いっしょに過ごす中で、まだまだ子供だと思っていた子が高学年くらいになると急に話し方も生意気になるし、時には大人顔負けのプレーも見せるようになって、そんな様子を見て、子供を認める部分がかなり出てきて、いつの間にか大人のように見てしまう部分が出てきたのかな、と思います。
さて、子供の持つこんな深さ、大人の私にはわからない現象・・・これは一体何なのか・・・。
きっと、これは子供が自然に、無意識に取る、自己防衛の行動なのでしょう。まだ、自分に起きたことを大人の感じる深さで受け取れる心と体の状態ではないということなのだと思います。
必要以上に受け取ってしまったら、心や体がこわれてしまうこともあるのではないかと思うのです。
まだ体が出来上がっていない子供たちは、体に合わぬ努力を続けたら体が持たずケガをすることもあるでしょう。心の部分も同じことが言えるでしょう。だから、必要な深さまで、自分がそれを成長への材料に変化させることができる深さまでで、無意識に食い止めているのではないでしょうか。
考えてみれば自然なことです。
感情が育つためには、自分で感じ取れる、相応しい大きさでの嬉しいことや悲しいことが必要でしょう。色んな経験を通じて、色んな気持ちが育って、その結果、色んな人の気持ちを理解できるようになる。もちろん、嬉しさや悔しさも感じて、強く、優しくなっていくのでしょう。
それが、「大人から見たら」とても悔しい経験をした。「これはリベンジのために一年間かけて練習してやる、それまでは楽しいことは辛抱だ」と、ちょっと嬉しいことがあっても「いや、俺はこれで喜んでいちゃダメだ」とか、他に興味を持ちたくなることがあっても、「今はそんなことに目を向けている場合じゃない」という感じで大切な時間を過ごしたら、いったいそれだけの感情が育つでしょうか。
嬉しさをとっておく、悔しさをつねに自分に置いて。そんな時間を過ごしたら、本当は色んなことから感じるべき楽しさ、嬉しさ、面白さ、悲しさ、悔しさを感じる機会が減ってしまいます。
機会が減ったら育つべき感情が育たないかもしれません。
成長して、自分の見ることができる世界が少しずつ大きくなっていった時に、本来そこで感じられる嬉しさ、楽しさ、悲しさなどを感じられなかったら、なんとつまらない世界でしょうか。
きっと、成長していくその世界の楽しさを感じるために、成長を楽しんでいくために、今は、必要以上に、悔しさなどを受け取らないのではないでしょうか。私はそう思うようになりました。
「一年間、辛い思いをした後に得られる嬉しさは、辛い思いをしなかった時に得られる嬉しさの何倍もすごい」かもしれませんが、それも、「嬉しさ」を感じる経験がたくさんあって、「嬉しい」と感じる心が育っているからこそ、得られるものだと私は思います。
今という時期は色んな感情を育てるための時期でもあるのでしょう。子供も、心と体を発達させるために、一生懸命なんですね。・・・・・・偉そうに書きましたが、「と、思います」ということで。

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通信No.65おまけ:やるなぁ

11月のU-12クラス、月曜日。
その日のゲームは、楽しさと激しさが微妙なバランスで混じっていて、子供のゲームらしい、なかなか見ごたえのある内容でした。・・・その中で、相手のキックを防ぎに行ってボールが体に当たったり、激しい体の接触があったり(かなり高い集中状態でやっているのでケガはありません)、ミスをして落ち込む子もいたり・・・。本来だったら子供のそばに駆け寄ってあげたくなる場面がたくさんあったんです。―が、もうずっと一緒にやっている仲間。まずは素知らぬ顔で見ておきました。―と、見ていると、ちょうどいい優しさを見せてくれたんですよね、たくさんの子が。
ボールが当たって痛がっている子のそばにさり気なく駆け寄って声をかけてあげる子、相手との接触で倒れている子にそっと駆け寄る子、ミスをして動きが止まっている子に後ろから駆け寄り、「上がろうぜ(相手の陣の方に攻めようぜ)」と軽くお尻を叩いて行く子。やるでしょう!
そして、プレー時以外でも、「ほぉ」と思った場面が。
あるチームの休憩中。
ゲーム中にボールが強く当たったのが痛くて、チームメイトから離れて泣いている子がいました。
チームメイトの子たちは、そこから離れた場所で4人で楽しそうに話していたのですが、みんな、その子のことをちょっと気にしていました。放っておいてあげた方がいいのか、声をかけるのがいいのかちょっとわからない、それに、みんなで話しているところから抜けるのもいいのか悪いのか・・・なんて顔を、みんなが交互にしていたんですよね。
その間もなかなかその子は泣きやまなくて、みんなの場所には来なくて。
すると、ある6年生の子が、すっと動いて、その子の横に座ったんです。その子に「心配しているよ」と言うのではなく、周囲の子に「励まそう」と言うのでもなく。すっと座って、そばにいる。
ちょっとニコニコしていて、でも少し困っていて、ただ、そばにいる。それがその子の出した、泣いている子への優しさでした。そうしたら、他の子もその子の横に移動。そして、結局チームごと移動。泣いている子の横には黙ってはいるけどしっかり応援している、支えているチームメイトが。
私はそれをゴールネットの影に隠れてそっと見ていたので細かい会話は聞こえなかったのですが、「お前ら、やるじゃん」と拍手を・・・送るほど素直ではなく、「フン」っと、腕を組み、ゴールに寄りかかって全く別の方を見ていたのでした。(なんつーオヤジじゃ・・・。)
泣いていた子は、その後のゲームで、それまでと同じように超ナイスプレーを見せていました。
そう言えば、別の子は、1点先取制の勝ち残りゲーム(1点先に取った方の勝ち。負けたら休憩チームと交代)で、開始早々ボールを止めるのをミスして(私のパスが強すぎたのですが)、そのミスが元になり失点し、チームは休憩になり・・・その休憩中、チームメイトと交わらずに、ネットにもたれかかってそっと一人で次の試合を待っているという場面もありました。
ちゃんと、子供たちにとって必要な悔しさを感じて、必要な責任を感じて、子供たちはプレーしているんですよね。ちなみに、その日の練習後も、私がちょっと真面目な話をしだしたとたんに、場に合わぬ(と大人なら考える)冗談を言う子が・・・。(クソー、でもこれが子供の深さなんですよね。)
ま、すごいところも十分見せてくれた日だし、いいでしょう。

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通信No.65おまけ:かっこいいとか悪いとかじゃなくて

かなり前に(通信No.21です・・・)、『その時の注意の仕方は、“みんなの前で大きな声で、その子のみに”注意・・・(省略)・・・このような状態では、他の気持ちや感情が混ざってしまって、コーチからの注意や話を素直に受け取ることはできないでしょう。』と書いた私ですが、11月、U-12クラスで1人の子に注意をしました。
それは、(その通信内で書いた)『みんなの前で注意をすることが必要な場合もあるでしょうが』というケースに当たるからでした。
私は練習前に子供とボールのぶつけっこをして遊ぶことがあります。
でも、このぶつけっこ、暗黙のルールがあるのです。当てる場面、当て方、タイミング、ボールの強さ・・・結構あるんですよ、暗黙のルール。(遊びだって、ルールがあるでしょう。)
その日、ある6年生の子がかなり強いボールを全く無防備の状態の私に蹴ってきたのです。たまに無防備のフリをすることもあり(ボールが蹴られた直後によけて「残念でした」と言ってやります)、そんなことをこの子もわかっているので、そういう状態で蹴ってくることは別にいいんです。(子供から見て私が気づいているのかはっきりしないような時は、子供がわざと外すように蹴ってきたり、わざと気づかせるように蹴ってきたりすることもあります。)でも、この時はボールが私の手をかすり、さらに手に取ろうとしていたケースに当たり、ケースが落ちました。もしこの球が手に当たっていたらかなり痛かったでしょう。本人もその場に合わぬボールだったと気づいたはずです。
だから、「ごめん」という言葉が出てくるかと思ったのですが、出てきませんでした。
以前、同じようなことがあった時(その時は思いがけずボールがちょっと強めに当たってしまったのですが)、この子は、「あ!ごめん」とすぐに謝ってきました。そういう子です。
この時に謝らなかったのはまだ彼の中ではお互いの遊びの範囲に入っていると思っていたのかもしれないので、ここではまだ彼に強く注意をしようとは思っていませんでした。ただ、当てるボールの強さが遊びの範囲として適当かどうか、他の子供たちも知っておいた方がいいと思い、出欠を取るために子供たちを集めた際、「さっきの強さのボールが手に当たったら大けがをする」ことをきちんと話し、その子にさっきのはしていいことか聞きました。
答えは、「さあ?」でした。恥ずかしくて下を向いてしまう、内容を理解して困って何も言えない、そういうことなら別にいいんです。気持ちを理解した上でもう一度、合った話し方をします。
でも、「さあ?」に隠れた気持ちは違いました。確かめるため、もう一度、同じことを話し、さっきのはしていいことか、どうするべきか聞きました。それでも、答えは「さあ?」でした。
明らかに周囲の子を意識しています。(周囲の子は、その「さあ?」が面白いようで笑っています。)
悪かったと思うことよりも、周囲への変なプライドの方が勝っていて、葛藤の様子もありません。
ここで私はその子に注意をしました。(笑っていた周囲の子への注意は後ですることにしました。)
「人にケガをさせるようなことをして、その後、自分がどうすべきかわからないようなヤツは帰れ」と言いました。その子は、「それは困る」と言いましたが、そんなこと言われても内容が内容です。内容を認識した後でも、「みんなが見ているから」ということが勝って謝れないような子の「それは困る」という言い分を私が「はい」と聞くわけもなく、「これからこの子を帰すこと」を家に電話で伝えるため、コートに電話を持ってきて、一応、最後の質問。
※これは脅しやポーズでしているのではありません。家に子供を帰して平気か確認する必要もあります。親御さんも理由を知らないで子供が突然帰って来たら驚くでしょう。また、親には伝えられていないと子供が思っている状態で子供だけを帰したら、途中で子供が寄り道などをして練習の終了時間に合わせて家に帰るようなことをしないとも言えません。安全面からも、お家に電話をする必要があるのです。
さて、さっきのはやっていいことか、どうするべきか。
その子は、「やってはいけないこと、謝るべき」と答えました。
この年代でみんなの前で、過ちや失敗を認めるのは大変なことでもあります。でも、そんな周囲への見栄や変なプライドで過ちを認めないというのは強さでも格好良さでもありません。そういう姿勢を受け入れていくのであれば、それは弱さを育てているようなものです。(通信No.21の時とは全然違うのです。)こういうことはみんなが知っていかなくてはならないことです。
そこで、周囲の子-「さあ?」と答えた子を笑って見ていた子、「面白い」、「格好いい」、「勇気あるな」・・・そんな目でその子を見ていた子供たちにも同じことを言いました。
「人にケガをさせてもいいと思っているヤツにここでサッカーを教える気はない」こと、「みんなが見ていたって、恥ずかしくたって、謝らなくてはいけないことがある」こと等々・・・。
ちなみに、変な上下関係なんかを教えたいのではないので、その子が「謝るべきだ」と答えた後で、実際に私に対して謝らせるようなことはしていません。そんなことをさせたいのではありません。
その直後、ストレッチを4・5年生と6年生の2グループに分けて行い、私は4・5年生とストレッチをしましたが、子供たちに「みんなの前で間違ったことを認めることが大変なこと」を話し、「その子がちゃんとみんなの前で“謝るべきだ”と自分で言えたことは勇気のあることで、さすが6年生だ」と言うとみんなもそれはわかってくれたようでした。
・・・当たり前ですが、「6年生で卒業したらもう終わり」なんて思ってサッカーコーチをしているのではありません。子供たちが中学生、高校生になった時を頭においてコーチをしています。
中学という年代はとても大切です。
子供たちは卒業後、そういう年代に入っていきます。
子供から大人に向かっていく中で、「ちょっと悪いフリをするのが格好いい」、「周囲への見栄から、本心を隠して行動する」、そして「そういう行動をすると周囲から認められる」そんな状況にも、子供たちは置かれることもあります。
そんな中で、さっき書いたような弱さを育てていってしまうことはしてほしくありません。
また、どういうものが強さなのかということも知ってほしいと思います。これは、今、少しでも教えておかなくてはなりません。
6年生の子と一緒に過ごせる時間はあとわずかです。
一日一日を大切にしていきたいと思います。

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通信No.65おまけ:敵・味方?

1年生のゲーム。
自分で蹴ったボールが顔に当たり、痛くて立ち直れない子がいました。この子、普段は涙を流すことはあってもプレーが止まることはないのですが・・・。相当痛かったのでしょう。立ったままです。
すぐさま駆け寄り、「大丈夫か?」と優しく声をかけるコーチ・・・ではなく、(理想のコーチ像からはほど遠い)自力での復活を待つ私なのでした。
実は、この日は一度、子供たちに「(大変なことを)無理だとあきらめてはダメ」ということを話していて、さらにゲーム中に子供が必要以上に私に頼ってきた際に「コーチより強いヤツなんかたくさんいるぞ」とも言っていたので、それを目の前で子供たちに見せるためにも、この子に頑張ってもらったのでした。(やりますよ、この子は!)
もちろん、逆効果になったら全部私のせいです。が、子供たちはすごいので信じて平気なのです。
立ったまま、まだ動かぬ状態の時に、その子に、(ボールがコートの外に出た時、スタートするために行う)キックインを「やってみろ」と無理やり押し付け(ひどい私)・・・。が、1度目は復活するに至らず。
ならばと、その後も「やってみろ」と押し付け・・・。しかも、(スタートしたら)「俺が(お前から)ボールを取るからな」と前に立ち・・・。(さらにひどい私。)
さぁ、勝負です。コーチとして、子供に関わる者として。どうなる?
―と、鬼の体を後ろから誰かが抑えました。あ、相手チーム(キックインする子と同じチーム)の子だ。 ありゃりゃ? 今度は鬼コーチの前にも誰かが来たぞ。あれ、俺と同じチームの子だ。
ん?- 復活しようとする子を助けているのか?・・・いつの間にか「鬼コーチ 対 子供たち」になっているぞ。ま、いいか。これで復活できるなら。
友達がここまで整えてくれた状況を、この子が無駄にするわけがなく、復活!
ケラケラとドリブルを始め、ドドーっとゴールまで行き、ピシャッとシュートを決めてきました。
この後は完全復活。
ゲーム終了後、「無理だと思ってもあきらめないように。それから、コーチより強いヤツはいっぱいいるぞ」と話すと、さっき“涙”状態から復活を見せた子のことを「つえー!(強い)」と言って見る子がいました。
これでいいんです。(「つえー!」と言った子たちもすごいのに、自分のすごさには意外に気づかないのかな?) そこにいたみんながすごかったですね。
子供たち、あっぱれ!

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通信No.65おまけ:ネットを揺らせ

「ネットを揺らせ!」か・・・。
おー、サッカーっぽい題ですねぇ。ゴールネットを揺らす場面、感動的ですもんね。
たまに、「日本の課題は得点力不足」とか「ストライカーが育たない」なんて話を聞くこともありますし、「ある国ではネットを揺らす時の“サッ”という心地よい感覚を小さい頃から植えつけるためにゴールとゴールネットを使ってシュート練習をする」なんて話を聞いたこともあります。
そう、「ゴールネットを揺らせ!」。だいたい日本のサッカーはさ・・・なーんて、私がそんなこと考えるわけなくー(ププッ)、だって子供たちにとっては“空き缶”だってゴールになりますもん。(子供同士で“空き缶”でゴールを作ってサッカーをしている時は、その空き缶だって子供たちにとっては立派なゴールで、ゲームの内容やプレーによっては、シュートを決めた時は本物のゴールと差なんてなく、すごく嬉しいんですから。こういう、形じゃなくて本質をつかんだり、感じたりする感覚を育てる方が大切だと私は思っています。)それに日本代表、すごいと思いますもん。
では、なんの話かと言いますと・・・。
さっきの1年生の話があった日、U-12クラスではこんなことがあったんです・・・。
ゲーム時、人数が多いチームは、1人ずつ「お休み」をすることにしました。(1分交代などで、ゲーム中に順番で「お休み」をします。)コーチが、ある目的から「お休み」の順番を指定することもありますが、この日は子供たちで順番を決めさせました。
すると、この順番決めで軽い言い争いが起こったのです。「たかが順番」だとも思うのですが、子供なりにこだわりがあるようで。2人の子が、「俺、2番がいい」、「俺も2番がいい」、「はぁ? 早い者勝ちだし」、「何それ、絶対、俺2番じゃなきゃやだ」・・・こんな感じです。おー、険悪な雰囲気。これから楽しいゲームだと言うのに。
とりあえず、その言い合いの雰囲気を感じるために、その2人の間を素通りする私。
そして、通り過ぎながら、「大丈夫」と確信。ちゃんとお互いに気持ちが届いているし。
あとはちょっと様子を見ることに。(すごいんですよ~、ソラに来ている子たちの力。)
試合が始まり、もめつつも休憩は1人ずつちゃんとして1試合目終了。(←ちょっと偉いと思ったのは、自分のチームのもめごとをゲーム中に出さなかったことですね。ゲーム中は、言い合って順番をゆずらないことはありませんでした。そんなことすると、相手にも迷惑かかるし、他の子たちに迷惑かかりますから。そういう場面で、不本意ながらも順番を守った子、偉いですね。)
1試合目が終わり、そのチームがコートの外に出る際、「俺、こんなチームやだ」、「俺もやだ」という声が聞こえました。私にも聞こえる声で言っていますが、私は聞こえていないフリ。(相変わらずひどい人・・・。)
休憩・・・「さて、どうする?」と見ていると、「やだ」と言った2人がお互いに少し離れて座りました。状況としては、言い合いをした子のうちの1人を含めて4人がまず座り、言い合いをしたもう1人がそこから離れて1人で座っています。その距離、5mくらいでしょうか。
距離のとり方、座り方が子供らしいので、私は子供たちのいる場所からは見えにくい場所に移動し、気配を消して様子を見ます。
子供たちは、みんな少しだけネットに寄りかかって座っているのですが・・・・・ちょっとすると、4人で並んで座っている子たちが、寄りかかるのを利用して「ネットをゆらゆら」し始めました。その振動はネットを伝わって、5m離れた子にも届きました。
― ちょうど、言い合いをした2人の子の目があって。振動が伝わることがわかった子は、さらに伝わるように、もう少し強く寄りかかって。振動を受け取った子も、同じように少し振動を返して。
受け取ってもらって、返してもらったら安心したのでしょう。お互いにネットをもっと強く揺らし始めて、振動を伝え合っています。(伝われ、伝われー! 揺らせー!)
お互い気まずそうな顔から、少し笑顔になって。ネットの振動の大きさと比例して、表情が大きく変わって、どんどん良い顔に。(お陰で汚れきった私の心もすっかり浄化されました。)
最終的にはネットは“ブンブン状態”。普段は、ネットに強く寄りかかったり、ネットをブンブン揺らしたりしていると注意をします。が、その注意は今度することに。(こんな私ですが、いつもいつもオニではなく、たまにはウニになります。)
言い合いやケンカをすれば、謝らなければならないこともあるでしょうし、謝らなくてもいいこともあるでしょう。
色んな仲直り、気持ちの伝え方があります。それを知るためには、「嫌でも謝る必要があること」や「謝られなくても気持ちを受け取る必要があること」などを知っていく必要があります。
色んなことを経験して、適当な大きさで苦しんだり、跳ね返す - そんな経験を繰り返して、友達を助けたり、協力したり、自分で頑張ったり・・・たくさん成長していくんですね。
これまたあっぱれな子供たち。(あ、ゲームもちゃんと見ていますよ、サッカーコーチなので。)
ヒネクレ者の私に「あっぱれ」で今年最後のおまけを終わらせた子供たち。来年も期待しましょう!

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通信No.64おまけ:友達なのに①

スクールには、同じ学校や同じチームから来ている子もいますが、そんなことに関係なく、ゲームの時はチーム分けをしています。
ある日、U-9クラスのゲーム中、ある子がボールを取ろうと走っていると、相手チームの子が後ろから追いかけてきました。この2人は普段の所属チームが同じです。
きっと、ボールを追いかけていた子(ボールに近かった子)は、後ろから来る子は普段一緒に練習している仲のよい子だし、ボールも外に出そうだから、自分には当たって来ないと思っていたのだと思います。―が、“ドン!”。
それほど強い当たり方ではなかったのですが、前にいた子にとっては、思ってもいなかったことだったので、この時は転んでしまいました。そして、なかなか起き上がらないのでした。
体の接触の衝撃や転倒時の衝撃はほとんどなかったと思うのですが、なかなか起き上がらず・・・。やがて起き上がり、その後は普通にプレーしていましたが、きっと、「友達だと思っていたのに」(なんで他の人に当たるように俺にも当たるの?)という感じだったのではないかと思います。
少し手加減してくれるだろうと思ったのでしょう。同じくらいの当たりにはいつも耐えているのに、この時になかなか起き上がれなかったのは、心理的なショックもあったのでしょうね。
でも、この「強い当たり」も、一歩進んだ友達だからできること。だから、良いことだと思います。
だって、普段一緒に練習しているのに、「こいつは頼りないから弱く当たってやるか」なんて思われていたら、嫌ですもんね。そりゃ、わかり易い優しさも必要ですけど、優しさが一歩進んだ形が、「お前なら大丈夫だろ。だから、今は行くぞ」というものだと思います。「ゲームでバンバン当たっても、ゲーム後はいつも通りになれる」という、相手への「信頼」もあるのでしょう。
なかなかよろしいんじゃないでしょうか、こんな関係。

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通信No.64おまけ:自然な考え

ある日、U-12クラスでマークの位置について話をした時に、(マークの位置としては)「Aの位置とBの位置、どっちが正しいと思う?」と子供たちに質問しました。
「Aだと思う人?」と聞くと、みんなが手を挙げ…と思ったら、一人だけ手を挙げていません。
すでにみんながAに手を挙げたのを見た後で、この、Aに手を挙げていない子がどうするのかと思い、「Bだと思う人?」と聞いてみると、ほぉ、感心。この子、ちゃんとBに手を挙げました。
他の子の様子を見て、「あれ、間違ったかな?」という顔を一瞬しましたが、答えがAになる理由が思い当たらなかったのでしょう。「・・・でもB・・・」というような感じで、手を挙げました。
この子はチームに入っていません。他の、チームに入っている子や自分より学年が上の子が、自分の考えとは違う方に手を挙げていたのですから、こういう状況では、自分の考えを変えてしまう子もいるかと思うのですが・・・。
ちなみに、Aに手を挙げた子は、すでに知識として知っていた子がほとんどのようでした。
しかし、そのような、形式的にどこかで教えてもらっていて「A」と答えた子でも、本質まで教わっている子はあまりいなかったようでした。(その後の練習を見て、それは一目瞭然でした。)
実は、この質問に対する答えは、どちらが正しいかと言えば「A」でしたが、自然に考えれば、この子の挙げた「B」でも全然おかしくなかったんです。(この話とは関係ないですけど、子供の自然な考えだからこそ、吸収できることがたくさんあるんですよね。)
さて、自分以外の子が全員、Aに手を挙げたのを見た後でも、ちゃんとBに手を挙げた子。
みんなが手を挙げるから正しいわけじゃない。声の大きい者の言うことが正しいわけじゃない。
自分の考えをちゃんと言った子。本当にすごいと思います。
こういう良さをずっと大切にして欲しいですね。
こういう子の良さ、すごさをみんながわかる場にしたいと思います。そして、みんなが自分の考えをきちんと言える場にしたいと思います。

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通信No.64おまけ:友達なのに②

10月、U-12クラスのゲーム時に、所属チームが同じ子を同じチームにしてみました。
そのチームの子が、相手にボールを取られた時、「だって、○○が動かないんだもん!」と大きな声で言いました。
こういう場合、誰か一人が悪いということはまずないのですが、言い合うことでわかる部分もあるので、(説明する場合もありますが)この時は様子を見ていました。
すると、名前を出された子は、(本人はそれまでも頑張っていたのですが)ただ黙って、言葉を飲み込み、それまで以上にボールを追い掛け回すようになりました。頑張っている、一生懸命だけど、黙々と、友達に認めてもらうために動いているようで、本当はそれまでのプレーでも十分に認めてもらえるはずなのに・・・。そんな様子を見て、ちょっと辛かったです。このまま、この子の頑張りに、誰も気づかないのだろうか・・・。
すると、そんなことはないのです。
ちゃんと友達は気づくのです。もともと、(この子達の場合は)さっき言った、「だって、○○が動かない」という言葉も、普段から一緒にプレーしている仲間だからこそ、出た言葉なのでしょうね。そう言った子は、その後、とても自然に、○○君にパスをしていました。そのパスはちょっと長めで、蹴る(パスする)のはちょっと大変だったはずですし、他にも、(普段から所属チームが同じ)味方の子はいたのですが、その時点で最も自分から遠いところにいた○○君に、名前をしっかり呼んでパスをしていました。
―そのパスの直前、実は私は○○君を見ました。そして、名前を呼ばれた瞬間の顔も見ました。表情が気になっていたので。
その子、それまで、いかにも「黙々と動く」という感じで、一生懸命だけど寂しさがちょっとある表情だったのに、名前を呼ばれた瞬間、嬉しそうに、口元がほんのちょっとだけゆるんだんです。
後で、その時のことを話すと、その子は、「表情はかわってない」と言っていましたが、しっかり見ていましたから、私。(家政婦じゃないですけど。)
一瞬ですが、本当にちょっとですが、安心から出るような、ちょっとした口元のゆるみ、嬉しそうな表情、見せたんですよね。(自然に顔がそうなったのかもしれませんね。)
きっと、さっき文句言われて、「俺だって頑張っているのに何で」と、ちょっとだけ残念に思っていたのではないかと思うんです。(←勝手な想像ですけどね。)その「何で」と思った相手の子が、遠くから、自分の名前を呼んでパスしてくれて・・・心がちょっと、表情に出たんだと思うんです。
友達だから、わかってもらえないと残念に思って、でも、わかってもらえなかったのではないんだとわかれば、それだけで嬉しい、頑張れるんですね。
その後の動きはさらによくて、見ていても、こっちがとても嬉しくなるような元気の良さでした。
友達 ― 色んなものを与え合っていくんですね、やっぱりいいもんですね。

