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2010年9月23日 (木)

子供への対応

(2006年2月 通信No.35より④)

スクール時、特にゲームの時などは友達同士で足がちょっとかかったりすると子供が転んでしまうことがあります。
コーチとして駆け出しの頃は、練習中に子供がちょっとでも倒れたりすると、心配ですぐに走り寄っていました。しかし、その後数年たち、(子供が倒れた時に)こちらとしては行ってあげたくても、本人の力で立てるかもしれないと思う時は、行くのを我慢するようになりました。
行かないかわりに、心の中で「立て、立て」と思っていました。自分の力で、もしくは友達の励ましの声で立てたりできることはすごいことだと思ったからです。
もちろん、そんな対応法を可能にするにはかなり注意深く子供たちを見なければならないですし、日頃の様子をよく頭に入れておく必要があります(すぐに様子を見に行かなければならないという時にはすぐさま駆けつけていましたし、高い集中力で現場を見るよう意識もしていました)。
しかし、その分、それまでは転んでも自分で立てなかった子が自分の意思で立てるようになったり(その時はとても嬉しいです)、友達同士で何とかしたりすることもあり、そんな光景を見ては嬉しく、またこれで良いと思っていました。
そして、おそらくこの方法が、子供のハートを育てる上でも良いのだと、自分では少し前まで思っていました・・・・が、今は違います。
自分が見ていた状況からする、自分の判断に関わりなく、まず近づくようにしています。
近づいて、まず確認をするようにしています。
すると、不思議なもので、大丈夫な場合は、みんな自分で立ち上がるのです。それまでは同じような状況でもなかなか立ち上がらなかったような子でも。
ちょっと頑張れば立てるのにしばらく倒れてしまっている時などは、こちらが心配そうに具合を尋ねると「な~んちゃって」と言いながら、明らかに痛いのにちょっと我慢して立ったり、「痛くないよ」「できるよ」と言ってすぐ立ったりして。
そして次からは同程度の転倒やケガなら私が駆けつける前に「大丈夫!」と言わんばかりにサッと立ち上がるのです。
不思議ですね、さっきまではクルクルだったのがいつの間にか天然アフロ・・・ってこれはさっきのネタじゃないかー! ・・・きっとこの時点でお読みになっている方が5分の1に減少:ソラダス予想。
不思議ですね、こちらのアプローチは全く違うのに、同じような現象が起きるんです。・・・今、気づきましたが文字で書くと“アプローチ”と“アフロ”って似てますね(あ、5分の1から8分の1に・・・)。
ただ、これでは子供が転んだ時にコーチとしてはすぐに行くのでも、遠くから見守るのでも、どちらでもいいのでは? ということになりますね。もちろんどちらにも意味があるのでしょうし、表面上の現象は同じでも子供たちの心の中で起きていることはきっと違うのだと思いますが。
それでも何故すぐに近寄るようにしたのかというと、答えは簡単です。
(そのような精神的な部分に関係なく)いくら注意深く見ていたって、ケガなどに対する自分の判断が誤っている可能性があるからです。過信するな、ということでそうすることにいたしました。
特に何かを結論づけるような話ではありませんが、ちょっと驚いたので皆さんにもお伝えしたく・・・。

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