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通信No.42おまけ「会話・見えなくなるもの」

■会話・・・
U-9クラス、ある二人の会話です。
私が練習のやり方を説明していると、ちょっと遠めに座っている子が、となりの友達に話しかけているのがわかりました。何を話しているのかと思い、さりげなく、説明をしながらその子達のそばに行きました。(→もちろん説明しながら彼らが何を話しているのか聞いていま~す。)
すると、「○○(友達の名前)、好きな人いる?」「お前は?」なんて話をしているのでした。
学校もチームも違うのに、こんな話をしているのが面白く、嬉しく、その場では聞かぬフリをしてあげました。もちろん、説明を終え、練習開始直後に「お前ら、話聞いてなかっただろう!」と言ってやりましたが。そんな話をしていた二人にはこれもご褒美みたいなもんです。
後で注意をするなら、先に注意しても良さそうですが、会話中に注意しちゃうのはあまりにももったいない会話でしたからね、あそこは放っておいてあげないと。ちょっとした親心です。
この二人は言い合いをすることも、ゲーム中ケンカっぽくなることもあるんですけどね。
高学年の子も、色々なチーム、学校から子供たちが通っていますが、(さすがに練習中はたまにしか話さないですが)練習前や練習後に、楽しそうに話をしています。
普段と違う環境での会話、なかなか見ていると面白いですよ。

■見えなくなるもの・・・
家に帰ると、玄関で子供のクツが飛び散らかっている,或いはランドセルが投げ捨てっぱなし・・・こんな光景、よくありますよね。
「だらしないなぁ」と思いつつも、小さい頃からの成長を見ている皆さんは「相当急いで家に入ったな」「トイレでもガマンしてたのかな」「きっと帰ってすぐにジュースでも飲んだな」「友達の家にすぐに遊びに行きたかったんだな」・・・というところまで、イメージできちゃうんでしょうね。
子供たちのプレーを見ていると、いつもと同じプレー、いつもと違うプレー、その子にとっては珍しいプレー、ずっと挑戦を続けているプレー・・・などなど様々なプレーを見せてくれます。
一見、普通のプレーでも、ずっと挑戦を続けていたことを知っていれば、すごいことだと思えますし、嬉しく感じます。ちょっと雑なプレーでも、それまでの経緯を見ていたら納得できることもあります。
子供のやっていることですから、日常生活もサッカーの練習も同じですね。
その現象が生まれる前の段階の行動を、一緒に見ていたり、知っていたらわかることがたくさんあるんですよね。でも、気がつくと一緒にいる時間が短くなったり、見ていない時間、知らない時間が多くなって、その現象の前の段階の状況をイメージできなくなったりして、それで、その現象に対する捉え方に差 - 過去と現在の捉え方の差,子供と自分の捉え方の差 ― が、生まれてしまい、成長に気づかなかったり、困っていることに気づかなかったり、一緒に喜べなかったり、悲しめなかったり・・・なんてことが、私達コーチや親御さんにも起きてくるのかもしれませんね。
日常の中での成長に、皆さんきっとたくさん気づいてあげられているのだと思いますが、私はサッカーコーチなので、サッカーのことで話をすると、子供たちを支えている人間が、そういう成長に気づくことは、ちょっと難しくなっているのかもしれませんね。今やサッカーは人気スポーツ。あらゆるところで「すごい少年」を見る機会が増えています。また、大会での戦績で評価を与えられることも増えています。周囲に見えるものが増えたことが原因で、見えなくなったものがあるのかもしれません。周囲(スクール生以外の子の空間)の様子を見て、最近ちょっとそんなことを感じます。

- 普段の生活では、授業時間や習い事が増え、少しずつ一緒にいる時間は少なくなっていきます。サッカーでも、自分で練習する時間が増えたり、親やコーチの前で練習する機会は少なくなっていきます。それは仕方ないことです。だからその分、こっちが色んなことを思い出し、見えない時の姿をイメージすることが必要ですね。「転んだ時はいつも泣いていた」とか、「ヘラヘラしてても実は傷ついてた」とか、「器用じゃないから周囲の子の何倍も努力してた」とか・・・。

コーチも、その時の現象しか見えず背景や経緯を摑めないと、現象の捉え方が浅く、子供を伸ばすことなどできません。子供のそばに普通にいること、これは大変なことなのかもしれません。(→大変という表現は適当でないかもしれませんが。)でも、伸ばそうと思ってそばにいる以上、そういった背景や経緯を常に思い出す、イメージすることを忘れてはいけないと思います。そんなことも感じて、グランドに立ちたいと思います。

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