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通信No.62おまけ:誉める・叱る

たまに、「褒めて伸ばすタイプですよね」と言われますが、残念ながら、そう言われるほど褒めるタイプではありません。(すみません。)
褒めるべきところがあるので褒めているだけなので、必要じゃない時は褒めませんし、ただ形式的に褒めるようなこともしません。
U-12クラスの練習を見ている方はご存知でしょうが、「ほとんど褒めない」時もあります。「叱るだけ」の時もありますから。
曜日(コース)によって練習の雰囲気は違い、また、同じ曜日(コース)でも、日によって雰囲気は違います。ですから、褒める言葉が多く、楽しい雰囲気でやっている時もあれば、叱る言葉が多く、厳しい雰囲気でやっている時もあります。その雰囲気の差を見たら、「同じスクール?」、「同じコーチ?」と驚くかもしれません。
ただ、見た目は全く違っても、奥に流れている本質は全く変わりません。
同じものを追求しています。
褒めてはいけないタイミングでうっかり褒めると、逆効果になってしまうこともあるのです。
全体的に雰囲気がかなり良くない時には、一人だけ、あるいは少数の子を極端に褒めるようなことを私はあまりしません。それは、褒められた子にとっても、周囲の子にとっても、効果的に作用しないことの方が多いからです。その場に合った取り上げ方、接し方をします。
少し前のU-12クラス(木)がまさにそうでした。
本当は、もっと褒めたい子も、もっと褒めたいプレーもあったのですが、その日はみんなの前で大きく取り上げて褒めるわけにはいきませんでした。グランドでは色んなことが起きているので・・・。
極端に数人を褒めることができないからといって、もし全体的に褒めたなら、本来、その時点では褒めてはならない子が、自分の状況を取り違えてしまう可能性もあります。そんな時はうっかり褒められないのです。
このような場合は、メインコーチとアシスタントコーチが協力して働きかけをする必要があります。
メインとしてどう持っていくか、アシスタントとして、どう調整していくか。
叱る場合も同様です。様々な状況があります。
U-9クラスでは、楽しく練習をすることも、楽しく働きかけることもとても大切ですが、ただふざけてしまっているような場合は、頑張っている子、楽しんでやっている子がケガをするような可能性もあるので、かなり厳しく注意していきます。
子供からの、「見て欲しい」というサインに応じる場合もありますが、応じてはならない場合は(=ケガの起きる可能性を増加させてしまいそうな場合)、そのサインにはそのまま応じず、違う形で応えていきます。
頑張っている子への働きかけ、自分で努力している子への働きかけ、ふざけてしまっている子への働きかけ、楽しんでいるのかふざけているのか微妙な感じの子への働きかけ、集中して働きかければ立ち直りそうな子への働きかけ・・・・必要な子への、必要な働きかけを、いつ、どのようにすることが、その場にいる子供たちに対して(対するコーチとして)正しい対応なのか。
どうすることが、一人一人に伸びる機会を与えることになるのか ー こんなことを必死に考えて子供たちに接しています。
子供の練習の場合のコーチングは、「頭」というより「心」を使うものです。「頭」から子供たちの中に入っていくと見えないものがたくさんあります。
だから、「心」から行きます。(もちろん、年代や状況によっては、逆に「心」を抑えて「頭」を冷静に働かせる必要もあります。)
子供たちは色んな面を見せてくれます。それに対し、片一方からだけの働きかけでは強く成長できないので、両方から働きかける必要があり、こんな感じで褒めたり叱ったりしています。
・・・練習を毎回見ることができる方は少ないと思いますので、もしかしたら、見ている時にたまたま「褒めている」ことが続いて、「いつも褒めている理想的なコーチ」というような誤解があるといけないので、毎度のことながらここでお伝えしておきます。
ちなみに、あまり見たことがないかもしれませんが、“練習をさせない”(コートの横に座らせてしまう等)、“「帰っていい」と言う”、“「コートから出ろ」”と言う場合もあります。
もちろん、これらの働きかけを単純な理由から用いることはありません。
が、そうしなければならない時、そうすることが子供の安全や成長を守るために必要な時は、そうします。(「帰っていい」と言う働きかけを、子供との心理的なかけひきに使うコーチもいるかもしれませんが、私はかけひきになんか使いません。本当にそうした方がいいと思った時しか言っていないので。)
―ところで・・・「褒めることは難しい」とか「叱ることは難しい」とかよく聞きますが、本当にその通りだと思います。
どちらも難しいと、私は感じています。
実は、私は保護者の方が見学に来ている場合、その方の子をみんなの前で褒めるようなことはあまりしません。いつもなら褒めるようなことでも、ちょっと抑え気味にして、褒めないようにすることさえあります。(それには、ある理由があるのですが、ここでは触れません。)
もちろん、「親の前で褒められる」ことは、子供としては嬉しいでしょうし、子供の喜ぶ顔を親御さんが見ることも大切なことだと思いますので、「抑え気味」と言っても、「これはみんなの前で取り上げるべきこと」という時には取り上げますので、ご安心下さい。
・・・ですから、逆に言うと、保護者の方が見ている前で、もし「褒められる」ことがあった子は、「褒められたこと」に対して、本当に自信を持って欲しいですし、素直に自信を持って欲しいと思っています。そして、そばにいる保護者の方にもしっかりと認めて頂きたいと思っています。
(たまに謙遜されることもありますが、私的には、褒めることをちょっと我慢している中での「褒めさせて・伝えさせて下さい」なので、しっかりと、そのまま受け取って頂けたらと思います。)
一方、「叱る」、「注意する」ということを「抑える」・・・ということはまずなく・・・すみません。
(不公平な感じがするかもしれませんが、これも、ここには書きませんが同じ理由です。)
ただ、子供を叱っている、注意をしている場合でも、そうなっているのは(良い状態に持っていけなかった)私の責任なので、そういう場合は、「山口の責任」と思って見ていて下さい。
最後に、さぁ、「褒める・叱る」の判断基準は?
過去に努力した結果、今の技術状態にあること、
(その日に“その日のための”努力をしていなくても、良いプレーをできることも多々あります。)
その日に努力した結果、その時の技術状態にあること、
(過去に努力していなくても、良いプレーをできるケースもあります。)
その時点、その状況でこれらを、どのような比率で評価するのか。
「これからが大切」、「過去より未来が大切」とよく聞きますし、その通りだと思いますが、過去があっての未来、今、です。
過去の努力(或いは努力が足りなかったこと)を認めることも、今の努力(或いは努力できなかったこと)を認めることも必要です。
また、練習に来ることがなかなかできないけど、練習に来ている時には人一倍頑張っていること、
練習にたくさん来るけれども、毎回の練習では頑張りきれないことがまだ多いこと、
これらを、どのように見ていくのか。(評価・判断していくのか。)
グランドで表れる、“さっきまではたまたま気が乗らなかったけど、今日まですごく頑張っていたから、気が向けば良いプレーができる”状況、“昨日まではあまり頑張れなかったけれども、今日頑張っていたから、良いプレーができる”状況・・・。
置かれた時点、状況で、どこの部分までを認めるのかが非常に重要な場合、これらに対して誤って働きかけてしまうと、自分や友達の「努力」、「成長」の捉え方を誤ってしまうケースも出てきてしまいます。
簡単に線を引いた方が良い部分、良い状況もありますし、簡単には線を引かず、複雑なラインを見定める方が良い部分、良い状況もあります。
頭から湯気が出てきそうですが(実際に出てるときがありますが・・・)・・・褒める、叱るは、私なりに、こんなことも考えてやっています。

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通信おまけ:夏空2007より①「涙・・・①」

U-6クラス、可愛い涙からの成長がありました。
練習最後のゲームの時に、ある子が、チーム分けで使用するビブスは「どうしても黄色の7番が着たい」と言うのです。「黄色の7番じゃないとやらない」と言うので、私が「7番はないの」というと、「じゃあオレンジじゃなきゃやらない」と。
その日に起きたことや、そこまでの経緯から、こうしたお願いを聞いてあげることもありますが、聞いてあげられない時もあります。(この時は、何で7番がいいのか話を聞いたりしましたが、結局、お願いを聞いてあげませんでした。)
・・・ということで、私が「ダメだよ。この黄色の(ビブス)じゃないとゲームをできないからね」と言うと、「ヤダ、エーン」と泣いてしまいました。(泣いてしまったというより、7番をあげれば泣かなかったと思うので、私が泣かしたようなものですが・・・。)
泣き止んでから話をしても、「それならやらないもん」と。一応、小さい子にもわかるように話をしてはいるつもりですが、この日は結局この子が黄色いビブスを着ることはなく、最後のゲームをしないまま練習が終わってしまいました。
この日の一日だけを見れば、とても残念なことです。でも、もっと先を見ているので、残念ではないのです。(もちろん、私がもっとちゃんと話をできれば良かったのですが。)
私達が子供を見ることができるのはグランドの中だけです。その中だけを、その時だけを楽しくさせることもいいことだとは思います。・・・でも、子供たちが過ごす時間は、グランドの外で、他の友達と遊ぶ時間の方が圧倒的に多いのです。そこでも楽しく過ごしてほしいと思い、グランドでは子供たちに接しています。ですから、友達と遊んでいて、「きっとこれは友達もわかってくれるだろう」(わかるべきだろう)ということについては、グランドでも放っておきますが、「これは友達はわかってくれないだろう」(自分で成長しなきゃダメだよ)という類のことについては、グランドでは放っておかないのです。
そのため、ソラでは、こうして子供たちの目に涙がたまることもあるのです。
・・・さて、そんなことがあった日の3日後。
今度は他の練習をしている時に、その子が「僕、オレンジの5番がいい」と言い出しました。
でも、その練習では、その子が4番にいる方がいいんです。(細かいことはお話しできませんが、子供の並ぶ場所や居場所をコーチが指定する場合は、そのメニューを行う上での安全面、技術の習得、全体の雰囲気、友達との関係など・・・様々なことを考えながら指定しているので・・・。)
そこで、私が「ううん、ダメだよ。4番じゃないとね、みんなで遊べなくなっちゃうの」と言うと・・・その子は泣きそうになりながらも4番のところに戻って行きました。(すごい!)
泣きそうな顔で下を向いていますが、我慢しています。
そして、すぐに練習に復帰できました!(お母さんが前の「7番事件」の時に子供に話をしてくれていたようです。)
今回、我慢しきったのを見て、「お兄ちゃんになったね」と言うと嬉しそうにしていました。
一人一人が見せる、その子にとっての成長 - 嬉しいですよね。

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通信おまけ:夏空2007より②「涙・・・②」

続いてはU-12クラスの1コマです。
4人組でパスとコントロールの練習をしていると、ある子が涙を流しながらボールを蹴っているのです。話を聞くと、悔しいのだそうです。その子はまだ比較的経験の短い子。
この時の4人組は、経験年数などでグループを分けるようなことはしませんでしたから、(子供たちはサッカーの経験も様々なので)経験の長い子は上手にパスをできただろうし、まだ比較的経験の短い子は、長い子に比べ上手にできないこともあったと思います。
練習内容やその他の目的によっては、経験年数などでグループ分けをすることもありますが、この時は、どんなグループになっても、経験年数の長短に関わらず上手になれる練習でした。
上手にできているから「上手になる」とは言えませんし、失敗しているから「上手にならない」とも言えません。問題は「自分が上手になろうとしているかどうか」です。
実際、上手にできているように見えている子の中にも、その練習内で(その気持ちでは)上手にならないよ、という子もいました。そういった練習をしていた時の、この子の涙です。
経験の長い子は特に、こういう涙の意味をちゃんと覚えておいてほしいと思います。
この子がどれくらい練習を頑張っていたのか、ちゃんとわかってほしいと思います。
正確にできるかどうかよりも、「正確にやろうとしていたかどうか」を、ちゃんと見て、気づいてほしいと思います。・・・と、これが本題のようですが、実はこの涙には、私はもっと大きなものを感じたのでした。私はこの涙を見ることができて嬉しかったのです。
なぜか、それは、数ヶ月前のその子なら、決して流さない涙だったからです。
数ヶ月前・・・その頃は、子供たちが一番楽しみにしているミニゲームでも、その子は、完全にはゲームの雰囲気、周囲の子の気持ちに、入りきってはいませんでした。
一生懸命ボールを追う時もあるけれど、それよりも友達と走っていること、そこに一緒にいること、それだけで十分に楽しい。そういう感じでした。
ですから、チームが失点しても、友達が失敗して悔しがっていても、失点や失敗することがそこまで悔しいことだと思っていないので、その子はニコニコしていました。
サッカーのプレー上の悔しさや嬉しさなどに(まだ周囲の子ほど)心が行くのではなく、そのために、悔しくて興奮している友達にも、その時には受け取れないような話をしてしまうこともありました。サッカーを楽しいと思うところが、まだ周囲の子としっくりきていなかったのです。
しかし、決して、こういったことが悪いことなのではありません。
サッカーを始めたばかりの頃はこれでいいのです。新しい場に入ってきた時には、これでいいのです。子供として自然な姿です。100%これでいいのです。色んな子と接しながら、お互いに成長していくのです。
それに、この子はその頃も練習をとても一生懸命やっていました。ただ、その時点ではまだ、一生懸命やってうまくいく達成感や、一生懸命にやった時に失敗する悔しさなどを大きく感じ取る段階ではなかっただけのことです。ですから、それらの詰まったゲームの時間になると、先ほどあげたような、楽しさ、悔しさ、達成感、連帯感などの部分で、周囲の子との間に少しだけ開きがあることがあったのです。
私も現場でそれを感じることはありましたが、先ほどお話ししたように、それが自然な時期、段階もあるのです。そういった楽しさが必要な時もあるのです。その段階で、その上の段階の話や、まだ想像しにくい話をいくらしても、開きは埋まりません。しかし、だからといってそのままにして、子供同士がいつまでもお互いのことがわからない、気持ちが噛み合わないままで同じ空間にいても、それは本当に同じ空間にいることにはならないと私は思っています。
ですから、その子が頑張れば届くこと、頑張れば感じられることを何とか経験できるように、少しずつその上の段階、成長すれば感じられる段階にくっつけることができるようにと考えて、ゲームの時間は見ていました。
その子なりに一生懸命にやっているのです。一生懸命やっている子が、成長できなかったり、周囲とギャップがあるまま進んでいったり、頑張れば到達できる部分に到達しないまま時間が経っていくのはおかしいことです。周囲の、サッカー経験の長い子が到達している段階にその子がいつまでも到達できないとすれば、それは現場にいる私の責任です。(コーチとして悔しいのは、みんながそれぞれの段階や状況で頑張っているのに、気持ちやつながりの部分で、そこにいる子が離れてしまっているような時です。そんな時は、そこにいる全ての子にすまなく、悔しく、なんとかしたいと思っています。)
・・・そんなプレーをしていた時から数ヶ月たち、今回の涙。
今のゲームでのプレーを見ていてもわかりますが、ボールの追いかけ方、ボールを追う目の動きが全然違います。
プレーしている子が本当に悔しいと思うべき時に悔しいと思い、プレーしている子だけが嬉しさを感じられる時に、すごく嬉しそうな顔をしています。
彼の涙は、もうこの段階まで、彼が進んで来たことを示す涙なのでした。
だから、嬉しかったのです。

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通信おまけ:夏空2007より③

「涙」というキレイな話で締めくくるのはちょっとソラには似合わないので、最後に一つ、3週間終わった時点で、唯一、スクール開始前に「お説教タイム」のあった時の話を

・・・練習開始前、少し早めに来た数人の子が、思い思いにボールを蹴っていました。
2人で遊んでいる子、1人でドリブルとシュート(弱めのゴロ)の練習をしている子。
ちょっと様子を見ていると、1人で練習している子のボールが、2人で遊んでいる子のうちの1人の子の足に当たりました。当たったといっても弱めのボールです。その少しあと、今度はもう1人の子にもボールが当たりました。これも弱めのボール。(「当たった」と書いていますが、実際には、2球とも、「コロコロ・・・コツン」というくらいです。)
ボールを当てた子は、蹴ったボールが相手を痛めるようなボールではなく、「当たった」という感じではなかったので、とくに謝るようなことはしませんでした。私も見ていましたが、そこまで気にするようなボールではありませんでした。でも、2人は嫌だったのでしょう。
その後、まず1人の子が、さっきボールを当てた子に、ボールを蹴り、当てました。少ししてから、もう1人の子もボールを蹴り、当てました。両方とも、強く蹴っているわけではありませんが、さっき自分たちに当たった、軽く転がってきたようなボールとは違いました。そして、その後も2人で遊び続けていました。
そこまで見て、その後の数分間、私は練習開始までのグランドの管理を佐藤コーチに任せ、コートの反対側にあるゴールに向かってボールを蹴ることにしました。シュート練習です。
(佐藤コーチにも「怒っているわけじゃないけど、蹴ってくるから」と言いましたが、単にシュート練習をしていただけです。何故かという理由はここでは省きます。)
その間も、先ほどの2人は、(私の使っているゴールにボールを蹴りたいので)遠くから私に「どいて」と言ったり、蹴ったボールを「取って」と言ったりしています。(私はそのボールを返しませんでした。)さっき自分たちがしたことは何とも思っていないようです。
ボールを当てたのに謝らなかった子にも責任があるので、どちらかが一方的に悪いということではありません。ただ、子供の世界での「仕返し」、「おあいこ」にしても、あまりに不適当でお互いの関係が成り立っていなく、また、サッカーの技術をそのような形で使うのは間違っているので、練習前に「お説教話」をしたんです。友達同士で、ボールを当てて遊んでいるのとは全く違いますから。(・・・こういう書き方をすると、「仕返し」を勧めているようですが、そういうことではありません。)
子供の頃、皆さんにも記憶ありませんか?
「しっぺ」や「つねりあい」をして、「今のちょっと強かったぞ。だからもう一回俺にやらせろ」と言って、軽く(自分なりに“平等になるように”強さを調整)もう一回やらせてもらうとか。それで“おあいこ”にしたり、気持ちを整理したり。または「一回は一回」ということで納得したり。もちろん、「ごめん」という言葉で仲直りしたり、自分の宝物を「貸してあげる」で仲直りしたり。自分たちで、自分が相手に与えたことと受け取ったことの差や関係を調整しませんでしたか?(心というのは見えないので、こうやって適当な大きさで形にする経験も大切だと思うのです。そして、相手の心が少しでも見れるようになったり、自分の心を適当に表せるようになれば、行動も変わっていくのではないかと思うのです。)
そうやって、お互いに関係を持って調整していけるのであればいいと思うのですが、この時はそうではなく、子供の世界にしても不適当だと思ったので、少し話をしたのです。
(全体と、本人たちに個別に話しましたが、他の子にはピンとこなかったかもしれません。)
あ、一応、断っておきますが、この2人の子は、相手(自分より年上かどうかなど)を見て「ボールを当てる・当てない」を判断するような、卑怯な子ではありません。(私にも遠慮なくボールを当ててきます!)ですから、ただその不適当さに気付かなかったということかもしれません。自分たちの“ものさし”では、適当なことだったのでしょう。だから、気付かなかったのかもしれません。(決して、ずるい子などではありませんので。)
しかし、この先ずっと自分の“ものさし”だけで人と接していくことはできません。自分の気持ちを優先すべき時もありますし、自分のものさしを大切にしなければならない時もあると思いますが、それでも相手の気持ち、考え、違う尺度を知ることは必要だと思います。
・・・子供たちだけで気付かないことがあったら、まだ大人が言ってあげなければならないことがたくさんある年代でもあります。そんなことをつくづく感じたサマースクールでした。

色んなことを感じて、改善できて、成長していけるこの時期を大切にしたいと思います。
サマースクールでこういったことが起きたことも、全て成長につなげていきたいと思います。

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通信No.61おまけ「貫禄」

7月、U-12クラス、ある曜日のストレッチ中・・・話の流れ的に、私が「あ、ごめん、実は俺、仙人だったんだ」と言うと(←どんな流れだ・・・)、子供たちが「ウソだー!」。
「ホント、普段は雲の上にいる」・・・と言ったものの「あれ、雲の上にはいないよな」と思い、「それとか山奥にいる」と付け加えたのですが(そういう問題じゃないですよね)、この“雲の上”に子供が食いつき、「はー? ぜってい(“絶対”のムキになった時の発言型)ウソだ!」とある子が言い、さらに他の子が、「(雲の上に)行ってみ! 5分でいいから行ってみ! 絶対無理だから!」と、顔を真っ赤にして力いっぱい声をあげ・・・・。
『お前ら、ウソだってわかるだろ。そんなムキになるなよ。それに「5分でいいから」って・・・長いよ! 俺には5秒だって無理だ、雲の上に行くなんて。』(以上、心の声)その後、ちょっと練習をしてから休憩に。数人が「トイレ行ってくるー!」と。
すると、さっき「5分でいいから行ってみ!」と言った子が、素の顔で「あ、トイレ・・・」と言いかけた後すぐに「あぁ・・・、トイレ行っていい?」と言い直しました。
あれ? 何で言い直した? 言い直してそれ? -ん? 普通にしゃべりそうになったところを敬語に置き換えようとしたんじゃないの?
どうやら逆だな、丁寧に聞きそうになったところを普通の言葉に直したんだな。
んー・・・、それにしても、子供たちが、こんなにコーチに突っ込んでくるスクールって・・・。
練習中も、見本を見せる時に失敗すると嬉しそうなんですよね。見本が上手くいくと、「今ゆっくりだね」(=「だから上手くできたんでしょ」の意)やら、「もっと速くやってみて」(=「きっと失敗するから」の意)などという言葉をかけ、“挑発”してきます。そんな言葉を受けて速くやる時もあります。(それで失敗すると嬉しそう。逆にそれでもうまくいくと「じゃぁ、もっと速くやってみて」とまたムキに・・・。)
見本って、きれいなのを見た方が嬉しくないの???君たち。
いったい彼らは私のことをどう思っているんだろう?
あの話し方、表情からすると、友達・・・いや、友達ならもっと優しくしてくれるよな。
ライバル? ・・・でも、ライバルだったらもっと敬意を持っても良さそうだし・・・。
生意気でうるさい人?・・・んー・・・。(たぶん、これだな。)
コーチに対してこの態度。
尊敬しているわけでも憧れているわけでもないコーチのいるスクールに(普通はもうちょっと“キラキラ”している目でコーチを見るでしょう。あいつらの目はギラギラしている・・・)、いつもここに来てくれているということは(ちなみに「仙人」の話をした日は“雨”!)、コーチではなく、色んな友達に会えるこの場が好きで来ているということなので、(ちょっと悲しいですけどぉ)実はこんなに嬉しいことはないのですが・・・。
まぁ、こんな“貫禄”のない私ですが、かわりに佐藤コーチに貫禄が・・・あ、まだな~い!(だって、今はまだまだ“エネルギー”、“情熱”、“若さ”が持ち味の時期ですから。
 私にはないすがすがしさ、躍動感があります。)
・・・ということは貫禄ある人物不在?えーっ、それは困る・・・あ、ああ、あああ、いたぁ!見学されている皆さん、貫禄ありますよ~!(良かった、良かった。これで安心。)

