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2005年6月

以前の通信より「大切にしているバランス」

(かなり古い通信より)

一人一人が成長する、それを実現するためにトレーニングで気をつけていることをお話します。
―それはバランスです。バランスといっても実に様々なバランスがありますが...
まず、こちらから子供達に与えることと子供達が自分達の力で吸収することのバランス。与えすぎず・教えすぎず、でも彼らが力を発揮できる・自分達のすごさを認識できる・成長できるように。
次に、守る部分と守らない(ことにより成長する)部分のバランス。例えば、一人一人の練習スペースをマーカーなどで決めた場合(守ってあげる場合)、メリットとしては、
・周囲に惑わされず集中して練習に取り組める・安全である(他の子が入って来ない:ぶつからない)   などが挙げられますが、逆に、(とっさによけるなど)危険を回避する能力、自分で自分の場所を見つける・環境を整える・環境に適応/反応する能力の成長を抑えることもあるかもしれません。
そのため、場合によっては、スペースを区切らず、周囲の子と(トップスピードではない状況で)軽く体が接触するような状況を作ってそれらの能力を養えるようにしたり(イメージ的には小さい子が何度も転びながら手のつき方を覚え、大怪我をしないようになる感じ)、またはまったく別の見方として、友達と(心理的・身体的に)触れ合う状況を作るようにすることもあります。
そして、自由と規制のバランス。例えば、メニューを実施する時に、練習の仕方(例えば走り方やボールタッチの仕方)を子供達に自由に考えさせる・決めさせる場合と、こちらから指定・規制して行うことがあります。
子供の発想の方がより多くのアイデアがでることもありますし、また、自分で考える楽しさ、考えたことを実行する楽しさを知ることも大切です。
しかし、様々な経験をすることがとても大切な時期です。食事でいう偏食のようになってしまっては困ります。ちょっと無理してでも(或いは工夫をして)野菜を食べさせたり、様々な栄養素をとれるようにするように、様々な経験をさせるために、あえて無理なこと・嫌いなことに挑戦させたり、やり方を規制・強制することもあります。また、頭の中で考えることにのみ集中してしまい“動き”を起こさなくなると少しもったいない気もします(運動の刺激を与えられない)...より多くの成功体験を経験するために、経験させるために、ここは非常にバランスをとるのが難しいところです。

・・・これらはあくまで例ですが、このように様々なバランスがあり非常に悩むのですが、その中でなんとか子供達の顔や実際の動き(成長具合)を見ながら、良いバランスをとれるようにしていきたいと思っています。
文章で説明するのは難しい部分もあり、また文章能力が・・・・なので、わかりづらい部分もあるかと思いますが、詳しい説明をする時間を日頃あまりとれなかったため、書面にてお伝えさせて頂きました。

前述の通り“バランス”に注意している分、毎回の練習では一見不自然に思えることもあるかもしれません。そのような時には練習の構成・メニューについてお気軽にご質問・ご相談頂ければと思います。

最後に、最も大切にしたいことを。テクニックの向上と精神面の向上は、どちらかが向上すれば、もう一方も向上する、相乗効果をもたらす関係にあると思います。その相乗効果を生み出すときに必要なのは、達成感、成功体験です。
自分がそれらを経験することで、自分のすごさを知ったり、友達にもそのすごさがあることを知ったり、逆に友達のすごさを知って、自分にもすごさがあることを知ったり...。集まる子供達が、互いに関心を持ち合って、自分のすごさ、友達のすごさを感じられる、そんなスクールにしたいと思っています。
そのためにも、一人一人の大切さ・すごさ、一人一人の持っている一つ一つのものの大切さ・すごさを子供達に伝えていきたいと思っています。

