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2010年9月26日 (日)

SHOW “和” サポーターとブーイング

2009年12月 通信No.89より

「おまけ」は、その時にお伝えしたいことを勝手に取り上げ、「子供の様子を取り上げた内容」→「少年サッカーの環境に触れる内容」という感じできましたが、これからはまた違う感じのものも載せていこうと思います。
ここ数年、「?」と思うようなことが結構あり、これらに対する考えを豊田とは話してきたのですが、彼は聞き上手なのでじゃんじゃん私がしゃべっちゃってかわいそうなので、ここにいくつか載せちゃえということで・・・。
例えば、 “世界基準”、“世界では・・・”というような言葉・・・聞く頻度が多すぎて。場所も内容も色々・・・。
聞くたびに、ヒネクレ者の私は、古き“日本”の良さをちょっと忘れてはいませんか? なんて、思っちゃいます。「世界基準」「世界発」というより、「日本発」のことがもっとたくさんあっていいんじゃない? と。
もちろん、世界から多くのことを学ぶことは大切です。自分たちにないものを学ぶことは大切です。
ですが、外に目が行くことが多すぎて、自分たちの良さを考えることを薄れさせてしまっている気がします。
内容的には、ソラの指導理念に関係なくもないと思えるものもいくつかありますので、これまでのように勝手な言い方・考えで書いちゃいます。もちろん、「正解」ではないので、別にお読み頂かなくて結構ですので。
ということで・・・今回取り上げるテーマは・・・

「サポーターとブーイング」
■日本のファン・・・
もう10年以上前、いや、んー・・・20年以上前でしょうか・・・よく、海外から日本にプロチームが来て試合をすると、試合をした海外の選手の多くが、「日本のファンは優しい、温かい」と言っていました。
その頃、「当たり前じゃん。好きなんだもん」くらいにしか思っていなかったこの言葉が、実は結構すごい言葉だったんじゃないだろうかと、今、大人になってからは思っています。
「日本のファンは温かい」・・・あまりにも普通の言葉なので、聞き流してしまいそうです。それに、日本に来てしゃべるのですから、気を遣ってくれていると思うと、なおさら、この言葉の意味は軽くなってしまうのです。
・・・が、「これはそんなに軽い言葉でもないかもな」と・・・。気を遣っての言葉ではなく、本当にそう思って言っている部分もあったのだろうと思うのです。
当時は(今もかもしれませんが)、海外から来たプロチームの応援をみんなたくさんしていました。
「日本のチーム」対「海外のチーム」でも、海外のチームを応援する人がたくさんいたし、海外のチーム同士の対決では、どちらにも応援する人がたくさんいました。
純粋に、「好きだから応援したい、応援させて」という感じで、一人一人、思い思いに応援していた感じです。
そして、バラバラの掛け声のはずなのに、それが会場では「ウワー」って。みんなの発した色んな声や言葉が、混ざりに混ざって歓声となって会場に響いて ― 「すごいなぁ」「かっこいいなぁ」って、よく思いました。
お互いに力を出し合ったプレーを見るのが最高に楽しかったから、自然に生まれた歓声、響き。
ひいきチームが相手チームから反則を受けると「きたねーぞ!」などと言う人はいましたが、ゲーム中に聞こえてくるのは、これらも含めて、一人一人から発せられた生の声、言葉、そして、その集合体の声援、歓声、ヒヤッとした時のどよめきなどで、グラウンドで選手が選んだプレーに対してみんなでブーイングをすることも、相手チームにプレッシャーを与えるためにみんなでブーイングをすることもなかったような気がします。
そういう環境でしたから、きっと、選手も観客も本当に「サッカー」を楽しめたのだろうと思います。
だから、試合後のインタビューなどで、先程のような言葉がたくさん出てきたのでしょう。
これって、日本のすごい良さだったんじゃないのかなと思います。
もちろん、今でも、海外の選手からそういう言葉を言ってもらえることがあるかもしれませんが、今は素直にその言葉通りに受け取ることはできないような気が私はします。
だって、ブーイングや心ない非難・・・ありますもんね。昔の日本からしたら、なんか違う国みたいですね。

