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こうしてコーチに・・・11

そんな中学生時代、私は威張っていたわけではありませんが、よく怒っていました。
顧問の先生が練習に出てこないので、ちゃんとやるヤツはやりますが、そうじゃないヤツはそうじゃないのです。
ただただ一生懸命にサッカーをやりたくて、何度「ちゃんとやれよ」と怒ったかわかりません。
プレーをうまくやるという意味での「ちゃんとやれよ」ではなく、「ふざけないでやれよ」という意味での「ちゃんとやれよ」です。(→部活以外の時間で、友達と集まってサッカーをする時でも、みんなのサッカーへの意識が下がり始めたり、疲れたりして、雑談場になってくると、「俺、帰る」と言って帰って一人でボール蹴ってましたからね。)
もちろん、ちゃんとやる仲間もいましたが、そうでない部員が多かったですね。いつもふざけているわけではありませんが・・・。
ある時、私、退部届を出したことありますからね。
もう、頭に来すぎて。
大会に負けた後で、みんな、「これからは絶対にふざけないで、ちゃんとやろうぜ」と言っていたのに、3日ももたなかったのです。
その大会直後の練習で、一生懸命にやっている子が、ふざけてハンドした子に対して、「何アイツ!」と怒った時、周りにいた何人かの子が、その「何アイツ!」と言った子(一生懸命にやっていた子)に対して、逆に「そんなに怒ることねえじゃんかよ!!」と文句気味に言ったんです。
もう・・・次の瞬間、私は怒り爆発です。
だって、絶対にふざけてやったハンドなんですもん。そして、そのふざけた子に対して「何アイツ!」と文句を言った子は、そんなにサッカーは上手じゃないけれど、いつも一生懸命に練習をしていた子だったんです。
ただ、立場的にみんなに「そんなに怒るなよ」と言われてしまった感じで。
少し前に「もうふざけない」と真面目な顔で反省し、そういうことをこれまで繰り返し、「今度こそはふざけない」と言っていたヤツらの、この、おふざけを擁護する雰囲気に、頭に気すぎて、一気にダーッと怒鳴りました。
そして、腹が立ちすぎ、「こんなヤツラといられるか」と、勝手に家に帰りました。
当時は部活を途中で帰るなんて「なし」の時代(学校の雰囲気?)で、しかも、部活が終わったら先生を呼びに行くのは自分の役目だったので、勝手に帰ったら大変だとも思ったのですが、もう頭に来すぎて。
さっさと着替えて帰りました。もちろん、自主練をするためにですけど。着替える時に、後輩の一人が「本当に帰っちゃんですか・・・?」と聞いてきました。

