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2007年3月

通信54おまけ 「卒業」・「年度初めの頃」

■卒業・・・
いよいよ6年生は卒業ですね。保護者のみなさん、6年生まで(=こんなに生意気になるまで)子供たちの顔を見させて下さり、ありがとうございました。
改めて思うと・・・やっぱり子供たちに対して出てくる言葉は、「ありがとう」なんですよね。
来てくれて、いてくれて、本当に嬉しかったです。これは私だけでなく、佐藤も、子供たちも、きっと同じ思いでしょう。
今年の卒業生は、チームに入っていない子も多く、実に個性的な子ばかりでした。
「個性」「その子らしさ」、そういうものがちゃんとありました。そればかりでなく・・・。
きっと、彼らは放っておいても、「個性」「らしさ」を失うことはなかったでしょう。特に働きかけなくても、ほどよく練習し、ほどよく上手になり、ほどよく楽しみ、普通に卒業していったことでしょう。「チームに入っていないのだから、サッカーをあまり上手にならなくてもいいだろう」「この子の良さは優しいところなんだから、優しければ挑戦しなくてもいいだろう」「明るければ挑戦しなくてもいいだろう」「来てくれるだけでいいだろう」・・・そんな風に思っていたら、ほどよく毎回満足して、そこそこの楽しさを胸に、普通の顔で卒業していったことでしょう・・・が、すみません、当然そうはさせませんでした。
「個性」とか「らしさ」というものを、そのまま簡単に逃げ道には使いませんでした。
逃げ道というのは、コーチにとっての逃げ道、本人にとっての逃げ道のことです。
私達コーチが考える以上に可能性があるのに、それを気づかせられないのではいけません。まだまだ気づいていない「個性」「らしさ」があるかもしれないし、磨かなければならない「個性」「らしさ」があるかもしれません。自分だけでなく、友達にもそういうものがある、自分が(友達に)勝手に当てはめている「像」よりももっと違う「個性」「らしさ」があるかもしれません。
それを知らぬまま、知ろうとしないまま、「個性」とか「らしさ」っていう言葉を安易に使って逃げるようなことはしたくありませんでした。
もちろん、「いるだけでいい」時もあるでしょう。その子らしくしているだけでいい時もあると思います。でも、今は、その子らしさも十分に発達する時です。本人に負担になりすぎるのはよくありませんが、心と体の発達を見て、新しい可能性に気づかせることは大切だと思っています。その時に、個性の違う現れ方を知ったり、個性をより強くしたり、あるいは個性を磨いたり、なんてことが起きればと思って練習してきました。
「ここは乗り越えろ」ということや、「乗り越えるのを見ておけ」というような場面も多々ありました。ですから、いつも楽しかったわけではないと思います。苦しかったこともあったと思います。
それでも、毎回、来てくれ、成長した姿を見せてくれた6年生。本当に、「ありがとう」ですよね。
この仕事をして何年も経ちます。昔は、子供たちに、彼らの持っている可能性を伝えたい、そんな思いが一番でした。でも、時間が経ち、彼らの社会にいることで、今は「存在すること」の大切さを伝えたいという思いが一番になりました。自分の存在の大切さと自分の周囲の人(コートの中では友達)の存在の大切さを知ってほしいと思ってやってきました。もちろん、「可能性をもった存在」だということを知ってもらうために、練習の計画は細かく立てて、上達するにはどうすべきか、私なりに考えてやってきました。

「存在」をお互いが認識できる形にこだわってやってきたので、「自分だけで上手になってハッピー」というような練習はありませんでした。存在と存在の掛け合わせの中で、一人一人が上達するように考え、接してきました。一人だけで独立して存在できる空間ではなかったのです。
一人で練習している時でも、実はみんなで作っている空間だったのです。
これは、もしかしたら、子供たちにとって疲れること、大変なことだったかもしれません。
でも、同時にパワーをもらえること、前向きになれることだったのだとも、思っています。
大変だったかもしれませんが、しっかりとついてきて、自分以上の自分になるために「個性」「らしさ」を強く発揮し、時には「自分らしくない姿」で挑戦をし、存在し、大成長を見せた子供たち。存在を掛け合わせた子供たち。耐えるどころか、楽しみに変えちゃう力。やっぱりかないませんね。いやぁ、脱帽です。色んな意味で、ありがとう。これからもしっかり存在していってほしいです。

