« やっと「ホッ」-安全第一 | トップページ | アクションとリアクション »

2010年9月22日 (水)

スクールでの言葉

(2005年9月 通信No.28より①)

すみません、今回は2つほどありますので、読むと疲れてしまうでしょう。おまけですのでお読みいただかなくても差し支えない内容です。読むのが辛い方は裏紙をメモ用紙にでもして下さい。残念ですけど。
まず、前通信でちょっと触れた、私や子供の言葉についてです。こちらは短めでいきますのでご安心下さい。
前回、私がスクール中に言ってしまう言葉をちょっと挙げましたが、他には「うっせー(うるせー)」「テメー」「このヤロウ」などもあります。乱暴な言葉を並べてしまいましたが、決して皆様の反感を買おうとしているのではなく、「こんな言葉も使ってます」ということを知っておいて頂きたいだけです。ちなみに、暴力的には使わず、どちらからと言うと楽しみながらーその言葉を「楽しみ返す」子供達との関係を楽しんでいるのです。子供達もなかなかの言葉を私や友達に使っています。表現、言葉の数にキリがないのでここでは挙げませんが。
各ご家庭でも言葉使いなどには「しつけ」のようなものがあるでしょうし、汚い言葉を推奨するわけでも、「しつけ」を否定するわけでも全くありません。ただ、スクールでは、一般的な「コーチ(一般的に教える側)ー子供(一般的に教わる側)」とはちょっと崩れているような言葉使い、“?”がつくような言葉でも、“あり”とすることがあります。実際には「言葉」というより、「中身」を重視して、“あり”としていますが。
もちろん他人を傷つける言葉はよくありませんし、聞いて嫌な気持ちになる言葉もよくありません。しかし、子供の放つストレートな言葉は、多少乱暴に聞こえるようなことがあっても気持ちがストンと入っていたり、逆にちょっとテレビのマネ、誰かのマネをしたものというように言葉通りの意味なんて全くない時もあったり、悪意はないものが多いことも事実です。実際に、ストレートに馬鹿でかい声で言ったりしていますから、裏表がなく、安心と言えば安心です。また、子供が放つ言葉には、大人が作り出した環境から得たものもありますから、仮にそれらの言葉が良くないとしても、それを子供だけの責任にするわけにはいきません。
逆に、言葉はきれいでも、ハートのない言葉、自分や友達を騙すような、形だけ整えたものである場合の方が考えるべきでしょう。
「バカヤロウ」という言葉だって、悔しい気持ちが表れたものである時、しっかりしろと友達を応援する時、あきらめの悲しい気持ちから出る時、単純にカッとなって言ってしまった時、照れ隠し、仲直りの合図・・・実に様々なものを含んでいる場合があります。
こんな書き方をするとキレイな言葉や優しい言葉を否定している感じになってしまいますが、もちろんキレイな言葉、優しい言葉は、気持ちの入っている言葉、素の言葉である場合は大きな力を発揮します。大歓迎です。
ただ、子供特有の、純なアンテナがある時期、色々なことを吸収、感じることができる時期に、様々な気持ちの入った言葉を聞くこと、言うことは大切なのでは、と思います。言葉の本質というか、どんな言葉なのかを、言った本人、聞いた人間が感じることが大切なのではないかと思います。
そのためには、そういった言葉を言ったり、聞いて、その時の心の変化を感じたり、言った人の顔や聞いた人の顔を見て、本当に意味している(されている)ことや言葉の持つ意味・力を確認していく、認識していく経験を繰り返す必要があるのではないかと思っています。だから、子供が放つ「素の言葉」はしっかりと認めてもいいのかなと思うのです。・・・しつこいですが、だからといって人を傷つけてもよいということではありません。“認める=放っておく”ということでもありません。働きかけが必要だと判断すれば、そうします。・・・
スクールでは聞くことがありませんが(←皆様の日頃の子育てのおかげでしょう)、仮に他人を傷つける言葉があった場合、言った本人にその言葉の与える影響を、言われた本人にはその言葉の本当の意味を知ってもらう。そして言った本人にはその後どうすべきか、言われた本人にはその言葉の意味を受け止めた上で、乗り越えるべき言葉である場合にはどうすべきなのか、知って欲しいと思っています。そのためにも、今のスクールの、ストレートな、素の言葉のやりとりは必要なのではないかと思います。
そうした中で、お互いに何かを伝え合ったり、それ(伝える・受け取る)を失敗したりもしながら、だんだん友達の本当の気持ちがわかるようになったり、本当の優しさ、思いやり、真の強さが育っていくのではないかと思います。個の強さと絆の強さとでもいうのでしょうか。そう、サッカーに必要なもの、成長していく上で必要なもの、そのままです(“だんだん”では手遅れになるようなものだと感じたら、もちろんすぐに行動を取ります)。
そうした環境を経験した後でも、本当のキレイな言葉を言える子、本当の優しさ、強さを持った子は、育っていくように思います。中身を感じることができる、気持ちを伝えることができる子が。
とても大切なことですので、色んな子が集まる、スクールという特別な空間の良さを最大限に発揮するためにも、スクールの中では、“あり”としているのです。と、言葉についてはこんな具合です。
・・・またツラツラ、ドバドバと読む人のことを考えず勢いに任せて書いてしまいました。もっともっと相手の気持ちをわかることができるよう、私も努力します・・・。

|

« やっと「ホッ」-安全第一 | トップページ | アクションとリアクション »

スクールの考え」カテゴリの記事