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以前の通信より「イメージはマンガ」

私の目指すスクールのイメージ、それはマンガのような空間です!  (わかりにくいですよね、すみません。)
子供達のマンガを見ているときの様子をちょっと思い出してみて下さい。
面白い場面の時には大笑い、悲しい場面では悲しそうな顔(たまに涙も?)、まじめな場面では真剣な顔(えっこんな顔もできるの? というぐらい)で見ています。
きちんとイスに座って見ていたり、寝転んで見ていたり、一人で見ていたり、友達と話しながら見ていたり、様々です。さらにはおかしを食べながら見ていたり...。
また、寝転んでいても、話しかけてもこちらの声に気づかないくらい夢中になっていたり(時には声をかけると怒ったり)、おかしを持つ手を口に運ぶことを忘れてしまうぐらいマンガの世界に入り込んでいます。
そして、“寝転んでるのに集中状態”“悲しんだ直後に大笑い“寝転んで見ていたのにいつの間にか正座(しかもアンタが正座!?)”等、気持ち、顔の表情、姿勢など、一つのマンガ(一話)の中でも状態がグルグル変わります。(→マンガにもよるのかもしれませんが...。)
でも、そのメチャクチャな中でも、主人公が何かを伝えようとしている時にはものすごい集中力でそれを吸収し、(たぶん?)成長して(いる部分もあるのかなぁ? と思)います。(→一応断っておきますが、決して「私が主人公です」などと言っているわけではありません。)もしかしたら、その時には本当の意味を吸収できず、後に、もう少し大きくなった時にわかることもあるのかもしれませんが、“今の状態”で受け取れることを吸収し、後で噛み砕く、栄養にすることも大切なことです。吸収していることに何らかわりはないと思います。
スクールでは、主人公がある一人の子であったり、毎回主人公が変わったり、子供達全員が主人公になったり。もしかしたら主人公などいない(いなくても充分楽しい)のかもしれませんが、私にとっては、子供達一人一人が主人公であると同時に見る側でもあり、子供達の作り出す雰囲気自体もマンガという感じです。(→わかりづらくて度々すみません。)
すると、今のような、「一見整っていない」「なんじゃこりゃ!」というスクールになってしまうのですが...。
笑ったり、泣いたり、怒ったり(コーチも)、実に忙しい子供達ですが、それでも伸びていますので(それも“かなり!”)、きっと吸収すべきことは吸収しているのだと思います。(→そう信じることにします。)
そんな楽しいマンガが見れるので、毎回私もスクールを楽しみまくり(そして時には傷つきまくり...)、子供達以上にスクールを楽しみにしています。子供は“子供の場”でこそ、成長するのではないかと思います。
こんなことを目指しているので、ひょっとしたら練習を見ていても理解に苦しむことがきっとあるかと思いますが、根底には先程お話したようなことがありますので、ちょっとだけでも伝わったらと思い、お話させて頂きました。
勿論、スクールの事でご質問があれば、いつでもご連絡下さい。子供、保護者、コーチがお互いに良い形で関わりあえるスクールにしたいと思います。

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以前の通信より「コーチのもがきについて」

練習をしていると、はっきりとした形では表れないまでも、「“なんとなく”うまくいっていない」「“なんとなく”ピリッとしない」と感じることがあります。
このような、“なんとなく”の原因を見つけることは“明らか”にうまくいかないときよりも難しいことがあります。
しかも、「“なんとなく”うまくいっていない、ピリッとしない」ということは、逆に言えば「“なんとなく”はうまくいっている」ということでもあり、極端に悪いことではなかったりしますから、そのままにしておくべきか、それとも何かしらアプローチをすべきか、実に微妙なところです。(→う~、こいつらぁ。どんな気持ちなんだぁ? という感じです。)
そんな時にはひたすら子供達の顔や目を見て、良い状態なのかどうか、判断してみます。そして、(見守るべき事柄や段階だと判断した場合はこちらから積極的に働きかけをするようなことはありませんが)「やっぱりなんか違う」と判断した場合は、それらの状況から私が感じたことを子供達に伝えてみます。極力原因を見極める努力をし、これだと思った部分にアプローチします。ただ、“なんとなく”の現象に対してのものですから、「背中がかゆいけどどこがかゆいのかわからない」状態になることもあり、「ここか!」と思ってかいた場所が全然違っているように、私が子供達に伝えた内容が適切である、すぐに原因にいきつくとは限らないのですが...。
その結果、練習の雰囲気が良くなることも、より崩れてしまうこともあります。(→背中同様。)
働きかけても改善されない、或いはかえって良くない雰囲気になる時は、コーチとして、正直カッコいいものではありません。それは自分の力がまだまだ足りないことをさらけだすようなものです。もしかしたら、放っておけば、“ある程度”の練習効果は得られるような状況―それで“OK”とすべきなのかもしれません。しかし、“ある程度”では到達できない部分・様々なこと、知ること・感じることができないことがあると私は思っています。
技術の部分でも、それ以外の部分でも。ですから、そのような時は放っておきません。(→ここの重要度は背中とはえらい違いです。)
もちろん、かえって雰囲気を壊してしまった時には反省をし、その場でさらに頭をフル回転させて良い状態にできないか努力しますし、そうする責任があります。それを繰り返していると、「うまくいかない」の繰り返しになってしまうこともありますが、それでも、そうすることは必要だと私は思っています。そんなことを繰り返して、次に同じような状況になった時に、より良い状況を作れる力、より様々な状況に対応する力がついていくのだと思います。(→もちろん、子供達のためにも、失敗のまま終わらせるようなつもりはありません!)