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通信No.61おまけ「コーチの仕事って」

U-12クラス・・・この日、私は5・6年生のゲームを見たのですが、期間的なポイント・目標としていることが、多少はできているけれども(学年を考えると)まだ良くなりそうなので、プレーの吸収状況を確認するために私もゲームに参戦。
すると、ある子から「コーチが(ゲームに)入ると何かシラける」という言葉が。
コーチとしてこんな言葉を言われることは対外的にかなり格好悪いことなので、わざわざ取り上げることもないかと思うのですが、実際にグランドであったことですし、今さら格好つけるようなキャラクターでもありませんので。それに、今までの接し方(これからも変えませんが)からもらった言葉なので(=自分の責任)載せちゃいます。
(この日は、他の子についても、「もっと頑張れるだろう」ということがあったのですが、今回は主にこのことをお話しします。)
こういう言葉をそのまま受け取るようなことは私はしません。私自身、子供の頃にちょっとかまって欲しい人に嫌な言葉を言うこともあったし、じゃれたり、言い合いを求めることもあったので、(この子が私に好意を持っているのかどうかは別として)「私」に対する子供の言葉には、まず感情的には反応しません。子供が、他の子供に言う言葉や、佐藤コーチに対して言う言葉には、子供の理解の度合いによって、話をするようにしていますが。(どうしても許してはならない言葉の場合に、一度反応したことはありますが。)
もちろん、私も人間なので「子供に好かれたい」という気持ちはありますが、あくまで「育てる」のがやりたいこと、やるべきこと。好かれた上で子供が伸びたら、それは結構なことですが、何よりも嬉しいのは(例え好かれなくても)子供が伸びること。これは格好つけているわけでもなく、これまでに色んな子と接してきて、色んな場で色んな子を卒業させてきて思っている自然なことです。あ、「好かれなくても全然平気」なんてことはありません。そりゃ、残念だし悲しくもなります。それでも、「子供が伸びれば、別にそれでいいや」―このスタンスでここまでやってきた上でのことなので、今回の子供の発言も自分の中では納得できることなんですよね。話すと長くなるし熱くなるのでこれ以上お話ししませんが、「子供を伸ばすこと」にこだわるために作ったのがソラですから。(来た子は必ず伸ばします!)
さて、この日 ― 私にそう言った子に対しては、練習が始まる前から、実はかなり厳しめに(ゲーム中のプレーには)私がプレッシャーをかける予定でした。かなり前にも、この子には同じようにかなり厳しいプレーで接してみたことがあります。その時に、すごく強い動き、速い動きを見せたので、機会を見て、この刺激を与えるようにしているのです。(ここではこの子に対してどう接する予定だったかということを取り上げていますが、同様に、他の子にも、「この子はこういう感じで働きかけて今は伸ばす」というものがあります。)
この日は、先ほどの言葉を言った後なので、その子は「さっきの言葉を言ったから」と誤解してしまう可能性もありましたが、これで行く必要があったので、決行!
かなり厳しくボールを奪い、可能な限り負かそうとしました。
あ、「コーチなんだから、勝つに決まってるでしょ」なんて思ってる人、います?
そんなことないんですよ~、私ですから!そして、相手の子だって、十分に育ってますから。
そのゲームの中で、(やりあう中で)こんな場面がありました。
その子のドリブルしていたボールがラインの外にでる。普段なら、ボールをドリブルしていた子に「出た・出ていない」を判断させ、その子がプレーを続けたなら続けさせます。
―が、この日は、その子はプレーを続けましたが、私が、「出てる。こんなの(自分で)気付かなきゃだめだ」と言って、ボールを返させました。
その時、彼がコートに戻るのと私が外に行く際に、たまたま彼の肘と私の肘がぶつかりました。別に私は謝らず。そうしたら、次にボールが外に出た時、今度は、すれ違いざまにその子から私に腕をぶつけてきました。私はこんなの、大好きです。暴力を振るうとかでなく、汚いことをするとかでもなく、悔しいこと、お前には負けないということを相手に伝える。簡単にあきらめるのでもなく、ムキになれる。相手がコーチだって、ゲームを一緒にやっていれば関係ないでしょう。(こういう段階に全ての子が来ているわけではないので、まだそういう段階にない子に無理やりこのようなサッカーを強いることはしません。ご安心を。)
楽しみ方は、「今の年代、現時点での経験、現時点での好きさ」で違うのです。でも、サッカーを好きになればなるほど、年代が上がればあがるほど、真剣にやった時の、こういう勝負、こういうゲームがしたくなるんです。
今、ふざけるような感じでゲームをすることもありますが、それも、後でこういう真剣なサッカーの楽しさを知るためです。段階があるんです。先に、まだそこまで耐えられない状況で無理にここまで真剣なサッカーをやり、形だけでそれを覚えてしまうと、その後で、ふざけるようなサッカーを知った時に、(それまでにその楽しさを知っていないと)そっちにのめり込んでしまうこともあります。そうなると、本来、心の発達的にも、体の発達的にも、真剣なサッカーに耐えられる(そういうサッカーの中で、心身ともに成長できる)年代なのに、それに耐えられず、本当のサッカーの楽しさや自分の可能性を知らないで終わってしまう可能性もあるのです。それでは順番が逆なんです。(ふざけてやる、手を抜いてやる楽しさは、真剣にプレーする時の楽しさ、悔しさには到底かないません。)そうならないためにも、年代、クラスによって、“今”楽しむべきサッカーを楽しんでいるのです。
あ・・・すみません、話がちょっとそれました。戻します。
そう、そうして体をぶつけてくるほどムキになって「対決オーラ」を出している子。
でも、ゲーム中、彼が浮いているボールをコントロールしようとしている時に私が奪いに行くと、そのボールがほんの少し彼の腕に当たっただけなのに、プレーを続けるのを彼は自分でやめました。“明らかにやめる”というのではなく、「手に当たったから本当は俺のボールじゃない」という感じで、相手(私)にボールを譲る格好です。本人がどう思ったか知りませんが私にはそう受け取れました。そこまで思っていなくても、「手に当たったことを黙ってプレーをそのまま続ける」気がなくなったのは確かでした。つまり、ムキにはなっていても、頭にはきていても、正々堂々とプレーしているのです。ずるをして勝つのではなく。
他の場面でも一生懸命やっていたのはわかります。だからこそ、この「対決オーラ」を出している子の挑戦を、適当に私が受けるわけがなく、できる限りのことをしたのでした。
もう6年生。生意気な口だってきく時期です。うまく気持ちを伝えることができないことだってあるでしょう。私達も、接し方を考えなければならないでしょう。でも、接し方を考えることはあっても、逃げるようなことをしてはならないのです。
この日は、最後までバシバシ行きました。
この子のプレーは2年生の時から見ています。この子が急激に成長したのは、4年生の時のサマースクール。もちろん、それまでも子供らしいすごい速さで上手になっていました。しかし、それまでとは全く質の違う成長でした。それまで、ただ可愛かっただけの表情を見せていたこの子の表情に、強さが加わりました。また、子供から大人に向かう途中の複雑な表情も時おり見せるようになりました。子供らしさ、男らしさ、素直さ、素直になれない苦しさも。
それぞれの段階で、一人一人、伸び方は違いますが、しっかり成長してほしいと思います。
一人一人、“今”楽しむべきサッカーは違っていいのです。
今の彼らが、それぞれの立場で楽しむべきサッカーに優劣などありません。
どれも、素晴らしいサッカー、魅力あるサッカーです。
これからも、みんなが、それぞれのサッカーを楽しめますように。
そんな子供たちの成長を見るために、子供に何と言われようが、私はまだまだグランドに立ちます。これからも、どうぞよろしく。

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通信No.60おまけ「各クラスの様子」

さて、新年度が始まって4ヶ月。早いもので、もう一学期も終わりです。
なので、今回は各クラスのことを少~しずつ(予定)お伝えしていきますね。
■まずはU-6クラスから・・・
このクラスは新年度が始まってから初めてソラに来た子がたくさんいます。
当然、今いる年中さんはみんなそうです。スクールの体験に来た時や、入ったばかりの頃は、なかなかコートの中に入ることができなかったり、スクール中でもコートの外に“脱出”しようとしたり、練習中の休憩でお母さんのそばに行くともうそこから戻れなくなったり・・・。
そんな子を見て、「ほほ~(やるなぁ、お前ら)」とは思いながらも、ぜ~んぶ自然な行動で、珍しいことでもないし、驚くことでもなく、「子供なら、そりゃそうだろう」という姿を見せる子ばかりで安心したのを覚えています・・・ってまだ数ヶ月なのに、遠い日のようですね・・・。だって、本当に遠い日のよう! 今ではそういうことはないですもんね。本当にすごい成長ぶりでビックリです・・・もしかして今度の練習で覆されたりして・・・。そして、今の年長さんは・・・いやぁ、お兄ちゃんになるもんですね~。
「えっ、なんでそんなにしっかりした??」と言いたくなるほど、しっかりした子もいます。もちろん、やんちゃぶりが大成長した子もいます。いずれにしても大成長。運動の部分も、動きの上手さ、素早さなどが、年中さんの頃に比べると、グー・・・ンと伸びています。
色んな子がいるU-6クラスですが、発達の速度や各成長段階を楽しむ時間の長短は、一人一人全然違うのが自然なので、今のように、練習を見学されている保護者の方が、“余裕”、“ゆとり”を持って見て頂けると、本当に有難いです。
私達も、どういう働きかけが子供たちにとって良いのかを考えグランドに立っています。「話しかけないこと」、「話しかけること」にもちょっとした意味があることがあるので、これまで通り、コーチを困らせても、グランドでは見ていてください。私達が子供の心を理解する、私達が子供との関係を作る、そうしなければ彼らを伸ばしていくことができませんので。
お花にじょうろでお水を優し~くあげるように(えっ、そんなことしないですって?!)、これからも、“温か~いまなざし”を子供たちに降り注いであげて下さいね。
特にこの年代の子は、安心から、グングン伸びていきますので。
・・・何て言っておきながら私達スタッフはカッカしてることもありますが~。(コーチなので、上手にさせる、成長させるバランスにも注意していかないといけませんので・・・。)

■続いてU-9クラスから・・・
このクラスも面白いですね、本当に。それにしても、3月まで年長さんだった子が、「テクニックの練習」がメインのU-9クラスに見事について来ています。ついてきているどころか、見事に練習内容を吸収して成長しています! 幼稚園の頃に遊ぶような練習をたくさんしていましたが、ああやって子供らしく「キャッキャ」とボールを追いかけていれば、伸びるために必要な刺激は十分に入っています。きっとこれからもグングン伸びて行くことでしょう。
ただ、前年度までいたU-6クラスとは違い、3学年での練習なので、体格の違う子が同じグランド内にたくさんいますから、行動面やルールを守ることなどについては、U-6クラスより一歩進んだ事柄が必要となるので、そのあたりは今までよりも注意が必要ですが。
さて、すでにU-9クラスの経験者、2・3年生の子は・・・これまた“さすが”です!
面白かったのは、ちょっと前の練習。
子供はよく言葉を口にしながらドリブルしたり、歌を歌いながらドリブルしたりしています。グランドに一緒にいながら、「程よい」と判断した場合は、そのままにさせています。(「行き過ぎ」と判断した場合は注意をしています。)
この、「しゃべりドリブル、つぶやきドリブル、歌いドリブル」の達人の子の話です。
自由にドリブルしていい練習の時なんかは、よく話しかけてきます。会話をしながら見事にボールに触っています。この子がちょっと前の練習時、ゲーム中に突然ボールをまたぐワザをやりました。(この子がボールをまたぐのは、ちょっと前の練習で見ているので、またいだだけなら驚きません。)
この子はチームには入っていないのですが、サッカーへの関わり具合が本当に子供らしくて、(低学年で最も伸びるべき)ドリブルがものすごく上達しています。
プレーに驚いたのは何もその日だけではないのですが、特にその日のまたぎには驚きまして・・・。そのゲームの時の対戦相手には年上の子が多いし、みんな普段以上にボールを取りに来ていたので、かなりの密集地帯だったんですよね。そこで、その子は結構スピードのあるドリブルをして、まったく普段と同じ顔で、いきなりボールをまたいで。あまりにも自然で、タイミングもこれ以上ないというタイミングで、しかもそれまでに既に数人を抜いていて、密集で最後の相手を抜いて見事にシュートを決めたので・・・。
「なんであんな密集で、時間もない状況で、しかもあの顔であのタイミングで、パッとあんなことできるんだ?!?!」と言った感じでした。
その日は、ゲーム前にボールをまたぐ練習は全くしていませんし、ゲームのちょっと前の練習でもいつものように「しゃべりドリブル」という感じだったので。よほど“あの”練習への取り組み方が彼に合っているのでしょう。だから、こんなに伸びているのでしょう。
まさに子供って感じですね。感心。
「うちの子はチームに入っていないのですが・・・」という相談をよく受けるのもこのクラスですが、「子供であること」が伸びることの第一条件。
こういう“子供”が多いクラスなので、みんなグングン、伸びています。ご安心を!

■そしてU-12クラス。
このクラスの子には、曜日によっては、ゲーム中に見られるプレーについて注意が必要なこともあったので、そういうプレーをしていた曜日はちょっと説明をしました。
どんなプレーかと言うと、「(それをすれば)簡単に得点に結びつくようなプレー」です。
それをあまりにも狙っていたので、狙いすぎないように注意をしました。色んなことを身につけた後にやればいいプレーで、逆に先にそれを覚えると、色んなことを身につけることができる可能性が減ってしまうので、かなり気をつけなければならないプレーです。
「簡単に得点に結びつくようなプレー」は、狙う優先順位としては合っているのですが、これからグングン技術を身につけていくことができる子供たちがやるべきプレーだとは私は考えていません。(もちろん、技術の吸収具合によっては覚えても良いとは思いますが、子供たちのことを考えれば安易に取り入れてはいけない、慎重に判断しなくてはならない内容だと思います。)
子供達は今、技術が身につき易い年代です。だから、今は、技術が身につくようにプレーをさせたいのです。実際、ものすごく上手くなりますからね。
簡単に点が取れない状況、例えば相手がすぐそばにいる状況でパスをもらうのは大変です。相手がそばにいると、慌ててしまってボールコントロールを失敗してしまうこともあります。でも、それでいいんです。技術と、練習による自身と慣れが必要です。きちんと練習して、後はゲームでどんどんそういう状況でボールをもらって、相手が目の前にいても慌てないでボールをコントロールできるようになっていくのです。ドリブルのワザの練習と同じです。技術を身につけるためには、練習(反復)して、挑戦して、慣れて、洗練されていく必要があるのです。その段階で、先ほど挙げたような数え切れない工夫も生まれてくるのです。今が、そういう基礎技術を身につける時、年代なんです。ゴールへは少し遠くなっても、できるだけ多くの経験をさせてあげたいものです。
そういう、うまくなるための要素を見落としてしまうようなサッカーはさせたくないので、子供たちには注意したのでした。
別に子供たちが悪いわけでもないですし、劣っているわけでもなく、むしろその逆で、普段の彼らを見ていれば、刺激を与えれば与えるほど上手になっていくことがわかっているので、少なくともその上手になる可能性だけは、大切にしてあげたいと思ったのでした。
いったいどんなプレーをする子たちになるのか、本当に楽しみです。

■では、締めくくりはU-15クラスで・・・と思いましたが、中学生の子とはいつもたっぷり話しているので・・・。
ただ、妥協から本来の狙いと違うことをした時に、「お前ら、それ違うだろ」と本気で叱ることができて、それに耐えることができて、成長につなげることができる段階にまで彼らが来たことは、正直、驚いています。また、とても嬉しく思っています。
このクラスは、たまに6年生の子に手伝ってもらうこともありますが(参加した6年生の子がとばっちりを受けることもあります)、自分の目標に向かって、思いを持ち続けて欲しいと思っています。

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通信No.59おまけ「スポンジボール」

以前、U-12クラスで特別練習(ゲーム大会)を行った時に、練習で使用しているスポンジボールを賞品にしたことがありました。
その時に練習に参加していた子の数人が、このスポンジボールをとても欲しがり、その後もずっと(しつこく・しつこく・しつこく)欲しがっている子には、練習を頑張っていたら、誕生日が来た時にこのスポンジボールをあげることにしました。
ここまで欲しがるのはこの子たちぐらいかと思っていたのですが、何故かこのスポンジボールを欲しがる子が他にもいて、まだ「くれー!」と言っている子や「俺、これ持って帰るから」と言ってポケットにしまう素振りを見せる子もいたりして・・・。
つい先日も、「ねぇ、○月○日って何曜日?」と聞く子がいて、何でそんなことを聞くのか尋ねたら、自分の誕生日が何曜日か(自分がソラに来る日と重なっているか)、スポンジボールをもらえるかを気にしていたのでした。おぉ、まだ覚えているのか・・・。
どうやら他にもいそうです。
そこで、(そのきっかけとなった特別練習に参加していない子は、知らないかもしれませんので)今年度は、U-12クラスの子は、誕生日が来たら(欲しい子には)このスポンジボールをプレゼントすることにします。(→えぇ、ただのスポンジボールです。しかも新品はあげません。「プレゼント」と言えるほど大げさなものでないことはわかっております。
こんなに偉そうに書くほどのことじゃないということも・・・。が、文章で改めて書くと、こんな感じになってしまうのです・・・。何とも何とも・・・。)
つきましては、子供たちに、「誕生日が来たら(練習日と重なっていなくても)スポンジボールを欲しい子は、コーチに自己申告するように」言って下さい。
また、今年度が始まって、もう誕生日が過ぎてしまった子(4~6月生まれの子)も、もし欲しければ渡すので、練習時にコーチに言うように言って下さい。
何度も言いますが、本当にただのスポンジボールですから、もらっても「別にいらな~い」という子もいるかもしれません。練習で使うものでもあるので、無理にもらう必要はありませんので・・・。
一応、「欲しい子に」ということでご案内させて頂きました。
※U-6、U-9クラスの子は、こういうものは身のまわりに溢れているかと思いますので、U-12クラスの子ほどの新鮮味はないでしょう。ですから、今回はU-12クラスの子限定(←またこんなもったいぶった書き方になってしまった・・・)にします。
特にU-6クラスでは、過去に練習でこのボールを使った時、期待していたほど食いついてくれず、「え゛-、どうじで・・・」と惨敗した記憶もありますので・・・。
(頭の中でイメージした時は、頭の中のみんなは「キャッキャ」言ってくれてたのに・・・。)

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通信No.58おまけ「子供サッカー」

ちょっと古い内容ですが・・・5/10(木)、U-12クラス・・・。天気がすごく悪く、途中で練習を20分中断。(この日は中止扱いにして)中断後、テクニックを少しだけ練習し、すぐにゲーム。せっかく普段と違う感じなので、この日は子供たちの“素”のゲームを観戦することに。ほとんど声をかけず、そっと隅で見学。
ゲームは4~6年生ごちゃ混ぜ。コミュニケーションをあまりとる時間もなくゲーム開始。学年も、学校も違う子達と一緒になって、どうなるかと見ていました。
初めは随分スローな展開です。まだ周囲の子とコミュニケーションをほとんどとっていない中でいきなりゲームが始まり、様子を伺っているのでしょうか。それでも私は最小限の働きかけのみ。「お前ら~」と言いたくなるところをガマンガマン。まだ始まったばかり。
それに、こんな「子供たちの素のサッカー」を見れるチャンスは滅多にないので。
・・・・やがて、動きが活発に。そりゃそうです。褒められる、褒められないに関係なく、ただなんとなくやっていたらつまらない。そんな相手に合わせていてもつまらない。
だから、みんなが、「自分」が楽しめるように動き出します。決して明るくというわけではなく、でもちゃんと「自分」から動いている。ウォーミングアップでは、周囲の子と名前を呼び合うようなことはしていないので、「きっと自分にはパスはこない」と思って立ち止まっている子もいます。でも、パスは突然来る。そして、仲間が自分にパスをすることがあるということがわかれば動く。「もしかしたらパスくるかも」と思って自然に動くようになる。そんな感じで、少しずつみんながくっついていきました。知らない子が集まってサッカーをしたら、きっとこんな感じです。まさに子供の世界。良かったです。
相手ゴール前でただ待つだけではパスは来ない。動き回ってやっと手に入れたボール。苦しい時に何もしないで、都合のいい時にだけ出てくる人にはパスをしない。当たり前です。そして、次第にみんながボールがどこにあってもプレーに絡むようになる。
「都合の良い時のみ登場する人」にはパスをしないが、一生懸命ボールを追いかける仲間には、さっき失敗していたってパスをする。「勝ちたいから、勝とうと思ってプレーする」、でも、それだけにしばられない。自分たちが納得するプレーを選択する。友達の気持ちをわかってプレーする。いやぁ、すごかったです。
時には笑いながら適当なコミュニケーションをとってプレーしますが、ワーワー楽しそうにしているわけでも、名前をたくさん呼び合っているわけでもありません。でも、途中で、「こういうサッカー、いいと思う」と言いました。それまでほとんど褒めなかったのですが。
「こういうサッカー、いいと思う」に続けて、「ゴール前でただ待っていてもボールをもらえない」と言うと、ある子が「だって苦労して(相手チームからボールを)取るんだもん」と。その通り。それでいい。それで、みんなが絡みだしたのだから。こう言った子は6年生。
また、相手のボールが自分に転がって来た時に、(ボールをくれて)「どうも!」と言う子。“あり”です。(←馬鹿にしているわけではありません。)だから相手が程よくムキになり、「この~」とボールを取りに行く。お互いに成長・・・。「どうも」と言った子も6年生。
先ほど「一生懸命走ってくれる仲間にはパスを出す」と書きましたが、特にそれが印象的だった子も6年生。・・・6年生の子から4年生の子へのパスが(パスの相手には)とても間に合いそうもないパスだった時、相手の子(パスの受け手)は、ボールがラインを割るまで必死に追いかけました。パスを出した6年生の子は、かなり「負けるのが嫌い」な子です。
でもその子、その後、自分で突破できそうな時でも、その4年生の子にパスをたくさんしていました。相手の4年生の子も、何とかこたえようと一生懸命でした。また、この6年生の子に、相手チームの4年生の子がボールを何度も取りに行く場面があったのですが、なかなかこの子からボールを取れず・・・でも、その6年生の子がボールを持つたびに、その4年生の子は取りに行って。6年生の子は、ちゃんとその挑戦を何度も何度も受け止めてあげていて、「まだまだ」というのを教えてあげていました。こんなのもすごくいいことです。
そして、ちょっと前の通信で、声を出すことについて、かなり厳しい言われ方をした子が、走るだけでも、名前を呼ぶだけでもなく、このゲームでもすごくみんなに絡んでいました。(この日、私はその子に「声を出せ」とは一言も言っていません。)この子も6年生。
この日にいた6年生の子は、子供のサッカーを、「子供」らしく見事に引っ張っていました。だから、4、5年生も、良いプレーがたくさんできたのでしょう。みんな、ナイス!でした。
そして、翌日の金曜日。天気も良く、通常の練習。U-12クラスのゲーム。
いやぁ、前日の木曜日とはまったく対照的なゲーム。とにかく賑やか。
笑う、話す、呼ぶ・・・うるさい(おっと!)賑やか。ふざけてるのか?と言いたくなるほど。前回(と言っても連休をはさんだので随分前ですが)、みんなが“バラバラ”な感じでゲームをしていた金曜日クラス。だから、今日はみんなが同じように動いて、参加して欲しかったんです。前回は私の注意の仕方、雰囲気の持って行き方に問題があったのでしょう。働きかけるタイミングが少し早かったのかもしれません。話し方も良くなかったのでしょう。前回の子供たちの表情の変化をよく思いだし、変な方向に持っていかないように、自分自身に注意。「グオーッ!」と言いたくなる場面でも、きつい言い方をしないようにあえてスキップしてコート内を動いてみたりして。(この歳でのスキップは・・・・。)
そして、雰囲気を壊さぬように、必要に応じて、何度か子供たちに説明をしたのでした。
なぜ、「ふざけてるのか?」というゲームでもそこまでガマンしたのか(年甲斐もなく、見ている人に不快感を与えるようなスキップまでして)というと、出ているプレーが、ふざけていたら生まれない、成功しないプレー、ふざけていたらケガをするようなプレーだったからです。特に、まさに「ふざけてるのか、どっちだ?」という「?」状態最高の時に出たプレーが、最高のプレーでした。
自分のところに来たボールを、相手が取りに来たのを瞬時に察知し、サッと浮かし、相手とすれ違う・・・文字だとわかりにくいですが、かなり頭が働いていないと出ないプレーです。(その時はそのプレーを褒めていません。間違いなくいいプレーですが、みんなの前で褒め、みんながそういうプレーにこだわるのを防ぐためです。とっさに判断し、体を動かした。さらにそれを成功させる技術があった。全部が組み合わさったのが良かったのです。うっかり褒めると、表面上だけを真似るプレーが多くなる危険があります。このプレーは、表面上だけ真似てできるようなプレーではなく、そうなるのを防ぐ必要があり、褒めませんでした。ただ、心の中では「やりやがったな、このヤロー」・・・驚きと感心です。)
また、転がっているボールを、前方に速く走りながら、「足の外側で行きたい方向にそのままコントロール」なんてプレーも出ていました。(動いているボールを自分が動きながら、行きたい方向へ動かすことは難しく、それを足の外側でやるのは、さらに難しいことです。)
他にも、浮き球のコントロール、ボールの奪い合いなど、気を抜いていたらうまくできないようなことが成功して・・・これはおふざけではないと思い、黙っていました。
気づけば、「初めての場が苦手」と言っていた子が大きな声でボールを呼び、走り回り、ボールを何度も触るような、見どころ満載の、みんなが関わっているゲームになっていました。
対照的な2つのゲームでしたが、どちらも良さがある、子供らしいゲームでした。
今はそれぞれのゲームからそれぞれの良さを、子供の頭、肌、心で、十分に感じてほしいと思います。いずれは、「真剣」に勝負するサッカーを求める時がくるでしょう。その時に、おふざけの魅力に取り付かれてしまって、そっちに引っ張られたら、もったいないですから。体が、超真剣モードのサッカーに対応できる体になり、精神的にも超真剣モードで楽しさを感じる年代になった時に、そのサッカーでしか味わえない達成感、充実感をしっかり吸収できるように。今はその準備段階。今しかできないサッカーで、十分に成長してほしいですね。
・・・ついでに言えば、体と心が超真剣モードのサッカーを求めるようになる頃には、当然チーム練習が多くなります。家族で過ごせる時間(過ごすべき時間)が十分にあり(必要で)、その中でサッカーやサッカー以外のことをたくさん経験できる「今」を、皆さん大切に!

