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2010年9月25日 (土)

子供ら、やりすぎ! 

(2008年10月 通信No.75より)

■ガマン
・・・今年も夏空には色んな子が来ました。
初めて会う子もいたでしょう。初めてペアやグループを組んで練習し、相手が自分の思ったように一緒に練習してくれないこともあったでしょう。
最近(といってもこの文を書いていたのは結構前ですが)、少し思うのは、一緒に練習をする相手がちゃんと練習をしてくれない時や、友達に迷惑をかけたり自分勝手な行動をしたりした時に、自分が我慢してしまう子が多いことです。
その時に我慢して、その後もそのまま何事もなかったかのようにしている子もいれば、やっぱりつまらなかったので休憩中に「相手がちゃんとやってくれなかった」と私に言ってくる子もいます。
私に言ってくる子に対しては、「まずは友達に言ってみろ」と私は言っています。また、自分が我慢してばかりいる子には、「文句言わないでいいのか」と言うこともあります。
相手に不満を言うのではなく、自分が我慢して何とかしようとしている子は、そうしなければならないことも今後の人生でたくさん出てくると思いますし、そうすることで自分も周囲も成長することもたくさんあるでしょうから、立派ですし、すごいとも思うのですが、それでも、本当に文句を言わなくていいのかと、声をかけることがあります。
これまでに、相手の子と充分にケンカをしたり、言い合いをしたりして、色んなことを学んできたのなら理解できるのですが、まだそこまでの経験がないかもしれません。
相手に対してどう気持ちを伝えるのか、優しく言うのか、それともストレートにぶつけるのか。
同じ相手に対してでも、状況によって優しく言った方がいい時と厳しく言った方がいい時があるでしょうし、同じ状況でも相手によって言い方を変えてあげた方がいい時もあるでしょう。
また、本当に気持ちを伝えるのを我慢した方がいい時もあるでしょう。
が、まずはそれらを経験した上で、相手の表情や行動を見て、「あ、言いすぎた」「もっと言わないとわかってもらえないのか」「まずは俺が行動で見せよう」などの様々な思いを感じてもらいたいと思っています。
それらを経験せずして、自分の気持ちを抑えることばかりを覚えていくと、どんな時に気持ちを出していいのか、どのように気持ちを出していいのか、わからないで育ってしまいそうで・・・。
もちろん、常に気持ちを出せば良いというものではないでしょうが、少なくとも、出し方を少しずつ覚えていくことは大切でしょう。その中で、気持ちを抑えることも覚えていけると思います。
これは、気持ちを伝えない子にも、伝えてもらえない子にも、いいことではないと思います。
友達が嫌な気持ちになっていたり困っていたりすることを、友達が言ってくれなければ、自分で気づけないこともあります。自分では、みんなと楽しんでいるつもりで、何も文句を言われないから相手は困っていないだろうと行動を続ける。そして、いつの間にか、さっきまで友達だと思っていた子が離れてしまう。それでは悲しすぎます。
気持ちを伝えると、お互いに対する考えが違っていたことに気づくこともあります。
「なんだ、コイツ、いい奴じゃん」とか、「あれ、俺、こんな風に思われてたのか」とか。
まだまだ彼らは子供です。今のうちに、人との関わり方を自然に覚え、言われているのはどんなことなのか、自分を否定されているのか、それとも自分のある行動を否定されているだけなのか、自分が言っていることは相手を傷つけることなのか、それとも相手に必要なことなのか、少しずつ覚えていけるのではないかと思います。
彼らがソラを卒業し、大人と子供の中間になった時に、友達から何かを言われても、過剰な受け取り方をせず、自分に対して適当な大きさで受け取れるようになってほしいと思っています。
ただいつも我慢するのではなく、気持ちを出していい時と出すことを我慢した方がいい時があること、気持ちを出すといっても相手に伝えるためには色々な方法があること・・・
色々なことを、今、ここで充分に感じていってほしいと思います。
子供のサッカーって(サッカーだけではないと思いますが)、昔はそういう場、子供同士の関係から色々学べる場がたくさんあったと思うんですけどね・・・。
あまりに自分勝手なことをやっていたら、「あいつにはパスするのをやめようぜ」ということになり、子供のルールを覚えていく。
例えば、“やっていて楽しい”攻めの時だけボールを追いかけて、“つらい”守りの時に何もしなければ「(守りに)戻ってこいよ!」と言われることになる。それでも戻らなければ、例えその子にパスをすれば得点できるようなシーンでも「あいつが点をとっても(チームとして)面白くない」ということでパスをしない。そして、好きなことばかりでなく、みんなのために嫌いなこともやらなければならないことを覚えていく。
これは、単純に周りに合わせるというのではなく、「一緒に遊んでいるのに友達のことを考えないでいたら、そりゃ、一緒に遊んでいてもつまらないから遊ぶのをやめよう」とか、「頑張っていれば認めるけど、頑張ってない奴は認めないよ」という、子供の社会での当然のルールなのです。
もちろん、友達が勝手にしている時や頑張っていない時だって、ただ受け入れない、認めないというのではなく、手を貸した方が良さそうなところまでは手を貸すよ、という手助けはあります。言葉を発したり、行動で示したり、その形は色々です。ちゃんと、応援ありの中での、子供のルール。
最近、子供の試合を見ていると、完全にポジションが決まっていて、頑張りや子供同士の気持ちなどに関係なく、試合で勝つために、当然のようにパスをもらう光景を見ることもありますが、このようなことが多すぎたら、チームメイトの一員として感じることができる本当の嬉しさや悔しさを、どこまで感じられるのだろうかと思うこともあります。
子供が子供としての気持ちを十分に感じられる場が、たくさんありますように。