いくら言っても周りがちゃんとやらない時、私はみんなから離れ、後輩と勝手に練習をすることもあったので、後輩とは仲が良かったんですよね。ちなみに、その時に「本当に・・・」と声をかけてきた後輩とは、今もたまに一緒にサッカーをしています。
校門へ向かう途中、遠くで「怒っちゃったじゃんかよ」とか「謝れよ」とか言っているのが聞こえ、「じゃーなー」とも言われましたが、無視。怒り心頭です。
そして・・・そんなことがあった数日後、今度はプロチームの大会を観に行くのを楽しみにしていると、急に先生が、「あ、その日、練習試合だから」と。
そんな話は聞いていない・・・もう今度の日曜日です。とっくにチケット買って、ずーっと楽しみにしていたのに、練習試合? 
今まで、「試合をやりたい」と言っても全然練習試合なんて組んでくれなかったのに? 
今まで、練習の時に、いくら注意してもダメで、自分の力だけでは足りないから練習を見てくれと言っても見に来てくれず、やっと出て来たと思ったら野球部の練習をずっと見てたのに? 
もう、先生にも部員にも我慢の限界に来ていた私は、「こんな時だけ何を勝手に」と腹が立ち、退部することにしたのです。それまで我慢していたものが、これをきっかけに一気に噴き出た感じです。
そして、何人か、仲の良かったヤツに、「俺、辞めるから」と言うと、「じゃあ俺もやめる」というヤツが何人か出て、結局、4、5人の連名で退部届を書くことに。
退部届には、「色々と自分でも努力したけれどもダメ」で、「それでも、今の部にはきちんと指導してくれる人もいない」「だったら自分たちだけでやっていく」というようなことも書きました。
ちなみに一緒にやめると言ったのは、一生懸命にやっていた、小学校からの仲間の数人でした。
すると、先生が私たちを集め、話しました。
まず、「今回の練習試合は、相手から頼まれたもので、断ったら格好悪いだろう」ということ、それから、「これからは見れる時にはちゃんと練習を見る」ということ、そして、「今度の試合には、つい前に引っ越した○○も来る。○○の最後の試合なんだぞ」ということ。
○○のことは別に好きではなかったのですが、でも「最後の試合を楽しみにしている」というようなことを言われ、また、「ちゃんと練習を見る」と大人が約束をしてくれ、それでもそこで突っ張って辞めようとは思えませんでした。
そして、練習試合の当日 - 来ない○○・・・。
先生曰く、「○○は試験に行っていて、休みだそうだ」。
そんなのおかしいだろう・・・二人ともふざけんな・・・
ちなみにこれが、私が覚えている練習試合二回のうちの一回です。忘れられるわけがないか・・・。
さて、その○○の最後だと言った練習試合についてはこんな感じで。
ですが、その後の部活にはちゃんと先生も出てくるようになりました!  
グローブとボールを持ってね。
あ、読み間違いじゃありませんよ。手に持っているのは「グローブ」と「野球のボール」です。
ちなみに私はサッカー部で、彼はサッカー部の顧問です。
顧問の先生は、たまにグランドに出てくるようになりましたが、よく、一人で空にボールを投げ上げ、落ちて来たボールを自分でキャッチするということを繰り返していました。
あ、話はちょっとそれますが、ある時、大会でもらった個人的な賞状を、私が自分で持って帰ろうとしたら、「学校の朝礼で渡すから」と言って先生が持ち帰りました。別にそんなのいいから持って帰りたかったのに。
でも、それならそれで、「ちょっとカッコいいし、ま、いいか」と思い、翌日の朝礼で「まだかな」と待っていると、渡されず、朝礼終了。
「まあいいや、それより早くもらおう」と先生のところに行くと、「ごめん、あれさ、なくしちゃった」と笑いながら言われました。
なくなったのは紙一枚で、別に中身がなくなったわけではありません。ですが、どんな気持ちで部活をやって、どれだけ怒りをこらえてきたのかわかっているのだろうかと。(→実際に、怒ることもよくありましたけどね。)
二回、裏切られたというように感じたことを覚えています。
「こうしてコーチに⑩」で書いたように、先生にも色々あり、大変なのだろうと思います。部活に集中できな状況もあると思います。
決して裏切ったのではないのでしょう。
私も大人になり、大人の大変さも、組織の中で自分として生きる大変さもわかります。
一面で人を判断してもいけないと思っています。
でも、ソラを出た子供たちには、こういう思いはさせたくないと思います。
また、こういう思いをする子がいるなら、応援してあげたいと思っています。
U-15クラスは、普通に考えれば、対象を一般の子まで広げた方がいいのだと思います。でも、当時、このクラスの必要性があったのは、卒業した2人のみでした。他の子が来たら、その分、目的も変化させなくてはなりません。ですから、対象を卒業生のみにしてスタートしたのです。
また、U-15クラスを行えば、他の部分での様々な負担を覚悟しなければならないことをわかっていました。それらのことはここでは書かないでおきますが、彼らが大人になり、とても困って何か相談にでも来たら、当時のことを話してあげようと思います。
こんな風にU-15クラスを真剣に考えることができたのは、私が中学生の頃にこんなことがあったからかもしれません。
転んでもただで起きてなるものか。

・・・もう一度書いておきますが、先生は大変な職業です。それは十分にわかっているつもりです。
そして、私が、少なくとも部活の中で見ていた先生像だけでは、大人になってからも先生側の事など考えはしなかったと思うのですが、こうして、多少なりとも冷静に先生側の事情にも考えを持って行くことができるようになったのは、良き先生に出会うことができたからだと思います。
小学、中学、高校と、それぞれの場で、良き先生に出会えたことはとてもありがたいことだったと思います。

=サッカースクール ソラ=
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