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通信No.58おまけ「大会結果?」

先日、4年生の子の保護者の方に「大会、早々と負けてしまいました」とお話し頂きました。
でも、心配ご無用。私もその大会の(様々なチームの)1、2回戦を他会場で見ましたが、良いサッカー、子供たちが伸びるサッカーをしているチームが負けるのを何度も見ています。また、「試合結果=チーム力の結果」でもないし、「子供の技術」と試合結果がイコールでないことはよくあることです。だから、早めに負けてしまっても、ご安心を。
その証拠にと言ってはなんですが、私が偶然みた大会の1回戦での一コマをご紹介します。(スクールの子は所属していないチームでの試合です。)
天候が悪く、グランドはグチャグチャ。技術を発揮するのは難しい状況でしたが、試合をしている2チームでは、各個人の持っている技術に差があるのがよくわかりました。
でも、負けたのは、個人技術の優れていたチーム。それもそのはずですーあのグランドで、どのポジションの子もドリブル突破を試みていましたから。
自陣ゴール前でもドリブル。非常にリスクがありますが、その方が上手になるのは言うまでもありません。また、味方選手がゴール前で待っている状況で、ボールを持っている選手(3~4人に囲まれている)がパスをしそうなそぶりを見せた時に、コーチからかけられた言葉は「パスなんかすんなよ~、ドリブルで持って行けー」でした。
はっはっは、簡単には自チームに得点をさせないんですね。もちろん、得点できるチャンスは、簡単にパスをつなぐ場合に比べて減ってしまいます。でも、やはり、こっちの方が上手になるのは明らかです。(しかも、相手に負けている時間帯でこの指示でした。1点差でしたから、勝たせようと思えば勝たせることもできたと思いますが、最後までこのスタイルでした。)
安易な「結果」より、短期間では表れにくい「成長」を求めているのがよくわかりました。・・・こういうサッカーをしているチームでも1回戦敗退ということが起きるのです。
チームによって戦い方は色々あり、スコア的な結果と子供たちが伸びることにはほとんど関係がなく、しかも上手になるのは練習をしている時(ボールを触っている時)ですから、負けて練習をできるのなら、そっちの方が上手になる時間が増えると考えることもできるくらいだと、私なんかは思っています。・・・なので、心配ご無用ですよ~。

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通信No.57おまけ「競争環境・・・他②」

・・・と、ここで、競争についてちょっと、触れます。
最近、練習に、よく「競争」形式のメニューを取り入れていたので、ご説明を加えますね。
子供達は競争が大好きです。(中には嫌いな子もいるかもしれませんが、楽しめる範囲のものは基本的に好きですね。)
なので、やる気を高めるために、それを利用することはよくあります。
例えば、ワザの練習をやる時に、「もっと早く、速く」と言っても動きの変わらない子が、「競争やるよ~」と言うと急にビュンビュンしだすこともあります。
「お前、それは気持ちの部分が足りないんだろう」と言いたくもなりますが、(実際に言うことも結構ありますが)言ってもダメだけど、やり方やルールを変えれば気持ちが変わるということは、まだその(例えば口で言う)方法よりも違う方法で動きを高める方が自然であったり、言い方を変えて伝える必要があることを示しています。もちろん、その方法でも十分に伝わる段階の子もいますので、併用していきますが。
さて、そんな競争形式。誤解があるといけないのでお伝えしておきますが、取り入れるのは、「子供たちにあった状況、子供たちにあった程度で取り入れる」という大前提があるということです。気持ちを高めたり、より楽しませたり、ドキドキに慣れたり、達成感を持たせたり、逆にリラックスさせたり・・・他にも理由・目的は様々で、取り入れ方も色々ありますが、「子供の成長のため」が大前提です。なので、子供に合わない取り入れ方はしません。
今、心と体がすごく成長する大切な時期なのに、子供たちを適当でない競争環境におくと、逆効果になることもありますから・・・。(親御さんの方がこういうことはわかってますよね・・・すみません。)
何でもかんでも、競争下に置けば、それに勝ったもの、勝とうとする者が強くなるかと言えば、そうとは言えません。
今は、サッカー選手でも海外のチームに行く選手が多く、移籍先での「レギュラー争い」などがテレビなどでもよく話題になりますね。
「フムフム、さすが一流だ。やっぱりもまれないとな」、「争いがあるから、強く、上手くなるんだよな」とも思いますが、まだ、自分や相手のことを勉強中の子供たちに、大人と同じような、(彼らに合っていない)「競争」を課したらどうでしょう。
子供がそれを自然に跳ね返しているうちはいいかもしれませんが、うっかりすると、競争に勝ちたいから他人(競争相手)の悪いところを見つけようとしたり、ジャマをしてみたり、自分や他人に適当でない順位のつけ方をしてみたり、レッテルを貼ってみたり・・・オーバーなようかもしれませんが、競争環境の与え方が合っていなければ、時間の経過と共に、そこまで発展する可能性だってあります。
子供のとる、それらの行動は自然と言えば自然です。でも、自然だからいいかと言えばそうではありません。
もともとの状況が、子供たちに合った競争環境でなければ、そこで表れる行動がいくら自然でも、彼らには合っていないのです。(子供が作り出す環境下であったり、発する側・受け取る側の子供にとって無理のない範囲でのものなら、それが成長につながることも、成長するための仮の行為であることもありますから、それらの行動自体が悪いのではありません。例えば、「どっちが先に的にボールを当てる?」というような競争で、先に失敗した子が、“声を出したり”、“笑わせたり”というような方法で、相手の子の邪魔をするのは、どちらも適当な大きさで受け取る・返すことができるので、成長する上ではあっても良いことだと思います。)
適当な競争関係にあれば、友達を素直に認めることができ、それらが良い意味で表れ、吸収し、成長していけるでしょう。友達を認めるのには勇気が必要なこともありますので、強くもなっていくでしょう。しかし、子供の範囲を超えた関係ではそうはなりません。
そこでの勝者になっても、一見、強くなったように見えても、それを支えているのは絶対的な自信でも、自己に対する正当な評価でもありません・・・。
 まだ適当でない段階で、適当でないものを求めると、逆に弱さを強さのように出して、弱さを育てることにもなりかねないのです。
どんな競争関係でも、ちゃんと素直に認め合ってほしいと思いますが、子供は今、強さだって身につけている途中 - 適当でない競争環境下におかれ、(正しい努力をすることなく)他人を抑えることや他人が失敗することによって自分が優位に立つことを成長だと勘違いして育ってしまったら、これは本当に残念なことです。
今は、自分を信じること、友達を信じること、それによって互いが成長することをまずしっかり覚えてほしい年代です。そのためには、自分が自分のために頑張ることも、自分が友達のために頑張ることも必要です。また、友達が自分のために頑張っていることを知ることも必要です。
あたり前のことですが、助けたり、助けられたり、それによって、自分の存在や力を知ったり、友達の存在や力を知ったりすることができ、お互いに、(1人でいる時の何倍もの)成長をしていけるのだと思います。
スクールの中での競争メニューや競争環境は、そこからスタートしての、年代にあった「競争」の取り入れ方をしています。どうぞご安心を、ということで・・・。
・・・随分と脱線したようですが・・・中学生の2人は、そんな過程をしっかり踏んできたように思います。だから、今、2人で成長しているのだと思います。

では、競争~友達~成長ということで、最近あったことを。
U-9クラスの子。非常にチャキチャキ足の動く子がいます。
この子、ゲームの時に練習したテクニックによく挑戦しています。自分が上手になるために、自分が楽しむために。でも、それだけじゃなく、友達のためにもテクニックを駆使します。
ある子に得点を入れさせたいから、ドリブルで相手をどんどん抜き、そして友達に点を取らせようとする。パスしたい子に(パスをしたいけれども相手が邪魔をするので)ドリブルにこだわって、そこでテクニックにも挑戦する。(そして、成功したらパスを出せる。)
自分のためにドリブルをしていても、ボールを取られたら取り返す努力をしますが、友達のためにドリブルをしている時の方が、ボールを取り返そうという気持ちは強くなります。だから、とても成長します。そして、友達が点を入れた時には、すごく嬉しそうな顔をしています。
この子だって、競争に負けるのが大嫌いで、競争に負けると口を尖がらせたりしています。程よい感じで文句も言います。でも、子供の受け取るべき大きさの競争の勝敗なので、合った大きさで上手に、強く、優しくなっているように思います。
ちなみに、友達のためにというのは、(その子が)「サッカーを続けるため」であることもあるし、「(玩具の)ゲームをできなくなるのを防ぐ」ためであったりと、これまた子供たちにあったもので、本当にいいなぁと思います。こういう範囲で、友達を助ける、友達に助けられる、ということを経験することが必要なんですよね。
助けてもらった友達は、少しずつ自信だって出てくるし、自分の存在・力を、友達の存在・力を、子供にあった大きさでわかっていきます。少しずつ、自分のためにも、友達のためにも、頑張れるようになります。
助けられる側、助ける側の双方にとって、自分が頑張ったことを友達が喜んでくれる環境が生まれます。だからこそ、みんながうまくなる ー 今はこれでいいんです。
すごく伸びている子が、「僕達が成長するのはこういう時さ」というのを体中で表現してくれているような気がします。
さすがさすが。
・・・・・・最後に、O(オーバー)-30クラスの話を・・・(まだの方もいます?もうすぐもうすぐ!)
ある方(コーチをされています)と話をしていると、その方が、友人のコーチが変わった(とても良いコーチになった)と話して下さいました。その方自身、ご自分のことを「変わった」と言っていました。以前は、勝敗の結果に意識が行き過ぎていたらしいのですが、今では子供の成長を、より考えるようになったとのことです。
これまで、その方とは随分と色んな話をしてきました。子供のプレーについて、子供のすべきサッカーについて、子供が成長するサッカー、成長していくプレーとはどんなものなのか・・・他にもたくさん、一緒にお話をさせていただきました。
最初の頃は、お話の内容も、試合の結果やスコア、戦術的なことが多かったのですが、色々お話をしていくなかで、今では、それらのことはあまり話題に上ることはなく、子供のプレーについて話をするようになりました。
その方が言っていた、友人のコーチの方の変化、これは当たり前と言えば当たり前です。
例えば「勝利」や「優秀な成績」を求めるとしても、それが「子供のため」、「子供の成長のため」と思って、子供たちに求めているのであれば、当然、子供のことが気にかかり、子供の顔を見るようになり、表情を見るようになっていきます。そうすれば、次第に子供たちにとってどんなサッカーが良いのか、より深く考えられるようになります。それが、「変化」として表れることもあるのです。
また、別の方が勝った試合の後で、「子供達は頑張っていたけれど、私達のベンチワークが反省点です」と言っていましたが、コーチも子供も、一緒に成長していける、それが少年サッカーの、何よりの魅力、本来の魅力なのかもしれませんね・・・。
あ、皆さんの成長ばかりを書いてしまったので最後に私達の成長話も書きます。(悔しいので。)
ソラは今、佐藤と山口でペアを組んでコーチングにあたっています。せっかくペアが組めるので、一人でグランドに立つ場合よりも効果が出るようにしたいと思っています。また、これまたせっかく違う人間が2人なので、それも活かしたいと思っています。
同じような2人がグランドに立つ場合よりもさらに効果を高められればと努力しています。
テクニックを指導する際の役割分担(説明役、見本役など)や雰囲気作りの際の役割分担、運営上の役割分担・・・様々な役割分担があります。
コーチ間の意思統一は必要ですし、行動がバラバラではいけませんが、子供をより成長させるためには、それぞれが、相反する役割を担わなければならないことも必要です。
ですから、私が「フンガー!(怒)」となった時には、佐藤は落ち着いていて子供をフォローしています。逆に、私がフニャフニャしている時には佐藤がビシッとしています。(ちなみに、もし私が子供たちにとって良くない言動をしたら、きっと佐藤のグリグリヘッドが飛んできて私をKOするでしょう。それぐらいの信頼関係はできています。)
子供が起こす行動は、単純に線を一本引いて評価できないことが多いので、様々な役割が必要で、この2人の関係がうまくいかなかった時には、かなり反省です。悔しいですが、そんな時は、その都度話し合って、成長につなげる努力をしています。
さて、まだ今年度は始まったばかり。まだまだたくさんの表情が生まれることでしょう。
皆さんや子供たちに負けないように、頑張っていきますので、どうぞよろしく!

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通信No.57おまけ「競争環境・・・他①」

思いつくままに、今回は書かせて頂きます。まとまりのない文章ですがお許し下さい。
現在、月曜日に開催しているU-15クラス。ここに在籍している2人がうるさいうるさい。
さすが、中学生にもなると、通信を自分で読んでいる、さらにホームページもちょこっと見ているらしく、「ねぇ、また俺たちのこと書いてないじゃん」、「中学生クラスのことも書いてよ」、時にはホームページにもケチをつける・・・などなど、いちいちウルサ~イ! 
お前たち(←中学生のことです)とは、練習後にたんまりと話をしているではないか!スクールのことも、お前らよくわかってんだろうが。ホームページだって、(ホームページの)充実よりお前らのメニュー考える時間の方が大事だし、やりたいことなの。(←さり気なくホームページが地味なままである言い訳を入れてみました。)
・・・ついこの前の練習後も、「俺たちのことも書いて」とうるさく・・・。「なので」というわけではありませんが、今回は、この2人のことをちょっと書きます。(嫌々?)
おそらく、この通信も、渡したらすぐに読むことでしょう。そして、こんな書かれ方をしているのを見て、すぐに文句を言うのでしょう。
さて、そんな中学生クラス。ちょっと練習の内容をご紹介しますね。
中学生クラスでは、基本的なことをもちろん練習しますが、それぞれの練習で、スタミナが必要な強度になっています。それは、心肺機能が発達する時期だからです。たまにヘロヘロにしています。(小学生クラスは、年代的に技術の習得がしやすい時期なので、そんな練習をしています。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、技術の習得は頭が働いていないとできませんから、ヘロヘロ状態にはせず練習してます。)
・・・・・・・・・
それにしても、4クラス(U-6,U-9,U-12,U-15)の練習を見ていると、各クラス、年代の「らしさ」、「魅力」がよくわかりますね。特にゲームでそれが表れます。しかも、各年代の「らしさ・魅力」に加え、一人一人の「らしさ・魅力」が存在します。それらが十分に表現された時には、何とも面白いサッカーになり、見ていると、「このあとどこまで自分たちの可能性を広げるんだろう」とワクワクします。・・・ただ、いつもそういうプレーばかり見られるわけではなく、(損か特かに関係なく)ボールを出さないようにプレーしていた子が、出れば自分に有利になる場面ではボールをそのまま外に出してしまったり(出さなければ大変な思いをするけど必ず上手になるのに)、相手のボールを取る時に、自分でボールをキープしようとせずにすぐに外に蹴りだしてしまったり(ピンチは脱出できますが、自分にも、他の子にとっても、成長のチャンスがなくなります)・・・。さらには順番的に吸収すべきことがまだ残っているのに、上の年代でやるような“戦術”的なプレーに走ったり・・・なんてプレーを見ると残念になります。もちろん、残念な気持ちになると同時に、どうにかせねばと思い、必ずや成長につなげたいと思いますが。
さて、話は変わりまして・・・5月に入ると、チームに入っている子は様々な大会があるようですね。仕事柄、コーチの方からのご相談を頂くこともよくあります。
やはり、育成年代だという大前提を踏まえている方が悩むのは、「個性」をいかに発揮させるか、ということのようですね。
「個性」を、「偏った技術」と捉える見方がありますが、それは違います。「個性」は、「基本」の上に、成り立ちます。(多くの方がご理解されている通りです。)
しかし、この「基本」自体の理解を誤っていると、本来、受け入れるべき「個性」をも受け入れないことが出てきてしまうかもしれません。私は、サッカーでの「基本」とは、その年代に必要な、その年代に身につけることができる(身につけることが適当な)技術・体力だと思います。
何も、大人のサッカーに必要な技術が基本なのでも、大人のサッカーのような戦術の理解が基本なのでもありません。子供の年代に合ったものでいいのです。
それがわかっているコーチは、子供の良さをなくさないように、生かすように、伸びる要素を捨てずに、みんなが成長するように考えるから、苦悩するのでしょう。
子供の試合は、単純に「勝ち」=「子供の成長」(「負け」=「成長せず」)なんて式が成り立ちません。そのかわり、「伸びる」という本来の目標に絞ってサッカーをすることができれば、何とも魅力的なサッカーになるのです。
・・・・・・・魅力的なサッカー。U-6,U-9クラスは、いつも魅力的なサッカーをしてますね。
U-12,U-15クラスは、子供が精神的な部分でも色々と変化する時期でもあるので、いつも「魅力的」とはいきません。(そんな日があってもいいと私は思うのですが。あ、もちろんゲームが魅力的でなくなるのは私の責任です。すみません。)
特にU-12クラスの4月の最終週(ゲームをたくさんやる週)は、曜日によって全く雰囲気が違いました。
ある日は、笑ったり、怒ったり、すっごく真剣になったり、適度~にリラックスしたり・・・色々な表情がありましたが、全部本当。まさに子供度100%のサッカーをしていましたね。
そして、その日の、その“子供サッカー”の中心にいたのは、とても子供らしい6年生。
頼りになるこの子は、普段、私に注意されることもかな~りあるのですが、笑ったり、叫んだり、「燃えたり」しながら、色んな子とプレーを楽しんでいました。
逆に、「あれ、お前らどうしたの?」と思うゲームをする日もありました。今までの彼らなら、「こういう働きかけをすればこうなる」というようなケースで、そうならず・・・。
友達との絡み方がちょっとバラバラすぎる感じで。
4月の第1週から第2週にかけて、曜日によっては、年代的にちょっと早すぎることをやろうとしている子が数人いたので、(まだ覚えるべきプレーではないので)そのことについて話をした日がありました。その月の最終週でのプレーがそんな感じだったので・・・色んな表情があっていいと思いますが、大人のような顔は、大人になってからすればいい、みんな、もうしばらく、子供でいてほしいと思う日があったのでした。
・・・話がずいぶんそれました・・・そろそろ中学生がブーブー言い出すころなので、話題を中学生の子達に戻しましょう。
今は2人で活動しています。(高学年の子を練習に参加させることもありますが)子供達はもっと人数がいた方が嬉しいようです。(←大きな告知をしないので、外から新しい子が入ってくることは今のところありません。)子供たちにはちょっと申し訳ないのですが、それでも(彼らに必要な間は)彼らが伸びる環境は何とか作っていく気です。
さて、この中学生。2人ともいい奴です。実はちょっと前に嬉しいことがあったんです。(「書いて」なんて言われなくても書く気だったのに、先に言うんだもんなぁ。反抗期なら書くのやめるぞ、やい、中学生!)
ちょっと前、1人の子が練習を続けて2回休んだ時がありました。その時、練習後に1人の子と話をしていると、「あいつがいないと何か・・・」というようなことを言っていました。「何か」の後には、「さびしい」、「つまらない」、「やりにくい」等の言葉が続きます。
私は、2人がこう思える関係にあることを嬉しく思います。
2人なので、練習内容によっては競争関係になることだってあります。当然、3人、4人での競争に比べ、競争相手がはっきりします。それでも、これまでに、助けたり、助けられたりということがあったから、ちゃんと相手の良い部分を認め合い、協力すべき時は協力する、競争する時は競争する、互いに成長する・成長させることができるような関係になることができたのだと思います。
この子達ももう中学3年生。いつまでスクールに来れるかはわかりませんが、いい友達を見つけたものですね。

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通信56おまけ 「声」

よく、「声が出ない」ということで、ご相談いただくことがありますが、「声が出ない子に対して、みんなの前で“声を出すように”と注意をしても、出せなくなるのが普通です」という話をしています。注目されるのが恥ずかしい場合も、まだ失敗を恐れている段階でも、責任感が強い場合でも、他にも様々な理由から、こうなるケースが多いのです。なので、その原因を確かめてから、みんなの前で注意をするような感じではなく、声が出せるようにもっていくのが普通です。(もちろん他にも方法は色々ありますが。)
・・・・・・が、4月に入ってからまだ10日しか経っていない段階で、私はこの、“みんなの前で「声を出せ」”という注意の仕方を、U-12クラスの2人の子にしています。
以前、この子達が声を出せなかった頃は、一般的な働きかけをし、声が出るようになりました。が、今回はその時とは違い、“みんなの前で”「声を出せ」というやり方です。
4月からクラスのメンバーが変わったので、これまでのように自然に声を出すことができなかったのでしょう。おそらく、そのクラスに馴染んでくれば、放っておいても声が出るようになるのでしょうが、その前に、(既にその子達はその高さの壁は乗り越えているので)今度は自分で(壁を)乗り越えさせないと。馴染んでから声が出るんじゃ、前に、まず馴染むように働きかけた後の状況と同じになってしまいます。冷たいようですが、すでに「声を出す力」のある子に対して、また前のようなやり方で声を出させるのでは、その部分での成長はまだまだということです。誰かが状況を整えないとできないのでは、まだ本当の力ではありません。ですから、今度は自分で「挑戦して」その力(ここでは声を出す)を出して欲しかったのです。それができた時に初めて、その(声を出す)力がついた、その部分は成長したと言えるのだと私は思います。(もちろん、この2人はそれくらいのことを乗り越えられると確信しているからこそ、このような働きかけができるのですが。これで成長しなかったら、当然、責任は(彼らの成長段階を読み違えた)私にあります。)
6年生の子は、特に厳しい状況にしました。厳しく働きかけた後に出た声は、たった2回。しかも小さめの声。この2回の声をどう評価するのか。

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通信56おまけ「表情・手の先・足の指先・体の動き・・・」

・・・などから、子供の様子を判断します。「こいつは今、やろうとしているな」とか、「ちょっと様子がおかしいぞ」とか。一目見ただけでは違う(例えばマイナス的な)捉え方をしてしまうことでも、そういう部分を見ると、全く別の見方・評価(プラス的な)になることもあります。
さて、ちょっと話がかわりますが、「スピードを出したボールを止めようとする」、「できるだけすぐに追いついてボールを止めようとする」という気持ちの時に出やすい動きがあります。
実際にボールが速いかどうかではなく、また、実際に追いつくのがすぐかどうかではなく、“本人”がそのボールのことを(速いかどうか)どう捉えているか、“本人”がそのボールにすぐに追いつこうとしているかどうかという、心理的な部分が(大きく影響して)生み出す動きがあります。(文字だと説明しにくいのでどんな動きかは説明しませんが、そういう動きがあることをちょっと覚えておいて下さいね。後の文章で出てくるので。)

さてさて、第2週目にあった一コマです。
U-12クラスでは、ドリブルのスピードを変える練習をちょっとしました。
「ゆっくりの状態から急に速くする」という内容です。練習ではこれを2回続けさせました。
2回続けると
①ゆっくりドリブルして  (1回目の“ゆっくり”の状態)
②急に速くする      (1回目の“速くする”の状態)
③また一度(止めるくらいに)スピードを落とす (1回目と2回目のつなぎ部分)
④ゆっくりドリブルして  (2回目の“ゆっくり”の状態)
⑤急に速くする      (2回目の“速くする”の状態)
・・・という感じになります。これは意外に難しいんです。
特に、③の「1回目と2回目のつなぎの部分」が難しいんです。
②の部分で速くしすぎると、③の部分で十分にスピードを落とせず、2回目の「ゆっくりから急に速く」ができないのです。
失敗なんか気にせずに②の部分をすごく速くやる子もいますし、2回目のことを考えて、(失敗しないように)②の部分であまりスピードを上げない子もいます。両方大事なことです。うまくなろうという思いは同じでも、現象が全く逆のことがあります。(伸びるように、失敗をしながら上手になるように、様々な働きかけ(見方)をしていきます。)
また、4年生から6年生までいます。本人は「速く」やっているつもりでも、外から見ると(一般的には)6年生の速さに比べれば4年生はゆっくりに見えます。また、ずっとサッカーをやっていて、スムーズにドリブルをしている子に比べれば、比較的経験が浅く、まだ思うようにドリブルで進むことができない子は、ボールをコントロールすることに気持ちが行く(集中する)ので、スピードが落ち、ゆっくりに見えることもあります。
ここで(見る側が)注意しなければいけないのは、これらの「ゆっくりに見える」ということには、本人の努力や気持ちの部分が関係していないということです。ただ、物理的にそう見えるというだけです。本人が、「ゆっくりの状態から、急に速くするぞ」と思ってやっていれば、「速い部分」がゆっくりに見えていても、全く問題ないのです。そういう気持ちでやっていれば、絶対に上手になりますから。
・・・さて、その練習時。様子を見ていると、速くする部分のドリブルでも、周囲の子に比べると、動きがちょっとゆっくりに見える子がいました。
でも、その子の様子をよく見ると、③の部分(1回目と2回目のつなぎ部分)で、前述の「スピードを出したボールを止めようとする時によく出る動き」、「できるだけすぐにボールに追いついて止めようとする時によく出る動き」をしています。
このことからわかるのは、本人としては②の部分(速くする部分)ではスピードを出そうとしているということ、2回目の「ゆっくりから速く」も、ちゃんとやろうとしている(しかも、できるだけ早く2回目の④⑤もやろうとしている)ということです。ですから、③の部分であの止め方になるんです。ちゃ~んと、「やろうとしている」じゃないですか。
他の練習でもそうでした。同じように、ふとした行動、しぐさから、「やろうとしている」ことがよくわかりました。
例えば、その日の最初のボールタッチ(足の色んな部分でボールを触る)の練習でも、「やり方を守ろうとして」取り組んでいるために、歩くくらいの速さの時もありました。しかし、そばで見るとゆっくりでも決して気を抜いているわけではなく、一回一回、例えば「足の外側だけでボールを触れ」という時には、右足・左足を丁寧に、しっかりと動かしていました。
ただ、さすがに子供。いつもいつも「超集中」とはいかないのが自然です。当然、話を聞いていないことが原因で、やり方を間違うこともありました。が、それはそれで注意すべきことで、「このメニューをやろう」という時の彼の頑張りは、見ていても気持ちの良いものでした。(もちろん、話を聞いていないことは注意しますが。)
前にもちょっとお話しましたが、「今(技術レベルが)どうか」ということではなく、こういう、一人一人の「その子に合った成長」が大切な時なんです。
まだサッカーを初めて数ヶ月の子。大変だったかもしれませんが、子供らしく取り組む子が上手にならないような練習は一切考えていないので、(しつこいですが)この子は間違いなく上達します。本当によく頑張っていました。

