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通信おまけ:夏空2007より②「涙・・・②」

続いてはU-12クラスの1コマです。
4人組でパスとコントロールの練習をしていると、ある子が涙を流しながらボールを蹴っているのです。話を聞くと、悔しいのだそうです。その子はまだ比較的経験の短い子。
この時の4人組は、経験年数などでグループを分けるようなことはしませんでしたから、(子供たちはサッカーの経験も様々なので)経験の長い子は上手にパスをできただろうし、まだ比較的経験の短い子は、長い子に比べ上手にできないこともあったと思います。
練習内容やその他の目的によっては、経験年数などでグループ分けをすることもありますが、この時は、どんなグループになっても、経験年数の長短に関わらず上手になれる練習でした。
上手にできているから「上手になる」とは言えませんし、失敗しているから「上手にならない」とも言えません。問題は「自分が上手になろうとしているかどうか」です。
実際、上手にできているように見えている子の中にも、その練習内で(その気持ちでは)上手にならないよ、という子もいました。そういった練習をしていた時の、この子の涙です。
経験の長い子は特に、こういう涙の意味をちゃんと覚えておいてほしいと思います。
この子がどれくらい練習を頑張っていたのか、ちゃんとわかってほしいと思います。
正確にできるかどうかよりも、「正確にやろうとしていたかどうか」を、ちゃんと見て、気づいてほしいと思います。・・・と、これが本題のようですが、実はこの涙には、私はもっと大きなものを感じたのでした。私はこの涙を見ることができて嬉しかったのです。
なぜか、それは、数ヶ月前のその子なら、決して流さない涙だったからです。
数ヶ月前・・・その頃は、子供たちが一番楽しみにしているミニゲームでも、その子は、完全にはゲームの雰囲気、周囲の子の気持ちに、入りきってはいませんでした。
一生懸命ボールを追う時もあるけれど、それよりも友達と走っていること、そこに一緒にいること、それだけで十分に楽しい。そういう感じでした。
ですから、チームが失点しても、友達が失敗して悔しがっていても、失点や失敗することがそこまで悔しいことだと思っていないので、その子はニコニコしていました。
サッカーのプレー上の悔しさや嬉しさなどに(まだ周囲の子ほど)心が行くのではなく、そのために、悔しくて興奮している友達にも、その時には受け取れないような話をしてしまうこともありました。サッカーを楽しいと思うところが、まだ周囲の子としっくりきていなかったのです。
しかし、決して、こういったことが悪いことなのではありません。
サッカーを始めたばかりの頃はこれでいいのです。新しい場に入ってきた時には、これでいいのです。子供として自然な姿です。100%これでいいのです。色んな子と接しながら、お互いに成長していくのです。
それに、この子はその頃も練習をとても一生懸命やっていました。ただ、その時点ではまだ、一生懸命やってうまくいく達成感や、一生懸命にやった時に失敗する悔しさなどを大きく感じ取る段階ではなかっただけのことです。ですから、それらの詰まったゲームの時間になると、先ほどあげたような、楽しさ、悔しさ、達成感、連帯感などの部分で、周囲の子との間に少しだけ開きがあることがあったのです。
私も現場でそれを感じることはありましたが、先ほどお話ししたように、それが自然な時期、段階もあるのです。そういった楽しさが必要な時もあるのです。その段階で、その上の段階の話や、まだ想像しにくい話をいくらしても、開きは埋まりません。しかし、だからといってそのままにして、子供同士がいつまでもお互いのことがわからない、気持ちが噛み合わないままで同じ空間にいても、それは本当に同じ空間にいることにはならないと私は思っています。
ですから、その子が頑張れば届くこと、頑張れば感じられることを何とか経験できるように、少しずつその上の段階、成長すれば感じられる段階にくっつけることができるようにと考えて、ゲームの時間は見ていました。
その子なりに一生懸命にやっているのです。一生懸命やっている子が、成長できなかったり、周囲とギャップがあるまま進んでいったり、頑張れば到達できる部分に到達しないまま時間が経っていくのはおかしいことです。周囲の、サッカー経験の長い子が到達している段階にその子がいつまでも到達できないとすれば、それは現場にいる私の責任です。(→→コーチとして悔しいのは、みんながそれぞれの段階や状況で頑張っているのに、気持ちやつながりの部分で、そこにいる子が離れてしまっているような時です。そんな時は、そこにいる全ての子にすまなく、悔しく、なんとかしたいと思っています。)
・・・そんなプレーをしていた時から数ヶ月たち、今回の涙。
今のゲームでのプレーを見ていてもわかりますが、ボールの追いかけ方、ボールを追う目の動きが全然違います。
プレーしている子が本当に悔しいと思うべき時に悔しいと思い、プレーしている子だけが嬉しさを感じられる時に、すごく嬉しそうな顔をしています。
彼の涙は、もうこの段階まで、彼が進んで来たことを示す涙なのでした。
だから、嬉しかったのです。

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