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2010年9月25日 (土)

6年生の子たちに手紙を書いたワケ

(2009年5月 通信No.82より)

子供たちはスクール以外でも、チーム活動や近所の子とのサッカーなど、色々な場でサッカーをしていると思います。
今回、U-12クラスの子に手紙を入れた理由は、スクールでのゲーム時に、そうやってスクール以外の場で覚えたことを、少し強めに持ちこんでしまうことが多くなってきたからです。
それが、一人だけで行うようなプレーならまだいいのですが、2人で行うプレーなどもあり、ちょっと気をつけなければならない場面が出てきたからです。
例えば、昨年多かったのが「ウラを狙う」というプレー。これについては以前に通信のおまけで取り上げましたが、他にも「ギャップ」という言葉を子供たちがよく使うこともありました。
それらを基本的なことから理解しているのであれば、強く意識してプレーしても問題はありませんし、また、基本的なことを理解していなくても、子供たちが所属しているチーム内などで意思疎通が十分に取れるような状況であれば、強く意識してもいいでしょう。
しかし、スクールに来ている子が普段、サッカーを楽しんでいる環境は色々です。
自分がある環境で覚えたことを他の子へ強く要求しても、要求する本人も要求された子もそれだけのことを吸収できないことがあります。
もちろん、それらの内容を子供たちがきちんと理解できていれば応用することもできるのでしょうが、例えば先ほど書いた「ウラを狙う」とか「ギャップにパスを通す」というプレーをしている頃の子供たちのプレーを見た感じでは、基本的な部分への理解がまだ不十分で、形式的にプレーを覚えているという印象がありました。
プレー中の現象としては、それらのことができない場合でも無理にそのプレーを狙ってしまったり、無理に狙った結果、それがうまくいかなかった場合に(これらのプレーにはパスを出す側、受ける側があるので)タイミングの合わない相手に対して不満を言ったりすることなどがあり、それらの知識を生かし、プレーの幅や自由度を広げるというよりは、逆に、他の選択肢を持つことができなくなるなどの方が多かったように思います。
また、最近も、プレーのイメージが少しずつ狭くなってきている様子を目にします。
例えば、味方にパスを強く要求し、そのタイミングにパスが来なかったり、自分の思ったコースにパスが来なかったりすると、文句を言ってしまうなど。文句を言うのは決して悪いことではありません。でも、文句を言うだけで、その次のプレーを探そうとできない・・・自分のイメージしていることが正しい、または、イメージしていることのみやりたいという感じです。そのようにイメージすることが悪いということではありませんが、実際には、そうやってパスをもらおうとしているポジションがあまりよくないことも、パスをしないでプレーを続けた子のプレーの方が自然で良いプレーであることもあります。
他にも、守備の時に、自分は後ろで守りながら、味方の選手に守備の仕方を指示する様子を見かけます。そして、自分の前の子の守備が悪いと「何で抜かれるんだよ」となり、前の子の守備がいいと「OK」となる。
「OK」となれば良いかと思うかもしれませんが、前の子の守備が良ければ良いほど、後ろにいる子は守備をする機会がなくなるので、実践の中でこそ得られる守備力や身のこなしの素早さなどを身につける機会は減ってしまいます。ちなみに、ここで言う「守備が悪い」というのは自分の指示したように守っているかどうかで、実際には「良い守備」をしていても、その結果、抜かれたら「何で抜かれるんだよ」となり、実際には守備が悪くても、自分のイメージした通りに守備をして(前の子が)抜かれた場合は、(自分がボールを取る準備をできているので)「OK」になることがあります。
また、前の子が抜かれて、自分が守備をする機会を得たとしても、そういう場合は、(抜いてきた相手の選手は)一人目を抜くためにスピードをあげた後で、ボールコントロールが乱れたり、体勢が崩れたりしていることも多く、あまり良い守備でなくてもボールを奪うことができてしまいます。つまり、自分の守備が良いかどうかはわかりにくいのです。
もちろん、ドリブルをする選手が、そのような場合でも2人を抜けるぐらいのテクニックを身につけることは必要ですが、そのテクニックも、守備力が高く、どんどんボールを取りに来る相手に対し、日頃からドリブルをしていれば必然的に身に付きます。