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通信54おまけ 「卒業」・「年度初めの頃」

■卒業・・・
いよいよ6年生は卒業ですね。保護者のみなさん、6年生まで(=こんなに生意気になるまで)子供たちの顔を見させて下さり、ありがとうございました。
改めて思うと・・・やっぱり子供たちに対して出てくる言葉は、「ありがとう」なんですよね。
来てくれて、いてくれて、本当に嬉しかったです。これは私だけでなく、佐藤も、子供たちも、きっと同じ思いでしょう。
今年の卒業生は、チームに入っていない子も多く、実に個性的な子ばかりでした。
「個性」、「その子らしさ」、そういうものがちゃんとありました。そればかりでなく・・・。
きっと、彼らは放っておいても、「個性」、「らしさ」を失うことはなかったでしょう。特に働きかけなくても、ほどよく練習し、ほどよく上手になり、ほどよく楽しみ、普通に卒業していったことでしょう。「チームに入っていないのだから、サッカーをあまり上手にならなくてもいいだろう」、「この子の良さは優しいところなんだから、優しければ挑戦しなくてもいいだろう」、「明るければ挑戦しなくてもいいだろう」、「来てくれるだけでいいだろう」・・・そんな風に思っていたら、ほどよく毎回満足して、そこそこの楽しさを胸に、普通の顔で卒業していったことでしょう・・・が、すみません、当然そうはさせませんでした。
「個性」とか「らしさ」というものを、そのまま簡単に逃げ道には使いませんでした。
逃げ道というのは、コーチにとっての逃げ道、本人にとっての逃げ道のことです。
私達コーチが考える以上に可能性があるのに、それを気づかせられないのではいけません。まだまだ気づいていない「個性」、「らしさ」があるかもしれないし、磨かなければならない「個性」、「らしさ」があるかもしれません。自分だけでなく、友達にもそういうものがある、自分が(友達に)勝手に当てはめている「像」よりももっと違う「個性」、「らしさ」があるかもしれません。
それを知らぬまま、知ろうとしないまま、「個性」とか「らしさ」っていう言葉を安易に使って逃げるようなことはしたくありませんでした。
もちろん、「いるだけでいい」時もあるでしょう。その子らしくしているだけでいい時もあると思います。でも、今は、その子らしさも十分に発達する時です。本人に負担になりすぎるのはよくありませんが、心と体の発達を見て、新しい可能性に気づかせることは大切だと思っています。その時に、個性の違う現れ方を知ったり、個性をより強くしたり、あるいは個性を磨いたり、なんてことが起きればと思って練習してきました。
「ここは乗り越えろ」ということや、「乗り越えるのを見ておけ」というような場面も多々ありました。ですから、いつも楽しかったわけではないと思います。苦しかったこともあったと思います。
それでも、毎回、来てくれ、成長した姿を見せてくれた6年生。本当に、「ありがとう」ですよね。
この仕事をして何年も経ちます。昔は、子供たちに、彼らの持っている可能性を伝えたい、そんな思いが一番でした。でも、時間が経ち、彼らの社会にいることで、今は「存在すること」の大切さを伝えたいという思いが一番になりました。自分の存在の大切さと自分の周囲の人(コートの中では友達)の存在の大切さを知ってほしいと思ってやってきました。もちろん、「可能性をもった存在」だということを知ってもらうために、練習の計画は細かく立てて、上達するにはどうすべきか、私なりに考えてやってきました。

「存在」をお互いが認識できる形にこだわってやってきたので、「自分だけで上手になってハッピー」というような練習はありませんでした。存在と存在の掛け合わせの中で、一人一人が上達するように考え、接してきました。一人だけで独立して存在できる空間ではなかったのです。
一人で練習している時でも、実はみんなで作っている空間だったのです。
これは、もしかしたら、子供たちにとって疲れること、大変なことだったかもしれません。
でも、同時にパワーをもらえること、前向きになれることだったのだとも、思っています。
大変だったかもしれませんが、しっかりとついてきて、自分以上の自分になるために「個性」、「らしさ」を強く発揮し、時には「自分らしくない姿」で挑戦をし、存在し、大成長を見せた子供たち。存在を掛け合わせた子供たち。耐えるどころか、楽しみに変えちゃう力。やっぱりかないませんね。いやぁ、脱帽です。色んな意味で、ありがとう。これからもしっかり存在していってほしいです。

■年度始めの頃・・・・・・・さて、そんな卒業生を送りだすU-12クラス。
実は今年度が始まった頃にはこんなことがあったんです。
登場人物は、6年生の子(A君)と5年生の子(B君とC君)。(A君、B君、C君としましたが、この中の誰かが悪いとか、誰かが良いとか、そんなことは一切ありません。)
A君はチームに入っていない、ちょっとおとなしい子。B君、C君はチームに入っていますが、当時はそんなに目立つ子ではありませんでした。さて、そんな3人の話です。
休憩に入る時(子供たちがコートの出口に向かう時)、コート内で、B君とC君の2人が、A君にちょっかいを出していました。それがA君はイヤだったようです。遊んでいるようですが、表情は困っています。笑っていても、楽しくないのはわかります。そして、コートの外に出ました。
3人が気になり、コートの外での様子を見ていました。A君がネットに寄りかかってます。それに砂をかけるB君。笑いながらやっているので、遊んでいるようにも見えます。A君はイヤがってはいますが、明らかに怒ったりしているわけではなく、ちょっとの間、それが続きます。A君はそのまま、怒ることなく、そこから離れました。すると、今度はC君が、ネット越しから(なので当たることはありませんが)A君に向かってスネ当てを投げました。これも笑いながらなので、遊んでいるようにも見えます。A君も、ちょっと笑いながら困っている感じなので、はっきりと拒絶しているのかは、B君、C君にはわかりにくいかもしれません。でも、ことの流れを見ていた私には、その笑い顔から、本当はすごくイヤなんだということが、よくわかります。
その場では目立つような注意をせず、まずはA君に気持ちを聞きました。「イヤ」だったそうです。目を見て、すごく嫌だったんだなと改めて思いました。ただ、B君、C君が、A君を嫌いだからそういうことをしているのではないということも、(ずっと子供たちを見ているので)わかっていました。ですから、「嫌いだからそういうことをしているのではないと思う」という話をA君にしました。同時に、「本当にイヤなら、はっきりイヤと言っては」というような話もしました。
A君の気持ちを確認した後、B君、C君を呼び、A君がどう受け止めているかを話しました。2人はただ楽しいからやっていたのかもしれないけれども、誰かにイヤなことをされ、イヤだから違う場所に行ったら、違う人にまたイヤなことをされる。ささいなイタズラ、ちょっかいかもしれないけれど、そんなことを1人、2人と立て続けにされたらどんな気持ちになると思うか、相手の顔をよく見ろ、(どんな気持ちの表情かわかれ)というような話を2人にしました。

もちろん、2人の気持ちも確認しましたが、A君にイヤな思いをさせるためにそんなことをしてい
たわけではないので、相手がどう思っているのかを話した段階で2人はわかってくれたようでした。自分の気持ちの伝え方、相手の気持ちの受け取り方、非常に難しいものですが、ちゃんと伝え合うことができるように、お互いの誤解からつまらぬ方向に行かないように、そんなことを話したのでした。これは、3人に同時には話さず、A君にはA君への話、B君、C君には2人への話をそっとしたので、“コーチの目の前で「ごめんなさい」”というような終わり方はしていません。そのかわり、そういう場がない分、相手の気持ちをわかった今、どんな行動をとるのか、自分で考え、行動するのをちょっと見ていました。相手にイヤな思いをさせたのなら、「違うんだ」、「ごめん」ということを伝えなくてはなりません。イヤな思いをした側も、今からどう相手に対応するのか。私は2人の顔を見てもう大丈夫だと思い、「こうしたら?」なんてことは一切言いませんでした。
みんなちょっと大変かもしれませんが、それだけのことをしたのですから、それぐらいは自分でしないと、イヤな思いをしただけ、させただけで、経験になりません。成長につながりません。
さぁ、どうする?子供たち。
練習は2人組や3人組でやる練習もたくさんあります。次からの2人組、3人組の練習の時に、B君、C君がとった行動はいかにも子供らしいというか、素直と言うか、不器用というか・・・。
照れながら、さっとA君と組む、組もうとする。そして、一緒に組めた時に(ストレートには言えなくても)何とか気持ちを伝えようとしていたのでした。
さてさて、その後、どうなったのかと言うと・・・
今、私の手元には、U-12クラスのスクール風景を撮った写真があります。
その中にはA君のすぐそばにB君、C君がいる写真があります。そのクラスでは、子供たちが集まっているところを撮った写真はたったの3枚。でもその貴重な3枚の全て、A君のすぐ横にB君、すぐ後ろにC君がいます。これが彼らが出した「結果」なんですね。成長の姿。偶然とった3枚で。
私も、写真を撮っている時はそんなこと考えないで撮っていましたから。今回、この話を書いて、「そういえば、写真撮ったな。あいつら、どう写っている?」と見てみたら、こんなことになっていたんです。さすがですね、子供の力。まぁ、これまでに私は十分にグランドでこういう結果を見せつけられてきましたから、今更驚きませんが・・・って、やっぱり驚き!(だって普通、偶然で本当にここまでなりますか????)
>>>>>おまけのおまけで、3枚の写真を説明します>>>>>
2枚は前向きで写っています。いい笑顔です。そして、3枚目。これがなかなかです。1枚目、2枚目も良かったんですけど。3枚目は後ろから撮ったものです。佐藤コーチの話を聞いているところだと思います。A君の後ろにいるC君が、やっぱりA君にちょっかいを出しています。ボールを持って、A君の頭に後ろからちょこんとくっつけてます。もう、関わりたくて、関わりたくて、しょうがないんですね。A君もそれを余裕で受け入れてます。(コーチの話を普通に聞いています。)
お互いに信頼関係が、もう、あるんですよね。深い部分での気持ちが分かり合っている。その上での、この“ちょっかい出し”と“受け入れ”。いやぁ・・・。(言葉が出ませんね。)
ちなみにこのB君とC君。別の機会にA君を撮った時にも、ちゃっかり一緒に写っています。
C君なんて、私には見せないような、この上ないキラキラ笑顔で写っています。(コノヤロー・・・)
こんなこともあったU-12クラスだったんですよね。しかも、これはあくまで一例で、ここに登場しないみんな、同様の成長を見せてくれたのでした。だから、「みんな、ありがとう」なんです。

私は、「プレーし易い状況でのチャレンジ」の何倍も大きな努力だと思いました。しかし、周囲の子はまだそこまで感じられなかったようで、それがちょっと残念で悔しかったですね・・・。     ・・・・・・・・・と、ここまでの予定でしたが、今日(さっきのことがあった日の2日後)、すごいことがあったので続けます。その子がまた練習に来ました。とりあえず登場時はいつものように私にちょっかいを出し、練習中もいつもの感じです。
そして、さぁ、ゲームの時間。
現時点での、素の状態での彼を見るために、この前、最後に見せた成長が本物かどうかを見るために、私は2日前のことなんか覚えていないような顔で、いつものように、ゲーム開始。
開始して数分―嬉しかったですね。すぐに友達の名前を呼び、プレーに絡む。以前、声を出していた頃の何倍も大きな声でボールを呼ぶ。もう、嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
・・・コーチングの基本の一つに、「コーチは、全体を見れる所に立つ」というものがあります。(練習のセットや形態によっては、それが難しい場合もありますが、基本の一つです。)
が、そんな基本なんか無視してグランドに立たなければならない時もあります。見たいけれども見てはいけない、無関心を装って、背中を向けて、背中で感じ取らなければならないこともあります。ただただ心の中で応援することしかできない時もあります。
先ほどの、2日前の、厳しい働きかけをした時も、そうでした。こちらから働きかけた後は、(彼が成長しようと思えば乗り越えられるのであれば)ただ見守るしか、してはいけません。ついさっきまで厳しく働きかけ、本人が今、苦しみながら、それでも乗り越えようとしている時に、まだ乗り越えていない段階で、ちょっとつまずいたから優しくするなんてことをしたら、せっかく乗り越えられそうなのに、その力をつけられそうなのに、その邪魔をしてしまうことになります。彼の努力が無駄になってしまいます。もちろん、助けが必要な場合は助けますが、彼がより大きな成長をつかむために、本人の力、やろうとしていることを黙って見守らなければならない時があるのです。
(2日前は実はそんな感じだったので)その後の彼のプレーを見て、本当に嬉しかったんですよね。(成長したのは彼であって、私がこんなに嬉しがってもしょうがないんですけどね。)
4月、U-12クラスは「プレーに関わること」、「自分が今の自分よりレベルアップすること」を目標にしています。努力すべき部分、挑戦すべき部分は一人一人違います。一人一人がそれを意識するように、また、みんなが他の子の挑戦、苦しさをわかる場に、気付ける場に、もっとしていきたいと思います。もちろん、他のクラスの子も。

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通信51おまけ 「こどもの一言から」

■「おかあさんが今日来るよ」
U-12クラスの子が、私にこう言ったんです。普段、「こらぁ、もっとちゃんとやらんかい」と注意をすることや、「んっ、コイツなりにちゃんとやっているようだから(怒らず)見ておこう」と言葉を飲み込むことも多い、実に大人にはわかりにくい子供ラインを行っている子です。(子供の理想だとも思います。大人には簡単にわからない。)
この子が、さっきのようなことを言い、さらに「お母さんに何か話してよ」とまで。
あることないことじゃんじゃん言うこの私に(←冗談ですよ~)「話せ」と促すとは。
どう思います?みなさん。 自分で、「自分がちゃんと練習をしていない」と思うのに「親に何か話して」って言いますか? もちろん、そういうサインを送ることもあるかもしれませんが、今回は、自然に捉えて良さそうです。つまり、やっぱりその子はその子なりに、ちゃんと練習に取り組んでいたんですね。実際、きちんとゲームの中などで成長を示していたので、みんなの前で褒めたこともありますが。(このヤロー、普段は生意気なのに、かわいいんだから。)
・・・本当に、自分の取り組める範囲(の中の高い集中状態)で取り組んでいるのか、子供らしく楽しんで練習しているのか、それともただふざけてしまっているのか・・・そんな様子を見て自分なりにアプローチしてきましたが、無理をさせていないか、気になっていたので、こんな言葉を聞けて、この子が頑張っていることがわかったことが嬉しかったのと同時に、この子の今の伸びる段階や、一生懸命の時の表情をよりつかむことができ、良かったと思いました。

■「長い距離、ドリブルができたよ」「左足でシュートしたよ」
U-9クラスの子です。
雨で練習が中止になった時に、一緒にゲームをした時の子供の感想(というか会話の中の一言)を後でお母さんから聞くことができました。
「長い距離ドリブルができた」ということを言っていたようです。確かに長い距離ドリブルしていました。直線的でしたが、ほぼ全速力の状態ですね。最後は左足でシュートを打っていたのですが、この時は、彼にとってはごく普通のプレーかと思っていました。最近、力もつけてきているし、これぐらいは自分では何とも思わない(段階まで来ている)だろうと思っていました。だから、その時は特にそのプレーには触れなかったのですが、後で話を聞いたら、先ほどのような一言があったようです。しかも、次に私にあった時には「この前、長い距離ドリブルして左足でシュート打てたのに」と言ってきました。この子にとっては、あのプレーがそこまで頭に残るプレーだったのですね。私的には、もう一つ上の段階の要求を考えているところでしたが、(実際に一つ上の段階の要求でも、この子はそれにチャレンジして、達成感を得ているとも思っていたのですが)その段階のことを注意したり褒めたりするよりも、まだこの段階を十分に味わう方が良かったのでしょうね。
これからグングン伸びる時期なので、「今、すごく上の段階・環境にいる」ことよりも、「今、吸収できる段階・環境にいる」ことの方が重要です。そのためには、高すぎる要求でも、低すぎる要求でもなく、伸ばせる要求をすることが必要です。さりげない一言ですが、「こんなことを言っていた」ということを聞けたお陰で、また、子供が「こんなことがあった」と等身大で興味を持った話をしてくれたことで、この子のプレーをより適当な基準から見る、より適当な段階を注意してみることができるようになったのでした。

■「でも、はじめの頃からは(比べたら)増えてるよ」
これまた子供なりに挑戦していたことがわかる発言なのです。
スクールの練習は2人組などで行うものがあります。コーチがペアを決める場合と子供たちでペアを決めさせる場合があります。また、子供たちがペアを決める場合でも「違う学年同士で2人組」や「違うチーム(学校)の人と2人組」などと条件をつける場合もあります。色々なことを考えて、こちらで決めたり、条件付きで子供に任せたり、全てを子供たちに任せることもあります。
ただ、子供によっては、色んな子と友達になってほしい場合や、普段は一緒に練習をしない子と練習をしてほしいこともあります。(これも目的は色々あるのですが。)
・・・この前、2人組の練習などの際に組む相手にちょっと偏りの出てきた子に、「○○君とは組んじゃダメ」という条件を出しました。理由は単純に「色んな子と練習をしてほしい」、「色んな子とコミュニケーションをとれるようになってほしい」からです。ゲームでのプレーや練習の様子から、今はこの子にはこういった事が必要だと判断しました。そして翌週、この子に「この前、コーチが言ったこと、覚えてる?」と聞くと、「覚えてるよ。でも入った頃より、これでも(新しい友達の数)増えたんだよ」と言いました。怒って言い返しているのでも、困って訴えているのでもなく、とても自然にこう答えました。それを聞いて、色んな友達とのコミュニケーション作りについては、「こいつもこいつなりに努力してたんだ・・・」と分ったのでした。普段の行動からだけでは、そこまで意識していることはわからなかったのですが、本人がしっかりと「増えた」と認識できるくらいまでには、ちゃんと意識して、違うチームの子の名前や違う学校の子の名前を呼んだり、2人組の練習などもしていたのですね。
・・・・・・・この話には続きがありますが、それはまた機会があったらお話しします。

■「どうやったらボール飛ぶの?(強くけれるの?)」
2年生の子が私に質問をしてきました。まだボールは強く蹴れなくていいのですが、その子はチームにも入っていますし、周囲に強く蹴れる子もいるのか、心配なようです。
その子はドリブルで色んなワザに挑戦し、テクニックを身につけてきているので、「今はドリブルが上手になる方がいい」ということを伝え、まだ不安そうだったので、(ゲームを頑張ってやっていれば、ボールを蹴る時に自然に踏み込む感覚が身についていくので)「ゲームを今のように頑張るように」話しました。(スクールでは細かいボールタッチもやっていますので、蹴る時に必要なコントロールを養う要素、正確にボールを捉える感覚はどんどん身についていきます。)
本当は今の段階ではこの子の今のプレーで十分なのです。うっかり強く蹴れるようになってしまうことの方が心配です。年齢が低いうちは、強く蹴れることであらゆるピンチを脱出できたり、攻撃の時に活躍もできたりします。すると、ますます力あるキックに頼り、本来なら今の段階で身につけるべき必要な技術が伸びなくなってしまいます。そして、年齢が上がり、みんなが自然に強くボールを蹴れるようになった時には、それまでの武器だった「強いキック」だけでは、それまでのように活躍できなくなるようなケースも出てきます。頑張っていたのにそうなってしまうとイヤなので、そんな強力キックを教えるようなことはしないのです。ただ、子供が強いキックに憧れるのは自然ですから、そんな時は周囲の人がちゃんと話してあげることも必要だと思います。今回は、お母さんも、今の年代に大切なことを理解されているので、無理に(後で伸びるところを)伸ばすようなことはせず、今のプレーを認めてくれているので、子供にとっても本当に良かったと思います。

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通信51おまけ 「雨降って・・・」

■U-12クラスの“雨降って”・・・①
もうだいぶ前になりますが、通信No.49のおまけコーナー(「コミュニケーション」という題)で、ある2人の子のことをお話しました。
※ある子が、ゲーム時の味方の子のプレーに関して感じていたことを、練習後に相手に伝えた時の話を紹介しました。
あの後、(色々考えながらやっていたので)この2人が強く接点を持たなければならないようなチーム分けにするのには、実は少し時間を置いていたんです。中途半端な時期・タイミングでは、あの時に得た気持ちが、2人にとってマイナスに作用する可能性があるからです。
そして、2人の様子を見て、もう時期的にもいいだろうということで同じチームにしたのですが・・・、本当~に、お互いが「自然に」よく絡み合う、絡み合う。
「意識して」っていう感じではなく、あまりにも自然に絡み合っているので、本当に驚きました。(おそるべき子供の吸収力、回復力ですね。)
U-12クラスの12月のテーマは“コンビネーション・プレー”。
自分と仲間との2人で、相手を突破して行くことをテーマに練習していました。
今まで1人で突破していたものを2人で突破する・・・「人数が増えるんだから簡単」と思えるんですが、これが実は全く反対。逆に難しいんです。
パートナーが何を考えているかなんて、なかなかわからない。こっちが考えていることをわかっているのかも、わからない。お互いに伝え合わなくては成立しない。
しかも、ゲーム中に(一回に)ボールを持てるのは数秒。その間に、お互いに意思疎通を図る・・・難しいのは当然ですよね。でも、これができるようになれば、1人の時の何倍もの力になるんです。ただ、中途半端にしか意思疎通ができなければ、逆に1人の時よりも力は下がるんです。
もちろん、ゲームでは「練習したことに挑戦しよう」ということを子供たちに言うので、挑戦しようとします。が、本当に難しいことなので、成功することはもちろん、挑戦することさえ、なかなかタイミングがつかめなかったりして大変なんです。さらに、お互いに数回うまくいかなければ、プレーが消極的になることも考えられます。
・・・そんなことがテーマだった12月。このテーマの時に、何度も何度もコンビプレーを試みることができた、成功させていたのが、先ほど挙げた2人なんです。(もちろん、他の子もすごかったです!)
コンビネーション・プレーの、真のポイントは、相手の存在が自分の心・頭の中にあるかどうか、自分の存在が相手の心・頭の中にあるかどうか、です。
・・・あの時、伝え合い、心に何か残ったから、次からの練習で以前よりも相手の存在感がそれぞれの中で大きくなって、いつの間にか、自然に心・頭の中に存在するようになったのだと思います。
まさに「雨降って地固まる」ですね。
(1月は、12月の内容をさらにちょっと応用する形で練習していますが、みんなすごくいいプレーを見せてくれています。)

■U-9クラスの“雨降って”・・・
プレーのタイプも性格も全然違う2人が仲良くなりました。-が、その前にはやっぱりお互いに気持ちの食い違いがあり・・・で、その後、仲良くなったのでした。そして、ちょっと前にはシューズが色違いだったことで盛り上がっていたりしたんですが・・・これだけでは終わらず、この2人が2学期の最後の練習で、またちょっと見せてくれました。
1人がドリブルでガンガン行くと、それを見たもう1人が「1人で行くなよ」と。
「行くなよ」と言った子は、そう言うだけあって、(以前はその子ならドリブルをしていたような場面でも)パスを出していたので、その要求もわかります。―が、言われた子はただ積極的にプレーしていただけなので悪気はなく、言われてちょっとだけいやな気持ちになったようです。
しかしその後、「行くなよ」と言った子も、自分がボールを持った時にパスするタイミングがつかめずにドリブルをすることもあり、もう一人の子の気持ちがわかったようでした。また、その子は、その後、大切な場面でもう1人の子へ何とかパスをつなごうとする場面があり、相手の子も、「ただ文句を言われたのではない」ということがわかったことでしょう。
前にもこの2人が同じような感じになったことがありますが、その後、一度仲良くなり、さらにその後の「今回」なので、以前よりも2人の関係に深さが加わったことだと思います。
雨降って地固まる。降って、固まって、また降って、また固まって・・・。何度も何度も繰り返して、関係がより強くなっていくのでしょうね。成長は終わらず!

