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2006年3月

通信No.37おまけ「存在」

■存在・・・
スクールも3月に入り、いよいよ今年度の練習も残すところわずかとなりました。
3月、4月は色々と皆さんスケジュールが変わることも多く、子供たちの中にはやむを得ずスクールを辞めなくてはならない子が出てくることもあります。

・・・さてさてそんな時期ですが、2月の最終週、U-9クラスの練習時、こんなことがありました。
練習開始時、子供たちを集めると、ある子が、「3月からスクールに来ない」「辞める」と言うのです。本当だとしたらもう来週からスクールに来ないことになります。その時点では、まだはっきりとしたことを私は確認していなかったため、特にその場で確認をするようなことはしませんでした。
そして練習終了後、その子のお母さんと話をしていると、「辞める」と言った子とは学年の違う子(年下の子)がずっとそばに立っています。当然、「辞める」と言った子も、お母さんと私のそばにいたのですが、話が一息ついた時に、その、そばに立っていた子は「○○(辞めると言った子の名前)、バイバイ」とだけ言って帰っていきました。
その子に、「バイバイ」を言いたくて待っていたのです。
本当はもっと色んな話をしたかったのかもしれませんが、状況的に、それが精一杯だったのでしょう。
彼にとってはあまりにも突然のことで、「もう会えない」なんて嫌だったのでしょう。でももう会えないから、最後に何かを言いたかったのです。
その子はその後、車に乗りましたが、車の中で泣いていたそうです。
「辞める」と言った子とは学校も違うし、学年も違うし、スクールでしか接点がないと思うのですが、とても大切な存在だったのですね。

・・・・・・・私は10年位前からコーチを始めました。その時は、“サッカー”が好きで、サッカーのコーチになろうと思いました。ですから、当時の私の目標は、(もちろん難しいことだとはわかっていましたが)コーチとして、できる限りサッカー界的に高いレベルで指導をしたいということでした。例えばプロチームのコーチなど。そこで、まずはスタート地点として、子供の指導からスタートをしようと思ったのでした。
コーチの経験なんて全くありませんでしたから、まずは子供にサッカーを教えるために、子供を理解しようと、子供のことをたくさん勉強しました。そして、子供のことをたくさん考えながら、真剣に指導をしていました。
そう、最初は“サッカーが好きだから、少年サッカーのコーチになった”のです。
子供のことは嫌いではありませんでしたし、むしろ好きでしたが、どちらかと言えば、“サッカー”の方が好きだったんです。(→すみません。)
・・・・・・ですが、より良い指導をしようと、子供のことを考える時間が多くなり、さらに「もっと良い指導をしたい」という思いも強くなると・・・・・いつの間にかサッカーよりも“子供”がメインになってしまっていました。(→決して“良い人です”などと言いたいのではありません。前述のようにスタートは“サッカー”メインですからね。)まさに“行動は動機を強化する”ですね。
彼らのことを考えれば考えるほど、ずっとつきあっていきたいと思うようにもなりました。当然、彼らが成長した後のことも考えるようになります。これは自然な流れです。
また、子供たちのことを勉強し、彼らの置かれている環境のことを知ったりすると、思っていた以上に彼らのいる社会は深いのだということに気づきました。
そして今―私がコーチをしている今、この時代、子供が被害者だけでなく、加害者になる事件が多くおきています。
そんな事件は起きて欲しくない、そう思うのは皆さんと同じです。
もちろん他の子も大切ですが、自分が一緒にサッカーをした子がそんな事件を起こしたり、事件に巻き込まれたりするのは絶対嫌ですし、彼らが生きて行く社会がそんなものであって欲しくない、いつの間にかそんなことを考えながら指導をするようになっていました。もちろん他にも色々なことを考えながらグラウンドに立っていますが、これは、今、子供と接する、そして卒業した後も子供たちと接したいと思っている私にとっては大切なことなのです。
―今、スクールの中で、子供と接する中で、自分に何ができるのか。
そして出した結論が、彼らに「一人一人の存在をしっかりと伝える」ということでした。
それも、ものすごい可能性を持った存在であるということを。