ですから、攻撃時のテクニックを上げるためにも、守備時のテクニックを上げるためにも、2人でボールを奪うプレーを覚える前に、まずは一人一人が自分自身の守備力をあげるべきなのです。
味方に対し要求することや指示を出すことはとても大切なことです。
そういう力もつけなくてはなりません。でも、そういう力はこれらのこと以外でも身に付きます。
子供たちは、覚えたことを実践しようと、ただ積極的にやっているだけなのでしょう。
覚えたことを他のみんなに知らせる、覚えたことを他の場でもやってみる、思っていることを伝える・・・それ自体はとてもいいことなのです。積極性があるとも言えるでしょう。
ですが、覚えること、身につけることには段階があります。基本的な部分を理解しているというよりは、形式的に覚えてしまっている感じなので、子供たちの積極性とは無関係に、現時点では(他の選択肢の方が正しい場合でも、それに気づかず)自分自身の成長する機会を逸しているようにも思います。
これからもっと成長できる可能性を考えると、まだまだ“当たり前のことをそこそこのレベルでやれる”ということで満足させてしまったり、プレーのイメージを“今、知っているわずかなものだけで固めてしまう”というのはなんとももったいないというか、残念なので、こういった状況を改善しなくてはならないと思っていました。
しかし、これらのことをスクール中のコートの中だけで修正しようと思ったら、(自分のイメージするプレーだけを強く要求して他の子の考えやプレーを受け付けられなかったり、その子自身が上手にならないようなプレーを選択している時に)かなり強めに注意をしなければならないかもしれません。
なぜなら、このような時の子供たちは「正しいことを知っている」という感じでプレーしていることが多いので、それを普通に認めるような形で話すと、「正しいと思っている」という部分を強めてしまうこともあるからです。認めた上で「でも、こういう場合はこうだよ」と話しても、「レベルの高いことを知っている」というような感じで捉えている場合は、それを基本的な部分までさかのぼって理解しようとはできないこともあります。
そこで、強めに注意をしてしまうのがいいと思うのですが、しかし、強めに注意をしたとすれば、覚えたことを一生懸命にやった子が「間違っている」という感じにもなり、そういう状況は本人にとっても、また、それを見る周囲の子にとっても、あまり良いことだとは思えません・・・。
決して悪気はなくても、プレー中は、「正しい」と思っていることは強気で言うことがあるものです。
それは、自分のためであることもあるし、友達のためであることもあるし、チームのためであることもあります。かなりキツク言われた場合は、その子がコーチに注意されているのを見たら、「あいつ、間違ってやんの」と思うかもしれません。子供たちがそう思うのも、思われるのも、ちょっと違うように思います。
だから、やはり認めるような形で注意をしたいのですが、先ほど書いたように、形式的に覚えてしまった事柄については、それが難しいこともたまにあるのです。・・・また、子供が相手に強く要求することに応えてもらうことから信頼が生まれ、仲がよくなり、次第に一方的に要求することがなくなり、結果的に相手の考えも受け取れるようになる-そして、そのような経験から、他の多くの子の考えも受け取れるようになる、ということもあったりします。一見、“良くない”と大人の目には映ることからも子供たちは大成長することもあるので、そういったことがまた「どう話すべきか、どこを取り上げるべきか、どう様子を見るべきか」の判断を難しくします。・・・
ここには挙げない他の理由もあり、そのような注意の仕方はしたくないのです(もちろん、これらの考えがある上でも、そのような注意の仕方が必要だと思う状況になれば、そうします)。
そこで、どうしようかと考えた結果、まずは手紙で伝えてみようと思ったのです。

子供たちへの手紙には、これらの他に、相手に何かを言われた時に、「ただ嫌だと思ってだまる」のではなく、自分にも考えがある時には相手に伝えるようにも書いています。
子供たちが覚えるべきこと、経験していくべきことは本当にたくさんあります。
私も手紙でうまく伝えきれない部分がありましたが、伝えることー受け取ることといった、自分の存在や相手の存在を感じることについては、子供たちの積極性が空回りすることのないように、来ている子の存在価値が十分に発揮されるような形で伝えていきたいと思います。そのような場にソラをしたいと思っています。

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