■年度始めの頃・・・・・・・さて、そんな卒業生を送りだすU-12クラス。
実は今年度が始まった頃にはこんなことがあったんです。
登場人物は、6年生の子(A君)と5年生の子(B君とC君)。(→→A君、B君、C君としましたが、この中の誰かが悪いとか、誰かが良いとか、そんなことは一切ありません。)
A君はチームに入っていない、ちょっとおとなしい子。B君、C君はチームに入っていますが、当時はそんなに目立つ子ではありませんでした。さて、そんな3人の話です。
休憩に入る時(子供たちがコートの出口に向かう時)、コート内で、B君とC君の2人が、A君にちょっかいを出していました。それがA君はイヤだったようです。遊んでいるようですが、表情は困っています。笑っていても、楽しくないのはわかります。そして、コートの外に出ました。
3人が気になり、コートの外での様子を見ていました。A君がネットに寄りかかってます。それに砂をかけるB君。笑いながらやっているので、遊んでいるようにも見えます。A君はイヤがってはいますが、明らかに怒ったりしているわけではなく、ちょっとの間、それが続きます。A君はそのまま、怒ることなく、そこから離れました。すると、今度はC君が、ネット越しから(なので当たることはありませんが)A君に向かってスネ当てを投げました。これも笑いながらなので、遊んでいるようにも見えます。A君も、ちょっと笑いながら困っている感じなので、はっきりと拒絶しているのかは、B君、C君にはわかりにくいかもしれません。でも、ことの流れを見ていた私には、その笑い顔から、本当はすごくイヤなんだということが、よくわかります。
その場では目立つような注意をせず、まずはA君に気持ちを聞きました。「イヤ」だったそうです。目を見て、すごく嫌だったんだなと改めて思いました。ただ、B君、C君が、A君を嫌いだからそういうことをしているのではないということも、(ずっと子供たちを見ているので)わかっていました。ですから、「嫌いだからそういうことをしているのではないと思う」という話をA君にしました。同時に、「本当にイヤなら、はっきりイヤと言っては」というような話もしました。
A君の気持ちを確認した後、B君、C君を呼び、A君がどう受け止めているかを話しました。2人はただ楽しいからやっていたのかもしれないけれども、誰かにイヤなことをされ、イヤだから違う場所に行ったら、違う人にまたイヤなことをされる。ささいなイタズラ、ちょっかいかもしれないけれど、そんなことを1人、2人と立て続けにされたらどんな気持ちになると思うか、相手の顔をよく見ろ、(どんな気持ちの表情かわかれ)というような話を2人にしました。

もちろん、2人の気持ちも確認しましたが、A君にイヤな思いをさせるためにそんなことをしてい
たわけではないので、相手がどう思っているのかを話した段階で2人はわかってくれたようでした。自分の気持ちの伝え方、相手の気持ちの受け取り方、非常に難しいものですが、ちゃんと伝え合うことができるように、お互いの誤解からつまらぬ方向に行かないように、そんなことを話したのでした。これは、3人に同時には話さず、A君にはA君への話、B君、C君には2人への話をそっとしたので、“コーチの目の前で「ごめんなさい」”というような終わり方はしていません。そのかわり、そういう場がない分、相手の気持ちをわかった今、どんな行動をとるのか、自分で考え、行動するのをちょっと見ていました。相手にイヤな思いをさせたのなら、「違うんだ」「ごめん」ということを伝えなくてはなりません。イヤな思いをした側も、今からどう相手に対応するのか。私は2人の顔を見てもう大丈夫だと思い、「こうしたら?」なんてことは一切言いませんでした。
みんなちょっと大変かもしれませんが、それだけのことをしたのですから、それぐらいは自分でしないと、イヤな思いをしただけ、させただけで、経験になりません。成長につながりません。
さぁ、どうする? 子供たち。
練習は2人組や3人組でやる練習もたくさんあります。次からの2人組、3人組の練習の時に、B君、C君がとった行動はいかにも子供らしいというか、素直と言うか、不器用というか・・・。
照れながら、さっとA君と組む、組もうとする。そして、一緒に組めた時に(ストレートには言えなくても)何とか気持ちを伝えようとしていたのでした。
さてさて、その後、どうなったのかと言うと・・・
今、私の手元には、U-12クラスのスクール風景を撮った写真があります。
その中にはA君のすぐそばにB君、C君がいる写真があります。そのクラスでは、子供たちが集まっているところを撮った写真はたったの3枚。でもその貴重な3枚の全て、A君のすぐ横にB君、すぐ後ろにC君がいます。これが彼らが出した「結果」なんですね。成長の姿。偶然とった3枚で。
私も、写真を撮っている時はそんなこと考えないで撮っていましたから。今回、この話を書いて、「そういえば、写真撮ったな。あいつら、どう写っている?」と見てみたら、こんなことになっていたんです。さすがですね、子供の力。まぁ、これまでに私は十分にグランドでこういう結果を見せつけられてきましたから、今更驚きませんが・・・って、やっぱり驚き!  (だって普通、偶然で本当にここまでなりますか?? ??)
>>>>>おまけのおまけで、3枚の写真を説明します>>>>>
2枚は前向きで写っています。いい笑顔です。そして、3枚目。これがなかなかです。1枚目、2枚目も良かったんですけど。3枚目は後ろから撮ったものです。佐藤コーチの話を聞いているところだと思います。A君の後ろにいるC君が、やっぱりA君にちょっかいを出しています。ボールを持って、A君の頭に後ろからちょこんとくっつけてます。もう、関わりたくて、関わりたくて、しょうがないんですね。A君もそれを余裕で受け入れてます。(→→コーチの話を普通に聞いています。)
お互いに信頼関係が、もう、あるんですよね。深い部分での気持ちが分かり合っている。その上での、この“ちょっかい出し”と“受け入れ”。いやぁ・・・。(→→言葉が出ませんね。)
ちなみにこのB君とC君。別の機会にA君を撮った時にも、ちゃっかり一緒に写っています。
C君なんて、私には見せないような、この上ないキラキラ笑顔で写っています。(→→コノヤロー・・・)
こんなこともあったU-12クラスだったんですよね。しかも、これはあくまで一例で、ここに登場しないみんな、同様の成長を見せてくれたのでした。だから、「みんな、ありがとう」なんです。