自分も、友達も、そういう可能性を持った存在なんだということを、互いに認識すること、知っていくこと、感じていくことーそれが、今起きているような事件を防ぐことにつながるのではないかと考えました。
(子供たちに可能性を伝えたいー色々な理由からそう思っていますが、今言ったようなことも、理由の一つです。他の理由とは違う、こういった理由から出発した時の「可能性を伝える」は、単に理想ではなく、子供を育てていく大人、彼らと接していく大人の義務なのではないかとも、私は思っています。)
そして、その一人一人の可能性をしっかりと、自他共に認識するためにも、“確かな”技術的な成長を絶対に達成し、本物の達成感を得られるような空間に、それも本人だけでなく周囲の人間もそれを感じられる空間にしようと、日々グラウンドでもがいてきました。しかも、それをより強いものとするため、一人一人バラバラの関係で達成するのではなく、互いに関係し、影響を与え合う中で達成したいと思ってやってきました。
外見は立派で整っているけれども、確かな成長のないような、空論で終わるような、逃げ道だらけのスクールなんかにはしたくありませんでした。(→これは、せっかく来てくださっている皆さんを裏切りたくないという、当たり前の気持ちでもありますが。)

「一つ」「ある」という意味を持つアルファベット“a”という文字をスクール名に使った「スクールa(エー)」(ソラの前身)という名が好きだったのも、新しいスクール名を「ソラ」(“素”の“良”さ)としたのも、そんな思いからです。
もちろん他にも子供たちに伝えたいことはたくさんありますし、こんな風に私が思っているのもあくまでも“私的”な心の部分ですので、それによって子供たちの技術的な伸びが偏るようなことのないようには注意していますし、プレーヤーとしての成長が偏ることのないようにも、かなり考えてトレーニングは計画をたてています。皆さんや子供たちに迷惑をかけることのないようには、細心の注意を払っています。(→単純なメニューが多いですが、一つ一つにしっかりと「その時に」「その環境で」「その子たちが」やる意味のあるもので、練習は構成しています。

こんな気持ちでグラウンドに立っていましたから、今回の、「一人の子が辞める」ことに対して、「ある子が泣いた」ということは、「辞める子」がその存在を日頃から友達に伝えていたということで、「泣いた子」も他の子の存在を充分に認識していたということで、私はとても嬉しかったです。
もちろん、“スクールにいたから”そういう子に育ったということはないと思っています。これまで育ててこられた保護者の方、周囲にいた方々のおかげであることはいうまでもありません。
また、実際には、その「泣いた子」以外にも、その子が辞めるということについてとても残念がっていた子供や保護者の方もいました。あの場ではっきりと「辞める」ということを示していたら、もっと影響があったのではないかと思います。
そんな子、保護者の方々がスクールに来てくれて、いてくれて、私は本当に幸せだと思っています。
ちなみにこの子はスクールを継続できることになりました!  本当に良かったです。
きっと一人一人が、互いにそんな存在になっているのだと思います。
まだ存在の示し方や、存在の受け入れ方は、子供特有の範囲、子供が自然に作る深さであるとは思いますが、こうした経験、等身大での大切な経験を積み重ねていくことが、彼らの今後の人生に役立つこと、大きな力になることを私は信じています。
頑張れ、子供たち。
年度末にまた、皆さん、子供たちに会えたことを嬉しく思うことができ、感謝しています。
ありがとうございました。
幸せをもらってばかりですみません。
4月以降、新年度が始まりますが、これからも頑張り続けます。
よろしくお願いいたします。

本当は、あまりここに登場してこないU-6クラスなどでも、いくつかご紹介したいことがあったのですが、今回は年度末ということで、スクールの中で大きな意味を持つ「存在」についてお話させて頂きました。