■U-12クラスの“雨降って”・・・②
ある日のゲーム。
もう終了時間を過ぎました。そこで、「ボールが出たら終わり」と子供たちに告げると・・・。
ゴールキックを蹴る子がロングパス。そして得点が決まり、練習終了。
最後のプレーが、ゴールキックからの一発ロングパス。しかも、そのボールを受けた子は、いたずらっ子らしく、わざとすぐにはシュートせず、じらしてシュート。
・・・終わった後、みんなでコートの出口に向かって歩いていると、不満気な子が一人。
この子はゲーム中、かなりワザやコンビプレーにこだわっていました。だから、こんな簡単なプレーで終わり、しかも失点で終わり、納得いかなかったのでしょう。
表情を見ても、「あのプレーで終わったこと」、「終わりにしたこと」に腹がたっているようで、
練習後も不満顔のまま、すぐに帰りました。気持ちはすごくわかりますし、私が同じ立場でも、同じように帰ったことでしょう。でも、こんな日があってもいいと思います。
悔しい気持ちいっぱいで帰る。コーチにだって不満な顔をして帰る。気持ちをぶつけて帰る。いいじゃないですか。一生懸命やっていれば、こういう気持ちになることだってあるでしょう。
私が(大人の意見として)その子に「こんな日があってもいいと思う」と言うと、その子は「ない方がいい」と言っていましたが。(当たり前ですよね。今はまだわからなくていいんです。)
さて、この子はもうすぐ6年生。U-12クラスの最高学年になります。
このぐらいの気持ちでやるから、ものすごく充実した時間になって、より強く、より上手になっていくのだと思います。
悔しさもひっくるめて、サッカーの本当の楽しさを、自分でどんどん見つけていくことができるのだと思います。最高学年となる、これからの成長が楽しみです。

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通信50おまけ 「お礼」

もうすぐ、今年の練習が終わります。
今年もここまで大きなケガや事故等なく、スクールを開催することができました。
これも、日頃から(本当に)色々とご協力頂いている皆さんのお陰です。
残りわずかですが、最後まで気を引き締め、子供たちが安全にサッカーを楽しみ、楽しく新年を迎えられるよう努力したいと思います。
皆さん、今年も一年間、ありがとうございました。
・・・「ありがとうございました」・・・普通のお礼のようですが、私にとっては、こうして今年も楽しくスクールを開催でき、無事に一年を終えることができることは、本当に「ありがとうございました」なんです。

私は、(図々しくも)私なりに子供たちを守っているつもりでスクールをやっています。
本当に図々しいですよね。それに、“つもり”であってはいけませんね。ただ、私自身は「守っている」と思っていても、「実際にどうか」というのは皆さんにご判断いただくところですので、こんなに図々しい私ですが、普段、子供たちを守っている皆さんに対しては、そこはさすがに“つもり”と書かせて頂きます。

1回の練習が終わり、次にグランドに立つまでの間 - その短い間に、色んなことが起きています。社会でも、グランドの中でも ー 嬉しいことも、そうでないことも。
起きていることの一つ一つに過剰に反応するようなつもりはありません。しかし、それでも、子供たちが被害者になったり、加害者になったりという出来事を見ていると、「こういうことは伝えた方がいいのではないだろうか」ということが、自然に心にたまります。
もちろん、独りよがりの考えでは良くないですし、子供達はサッカーを楽しみに来ているので、サッカーの楽しさとかけ離れているようなことは伝えません。内面の部分ですから、自分自身に問いかけ、佐藤(コーチ)ともよく話をし、私の自己満足にならないように注意もしています。サッカーの上達を妨げるようなことはしませんし、むしろ、上手にすることは大前提です。
そして、そのようにして出した自分の考え、思いを、私はグランドで表現するようにしています。自然に出てしまっている、と言った方がいいかもしれませんが。
ですから、時には「何でそんな言い方をするのだろう」・・・もしかしたら、見ている方がそう思ってもおかしくないような激しい言い方をすることもあるかと思います。(“時には”どころじゃないような気も・・・。)
たくさんの保護者の方が子供を送り迎えして下さり、練習をそばで見て下さっていますが、その前でも、自分自身を出すようにしています。
こんな言い方をすると偉そうに思われるかもしれませんが、“良い評判”や“良い評価”が欲しくてコーチをしているのではありません。もちろん、会員の保護者の方に満足して頂けることは大変に嬉しく、皆さんに喜んで頂いて、その結果として「良い評判や評価」を頂けるということになれば、それは本当に光栄なことだと思っています。
信頼してくれる方がいるのなら、その方の信頼を裏切らぬよう、精一杯の努力をします。

―が、“良い評判・評価”を得ることが目的なのではありません。
ですから、誰かに見られているから態度を変えるというようなことなどはしません。
上辺だけキレイに整えるだけじゃ伝えられない、そんなことがあるので、こんな風になっています。また、スクールに来ることができない方もいるかと思いますので、通信の「おまけ」などを通じて、日頃のスクールの様子をお伝えするようにしています。私の普段使っている言葉、行動が少しでも正確に伝わり、ソラというスクールがどんなスクールなのかをよく知って頂くためです。
ご入会頂いた際や、通信のたびに、「何か気になることがあればご連絡を」とお話していますが、こういった案内をさせて頂いているのも、私が自分を出すことに対する責任からです。
少しの時間とはいえ、大切な子供を預かっているんです。
その中で、コーチという立場であるとはいえ、自分を出しているんです。子供に対して自分を出したことの責任が、きちんと自分に跳ね返るようにするのは当然です。子供が感じたこと、保護者の方が感じたことを受け入れる責任があります。
今までにも、たくさんの方からご質問、ご相談を頂き、これまでやってきました。
もちろん、まだまだ練習後に1日を振り返り、もっと良い言い方、方法があったのではないだろうかと反省をすることも少なくなく、そういう意味では、きっと皆さんにも迷惑をかけているのだろうと思っているのですが。
・・・申し訳なくも思いますが、それでも、私はこれからも今のように、色んなことを感じながら、表現しながらグランドに立っていきたいと思います。
挑戦しなければつかめないものがあります。
今までのように、お見苦しいところをたくさんお見せすることもあるでしょうが、ただ子供たちの成長を目標に、挑戦をしていきたいと思います。

・・・これがソラです。どう見ても、オシャレ~な、スマートなサッカースクールなんかには見えません。だから、それでもずっとここに来ている子、保護者の皆さんには、本当に、本当に、心から感謝しているんです。ありがとうございます。
(ついでに言わせて頂きますと、来年もこんなソラでいきます。よろしくお願いします。)
今年最後の通信で、しかも「おれい」なのに、やっぱり変な文章になってしまいましたね。
お許しを!

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通信49おまけ 「スコア」

■スコア(戦績)①・・・スコア?
チームに入っている方は色々な大会が一段落したころでしょうか。
大会の結果をよく教えてもらいますが、子供達も頑張っているようですね。皆さんのことですから安心していますが、結果やらスコアやら、数字に出るようなものは、ざっと眺める程度でいいでしょうね。(教えて下さる方も、ゆとりある感じで教えてくれるので、よくわかっているのでしょうね。)
「負けちゃった」と言うことを聞くこともありますが、育成年代の大会は、チームが大会をどのように捉えているかが勝敗にものすごく影響しますので、試合に負けても(例えばそれが大差でも)、それが子供の技術やコーチの指導力とは関係ないこともよくあります。
大会の捉え方―“育成年代”ということを認識していても、子供をどのように出場させるか、チーム分けをどうするか、どんなプレーを目的にするか・・・などで、同じチームでも全然結果が違ってきます。
もうちょっと具体的に書くと、チーム分けでは、経験豊富な子とまだ経験の浅い子がチームにいる場合、今の経験や技術の高さを基準にAチーム,Bチームとするか、経験や技術に関係なくチーム分けをするかで結果は大きく変わるでしょう。交代要員も、状況によって交代させるのか、それとも出場時間などによって交代するのかで、やはり結果が変わることもでてくるでしょう。
どのようなプレーを目的とするかという部分では、「パス禁止」や「ドリブル禁止」、「ロングキック禁止」など、個人を上達させるための制限を持たせることが結果に影響することもあるでしょうし、チーム全体でなく、一人一人にプレーの目的を与えても、同様に結果に影響があるでしょう。
その時点での良い結果を狙えば“良さ”が出て“悪さ”が出ない戦い方に、練習の成果や個人の技術を見ようとすれば、“良い(伸びている)部分”、“悪いところ(まだ改善すべき部分)”がはっきり出るような(ハードルを何かしら設ける)戦い方になるでしょう。(もちろん、育成には厳しい部分も必要ですから、チームのその時の状況によって「勝ちに行く」大会があってもいいのかもしれませんが。)
個人が伸ばされていて、子供を伸ばすサッカーをしても良い結果を得るチームもあるにはありますが、特に小学生年代では、子供を伸ばそうと思っているチームほど、良い結果(戦績上の)を残せなさそうな戦い方をすることもあり、実際に相手チームがその試合にどのように臨んで来ているのかは、相手チームのコーチでないと分からないこともあるので、どこのチームに何点差で勝ったとか負けたとか・・・そういうことがチーム力や個人の力の目安にならないことも多く、ましてやグングン成長していく子供のこれからの可能性の目安になどなるはずもないと思うので、私は気にしないでいいと思うのです。

■スコア(戦績)②・・・結果にこだわらない子になる?
スクールのミニゲームでは、ゲーム毎に「○対○」とスコアをつけないことがほとんどです。なんか、子供がスコアに全然こだわらなくなりそうな環境ですが、そんなことはありません。
実際、(チームに入っていない子でも)シュートが入ったかどうかでよくケンカをしています。また、ゴールに入りそうなボールを、いつもニコニコ顔の子がスライディングして防ぐこともよくあります。
子供たちは、ほどよくスコアを気にし、自分たちにあった、ちょうどいい捉え方をしているので、特に私が言うことはないのです。ほどよく捉えていないと思う時は、逆にスコアを言って気にさせますが。
―が、ここで私が、例えばあるチームに肩入れし、得点毎に「ナイスシュート!」などとやってしまうと、ロングシュートや安全第一のクリアーなどがきっと増えてしまうのだろうと思います。
・・・なので、良いプレーかどうかを見ながら“喜び度”を調整しています。(これでも大人ですから。)
子供のスコアの捉え方は、経験年数、性格、その他の要因で一人一人違う部分もありますし、同じ子供でも成長するにつれ変化していくものです。
良い結果、悪い結果に関わらず、その時点での技術や経験、置かれている状況などと明らかに離れている意識の仕方をしていると、成長を妨げてしまう部分もありますので、その時の子供に応じて、適当な意識のさせ方を心がけていきたいと思います。

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通信49おまけ 「成長したじゃん」

■成長したじゃん
(既にホームページ内の「今日のソラ」に簡単に載せた内容ですが、ちょっと詳しく書きますね。)
子供達はよく(ピエロのように)ボールに乗りたがるのですが、これをやらないようにスクールでは注意をしています。バランスが崩れて転ぶと、手の骨や腕の骨を折るケースがあるからです。(←ソラではまだそんなことは起きていません。)
コートには他にも大勢の子がいますので、友達とぶつかったり、予想していないことも起こるため、一人でボールに乗っている場合より(それも危ないですが)何倍も危ないのです。
さて、10月のU-9クラス、3年生の子・・・。
ゲームの休憩時に、何度も注意されている“玉乗り”をしたり、ゴールに登る(ぶら下がる)子がいました。もちろん注意をします。しかし、ゲームをしている子が一生懸命プレーしている時に、そのプレーを見ないで、ずっと(ゲームをしていない子、注意を聞かない子に)注意をしてばかりいたら、肝心なゲーム中の子供の“一生懸命”を見失うことが出てきてしまいます。
頑張っていてもまだうまくプレーできない子も中にはいます。そういう子には、良いアドバイスを与えられれば、それを吸収してグーンと伸びる可能性があります。だから、そういう場面は見逃したくないのです。
また、注意を聞けない・約束を守れない子がいたら、その子たちも、その周囲の子達もケガをする可能性もあり、これも守らなくてはいけません。
・・・今までに何度か「自分達で注意しあう」ように子供たちには話しています。3年生と言えばまだ子供ですが、子供なりにできることはあります。実際、これまでにも友達を注意できた子もいたし、そういう場面を何度も見てきています。
さて、この日、「危険なことをしているとどうなるか」、「一生懸命やっている子が上手にならない・見てもらえない環境は変じゃないか」という話をした後で、私は「ふざけたり、約束を守れない子を注意するよりも、一生懸命プレーしている子のゲームを見たい」、だから、「もうそんなこと(これまでに何度も注意して来たことは)言わない」ということを子供たちに言いました。(→「骨折りたかったらどんどん(ボールに)乗れ、俺、注意しねぇから!」なんて口調です。すみません、こんなコーチで。もちろん、見守りますけどね。)
すると、隅に座っていたある子が(コーチが言わないなら)「じゃぁ、俺が(友達に)言う」なんて言ってくれるじゃありませんか。そして、その隣に座っていた子も「俺も言う」と。
コーチに注意をされていて、声をあげにくい雰囲気…しかも、ちょっとコーチに“反発”みたいにも受け取られる状況だったのに。
コーチにもどんどん思ったことを言うように、これまでに何度か話したことはあります。が、この雰囲気で言えるのは、ちょっと、ちょっと~、成長じゃないですか!
“友達に言う(注意をする)こと”を“コーチに対して”言っちゃって! (偉いぞ、小僧!)
この時は、子供たちが危ないことをしないように、危ないことをする“本人(達)向け”に話したので、周囲からこんな言葉が出るとは思っていなく、驚くと同時にすごく嬉しかったです。
子供たちの様子をしばらく見守りたいですね。あぁ、楽しみ。
―と、これを書いているのは練習の翌日で、この通信を出すのはその数週間後。
そして、「俺が言う」と言った子二人は、結構・・・ふざけん坊・・・。(うむむ、ちょっと心配。)
「せめてこの通信が出る時までは頑張れよ、子供たち」…という希望を込めて、ペン(指)を置きます。
さぁ、どうなってるのでしょうね。
※「玉乗り」はほとんどの子が経験することです。それをスクールで注意されるのも、ほとんどの子が経験しています。(内容によっては)一度や二度の注意で約束を守れないことも、多くの子が経験しています。→なので、今回登場した「玉乗り少年」が“悪い子”だなんてことは全然ありませんので。(みなさんおわかりでしょうが、念のため。)

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通信49おまけ 「コミュニケーション」

■コミュニケーション・・・
ちょっと前になります・・・9月のU-12クラスの話です。
練習後、ある子が、ゲームでチームメイトだった子に話しかけました。
「あのさぁ、もっとパスしてよ。(パスしてくれないから)みんな困ってるんだよ」と。
言われた子にも理由はあったのですが、何も言わず終了。惜しい・・・というところです。
せっかく友達が「こう思う」ということを言ってきたのだから、それに対してちゃんと答えて欲しかったのですが。理由があったようなので、尚更言って欲しかったですね。
2人が別れた後、言った側の子には、(気持ちを言ったのはいいことだけど)できればゲーム中に言えるともっと良かったかも、ということを話しました。(その方がお互いに状況・気持ちがわかり、ゲーム中に修復できるかもしれないので。)また、言われた側の子には、考えを相手に言わなければわからない(こともある)、ということを話しました。
双方に正しいところがあるし、改善しなければならない部分もありました。だから、お互いに話し合うことができれば、そこが見えてきたと思うのですが、そこまでお互いに行かなかったので、それがちょっと残念でした。(もちろん、こういう状況になったのは私の責任なので、悔しいですが、根本は私がそこまでグランドの雰囲気をつかむことができなかったということです・・・。)
そして、次の練習日。この2人が揃いました。前とは曜日が違うので、全く同じ状況とまではいきませんが、それでもその2人の関係を再構築するのにふさわしい環境(以前とほぼ同じ)を作れます。
本来責任がないのに嫌な思いをさせてしまった子供たちのためにも、絶対に何かをつかませたい、感じさせたい、お互いを前進させたいと思いました。
前のことがあったので、2人のうちの1人(「パスを出して」と言われた子)は、かなり相手のことを意識して、パスをしようと懸命にプレーしています。それは嫌々プレーをしているのではなく、ただ前向きにプレーしているように見えました。
もう一人の子(「パス出して」と言った子)は、それに絡むような動きになっていません。おそらく、前のことがあるので、「パスは来ない」という気持ちがどこかにあるのでしょう。パスをもらおうと動く時もあるのですが、その瞬間にパスが来ないと止まってしまいます。それが原因にもなりパスをもらえない状況になってしまいます。悪循環です。
前は、パスをする側の子は、パスを出そうとした瞬間に相手がパスを出せない場所(或いはパスは出せても自分のイメージと違う場所)にいるとそこでパスを出さず、自分のイメージでボールを持ち、そのせいでプレー(判断)が遅くなり、パスが出せなくなることがありました。これは改善すべき点でした。でもこの日は、パスを出す側の子は自分で意識を変えてきました。だから、あとはパスの受け手がそれに気づいてくれれば、2人の関係は良くなり、互いにもっといいプレーができるようになります。
・・・パスを出そうとしていた子が、強い意識を持ち、その後もそういうプレーを続けてくれたので、それを説明できる(受け手に伝えることができる)状況になりました。
受け手の子は、そこまで相手がこだわっていたことに気づいていなかったので、気づかせました。
「お前にパスをしようとしている」ということを(まだなんとなくしか認識できていなかったので)はっきりと言いました。それがわかれば動きが変わります。少しわかったようで、動きがそれまでに比べ数段良くなりました。それまで、「お前に来たパスだぞ」と言っても、そのパスが相手に取られてしまったら特に執着しなかった(何としても取ろうとまではしなかった)のに、それからは、何とか取ろうとしていました。相手の足をちょっと蹴ってしまうぐらいに、必死に取ろうとしていました。
少しでもお互いのことをわかってくれたらと思い、パスを出そうとしていた子が相手ゴール前でその子にパスをした時、(そのパスが通らず)相手ゴールに入ってしまった時に頭をかかえていたこと(点が入っても嬉しくない、それよりパスが通らなかったことを悔しがったこと)、パスを出してもらった子が相手の足を蹴ってしまうぐらい、必死にそのボールを受けようとしていたことを、練習後にサラッと2人に言いました。どこまで深く感じ取れるかはわかりませんが、ただ、2人が気持ちを「伝える」ことによって互いに成長したのは明らかなので、頭と体に、「こんなことがあった」ということを少しでも“経験”として覚えておいてほしいと思います。2人とも、ブラボーでした。
・・・2人はブラボーですが、私は大反省です。空間をつかみきれていなかったことが。頑張らねば!

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通信No.48おまけ:無理やり風景

新しい子が増えてきたので、練習中のコーチの働きかけで説明した方が良さそうなことを説明します。
U-6クラス、U-9クラスでは、ワザなどの練習をしている時に、ボールを足のどこで触るのかわからなかったり、右と左が逆になったり、体の向きが逆になったり・・・なんてことがよくあります。
(これは、自然な現象なので、「できる・できない」なんてことを気にする必要はありません。)
そんな時、コーチが体に触って動かしてしまうことがありますが、これは「言ってもわからないから」困ってしているのではありません。
年齢が低いうちは言葉での説明を理解するのが難しいことがたくさんあります。なので、見せることが必要なのですが、本人はマネしているつもりでも体がそういう風に動いていないことがあるのです。
そんな時は、「いいかい、足の動きは・・・で、体の向きはこうで・・・」なんて言葉で長々と説明をするより、「体で覚えちゃえ」ということで先に体にその動きを教えてあげた方がいいこともたくさんあるのです。物事を論理的に考える力はもう少したてばどんどん身についてくるので、まだ言葉での説明でわかりにくい場合には、言葉で云々言うよりも体で覚え、言葉の説明の方がわかり易くなった段階で、そっちに重点を置けばいいと思うのです。(もちろん内容にもよりますが。)
なので、スクール中にそんな風景を見た時には、決してマイナス的な評価をしないようにお願いします。
「どうすればできるか考えてごらん」と問いかけ考えさせるのも一つの方法ですが、年代により内容を考えなければなりません。また、考える機会はたくさんあるので、そっちにばかり気をとられ、体の発達をおろそかにしてはもったいないと思うのです。「考えさせた方が自主性が育つ」、「考えるクセがつく」こともありますが、年代を考えバランスを大切にしなくてはなりません。

“無理やり動かされている”感じを受けるかもしれませんが、動きをどんどん吸収する時期です。
その特性を無駄にしないためにも、これからもそんな光景が出てくるかと思いますが、ご理解頂きますようお願いします。

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通信おまけNo.47:ボールを出さないプレー(続編)

~さてさて、通信No.45で触れた「ボールを出さないプレー」の続きを今回はプレー面からお話します~
前回は主に「ボールを出さないプレー」が、プレーした本人に与える成長部分についてお話ししました。ちょうどその「もったいないプレー」をしたのが3~4年生の子達だったので、その年代にあった部分でお話をしたのですが、さらに上の学年に行くとどうなるのでしょう・・・。
高学年では、これがプレーした本人の成長だけに留まらず、周囲のプレーヤーの成長にもつながります。
例えば、ボールを出さないプレーヤーが次に狙うのは・・・ドリブルだけではありませんね、パスも狙います。高学年になり、協調性が強くなり、グループ意識が強くなれば、パスも当然出てきます。
空間を認識し始める年代でもあるので、味方のサポートや状況に応じたボールコントロールを覚える上でもパスは大切なプレーです。そして、味方選手とのコンビやグループでのプレーを覚えていくのです。
コンビやグループプレーの基本は、「A君とB君がコンビ」などと固定されたものではないので、コンビ、グループ内での自分の役割も様々です。そのため、その力を養うには、自分のプレーする場所(位置)・役割の固定されていない状況で、様々な立場(場所・役割)でのプレーを覚える必要があります。
そんな個人の力を身につければ、(基本を応用すればよいので)他のグループに入ってもいいプレーができます。逆に言うと、その力がないと他のグループでは「活きることができない」ことも出てきます。
―――さて、子供達は将来のために今、成長しています。ここで、将来―・・・・ずっと先はまだ想像するのは難しいでしょうから、ちょっと先、中学生になった時のことを考えてみましょうか。
今との一番の違いは・・・声変わり! 今の可愛い声が低く、太~い声に・・・って、違いますねぇ、はい。
「じゃあ・・・」ってこれを続けると終わらなくなるので本題に戻ります。
今とチームが変わる子がほとんどですね。色んなチーム、学校から、色んな子が集まってきます。
サッカーも、より好きになる年代です。「レギュラーになりたい」と今の何倍も強く思うことでしょう。
さて、新しいチームの中でどんなプレーができるか。その時に問題になるのは“その子に”力があるか、です。良くも悪くも、それまでどんなチームにいたか、戦績はどうだったかなどは関係なくなります。
さて、ここで、ゲームでのプレーを例に、「ボールを出さないプレー」について考えてみましょう。
例えば、今まではピンチの時に大きくクリアーしていた選手(そうすることを要求されてきた選手)が、同じように相手ボールをクリアーしたとします。
今までならここで「ナイスカット」という声が聞こえてきたかもしれませんが、「出すな」「つなげろ」「周りをみろ」という声が聞こえてくるかもしれません。その子にとって「クリアーするのがやっと」という状況だったとしても、それまでどんな状況でもパスをつなげようとしていた子とプレーしていた子にとっては、簡単にクリアーされるのはもったいなさすぎて注意をしたくなるでしょう。
また、今までの友達ならクリアーするような状況を(チームメイトがクリアーするだろうと)見ていたとします。今までは友達に「ナイスカット」と言いながら、ボールが外に出たところで次のプレーの準備をすれば良かったのです。だから、安心して見ていたら、「クリアーしない?!」そして、自分に来た声は「動けよ」「そこにいてもパス出せないよ」なんてことになる可能性もあるのです。
言われたからといって急にプレーを変えようと思っても、すぐには技術・判断力は身につきません。
もちろん、上のような言い方ばかりではないでしょうが、自分のことを考えてくれた優しい表現だったとしても、要求されることが、自分の考えていること(それまでに経験してきたこと)の1レベル、2レベル上なんてことも出てくると思います。その要求が年代にあっていないものなら特に気にすることはありませんが、上に挙げたような内容は(ほんの一例ですが)年代的には普通の要求です。
でも、それに慣れていないと、ただの文句に聞こえたりして、「何だよ」とマイナスにとってしまいかねません。それでは成長ができません。
こういった個人に必要な力を身につける上でも、普段から自分や友達がボールを出さないプレーをする、その大変さをわかり、それを無駄にしない動き、プレーが多く生まれることが望ましいと思うのです。
(上のような話は、今チームに所属していない方にとっては難しそうな話に聞こえ、ちょっとプレッシャーを感じるかもしれませんが、今スクールに在籍している6年生の子は、チームに所属していない6年生の子も本当に驚くほどの成長で、そのような将来にも十分に対応できそうな可能性を見せてくれています。ご安心下さい。)
試合上手になるよりも、個人の力をいかにつけるべきか、今はその年代なのです。

