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通信No.33おまけ「色々」

まずは12月の第3火曜日、U-9クラス(木)であった事をお伝えします。
■口出す必要なし
ミニゲームをしているとある子が私に言うのです。「みんながちゃんとやってないからつまらない」と。
ただ、私には“ふざけている”状態とはちょっと違うように見えたので、一応その子には「でもふざけてるんじゃないかもしれない」と言いました。しかし、実際にプレーしている、子供の彼の方が友達の状況がわかるかもしれません。この「ふざける」と「楽しむ」の境目は非常に難しいのです。
この子は年下の子のことも常に考えてプレーする子です。精神的にちょっと他の子より成長している可能性はあります。サッカーの楽しみ、一つ上の楽しさをわかりかけているのかもしれません。
だとすれば、周囲の子が、決してふざけてはいなくても、楽しんでプレーをしているのであっても、そこでは楽しさを感じられないかもしれません。(→彼はその段階を少し前に卒業したのかもしれません。)
かといって、その子の感じる楽しさに基準を合わせるのでは、他の子の楽しみに無理が生じます。
難しい部分ですが、ただ、そのどちらにしても、もし自分がその雰囲気では楽しくないのであれば、それを伝えることは必要なので、「俺はこんなのつまらない」「俺がしたいのはこんなサッカーじゃない」ということをプレーで表すように言いました。伝えてみなければわかりません。
そう言った直後、彼がボールを持ちました。ボールがラインを割りました。そのボールで早くゲームを再開できるよう、彼がそのボールを一生懸命追いかけます。しかしボールに追いついた直後に転倒してしまいました。前につんのめり、膝を打ちました。しばらく起き上がりません。その子に私が近づいている間、背中の方から、それを見ていた友達が(転倒した子を見て)「えびになってる」などと言っているのが聞こえ、何人か笑っている声が聞こえました。
すぐさま振り返って怒鳴ってやろうかと思いましたが、転んでいる子を見て、そこはこらえました。
この子はまだプレーができる、プレーで伝える力を持っている。だから私が代わりに伝える必要なんかないと思いました。
その子は足が痛いと言って泣いていましたが、それは悔しさの表れだとすぐにわかりました。本人にも確認しましたが、プレーはできるようです。
さっき聞こえた声、冗談...いつもはそういった言葉ですぐに友達が笑いながら復帰することもあります。笑った子供たちはこの子も自分達と同じような感覚でプレーしていると思っていたのでしょう。なかなか立ち上がらないその子を見て、先ほど「えびになっている」といった子が近寄って来ました。
そんなことを言うべきではなかったとわかったのでしょう。すまなかったという表情で「大丈夫?」と声を何回もかけていました。転んだ子の表情を見て、そして出た「大丈夫?」という言葉を聞いて、さっき私が出て行かなくて良かったと思いました。私が気づかせるより、子供自身で気づく方が価値があり、私に言わされた言葉より、素直な気持ちから出た言葉の方が相手に伝わります。
さて、転倒した子がプレーに復帰。
自分のやりたいプレーをします。私も、その子と同じチームだったので、仲間としてのプレーをします。
同じチームの子には協力を求めます。
相手チームの、さっき声をかけに来た子が真っ先に「俺もちゃんと(一生懸命)やろう」と言いました。何か伝わったのでしょう。少しずつみんなのプレーがかわり始めます。
いつの間にか、真剣モードになっていました。
もちろん、この雰囲気が全て良いというのではありません。この雰囲気だと、それまでのように積極的にプレーに関われなくなる子が出てくるのも事実です。プレーしていてもちょっと無理があるような。
ですからそのような子には、運動の刺激がきちんと入るように、動けるように指示を出し、プレーに入ってもらいました。
みんなが自分の気持ちでプレーして、それでお互いに影響を与え合って成長していく。そんな難しそうなこと、それがやりたいのです。
さて、そんなゲームが終わり、その子が帰っていくとき、私に今度はこう言いました。
「みんな、終わりの方はちゃんとやってたから良かった」と。
自分のプレーで友達に何かを伝えられること、その大切さをきっと感じてくれたことでしょう。
色んな経験を重ねて、少しずつ成長して行くのですね。

