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見ること

ふと、高校の頃の担任の先生の話を思い出しました。授業中の雑談。
小さい頃から、新聞の株の欄とかをよく見ていた子の話でした。その子が大きくなり、就職する時に、そういう知識を生かせる会社の面接に行ったそうですが、とにかく知識がすごかったようで、面接の担当の人よりもすごいので、さらに上の人が面接することに。それでも足りず、重役が出てきて、それでも、とんでもなく知識がすごく、驚かれて・・・という話だったと思います。
数字を見る、これを繰り返していて、色んな変動やらを捉える力がすごくついたのだろうなとか、一つのことを続けることって、やっぱりすごいなとか、そんな話を先生はしたと思いますが・・・ふと思い出しました。
子供同士で、遊ぶ時でも勉強の時でも、もっと相手の表情を見る機会を作った方が絶対にいいと思っています。小さな頃はなおさら。伝える「スキル」を学ぶとか、知識を身につけるとか、そんなことの前に。それが根本だと私は思います。
子供のケンカは、だまって相手を見ていることもあります。にらみあっていることも、なんで? と思って相手を見ていることも。その時、心が動いていることもあれば、動いていないこともあります。心が動いていなければもったいないとも思いますが、そういう時でも目は動いています。だから、なるほど、きっといいんだ。見ないより、ずっといい。もちろん、心が動いて、その結果、見ることができないのは、見て、捉えたということでもあるので、単純に「見ない」とは捉えません。
「見る」、これは基本ですね。
さっきの子供の話ではありませんが、「見る」をずっとして覚えられること、蓄積していくことの大きさと、「見る」機会を減らしていってしまう環境、時の流れを考えると、ちょっと立ち止まって考える大切さをより感じます。
子供は、止まっているような時間でも、何かを見て、学ぶんですよね。
・・・と、雑談を思い出したわけですが、雑談も、ちょっと立ち止まるということですよね。それにより、その後がより豊かになる。さすが、先生。身になる雑談を、どうも。
あ、一応…
子供たちに、試合を見て学べと言いたいのでは全くありません。見る時間一時間より、5分遊べと思います。見るのも勉強…よく聞く言葉ですが、子供のサッカーにはそのまま当てはめないことをおすすめします。
ところで・・・
まったく話が変わりますが、この前、オリンピックの試合を見ていて、やっぱり再確認できたことがあります。
以前、話したことがある人に説明すれば、「ねっ」と話せます。映像見て、「ほらっ」って。
偶然とか偏った考えとかじゃなくて、実際にこんなに見ることができるでしょう? って。
だから、今、どんなことをすべきなのか、吸収すべきなのか。
スクールでのコーチングや練習には、ちゃんと生かしていきますからね。

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