・・・高学年では、「ボールを出さないプレー」はここまで発展する可能性を持っているのです。
その前段階として、U-9クラスでも「ボールを出さないプレー」を(個人レベルで)要求しているのです。
そして、そんな機会を倍増させるためにも、出たら自分達(チーム)のボールになるような場面でも、敢えてボールを出さないでプレーすることを要求しているのです。
***各クラス、子供達は伸びています。色々書きましたが「ボールを出さないプレー」をするだけでもすごいことです。これだけ伸びる力があるのですから無駄にしたくないなと思うのです。

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通信No.45おまけ:気になるプレー

今回は、最近気になるちょっとしたプレーをご紹介します・・・
■「なんで?」と思えるプレーでも・・・いいプレーがたくさんあります。
例えば、相手チームの選手が触ったボールが、ラインの外に出そうになった時のプレー。
放っておけば自分のチームのボール(スローインやキックイン)になるのに、ボールが外に出る前に触ってしまう。そして相手にボールを奪い返されてしまったり、不利な状態になってしまったり・・・。
「なんで触るんだ?」と思うかもしれませんが私はそれを子供たちに「良いプレー」だと言っています。
逆に、「ボールが外に出るのを待っている」「追いかけてきた相手を自分の体でブロックして、ボールを外に出す」、そんなプレーを子供がした時には「出すなよー!」と言います。
なぜならもったいないからです。
スクールでは、そんな状況の時、「ボールを出さないで、そこから抜いていけ」と言ってきました。
子供によっては、そんなこと言わなくても、ボールを触りたくてしょうがないから、損得に関係なく触り、そこから抜いていこうとする子もいます。しかし、残念なことに、ちょっと知恵がついてしまった子は、そこでは触らない方が自分やチームにとって有利なので、触らないことも出てきます。
最近、実はそういうプレーが数回見られました。これが残念でなりません。
以前は「触らない方が得」なんてことはわかっていても敢えてボールを触っていた子が、ボールが外に出るまで待っている・・・こんな時の方が私にとっては「なんで(触らない)?」と思います。前までは、何も言わなくても、状況を理解した上で、自分で触っていたのに。
おそらく、その方が、
◎自分(チーム)がより良い状態でスタートできる
◎失点しないですむ(逆に得点チャンスになる)
◎自分が失敗しないですむ 
 ・・・他にもたくさんの理由から、チームや自分にとって得だと思えるからなのでしょう。―が、そういう当たり前のプレーはもったいないなぁと、思ってしまうのです。

確かに、もっと上の年代では、そういうプレーが見られます。それは組織を理解し、戦術を理解し、どういう状況で、どう攻めていくか(守るか)を理解し、それを実践する段階だからです。また、それらを実践する中でさらに技術を確認していく段階にあるからです。しかし、子供たちは、その(将来)実践するための力を、今、身につけている最中です。だから私は成長するためにも「触れ」と言うのです。
ちなみにそんな状況でボールに触ると、相手が背後からボールを奪いに来ている時には(相手が後ろにいるので)自分がボールを持ちながら前を向くのも大変な状況になります。前を向くために、相手を騙すテクニックが必要になったり、相手の力(当たりにくる力)を利用して反転する感覚、バランス感覚・・・様々なものが必要になります。逆に言えば、様々なことを吸収できるチャンスなのです。
しかも、2人、3人と、ボールを取りに来る選手が多ければ多いほど、さらに色んなことが必要になり、より多くのことを吸収できます。
技術や経験により、まだ「前を向く」ような余裕が持てない段階であれば、自分のボールにする(キープする)だけでもいいでしょう。相手が背後にいる状態でボールをキープするのは大変なことです。だいたい、出そうなボールを止めるだけでも結構大変なんです。もし相手が奪いに来ていなくて、すぐに前を向ける状態だったとしても、自分のイメージしたところに止めたりボールを動かせたら、たいしたものです。そうしようと思うだけでも、すごいことです。
スローインやキックインのように、自分がボールを触るまで相手が待っていてくれるわけではありませんので、有利な状態からはほど遠い、大変な状態からのスタートです。
こういう状況を脱出することや、自分のテクニックを試すことに楽しさを見出す子もいますが、何かに挑戦した時の充実感は安易なプレーから得られるそれよりもきっと強いものだからなのでしょう。だから、より大変な状況でも挑戦できるようになっていくのだろうと思います。
ちなみに、こういう、相手選手からのプレッシャーが厳しい状況でもボールをキープできたり、何かをしようと思える選手は、普通の状態(相手が前にいるくらい)では、かなり自然にプレーできるようになります。それは当然ですよね。普段から大変な状況でプレーしていれば、そこまで大変でない状況では「大変だぁ、どうしよう!!!」なんて焦らないですみますから。
また、“挑戦”から生まれるプレーなので、技術だけでなく、気持ちがどんどん強くなっていくことは言うまでもありません。気持ちの成長×技術の成長×気持ちの成長×技術の…×…×…という感じです。
こんな理由で、この「なんで触るの」というプレーは、私は実に良いプレーだと思うのですが、皆様いかがでしょう。

■「よくやった」と思えるプレーでも・・・「んー・・・・」と首を傾げたくなるプレーもあるのです。
例えば、相手選手と接触して転倒した時に、しばらく倒れたままになってしまうこと・・・。
痛い時にはしょうがないと思います。でも、以前は同じ状況ですぐ立っていた子なのに立たない(立とうとしない)、或いは、以前はよけたり、転倒しないように踏ん張れたのに、よけないで、踏ん張ろうとしないで、転倒したまま・・・実はこういうプレーもここのところ数回見られました。
これまではそんなの乗り越えていた、乗り越えようとしていた子が、簡単に転倒し、倒れたままにしているのを見た時は本当に残念でした。(転倒することが必要な場合のことは除いてお話します。)
転倒して反則をとってもらい、フリーキックになれば自分(チーム)が有利な状態でスタートできます。もしかしたら、それで「良かった」経験をしたことがあるのかもしれませんが、成長の面から考えると・・・。
バランスが崩れかける・崩れた状態からバランスを回復させる力、バランスが崩れた状態でプレーする(バランスを何とか保つ)力を身につけるチャンスなのに・・・。しかも、危険を避ける力も、「避けよう」という気持ちから体が動き、動きがどんどん良くなっていくのに・・・なんて思ってしまいます。
倒れそうになった時や倒れた時、プレーを続けると、その結果、その後のプレーがうまくいかない、相手にボールを奪われてしまう、失敗してしまうなんてこともあるでしょう。損するような感じもします。
それでも、初めの話と同じ理由で、その方が成長するだろうと、私は思います。
ちなみに、スクールでは、基本的にはゲーム中にほとんど反則を取ることはありません。
反則をした個人に対し「今のは反則だ」と知ってほしい時には伝えますし、全員に認識が必要だと感じた時や他の必要性を感じたときには反則を取りますが、基本的には自分達で「気づけ・乗り越えろ・(双方が楽しくプレーできる環境を)整えろ」という感じでやっています。
また、子供が「反則かどうか」を誤解しているような時にはそれを伝えます。
ちょっとそれますが、“反則をしたから”(審判が反則と判定したから)相手に謝るのではなく、審判の判定に関わらず、わざとであるか・ないかに関わらず、自分で「悪い」と思った時には謝ること・気持ちを伝えることは必要だと、必要な時には子供たちに話しています。(高学年にもなると、意図していなくても、結果的に自分のしたことが反則になってしまった時などは、自分でプレーを止め、相手ボールにします。)
今の損得なんて小さなものではなく、乗り越えられるものは乗り越え、気持ち・身体面ともに成長して、もっと大きなものを摑んでいってほしいと思っています。

■気持ちはわかるプレーでも・・・
やはりもったいないプレーがあります。
点を取りたいから相手ゴールのそばで待つ、または、負けたくないから自陣ゴール前から滅多に離れないというプレー。こういうプレーをすることが悪いというのではありません。
勝ちたい・負けたくないという気持ちや責任感から、そういう位置にいることもあるのだと思います。(他の理由があることもありますが。)きっと、そういう位置にいることで、実際に「勝つ」経験、「負ける」経験をしたことがあるのでしょう。
でも、「勝つ」「負ける」を繰り返すことよりも、どんなプレーをしているのか、個人の成長を考える時にはここが重要です。
ほとんど動かず、ポイントポイントでボールを触る・・・。ただ、勝敗から見ると決定的な場面でボールを触るので、十分にボールを触っているようにも見えるかもしれません。本人も満足しているかもしれません。が、実際にはゲーム中にボールを何度、どのように触ったのか、どんな刺激が入ったのか・・・。
例えば、点を取るために相手ゴール前でずっと待っているケース。
それでもちょっとはドキドキするでしょうから、得点するのは難しいのかもしれませんが、ただ、それを繰り返していても、かなり自分が有利な状態からのスタートなので、様々なテクニックが身につく年代だということを考えると、とてももったいなく思います。
また、失点を防ぐためにずっと自陣ゴール前にいるケース。
相手が攻めてきた時に、ただボールを跳ね返す・・・これはさすがにスクールでは見られません。そこからドリブルで相手を抜いて行きます。ドリブルで一番後ろから抜いて行くのは大変なので、これでいいかとも思うのですが、そういうタイミング・状況からは相手を抜く技術をすでに持っている子の場合は、もっと違う形にも挑戦するべきです。(もちろん、グランドの前から後ろまでボールを追いかけまわり、それで自陣ゴールから相手ゴールまでドリブルで行くプレーはとてもいいと思います。)
一番後ろ(自陣ゴール前)に止まっていると、相手がボールコントロールを失敗して(ボールを大きく蹴ってしまったりして)奪い易い状況になることも結構あります。(逆にあっさり得点されるケースもあります。)そういう形でばかり守っていては、相手のスピードや動きに反応する力や、相手との距離を測りながらボールを奪う技術は身につきません。
せっかくゲームをしているのですから、色んなところに動き、色んなところでボールをもらう・奪う経験をした方がいいでしょう。
いつも同じ形でばかりボールを触ったり、プレーが同じようなものが多くなるのでは、そのプレーだけを抜き出して練習するのと同じです。むしろその方が同じ行動を短時間で多くの回数できるでしょう。でも、これではゲームをやる意味がありません。
勝ちたい気持ち、これは否定しません。が、「勝ちたい」と思うことが原因で成長する機会が減るのはあまりにももったいなく、これは(子供はそのプレーに満足していることもあるので)子供ではなく、大人が言ってあげることも必要なのではないかと私は思っています。
彼らは“今”結果を出す年代ではなく、“後”で結果を出すために「成長」する年代です。
これからもどんどん“損をするようなプレー”をしながら、成長していってほしいものです。
そして、その過程での成長こそが、今の彼らにとっての結果なんだと私は思っています。
子供としての結果=“成長”のために必要なプレーを、どんどん応援していきましょう。

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通信No.43おまけ「声かけ」他

■声かけ
コート内の雰囲気、これは子供とコーチで互いに影響を与え合って作られていきます。
ただ、コーチが練習を計画しているので、その日の内容・目的を考えているコーチからの働きかけの方が、練習のポイントポイントでは大きく影響を与えます。
雰囲気作り、特に方向性を持たせることは、コーチの仕事の中でも最も重要な部分です。
そのコーチ側からの雰囲気作りで、とても大切な部分は、コーチの声かけ・話し方(テンポ・トーンなど)です。これは、子供達の様子、プレー、雰囲気に大きく影響します。
さて、「おめでとうゲームデイ」の日は、「おめでとう」に相応しく「できる限り子供たちのニコニコ笑顔」でスクールを包もうと、「今日は怒鳴らないぞ!」と肝に銘じてスクールに臨みました。
この日、子供たちへの声かけ・注意の仕方などが、かなり穏やか~なトーンだったのはそんな理由です。
この日は「感情的すぎるプレー」「激しすぎるプレー」を抑え、荒い・雑な雰囲気にならないように、そんな雰囲気でいったのでした。
もちろん、本来は、感情をプレーに込めることも必要だと思いますし、激しいプレーが必要な時もあります。また、子供同士ケンカをした方がいい時もあるとも思っています。1日の練習を「あぁ、楽しかった」で終えることが一つの目標ですが、長期的な「あぁ、楽しかった」を目指すためには、いつもニコニコで終わるのではなく、涙が必要な時も、顔を真っ赤にして怒る時も、必要だと思っています。
長い時間を一緒に過ごすのですから、長期的に見て子供たちが育たなくてはなりません。
そのためには、「今日はつまらなかった」なんて日があってもいいし、むしろ必要なのでは、と私は思っています。
「おめでとうゲームデイ」の日はたくさんの方が来ていましたので、初めてスクールを見た方が、私を「落ち着いたコーチ」だなんて誤解するといけないので一応、ご説明をと思いまして。
(いつも見ている方はよくご存知でしょうが・・・)普段は「穏やかな」時ばかりではありませんし、かなり乱暴な言葉を使っています。(髪を振り乱し・・・ってこれはただのグシャグシャ毛だった・・・。)
これからも、このスタンスでいきますので、お許しを!

■原稿は無駄にはしませんので
それから、あの日の「ルール講座」用に、佐藤コーチは内容をまとめてきていましたが、その内容は、通信内のルール講座コーナーで紹介していきます。決して無駄にはしませんので。
ちなみに、「ルール講座」を行うと思っていた佐藤コーチは、「小物があった方がよりいいと思って、イエローカードとレッドカードを持ってきちゃいました」なのでした。
人を疑うことを知らない佐藤コーチ。人を疑うことを教えてしまった山口コーチ・・・と、み・な・さ・ん。同罪ですよ~!(だってあれだけ協力してくれましたからね~)

■トレーニングテーマのない日・・・「おめでとうゲームデイ」
ところでこの日はある意味お祭りのようなものだったので、プレーについては「こんなプレーをしよう」という具体的なテーマはありませんでした。
こんな時には、今の段階で頭と体に入っているものが、自然にプレーに表れます。(ちなみに私もこの日はお祭り気分で、子供のプレーを見ながら保護者の方とお話させて頂きました。)

ここでは、サッカーの技術をテーマにしているU-9クラス・U-12クラスでのプレーをちょっと紹介します。
U-9クラスでは、プレーする時間が短かったのですが、それでも基本的な、細かいボールタッチ、素早い動きで相手をかわして行くプレーが随所に見られました。
便利なものなど持たなくても、十分に楽しいプレーを見せていました。
年代的には、(スクールのイメージと照らし合わせると)理想のプレーと言っていいでしょう。
可能性を残し、その発展を感じさせるプレーが多く見られました。
また、U-12クラスでは、スクールに数年通っている子は、ゲームの中で、様々なテクニックが場面に応じて発揮され、状況に対するプレーの理解度、テクニックの習熟度、覚えているテクニックの多さを十分に見せてくれました。
彼らが6年生の終わりごろに見せて欲しいプレーの、一歩手前のプレーを、現段階で表現できていた子も何人かいました。(もちろん、まだ入ってから何年もたっていない子も、ここに来てから練習で得たものを見せてくれていました。)

何度かお伝えしていますが、裏テーマがいくつもある、二重三重のテーマ設定で練習を行っています。逆に言うと、ある特定のメイン(に思える)テーマだけに興味を持って取り組むような練習態度では、成長が不十分になってしまう内容で練習を行っています。(要領が良くてもダメなスクールなのです。)そのかわり、毎回の練習、一つ一つのメニューにその子なりに取り組んでいれば、様々な部分に力がたまり、土台が築かれ、さらにその上の部分もしっかりたまっていくような内容で練習を行っています。
小学年代で成長させるべき部分、スクールの計画に対する評価を冷静にする上で、長期間通っている高学年のプレーは大きな目安になります。(U-9,U-6と、そこから逆算して練習に反映させなければならないことがあるからです。)
この日のU-12クラスでのプレーは、そんな内容の練習に、彼らなりに取り組んできたことをよく表していました。
これからがますます楽しみです。
頑張れー!

■コーチの代わりに
さてさて、そんな「おめでとう・・・デイ」の時、U-9クラスにちょっと遅れて来た子がいました。
遅れてしまって泣いています。が、そのままゲームにすぐに入れてしまいました。
立ち直るきっかけなどいくらでもあるし、友達がそのきっかけを作ろうと努力しています。あとは本人がちょっと吹っ切る努力をしなければいけません。
ちょっと時間がかかりましたが、それでもちゃんと元気にプレーできました。
その間、私は特にその子に声をかけていません。
吹っ切った本人と、一度や二度の働きかけであきらめなかった友達のお陰です。
「うるさい」「にぎやかな」「ふざけんぼう」の子供たちは、頼りになりますね。

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通信No.42おまけ「会話・見えなくなるもの」

■会話・・・
U-9クラス、ある二人の会話です。
私が練習のやり方を説明していると、ちょっと遠めに座っている子が、となりの友達に話しかけているのがわかりました。何を話しているのかと思い、さりげなく、説明をしながらその子達のそばに行きました。(もちろん説明しながら彼らが何を話しているのか聞いていま~す。)
すると、「○○(友達の名前)、好きな人いる?」「お前は?」なんて話をしているのでした。
学校もチームも違うのに、こんな話をしているのが面白く、嬉しく、その場では聞かぬフリをしてあげました。もちろん、説明を終え、練習開始直後に「お前ら、話聞いてなかっただろう!」と言ってやりましたが。そんな話をしていた二人にはこれもご褒美みたいなもんです。
後で注意をするなら、先に注意しても良さそうですが、会話中に注意しちゃうのはあまりにももったいない会話でしたからね、あそこは放っておいてあげないと。ちょっとした親心です。
この二人は言い合いをすることも、ゲーム中ケンカっぽくなることもあるんですけどね。
高学年の子も、色々なチーム、学校から子供たちが通っていますが、(さすがに練習中はたまにしか話さないですが)練習前や練習後に、楽しそうに話をしています。
普段と違う環境での会話、なかなか見ていると面白いですよ。

■見えなくなるもの・・・
家に帰ると、玄関で子供のクツが飛び散らかっている,或いはランドセルが投げ捨てっぱなし・・・こんな光景、よくありますよね。
「だらしないなぁ」と思いつつも、小さい頃からの成長を見ている皆さんは「相当急いで家に入ったな」「トイレでもガマンしてたのかな」「きっと帰ってすぐにジュースでも飲んだな」「友達の家にすぐに遊びに行きたかったんだな」・・・というところまで、イメージできちゃうんでしょうね。
子供たちのプレーを見ていると、いつもと同じプレー、いつもと違うプレー、その子にとっては珍しいプレー、ずっと挑戦を続けているプレー・・・などなど様々なプレーを見せてくれます。
一見、普通のプレーでも、ずっと挑戦を続けていたことを知っていれば、すごいことだと思えますし、嬉しく感じます。ちょっと雑なプレーでも、それまでの経緯を見ていたら納得できることもあります。
子供のやっていることですから、日常生活もサッカーの練習も同じですね。
その現象が生まれる前の段階の行動を、一緒に見ていたり、知っていたらわかることがたくさんあるんですよね。でも、気がつくと一緒にいる時間が短くなったり、見ていない時間、知らない時間が多くなって、その現象の前の段階の状況をイメージできなくなったりして、それで、その現象に対する捉え方に差 ー 過去と現在の捉え方の差,子供と自分の捉え方の差 ― が、生まれてしまい、成長に気づかなかったり、困っていることに気づかなかったり、一緒に喜べなかったり、悲しめなかったり・・・なんてことが、私達コーチや親御さんにも起きてくるのかもしれませんね。
日常の中での成長に、皆さんきっとたくさん気づいてあげられているのだと思いますが、私はサッカーコーチなので、サッカーのことで話をすると、子供たちを支えている人間が、そういう成長に気づくことは、ちょっと難しくなっているのかもしれませんね。今やサッカーは人気スポーツ。あらゆるところで「すごい少年」を見る機会が増えています。また、大会での戦績で評価を与えられることも増えています。周囲に見えるものが増えたことが原因で、見えなくなったものがあるのかもしれません。周囲(スクール生以外の子の空間)の様子を見て、最近ちょっとそんなことを感じます。

- 普段の生活では、授業時間や習い事が増え、少しずつ一緒にいる時間は少なくなっていきます。サッカーでも、自分で練習する時間が増えたり、親やコーチの前で練習する機会は少なくなっていきます。それは仕方ないことです。だからその分、こっちが色んなことを思い出し、見えない時の姿をイメージすることが必要ですね。「転んだ時はいつも泣いていた」とか、「ヘラヘラしてても実は傷ついてた」とか、「器用じゃないから周囲の子の何倍も努力してた」とか・・・。

コーチも、その時の現象しか見えず背景や経緯を摑めないと、現象の捉え方が浅く、子供を伸ばすことなどできません。子供のそばに普通にいること、これは大変なことなのかもしれません。(大変という表現は適当でないかもしれませんが。)でも、伸ばそうと思ってそばにいる以上、そういった背景や経緯を常に思い出す、イメージすることを忘れてはいけないと思います。そんなことも感じて、グランドに立ちたいと思います。

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通信No.41おまけ「過去最高・不思議」

■過去最高・・・
「絵に描いたような」理想のスクールだというイメージを持たれてもよくないので、4月の最終週に起こったことをここでお伝えします。
木曜日、U-12クラスの練習での出来事です。
ミニゲームをやっている時にゲームをやる回数を私が数え間違えることが2回ほどありました。
その後のことです。大ゲームの準備に入りました。さて、チーム分けです。
チーム分けはかなり重要です。計画した様々な裏テーマがあるからです。さらに当日の様子から調整が必要になるので、色々考えながらチームを決めていきます。この日もそうでした。
色々と考えながらチームを決めていると、ある子が、「オレ、黄色(チーム)がいい」と言いました。私にも考えがあるので「色々考えて決めてるんだから」と言うと、「どうせ考えてないんでしょ」という言葉が聞こえました。「考えてないから(試合の数などを)間違えるんでしょ」という声も聞こえ、(それは反論するところではないので)練習メニューを書いた用紙を見せました。しかし見せている時も(彼らのことを)「考えてないんでしょ」という言葉がいくつか聞こえました。
私は、子供たちが練習をやらない・できない・話を聞かない・コーチに文句を言う・・・くらいではそれほど怒ったりはしません。今まで何度かきつい言い方で叱ったり、注意をしたことがありますが、それは本当に必要だと思った時です。しかも“注意”や“叱る”です。
―が、この時は怒りました。
考えていないと思うなら、信じられないなら、ここには来なくていいと言いました。これは叱ったのではありません。子供たちにも言いましたが、注意したのでもなく「怒った」のです。
子供たちは軽い気持ちで言ったのかもしれませんが、「考えてないんでしょ」と言われ、「そうですよ」なんて言えません。大人げないようですが、気持ちを伝える必要がありました。
コーチを始めて10年経ちますが、こんな風に“怒った”のは実は初めてです。その後、少し話をしましたが、少しは気持ちをわかってくれたかな、と思います。
吸収後はすっきりしてほしいものです。解散時にはもう私に、可愛い可愛い“憎まれ口”をたたく子が何人も。(こんなところが子供らしくいいですね。)
子供の受け取れる大きさで受け取り、次に進む。この大きさが、心・体の成長とともに少しずつ大きくなるように、その手助けをコーチングを通じてしていきたいと思います。

■不っ思議!
さてその日、実はU-9クラスではこんなことが。
ゲームの時の休憩時間を利用して、子供たちに練習して欲しい「休憩メニュー」があります。
-が、「休憩メニュー終了後をどのように過ごすか」は、子供によって様々です。
「おしゃべり」でも「プレーを観る」でも、自由に過ごしてくれればと思っています。(危ない行動はもちろん×です!)
さてさて、そんな自由な時間、(休憩メニューを終えた後は)座っている子が多い中、ある子が、「休憩メニュー」中の“ステップ”を踏んでいます。ボールをマーカー代わりにして、「ザッザッ」と一人で繰り返しています。また、別の休憩時、今度は違う子が「休憩メニュー」中の“ボールタッチ”を繰り返しやっています。
この2人は、プレースタイルも性格もほとんど共通点はありません。(互いに良さを持っていますが。)
でも、休憩中のこんな様子を見て、「この2人を同じチームにしてみたらどんな風になるのかな」、「このチャンスは逃しちゃいかん」ということで、最後の大ゲームの時には同じチームにしました。すると、本当に面白いことが起きたんです。
“ボールタッチ”を頑張っていた子は、勝ちたい気持ちが強い子です。が、その子のチームはかなり失点しています。その子は失点する度に悔しそうな顔ですぐにキックインをしていました。が、失点が重なり、残り時間は短くなり・・・終了間際、ついにキックインの際に「もう俺いい(キックインやらない)」と言って、コートの外に出てしまいました。かなり気持ちを入れてプレーしていたので、年齢を考えればよくわかります。
そして始まったプレー。相手のゴール付近まで行ったものの相手チームの選手にボールを取られてしまいました。が、そこで登場したのが先ほど休憩中に“ステップ”を頑張っていた子です。鋭いステップで相手を追い込み、一度かわされても素早く反応し、ついに足を伸ばしてボールに触り、相手ゴールにそのボールが入りました。そこでタイムアップです。