また、上のケースとは少し状況が異なりますが、スクール中、一生懸命練習に取り組む子が技術を身につける段階でも、「なんかうまくいかない」という状況になることがあります。この場合、本人が精一杯努力しての結果なので、起こっている現象は(行動の結果としては)正しいものです。きっと(正しい)原因があるので、よく状況を把握して原因を見極める努力をします。そして、見守るのか、働きかけるのか判断し、働きかける方がいいと判断した場合はそうします。この場合も、状況によっては原因の把握に時間がかかってしまったり、働きかけた結果、かえって動きが悪くなってしまうことも時折あります。これもコーチの責任ですから、より適切なアプローチをできるよう、原因の把握、改善に努める必要があります。
先程の話と同様、このような場合も、放っておけば“ある程度”の上達は望めます。ただし、やはりそのようなことはしません。(→もちろん、働きかけることが逆に子供のプレッシャーになってしまう時には働きかけませんし、トレーニングの時期や段階、または内容によっては本来の(もっと奥の)目的自体は達成していることもあり、そのような場合も見守るようにしていますが。)
現場で子供が苦しんでいる時に、何故うまくいかないのか、解決に向けて頭と体をフル回転させ、実際にアプローチをする。つまり、子供と同じ気持ちになれるということ、子供の感じていることをコーチとして感じられるということは、とても大切なことだと私は思っています。
解決までの過程では、コーチも子供のように、まるで“もがいている”かのような状況になるかもしれませんが、もがけばもがくほど、その時には時間がかかってしまっても、次第に原因の把握の時間が短くなったり、より的確な把握、アドバイスをできるようになると思います。短期的にみれば1回のスクールではあまり好ましくない結果に終わるかもしれませんが、その責任を果たす努力を続けるのであれば、長期的には、子供、コーチの双方にとって、良い結果をもたらすと私は考えています。

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以前の通信より「便利なものは後で」

「便利なことはあとで教える」という考えで指導しています。
最近は便利になり電車や車で目的地に、速く、快適に行くことができます。でも、電車や車を使えなかったら、どうでしょう。やはり自転車です。でも、自転車がパンクして使えなくなったらどうしましょう。そうです、歩きです。便利なものが使えなくても、(多少困ることはあっても)きっとこのように、歩く、自転車に乗ることができる人は、目的地に着くことが出来るでしょう。
しかし、電車・車には乗れるけど、自転車には乗れない、歩けない、となると大変です。それらが使えない時には目的地に着くことができません。
ただ、そういう便利なものが使えないことも意外にありますし、便利なものを使わない方がかえって良いような場合も結構あります。
サッカーでも、それと同じようなことがあるものです。
便利な組織でのプレーや持っている知識が活かせない(相手に封じられてしまう)こともあります。その時に、それを切り抜ける力があるか、便利なものではないもので(或いは適したもので)、目的を果たすことができるか、その力はとても大切です。
先に便利なものを知ってしまうと、最初はそれで多くのことを解決できるでしょうが、やはり、覚える順番は「歩き→自転車→電車・車」というように、便利でないものからの方が良いように私は思います。
ですから、今のスクールの子供達のプレーは、玄人的なすごさはまだ見えないでしょうが、それで良いのです。例えチームでは良い結果がでなかったりしても、本人が悔しがったりすることはあるかもしれませんが、親御さんは必要以上に気にする必要はありません。(→もちろん子供が勝ちたがったり、負けた時に悔しがることは大切だと思いますが。)子供達は、実は、すごいプレーをたくさんしています。
後に便利なことを手に入れたら、それはもう....楽しみです。

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