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なんでもかんでも

コミュニケーション能力?  コーディネーション能力? 

・・・なんでも「○○能力」みたいに整理・分析されるとちょっと違和感があるのは私だけでしょうか。まぁ、私も人に話す時には、わかりやすくするためにそれらの言葉を使うこともありますので、整理・分析されること自体は別に良いことかとも思いますが、それをまた必要以上に整理・分析して取り上げているように思います。そして、それらを「スキル」として学ぶ。「スキル」を身につけるのが目的になってしまっていることもあったりして。

コーディネーション能力は、よく言われている通り、鬼ごっこなどの昔の遊びに多く含まれていたことで、昔の遊びをしなくなった、できなくなったから、わざわざトレーニングとして取り入れている部分も多いと思います。

コミュニケーション能力だって、いくら「スキル」を身につけたところで、「伝えたい」「受け取りたい」という思いがなければまったく意味がないと思いますが・・・。今はその「伝えたい」という思い、「受け取りたい」という思いを持てるような、人との間の、当たり前の関係を経験させる方が先だと私は思います。話すと長くなるので少ししかお話ししませんが、伝え手、受け手、ともに、そういう思いを持つことからですよね。「こいつに伝えたいんだ」「この子の気持ちを知りたいんだ」って。そして、そのスタートは互いに関心を持つことでしょう。

その次に、伝えようとしている相手の目を見ること、表情を見ること。そして、伝える時の気持ち、伝わらなかった時の気持ち、受け取った時の気持ち、受け取れなかった時の気持ちを十分に経験することが大切だと思います。そうすれば、自然に身について行くものだと思います。(→→もちろん、その過程でアドバイスが必要なことはあるでしょうが。)

それなのに、これらの前に、「正解」となる(ような)スキルを教えてしまう。それでは人にものを本当に伝える力がどこまで育つでしょうか。また、受け取る側とすれば、「正解」となるパターン以外の伝え方では受け取れないというような、逆にコミュニケーションスキルが身に付きにくいようなことも起きると思うのですが。

伝え方は色々、受け取り方も色々。それを子供の時こそ、ケンカや言い合いを通じて、互いの関係の中で経験していく方が大切だと思います。これだって、情報手段が今ほど発達していなかった昔は当たり前のことでした。また、人と人がつながりあっている社会では、当たり前の経験でした。そこを大事にしていくことが大切だと思うのですが・・・これも、キレイに分類、整理されていたりして・・・。

「能力」? 、特別なこと? ・・・そんな風に捉えるもの?  そんな風にお勉強していくもの?  

違うだろうよ、子供に子供でいさせればいいことだろうよと、思ったりしちゃうんですけどね・・・。

あ、年賀状、たくさんの子供から届きました。ありがとうございました。

「あけましておめでとう」や、「牛の絵(?!)」、ロボットの絵も(?)・・・かわいらしい字・絵がたくさんありました。すごく嬉しかったですよ~!  

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