実はその“ステップ”、U-9クラスの子には言っていませんでしたが、U-12クラスの子には、“ディフェンス時に使う”“ディフェンス時の反応が素早くなる”と紹介したこともあるステップなんです。もちろん、「それを練習したからそこでボールが取れた」などと単純には言えませんが、そのゲームを始める前、みんなを集めた時に、休憩メニューにきちんと取り組んでいた2人のことを紹介していたので、彼らがその日の練習を締めくくったのは正直驚きましたし、嬉しかったです。
そして、驚くことに、その後のU-12クラスでもこれと似たような現象が起きたんです。
今は、大ゲームの中では「広がってプレーする」ことを要求しています。これが意外に大変なんです。相手ボールの時にはボールに近寄っていて、自分のチームのボールになった瞬間に今度は「広がる」動きをしなければならないのです。
しかも、広がってもパスが来るとは限らず、パスがこなければ(ボールに触らなければ)周囲の子には認知されにくい動きなので、その動きを毎回続けることは精神的にも、肉体的にも大変なんです。
-が、それを、大ゲームの中で、自チームのボールになるたびにやっていた選手が2人ほどいたのです。あまりにも頑張っているので、チャンスがあればその2人のことをみんなに伝えたいな、と思っていました。でもその2人がよく動き、パスコースがたくさんあるので2人以外の子にパスが行くことが多く、「う~ん、どう伝えようかな」と思っていました。
わざとらしく褒めるのは嫌ですし、(他の子に)わかりにくい状況で伝えても(伝わらないと)もったいないので、どこかで、その2人の動きが効果的にはっきりとプレーに表れないかなと思っていました。
そして、U-9クラス同様、「このプレーで終了」という時に、バッチリとプレーに表れたのです。
さて、その2人のチームのボールになりました。パスが来るかはわかりませんが、それまで同様、2人のうちの一人が左サイドを駆け上がりました。そして、今度はそこにパスが来ました。パスを受けてシュート。得点です。しかしシュートが決まった直後に相手ゴールのそばにいたのは、2人のうちのもう一人、逆サイドで何度も広がる動きをしていた子です。パスは来ませんでしたが、やはり同じタイミングで広がり、駆け上がっていたのです。さらに、シュートが外れた時に備え、反応していたのです。
最初から最後まで、広がる基本を徹底できた2人の良さが表れた、いいプレーでした。
「もう終わり」という瞬間に成果を出す・・・それもU-9クラス、U-12クラス立て続けに・・・。
いやぁ、事件が起きたり、不思議なことが起きたり、実に忙しい1日でした。

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通信No.40おまけ「モチベーション」

■モチベーション・・・テンション・・・
スクールをより良くするために、私達は日々努力をしています・・・が、努力しただけではダメで、当然、結果を伴わないといけません。
私達にとっての結果とは、「子供の伸び」です。
そして、「子供の伸び」に何より大切なのが、子供がサッカーを楽しむこと、です。ただ、「楽しさ」は様々で、ある子と他の子ではその質が少し違ったり、年代によって全く質が異なったりします。その、それぞれの感じる楽しさをどこまで感じさせることができるか、これが一番重要なのです。
メニューを作るとき、私達は一人一人をイメージします。ずっとスクールにいる子、最近入ってきた子、ともに大切な子供たちです。どちらかにあわせ、どちらかを無視するような練習はしたくありませんし、そんなことがあってはなりません。だから、一人一人をイメージして、全員が伸びるような練習を考えるのです。そして、考えた後は、それをグランドの中で実践するのです。
考えることも難しいものですが実践することはもっと難しいものです。当然、一生懸命になります。すると“一生懸命さ”が皆さんに伝わることがあるのですが、これはもしかしたら良くないことなのかもしれません。どこかに一生懸命に動いている影で、気づかぬ別の場所があるはずだからです。悔しいですが事実です。例えば、一人の子の行動に注意(注目)している時(時期)に、他の子の行動を見失うなど。もちろんそうならないよう努力しているのですが、現実には起きてしまっているかもしれません。

子供のことで色々と保護者の方と話をする機会があります。ご相談頂いたり、気になる様子を教えて下さったりします。でも、その時に、皆さんは、子供の成長が思うように進んでいないことがあっても、それを私達のせいにはしません。子供のプレーが思うようにいっていない時でも、「コーチは一生懸命やっているのだから、コーチの責任ではない」と思ってしまうのかもしれません。
―が、ソラの中では、「それは全然違います」とここではっきり申し上げさせて頂きます。
「子供が伸びていなくてもコーチの責任ではない」と思われてしまうような甘い環境で、子供たちを伸ばせない自分達の実力に気づけないようだったら、私達は成長できません。それは、私の望むことではありません。子供にとって、私達にとって、子供を預けている皆さんにとっても、良くないことです。努力を、子供の成長につなげることができなければいけません。

グランドに立っていると、悔しい思いをたくさんします。子供に楽しさを伝えられない時がある、伸ばせない時がある、それを肌で感じるからです。子供も素直なのでそんな時は「楽しくない」と感じます。
実際に、少し気持ちが下がり気味の子がいたようです。これはその子の責任ではありません。
悔しいと思うと同時に、私は良かったと思っています。同じ時期、私もグランドで、「これじゃ、あいつらが楽しくないじゃないか」と思うことがあったからです。もちろんその時の状況でできる努力はしていましたが、それでは「届かない」ことを何度か感じたからです。子供のせいではありません。
子供とコーチと保護者の皆さんが同じように感じるということは、とても大切なことです。
悔しがるばかりでなく、同じ気持ちの子供たちが集まるこの場で、何とか子供たちも、自分達も、楽しめる状況を作っていきたいと思います。

こういったこともひっくるめて、私は今の状況を本当に幸せだと思っていますし、グランドで子供たちと会うことを本当に楽しんでいます。色んなことを体中で感じられる場にいられること、子供たち、皆さん、多くの仲間に囲まれていることを幸せに思っています。
この幸せが続くよう、即ち子供たちがグングンと伸びていけるよう、これからも皆さんには色んなことを話して頂ければと思います。
「一生懸命やっているのだから」ということで言いたいことを我慢したりするのはソラではナシです。「こんなこと言ったら責任感じるかな」なんていう心配も無用です―安心して下さい。そこいらのバネとは比較にならないくらいのバネにして“倍返し”で成長していきますので。何せ、“空へ”ですから。
すみません、ちょっと熱くなってしまいましたが、「見ていろ、この紙飛行機を。飛んでやる!」ということで。(簡単に破けないようにちょっと厚手の紙で折っちゃいますよ~。しかも、火の中でも燃えないように水分も含ませちゃったりして。クックック・・・って、これじゃ、飛ばないじゃないかー!)
倍返し成長、頑張ります!

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通信No.39:裏テーマ

今回は年度始めなので、ちょっとスクールの○秘部分を含んだおまけをご紹介します・・・
年度末、ちょっと早めの時期に修了証を渡したのは、(最終週の練習中止なども考えられるので)通信でご説明したように「どうしても年度内に渡したかったため」なのです・・・が、実はもう一つ目的があったのです。修了証のコメントを読んだ上で最後の練習に参加してほしかったのです。コメントには、コーチからみた、その子の特徴や課題も書いています。新年度が始まってからでも課題への取り組みを見ることはできますが、特に課題を伝えたような子の場合は、年度内に同じ環境下で、どんなプレーをするのかを見たかったのです。・・・こんな表面上には出てこない、裏テーマがあったのでした。
―さて、ある子のプレーを紹介しましょう。
その子はドリブルがとても上手になっているのですが、ドリブル中に相手の足や体が自分に強く当たると、急激にプレーが崩れてしまいます。もちろん、“頭に来る”のが当たり前ですから、年代や本人の気持ちを考えればさほど気にすることでもないのですが、うまくなっているところなので、自分の上達を知るためにも、友達に「コイツうまくなった」と知ってもらうためにも、もうちょっと踏ん張れればと思っていました。そこで、修了証には、“一生懸命にはなるけれど小さいことは気にしないこと”、“相手の足が当たるぐらいは乗り越えてうまくなること”を、課題・目標として書きました。
さてさて、最終週のその子のプレーです。
ドリブルをしていると、ある子が体を当てディフェンスに来ました・・・→転びました。それまでの彼なら間違いなく立ち上がれないか、立ち上がったとしてもプレーが乱れ、やる気が空回り状態になるくらいの、相手選手の強い当たりです。ちなみに先週は同程度の当たりで、その後はプレーが乱れてしまいました。しかし、最終週のその時は、私が様子を見ようとそばに近寄ると“立ち上がった”んです!この変化はすごいことなんです。さらに、「大丈夫か?」と聞くと、ニコニコしながら「大丈夫!」と答え、男らしく(・・・・)「でも痛い」と付け加えました。(正直で男らしいでしょ?)確かに「痛そう」でしたからね。なんか、“素直さ”と“彼らしさ”と“成長”を感じられる答えでした。このぐらい乗り越えられる力があることを体も頭も覚えたかなと、ちょっと嬉しくなりました。そして、すぐに復帰。
その直後、同じ選手がまたボールを奪いに来ましたが、今度は奪いに来た相手選手の力(=体の押し)を利用して、とても自然にターンを決めました。“ニコニコだけど頑張ってるよ”モードの下、変に力みすぎず、テクニックが十分に発揮されていました。(“また来たな(怒)、うぉりゃーっ”という感じで体を当てにいくプレーでは、きっとこの時はバランスを崩していたでしょう。)
よくぞ乗り越えた ― こういったことが自信につながれば、より自然にテクニックを発揮できるようになります。そしてさらに自信が深まり、乗り越えられる範囲も広がり、プレーもより良くなります。
あとはこれを長続きできるよう、“ちょっと思い出させ・思い出させ”でいくだけです。もちろんまた以前の状態に戻ることもあるかもしれませんが、今の段階で、このレベルのことは乗り越える力があることを確認できたのは、その子にとってもコーチにとっても収穫です。“裏テーマ”バンザイです。
さらにこの次の練習、ゲームでも、その子は友達との体の接触を乗り越えてプレーしていました。「すごい!」と感心して見ていました。順調、順調…というところでその子を泣かしたヤツがいるんです!
あぁ、せっかくここまで前向きに頑張ってきたのにぃ。許せないでしょう、このタイミングで、ですよ!
何というヤツでしょう。
・・・・・・こんにちは。許されないコーチの山口です。はい、私がその子のモモにボールを思いきりぶつけてしまいました。(パスをしようとしてミスキックを・・・。)でも、考えようによっては、一つの試練を乗り越えたのでまた新たな試練を与えたというコーチの愛・・・じゃないですね。すみません。
(でもこんな風に皆さんにお話できるのも、スクール後にその子がニコニコしながら私に話しかけて来てくれたからです。子供のこの切り替えの早さ、スッキリさ、大好きです。ありがとう!)
さて・・・実はスクールには様々なことにおいて、こんな“裏テーマ”があるのです。それも一つや二つではありません。スクール、クラス、グループ、ペア、個人に対して。そしてそれらを複雑に絡ませています。なので、一見うまくいっていない時でも「全然OK」のことも、逆に一見「OK」でもソラ的に「×」のこともあり、「何でそこで厳しいの?」や「何でそこで優しいの?」なんてこともある“???”なスクールなのですが...。今年度も裏テーマ二重三重は当たり前のウラウラ攻撃でいきますよ~。

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通信No.37おまけ「存在」

■存在・・・
スクールも3月に入り、いよいよ今年度の練習も残すところわずかとなりました。
3月、4月は色々と皆さんスケジュールが変わることも多く、子供たちの中にはやむを得ずスクールを辞めなくてはならない子が出てくることもあります。

・・・さてさてそんな時期ですが、2月の最終週、U-9クラスの練習時、こんなことがありました。
練習開始時、子供たちを集めると、ある子が、「3月からスクールに来ない」「辞める」と言うのです。本当だとしたらもう来週からスクールに来ないことになります。その時点では、まだはっきりとしたことを私は確認していなかったため、特にその場で確認をするようなことはしませんでした。
そして練習終了後、その子のお母さんと話をしていると、「辞める」と言った子とは学年の違う子(年下の子)がずっとそばに立っています。当然、「辞める」と言った子も、お母さんと私のそばにいたのですが、話が一息ついた時に、その、そばに立っていた子は「○○(辞めると言った子の名前)、バイバイ」とだけ言って帰っていきました。
その子に、「バイバイ」を言いたくて待っていたのです。
本当はもっと色んな話をしたかったのかもしれませんが、状況的に、それが精一杯だったのでしょう。
彼にとってはあまりにも突然のことで、「もう会えない」なんて嫌だったのでしょう。でももう会えないから、最後に何かを言いたかったのです。
その子はその後、車に乗りましたが、車の中で泣いていたそうです。
「辞める」と言った子とは学校も違うし、学年も違うし、スクールでしか接点がないと思うのですが、とても大切な存在だったのですね。

・・・・・・・私は10年位前からコーチを始めました。その時は、“サッカー”が好きで、サッカーのコーチになろうと思いました。ですから、当時の私の目標は、(もちろん難しいことだとはわかっていましたが)コーチとして、できる限りサッカー界的に高いレベルで指導をしたいということでした。例えばプロチームのコーチなど。そこで、まずはスタート地点として、子供の指導からスタートをしようと思ったのでした。
コーチの経験なんて全くありませんでしたから、まずは子供にサッカーを教えるために、子供を理解しようと、子供のことをたくさん勉強しました。そして、子供のことをたくさん考えながら、真剣に指導をしていました。
そう、最初は“サッカーが好きだから、少年サッカーのコーチになった”のです。
子供のことは嫌いではありませんでしたし、むしろ好きでしたが、どちらかと言えば、“サッカー”の方が好きだったんです。(すみません。)
・・・・・・ですが、より良い指導をしようと、子供のことを考える時間が多くなり、さらに「もっと良い指導をしたい」という思いも強くなると・・・・・いつの間にかサッカーよりも“子供”がメインになってしまっていました。(決して“良い人です”などと言いたいのではありません。前述のようにスタートは“サッカー”メインですからね。)まさに“行動は動機を強化する”ですね。
彼らのことを考えれば考えるほど、ずっとつきあっていきたいと思うようにもなりました。当然、彼らが成長した後のことも考えるようになります。これは自然な流れです。
また、子供たちのことを勉強し、彼らの置かれている環境のことを知ったりすると、思っていた以上に彼らのいる社会は深いのだということに気づきました。
そして今―私がコーチをしている今、この時代、子供が被害者だけでなく、加害者になる事件が多くおきています。
そんな事件は起きて欲しくない、そう思うのは皆さんと同じです。
もちろん他の子も大切ですが、自分が一緒にサッカーをした子がそんな事件を起こしたり、事件に巻き込まれたりするのは絶対嫌ですし、彼らが生きて行く社会がそんなものであって欲しくない、いつの間にかそんなことを考えながら指導をするようになっていました。もちろん他にも色々なことを考えながらグラウンドに立っていますが、これは、今、子供と接する、そして卒業した後も子供たちと接したいと思っている私にとっては大切なことなのです。
―今、スクールの中で、子供と接する中で、自分に何ができるのか。
そして出した結論が、彼らに「一人一人の存在をしっかりと伝える」ということでした。
それも、ものすごい可能性を持った存在であるということを。

自分も、友達も、そういう可能性を持った存在なんだということを、互いに認識すること、知っていくこと、感じていくことーそれが、今起きているような事件を防ぐことにつながるのではないかと考えました。
(子供たちに可能性を伝えたいー色々な理由からそう思っていますが、今言ったようなことも、理由の一つです。他の理由とは違う、こういった理由から出発した時の「可能性を伝える」は、単に理想ではなく、子供を育てていく大人、彼らと接していく大人の義務なのではないかとも、私は思っています。)
そして、その一人一人の可能性をしっかりと、自他共に認識するためにも、“確かな”技術的な成長を絶対に達成し、本物の達成感を得られるような空間に、それも本人だけでなく周囲の人間もそれを感じられる空間にしようと、日々グラウンドでもがいてきました。しかも、それをより強いものとするため、一人一人バラバラの関係で達成するのではなく、互いに関係し、影響を与え合う中で達成したいと思ってやってきました。
外見は立派で整っているけれども、確かな成長のないような、空論で終わるような、逃げ道だらけのスクールなんかにはしたくありませんでした。(これは、せっかく来てくださっている皆さんを裏切りたくないという、当たり前の気持ちでもありますが。)

「一つ」、「ある」という意味を持つアルファベット“a”という文字をスクール名に使った「スクールa(エー)」(ソラの前身)という名が好きだったのも、新しいスクール名を「ソラ」(“素”の“良”さ)としたのも、そんな思いからです。
もちろん他にも子供たちに伝えたいことはたくさんありますし、こんな風に私が思っているのもあくまでも“私的”な心の部分ですので、それによって子供たちの技術的な伸びが偏るようなことのないようには注意していますし、プレーヤーとしての成長が偏ることのないようにも、かなり考えてトレーニングは計画をたてています。皆さんや子供たちに迷惑をかけることのないようには、細心の注意を払っています。(単純なメニューが多いですが、一つ一つにしっかりと「その時に」「その環境で」「その子たちが」やる意味のあるもので、練習は構成しています。

こんな気持ちでグラウンドに立っていましたから、今回の、「一人の子が辞める」ことに対して、「ある子が泣いた」ということは、「辞める子」がその存在を日頃から友達に伝えていたということで、「泣いた子」も他の子の存在を充分に認識していたということで、私はとても嬉しかったです。
もちろん、“スクールにいたから”そういう子に育ったということはないと思っています。これまで育ててこられた保護者の方、周囲にいた方々のおかげであることはいうまでもありません。
また、実際には、その「泣いた子」以外にも、その子が辞めるということについてとても残念がっていた子供や保護者の方もいました。あの場ではっきりと「辞める」ということを示していたら、もっと影響があったのではないかと思います。
そんな子、保護者の方々がスクールに来てくれて、いてくれて、私は本当に幸せだと思っています。
ちなみにこの子はスクールを継続できることになりました!本当に良かったです。
きっと一人一人が、互いにそんな存在になっているのだと思います。
まだ存在の示し方や、存在の受け入れ方は、子供特有の範囲、子供が自然に作る深さであるとは思いますが、こうした経験、等身大での大切な経験を積み重ねていくことが、彼らの今後の人生に役立つこと、大きな力になることを私は信じています。
頑張れ、子供たち。
年度末にまた、皆さん、子供たちに会えたことを嬉しく思うことができ、感謝しています。
ありがとうございました。
幸せをもらってばかりですみません。
4月以降、新年度が始まりますが、これからも頑張り続けます。
よろしくお願いいたします。

本当は、あまりここに登場してこないU-6クラスなどでも、いくつかご紹介したいことがあったのですが、今回は年度末ということで、スクールの中で大きな意味を持つ「存在」についてお話させて頂きました。

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通信No.37おまけ「ダセー(続編)」

■「ダセー!」・・・ほんのちょっと続編(U-9クラス)
通信No.35で、「ダセー!」と言った子を「いつでも、誰に対してでも、同じ態度」で「かなり信頼できる子」だと言いましたが....やっぱりそうでした。
通信No.35を出した後、まだ日があまりたっていないU-9クラスの練習時、あるメニューの時に、3年生で“できることをしていない子”がいました。しばらく見ていましたが、ポイントを伝えても変わらず...。一応他の子にも当てはまることなので、一度練習を止め、伝えるべきことを伝えました。(場合によっては)あまり良くないやり方ですが、みんなの前でその子がどれくらい技量があるかを見せるような形で。私はその子にパスを強く蹴りました。
一度目、強いですが、挑戦モードの彼なら止めることはできなくても足に当てることはできるパスです。でもそれまでと同じ雰囲気で受け止めようとした彼は、やはりしっかり足に当てられませんでした。
二度目、同じ強さのパスをすると、今度は止めることはできませんでしたが、きちんと足に当てることはできました。その後で「できることはやれ」と言いましたが、実はその前の一度目の失敗の直後、私は彼に「3年にもなってこんなの止められないんじゃダメだ」ときつい言葉をみんなの前で言いました。
図的には「山口が激しく子供に注意している図」です。こんな雰囲気の中に入ってきたヤツがいます・・・・そう、この前「ダセー」発言をした子です。私が3年生の子に「ダメだ」と言った後、(3年生の子は気まずそうにボールを拾いに行きました。ポカンとなっている子もいます。)そんな時にヤツは「ドンマイ!」とでかい声をその子にかけました。コーチが怒ってるようにも見える中、友達のために声をあげることができる子、本当に頼もしい子です。二度目のパスをその子が止めることができたのは、もちろん一度目より注意していたこともありますが、「ドンマイ」の声も影響していると私は思います。
「ヤベー」「また失敗したら・・・」という気持ちでいる時に「ドンマイ」が来ましたからね。
私としては、一度目で目を覚まさせ、二度目でどうなるか、それを見て言葉をかけて、気づかせて、良い方向に持っていこうと思っていましたが、「ドンマイ」の方がはるかに効果的に、子供たちに合った形で彼を、全体を、良い方向に持っていってしまいました。「くそぉ~、俺の役目を~!」なーんちゃって、こういう、友達の気持ちを感じて言葉が出てきたことが、とても嬉しかったです。
場合によっては「ドンマイ」と声を出した子も「何がドンマイだ!」と注意されちゃう状況ですからね。そういう時でも友達を守れるこの子は、やはり信頼できます。
―とまたこの後に続きがありして・・この信頼できる子(「ダセー」と言った子)をA君としましょう。
その後、ゲームのチーム(メンバー)を変えようとした時、私がA君のチームを告げると「えー、A君、威張るからな~」と言った子がいました。(この「威張るからな~」と言った子をB君としましょう。)
これは“誤解”です。威張ってるんじゃないということは軽く言葉でB君に言いましたが、「ゲーム中にA君の優しさをB君に伝えてやる」と思い、ゲームを開始。さて、ゲームを始め、ボールが外に出ました。A君のチームのキックでスタートです。(“キック・イン”と言ってます。)するとA君が、さっき「A君は威張るからな~」と言っていたB君にパス。残念ながら届きませんでしたが、決して威張る子でも我がままな子でもないことを伝えようと、私はB君に「今のは、A君はお前にパスしたんだぞ」と言いました。するとB君は「(A君とは)違うチームだよ」と・・・。『え~、違うチームなの?熱くなって間違えちゃった~、恥ずかしい』と思いながらも平静を装い、「おぉ、そうか」と答えた山口でした。これはとんだ“勘違い”・・・。でもこんな勘違いをしてしまったのにも訳があるんですよ。
実は、その前、A君のチームのキック・インの時、A君がボールを蹴ろうとすると「俺、蹴りたい」と他の子が言った時がありました。その時はA君はその子に譲らなかったのですが(譲れない場面は絶対にあります)、ドリブルでスタートすることも多いA君が、「俺、蹴りたい」と言った、遠くにいるチームメイトにパスをしたのです。
おそらく、順番を譲れなかったことを気にしてのプレーでしょう。距離もあるし、相手チームの選手もいるので、そこを通すのは難しいパスでしたが、彼はそんなパスを狙ったのでした。
こういう、友達の気持ちを充分に感じられる子なのです。こんなプレーがあったので、私が“勘違い”してしまったのもわかってもらえま・・・・せんね、はい。(ついでに言うと、その勘違いの直後、『だったら何で“A君は威張るからな~”なんて言ったのさ、紛らわしい』と逆恨みもしたのでありました。すみません。)その日の練習後、A君のことをみんなに話しましたー“強いこと”と“優しいこと”を。
子供たちの“誤解”は解けるとなんかすがすがしかったり、晴れやかになるのに、コーチの“勘違い”はただただ恥ずかしさが残りますね。ビブスをつけないことのメリットは子供たちが充分に受けているのに(詳しくは通信No.25にて紹介)、ビブスをつけないことのデメリットを私が受けてしまいました。うぬぬ~。まぁいつも楽しいゲームを観れるので良しとしますか。

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通信No.36おまけ「2人の関係(続編)」

■2人の関係・・・続編(U-9クラス)
前通信で紹介した「追いかけ・追いかけられ」2人組の続編です。実はちょっとした続きがあるのです。通信No.35で、お互いの気持ちを理解し、気持ちの面でもプレー面でもお互いに良い影響を与えあった様子はお伝えしましたが、あの、ちょっとした友情プレーがあった翌週、「追いかけた」側の子(友達に何とかシュートを決めさせようと努力していた子)がスクールをお休みしたのです。
友達が休むことを伝えると、「追いかけられた」側の子は残念そうにしていました。
そしてその翌週(休みから友達が復活)、ゲームの時にチーム分けをしようと子供たちを集め、チームにする子供の名前を「××君(実際には呼び捨てです)と○○君と...」と言っていると...
“追いかけられていた”子が、さり気なく、そろりそろりと(実際には小鳥のようにちょっとずつ跳ねながら)○○君(追いかけていた子)の方に近寄って行くではありませんか。そばにいれば同じチームになれると思ったようです。ピョンピョン近づいて行きます。思わず笑っちゃいました、可愛すぎて。今回は“偶然”同じチームになれたようで、その2人はとても喜んでいました。これからも、気持ちを伝え合う経験、失敗やら成功やらをたくさんして、多くの楽しい仲間を作って欲しいものです。

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