■ブーイング
ブーイング・・・選手やチームにプレッシャーをかけたり、非難したりするためにみんなで団結(?)する。
なんでこういうことが自然に起こる環境になってきたのでしょう・・・。
もしかしたら、何となく、「日本のサッカーは世界から遅れている」とか「サッカーの文化は世界のものが本物(通)」みたいな考えがあって、海外の応援をカッコよく思って、その中の「ブーイング」をカッコイイと思う部分もあったのかな? 海外の試合の中継でも、ゲーム中のあまり良くないプレーに対して、観客からブーイングが出ると「(観客が)よくサッカーを知っていますねぇ」みたいなことを聞いたような気もしますし。
また、日本が強くならない原因に「ホームとアウェーでの環境差がない」ことも昔は挙げられることもあり(そういう厳しい環境でプレーしないから、海外に行くとアウェーの雰囲気に飲まれ、力が出せない等)、応援するチームに強くなってほしいから、サッカーを発展させたいから、生まれてきた部分もあるのかもしれません。
ブーイング・・・・確かに、相手チームへのブーイングは、相手にとっては嫌でしょうし、後押しされるチームにとっては心強いということもあるかもしれません。ブーイングを浴びる側にとっても、悪い面ばかりでなく、それで鍛えられる部分があるのかもしれません。でも、チームや選手を心底信じていれば、相手の力を封じるのは選手たちのすべきこと(できること)であって、サポーターのする行為としては不要だと(サポーター自身が)思えるのではないかと思います。それに、逆境の中でも力を出せるようになることは大切だと思いますが、そういう力は違う場でもつけられるでしょうから。
なんか、日本の選手もサッカーも好きな私としては、やっぱり、(ブーイングなどは)日本には合っていないんじゃないのかなぁと思います。「強さと発展」を得ることに対しても、ブーイングはいらないと思いますし。
さて、ではここで、ブーイングなしで試合をしたらどうなるかをちょっと考えてみましょうか。相手への応援もたくさんあるとして。
きっと、乗り込んできた相手チームは委縮することなく、100%の力を出せますよね。そうしたら、相手がプレッシャーを感じてプレーする場合に比べて、その試合で(こちらが)負けてしまう確率は上がるでしょうね。
これは良くない結果? ・・・・でも、長期的に見たら、どうでしょう。
自分たちのホームの試合なのに、相手が100%の力を常に出せる環境で試合を続けたら(常に100%の力を出せる相手と戦っていけば)・・・当然、こちらだってどんどん鍛えられていきますよね。
耐える力、対応力だってつくだろうし、良さを遠慮なく出す相手から多くのことを学び、吸収できるでしょう。
そうした環境に慣れれば、海外に行って、相手が力を出しやすい環境で試合をしても、日本でやる時とあまり差を感じない部分もあるでしょうし。もちろん、普段、自分たちの国内では浴びたことのないブーイングを浴びて、やりにくいということもあるでしょうが、そんなのにも負けないくらいの、とんでもない強さを、ブーイングなしの状態を続けることでもつけることができるのでは? と思います。
お互いに力を出し合える、100%の相手と戦えることは、それぐらい価値のあることなのだと思います。

■サポーター
相手チームに対するものだけでなく、応援するチームのプレーが悪くてもブーイングを浴びせたり、横断幕に応援にならない言葉が書いてあったりするのをたまに見ますが、それも残念なことだと思います。
・・・サポーターがチームに対して厳しくすることが、チームを育てる上で大切だというような話を聞くことがあります。
確かに、人を育てる時には厳しさも必要ですよね。でも、チームとサポーターの関係で見られる厳しさ(だと捉えられているそれらの行動?)は、必要なものなのでしょうか・・・。
その時、グラウンドで戦っている選手にしかわからないことがたくさんあるはずなのに。
純粋に好きな選手やチームを応援していた頃は、何試合続けて負けたって、(好きだから応援しているサポーターは)やっぱり、応援しかできなかったのでは?
もちろん、今も本当の意味でのサポーターと言える人はたくさんいるでしょうし、そういう応援もたくさん見ます。でも、だからこそ、思うんですよね、それでいいじゃんって。
何がチームを、選手を、「真の意味で」(注)強くするのか。
ブーイング?  結果が出ないチームへの厳しい非難? ・・・違うんじゃないでしょうか。
そういうことが“熱狂的なサポーターぶり”として表現されることもあるようですが(私はそういうのを“熱狂的”だと思いませんが)、そういうサポーター(?)の多さとチームの強さと、どこまで正比例しているのでしょうか。
ついでに言うと、選手って、実は、私たちにとっての「サポーター」でもありますよね。
どれだけの人が選手から、夢や希望、勇気をもらっているか。どれだけ応援してもらっているか、支えられているか。
私たちは、自分たちのことを選手のサポーターだと思っていますが、それは、選手たちが私たちをたくさんサポートしているからこそ思えること、感じてしまうことなのでしょう。

■日本でいいんじゃない? 
もちろん、応援しているチームが負けるのは嫌ですし、応援している人には勝ってもらいたい・・・。
でも、それは、応援する人もプレーする人も、みんながサッカーを楽しみたいからこそ思うこと。
敵地で、大ブーイングの中でプレーして勝っちゃうというのもかっこいいですが、それは外に行った時にできるので、日本国内では、海外みたいな応援ばかりではなく、“日本”でいいのではないかと思います。
それを見て世界の方が変わる部分もあるかもしれないし。
会場内での事故やトラブルを心配せず、家族連れで安心して試合会場に向かえるのって、いいですよね。
これもサポーターの作る立派な文化です。
ブーイングなしでも「強さと発展」、つかめそうだと思うのですが。
それに・・・
サッカーって、スポーツです。スポーツって楽しむものですよね。サッカーは人間が楽しむスポーツ。
スポーツなんだから、負けることだって勝つことだって、あるのが当然。
サッカーがスポーツだということをもっと理解した応援や環境を大切にしていきたいですね。
・・・あ、そういえば、ここ数年、日本はどんどん強くなっていますよね。そんな中、海外のチームが日本で試合をした後に、やはり選手がよく言ってくれる言葉があるのですが、この言葉はずっと以前からも言われていたんですよね。日本のサッカーがこんなに発展する、もうずっと前から。
どんな言葉だったかというと、「日本のファンはサッカーをよく知っている」でした。

※「真の意味で」と書いたのは、「スポーツの大きさでの強さって、どこまで必要なの?」ということもみんなで考える必要があると思うからです。試合の結果やプレーの良し悪しで、選手たちが、家族や自分の命の危険を感じるほどの強さや結果への要求・プレッシャーは、スポーツの範囲のものだとは思えませんよね。
「大げさな」と思われるような、このようなことも、サッカーの先進国と言われる国の中には、あることもあるようなのです。

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