私は、「プレーし易い状況でのチャレンジ」の何倍も大きな努力だと思いました。しかし、周囲の子はまだそこまで感じられなかったようで、それがちょっと残念で悔しかったですね・・・。     ・・・・・・・・・と、ここまでの予定でしたが、今日(さっきのことがあった日の2日後)、すごいことがあったので続けます。その子がまた練習に来ました。とりあえず登場時はいつものように私にちょっかいを出し、練習中もいつもの感じです。
そして、さぁ、ゲームの時間。
現時点での、素の状態での彼を見るために、この前、最後に見せた成長が本物かどうかを見るために、私は2日前のことなんか覚えていないような顔で、いつものように、ゲーム開始。
開始して数分―嬉しかったですね。すぐに友達の名前を呼び、プレーに絡む。以前、声を出していた頃の何倍も大きな声でボールを呼ぶ。もう、嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
・・・コーチングの基本の一つに、「コーチは、全体を見れる所に立つ」というものがあります。(→→練習のセットや形態によっては、それが難しい場合もありますが、基本の一つです。)
が、そんな基本なんか無視してグランドに立たなければならない時もあります。見たいけれども見てはいけない、無関心を装って、背中を向けて、背中で感じ取らなければならないこともあります。ただただ心の中で応援することしかできない時もあります。
先ほどの、2日前の、厳しい働きかけをした時も、そうでした。こちらから働きかけた後は、(彼が成長しようと思えば乗り越えられるのであれば)ただ見守るしか、してはいけません。ついさっきまで厳しく働きかけ、本人が今、苦しみながら、それでも乗り越えようとしている時に、まだ乗り越えていない段階で、ちょっとつまずいたから優しくするなんてことをしたら、せっかく乗り越えられそうなのに、その力をつけられそうなのに、その邪魔をしてしまうことになります。彼の努力が無駄になってしまいます。もちろん、助けが必要な場合は助けますが、彼がより大きな成長をつかむために、本人の力、やろうとしていることを黙って見守らなければならない時があるのです。
(2日前は実はそんな感じだったので)その後の彼のプレーを見て、本当に嬉しかったんですよね。(→→成長したのは彼であって、私がこんなに嬉しがってもしょうがないんですけどね。)
4月、U-12クラスは「プレーに関わること」「自分が今の自分よりレベルアップすること」を目標にしています。努力すべき部分、挑戦すべき部分は一人一人違います。一人一人がそれを意識するように、また、みんなが他の子の挑戦、苦しさをわかる場に、気付ける場に、もっとしていきたいと思います。もちろん、他のクラスの子も。

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