・・・続いては私のミスです。イメージだけで過大評価されても困りますので(練習を見に来れない方のためにも)お伝えしておきます。
■“特別”のはずなのに...
さて、昨年末の“特別スクール”にご参加頂いた皆さん、ありがとうございました。参加できなかった皆さん、なんとも変な日程で開催してしまいすみませんでした。この特別スクール、もともとは子供たちに年末ぐらいはゲームを楽しませてあげようと思い、企画したのでありました。
U-6クラスと1年生は(多少“?!”ということはあったものの)楽しそうに練習、ゲームを行い、2005年最後のスクールが終了しました。
続いて2・3年生も、・・・・・ももももも・・・と行きたいところだったのですが、あぁ、すみません、いつもの調子で「こらぁ、お前らぁ!」という感じに...。
だって(お、いかん、これは子供が言い訳をする時に使う接続詞だ)....何故ならば(セーフ!)、先週のスクールで前述のようなことがあった後のスクールであったにもかかわらず、友達の頑張りに気づかぬような様子が子供たちから、グループの雰囲気として出る場面があったからです。
普段はもう少し余裕を持って見ている時もありますが、頑張っている友達の良さや一生懸命やっている子の気持ちがわからないのは、しかもグループとしてそんな空気を作っていることはやはり我慢できず、「お前らぁ(怒)」となってしまったのでした。
後で冷静になって考えてみれば、ほとんどの子はまだ2年生。まだまだそこまで友達の頑張りに気づいたりできる年齢ではないかもしれません。熱く話しても伝わらないことの方が多いのも事実です。大人が求めるものと、今の彼らの年代の一生懸命とはちょっと違うでしょうから、子供たちのその時の姿は、ある意味なんのこともない、普通の様子だったのでしょう。
私はグラウンドに立つ時、もちろん“コーチ”という気持ちでグラウンドに立っていますが、同時に親(あつかましくてすみません)や友達(仲間)としての立場でもグラウンドに立っています。
コーチとして,大人として,親(の皆さんと同じ気持ちで)として,友達として、子供たちに伝えなくてはならないことを、彼らが成長するにはどう伝えるべきなのか考えながらグラウンドに立っています。
現場で起きている様々なことを肌で感じ、必要だと思ったことをできるだけ伝えているつもりなのですが、後で考えると違う伝え方があったのではないだろうか、そんな風に思うこともあります。
この特別スクールも、そうでした。
私が求める、友達との絆を築くには、本当に、まだもうちょっと時間が必要なのでしょう。
今の彼らが吸収できることを思う存分吸収してから、自然に次に進むのでしょう。まだまだ自分が困ったり、一生懸命やる経験をしなくてはならないということなのかもしれません。
「今は友達を助ける時だ」「今は手を出さず見守ろう」「ここは自分で踏ん張ろう」「ここは助けを呼ぼう」...そんなことがわかるようになるにはもうちょっと時間が必要なのですね。ケンカなどを見ていてもまだ1対1の関係。見ている子が「俺の仲間に何しやがる!」みたいなことはまだ出てきません。
長い時間一緒にいると、何かお兄ちゃんに見えてきて、少し上の年代に要求しているようなことを要求してしまいます。当初の意図とは違う「特別スクール」になってしまいました。―――反省です。

・・・最後は「さすが」と思ったU-12の特別スクールの様子です。
■素顔の高学年
さてさて、高学年の特別スクールは...本当にさすがだと、つくづく思ってしまいました。
ゲームメインと言っていましたが、それまでの練習を無駄にしないためにもちょっと練習をしました。その練習には12月にテーマとしていたコンビネーションプレーなどは全く入れず、それ以前に取り組んでいた内容(のうちの基礎部分)を練習しました。そしてゲーム。
驚きですー12月にテーマにしていたプレーが、あらゆる場面で繰り返されます。それも様々な形でのコンビネーションプレー。あそこまで出るとはなかなかです。毎回意識して練習してきたからでしょう。
思えばゲーム前の2人組での練習も、気持ちが揃っていて、連帯感がありました。特に、浮き球のコントロールの練習時、(2人のうち一方の)相手にボールを投げてあげる子は、友達のために真剣にボールを投げ、相手がキックして返したボールが多少それてもすぐに拾っていました。
しかも、ゲームでは、(コーチ的に)基礎力アップを目的に取り組んできた練習の成果も随所に出ていて、意識させてきたテーマ以外の、隠れた(裏テーマとして扱ってきた)技術の成長も感じることができました。自分達で雰囲気をしっかり作っていたので、その後のゲームでもいいプレーが出ていたのでしょう。
これからも、力をメキメキつけてくれそうな、新しい一年の成長に期待大となる最後のスクールでした。

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