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通信No.37おまけ「ダセー(続編)」

■「ダセー!」・・・ほんのちょっと続編(U-9クラス)
通信No.35で、「ダセー!」と言った子を「いつでも、誰に対してでも、同じ態度」で「かなり信頼できる子」だと言いましたが....やっぱりそうでした。
通信No.35を出した後、まだ日があまりたっていないU-9クラスの練習時、あるメニューの時に、3年生で“できることをしていない子”がいました。しばらく見ていましたが、ポイントを伝えても変わらず...。一応他の子にも当てはまることなので、一度練習を止め、伝えるべきことを伝えました。(→場合によっては)あまり良くないやり方ですが、みんなの前でその子がどれくらい技量があるかを見せるような形で。私はその子にパスを強く蹴りました。
一度目、強いですが、挑戦モードの彼なら止めることはできなくても足に当てることはできるパスです。でもそれまでと同じ雰囲気で受け止めようとした彼は、やはりしっかり足に当てられませんでした。
二度目、同じ強さのパスをすると、今度は止めることはできませんでしたが、きちんと足に当てることはできました。その後で「できることはやれ」と言いましたが、実はその前の一度目の失敗の直後、私は彼に「3年にもなってこんなの止められないんじゃダメだ」ときつい言葉をみんなの前で言いました。
図的には「私が激しく子供に注意している図」です。こんな雰囲気の中に入ってきたヤツがいます・・・・そう、この前「ダセー」発言をした子です。私が3年生の子に「ダメだ」と言った後、(3年生の子は気まずそうにボールを拾いに行きました。ポカンとなっている子もいます。)そんな時にヤツは「ドンマイ!」とでかい声をその子にかけました。コーチが怒ってるようにも見える中、友達のために声をあげることができる子、本当に頼もしい子です。二度目のパスをその子が止めることができたのは、もちろん一度目より注意していたこともありますが、「ドンマイ」の声も影響していると私は思います。
「ヤベー」「また失敗したら・・・」という気持ちでいる時に「ドンマイ」が来ましたからね。
私としては、一度目で目を覚まさせ、二度目でどうなるか、それを見て言葉をかけて、気づかせて、良い方向に持っていこうと思っていましたが、「ドンマイ」の方がはるかに効果的に、子供たちに合った形で彼を、全体を、良い方向に持っていってしまいました。「くそぉ~、俺の役目を~!」なーんちゃって、こういう、友達の気持ちを感じて言葉が出てきたことが、とても嬉しかったです。
場合によっては「ドンマイ」と声を出した子も「何がドンマイだ!」と注意されちゃう状況ですからね。そういう時でも友達を守れるこの子は、やはり信頼できます。
―とまたこの後に続きがありして・・この信頼できる子(「ダセー」と言った子)をA君としましょう。
その後、ゲームのチーム(メンバー)を変えようとした時、私がA君のチームを告げると「えー、A君、威張るからな~」と言った子がいました。(→この「威張るからな~」と言った子をB君としましょう。)
これは“誤解”です。威張ってるんじゃないということは軽く言葉でB君に言いましたが、「ゲーム中にA君の優しさをB君に伝えてやる」と思い、ゲームを開始。さて、ゲームを始め、ボールが外に出ました。A君のチームのキックでスタートです。(→“キック・イン”と言ってます。)するとA君が、さっき「A君は威張るからな~」と言っていたB君にパス。残念ながら届きませんでしたが、決して威張る子でも我がままな子でもないことを伝えようと、私はB君に「今のは、A君はお前にパスしたんだぞ」と言いました。するとB君は「(A君とは)違うチームだよ」と・・・。『え~、違うチームなの? 熱くなって間違えちゃった~、恥ずかしい』と思いながらも平静を装い、「おぉ、そうか」と答えた私でした。これはとんだ“勘違い”・・・。でもこんな勘違いをしてしまったのにも訳があるんですよ。
実は、その前、A君のチームのキック・インの時、A君がボールを蹴ろうとすると「俺、蹴りたい」と他の子が言った時がありました。その時はA君はその子に譲らなかったのですが(譲れない場面は絶対にあります)、ドリブルでスタートすることも多いA君が、「俺、蹴りたい」と言った、遠くにいるチームメイトにパスをしたのです。
おそらく、順番を譲れなかったことを気にしてのプレーでしょう。距離もあるし、相手チームの選手もいるので、そこを通すのは難しいパスでしたが、彼はそんなパスを狙ったのでした。
こういう、友達の気持ちを充分に感じられる子なのです。こんなプレーがあったので、私が“勘違い”してしまったのもわかってもらえま・・・・せんね、はい。(→ついでに言うと、その勘違いの直後、『だったら何で“A君は威張るからな~”なんて言ったのさ、紛らわしい』と逆恨みもしたのでありました。すみません。)その日の練習後、A君のことをみんなに話しましたー“強いこと”と“優しいこと”を。
子供たちの“誤解”は解けるとなんかすがすがしかったり、晴れやかになるのに、コーチの“勘違い”はただただ恥ずかしさが残りますね。ビブスをつけないことのメリットは子供たちが充分に受けているのに(詳しくは通信No.25にて紹介)、ビブスをつけないことのデメリットを私が受けてしまいました。うぬぬ~。まぁいつも楽しいゲームを観れるので良しとしますか。

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