・・・と、色々書いてきましたが、夏空の2週目、ある日のU-12クラスで・・・。
対照的な2つの光景がありました。
夏空で初めてソラに来た子、この子は本格的にサッカーをした経験がありません。しかも、4年生。
クラス内では一番下の学年です。周囲には学年が上、サッカー経験が自分より長い子がたくさん。
ですが、練習も一生懸命やっているし、ゲームでも本当に一生懸命ボールを追いかけています。
かっこよくボールを相手から取ることができなくても、何とか追いかけて取ろうとしています。
経験の長い子から見れば、この子がまだサッカーを始めたばかりということはわかるでしょう。
ゲームでは、この子のそばに相手チームの子が何人もいる状況では、この子にパスをしても、相手にとられてしまう可能性があることもわかるでしょう(そのような状況でボールをもらうのは、経験のある子でも大変なので)。
ですが、この子はこの日、たくさんパスをもらっていたんですよね。色んな子から。
自然にボールが集まっていました。経験とか、初めて会ったかどうかなんて全然関係なく、ただ、仲間として、みんなからパスをもらっていたんです。当たり前の光景ではありますが、でも、すごいなって思いました。
一方、他のチームではこんな光景が。
ある子がシュートを決める。その子は喜ぶ。でも、同じチームの子はほとんど喜ばない。
この日、この子はゲーム前の練習で、友達にパスをする時に相手のことを考えないパスを繰り返したり、練習で使うために友達が用意したボールをどこかに蹴ってしまったりといったことがありました。練習やゲームの開始の時も、悪く言えば邪魔と言えるような行動をしてしまうこともありました(本来は“邪魔”の一言で表してはいけないのですが)。
もちろん、それらの行動がこの子のすべてを表すものではありません。
とても明るく、初めて会った子とも自然に話をできたり、名前を呼べたり。ただ、その明るさが、その日の練習では、良い方向に表れていなかったのです。
友達は良い方向に出ている部分をまだ見ていなかったので、(それまで、自分たちの気持ちと反対のことをされることが多かったので)その子が点をとっても嬉しくないのは自然なことなのです。
勝ちたいゲームで点をとった時に、友達が喜ぶのと喜ばないのとでは、楽しさが全然違います。
こういう経験も大切だと思うんです。こういう中で、友達との関わり方を覚えていける部分もあると思うんです。
チームメイトの一員として感じることができる本当の嬉しさや悔しさを感じられるサッカー、夏休みにちょっと見せてくれました。夏だけの空間で、よくやりましたね、子供たち。

■補足
私は、練習でいつも同じ友達とばかりペアやグループを組む子に対しては注意をしますが、それも、今、色んな子と関わりを持つ経験をすべきだと思うからです。もちろん、「いつも一緒」「絶対にコイツがいい」ということは悪いことではありません。
ですが、今、色んな子と関わる中で、自分の良さを相手に伝えることや、知らない子の良さを知ること、自分が(いつもの仲良しの子なら許してくれるけれど)本来なら許されない行動をとってしまっていることがあることなども知ってほしいと思います。そして、自分を省みたり、普段一緒にいる仲間のありがたさをもっと理解したりする必要があることにも気づいてほしいと思っています。
じゃないと、何も気づかぬまま、大きくなっていってしまいます。そして、これまでに許されていたことが許されない時に、成長とは全く反対の行動をとってしまうかもしれません。
人と関わりを持ち、育っていく中で、色んな言い方や表し方をみんな投げたり受けたりしていきます。表面上は全く逆の言葉や行動でも、伝えようとしていることは同じということもよくありますし、表面上は同じでも、実際は全く異なることを伝えていることもあります。
ソラの子だって、笑い方は一人一人違うし、怒り方も一人一人違います。うるさいくらい明るい子、物静かな子、色々いますがこれでいいんです。多くの子、色んな子との関わりの中で、本当に楽しいと思う経験,本当に悔しいと思う経験を子供たちがしていってくれたらと思います。そして、子供たちが伝えられていることの本質を自然につかむことができるようになっていってほしいと思っています。

■追加・・・1
と、もう終わる予定だったのですが、夏空4週目にちょっとしたことがあったので追加します。
・・・夏空4週目、子共たちがさらに少し成長した姿を見せてくれました。
そう、頑張っていない味方には、その子がいいポジションにいてもパスをしない・・・。
ゲーム中、ある子が、守りに参加しないのに、失点したら残念がるような言葉を発していました。
その言葉は、GKを責めるというものではなかったと思いますが、それでも、守りをしていないのに、そんなこと言う権利はないんじゃないのか、という感じでした。
ここで私が注意や説明をしても良かったのかもしれませんが、子供たちの成長を見るため、その後、数分、子供たちのプレーを見ることにしました。そして、その間、この子が(得点するためにはいいポジションで)パスを呼んでも、パスはそこには行かなかったんです。
この子は「へい!」と大きな声を出しています。でも、ボールを持っている子がパスを出さない。
パスをしない子にしてみれば、味方が声を出しているのにパスを出さなければ、もしかしたらコーチに「仲間にパスをしない自分勝手な奴」だと思われるかもしれませんし、「まだ技術的に仲間を見ることができない」と思われるかもしれないのに。特に、この日はテーマ的にも、「パスを呼ぶ味方を信じてパスをすること」を子供たちに何度も言っていたので、パスをしなければ、それを理解していないと思われる可能性の方が高いのです。
逆に、パスをすれば、「こいつはみんなにパスをする良いヤツ」とか「遠くまで見ることができるボールコントールを持っている」などと思われ、さらに「テーマをよく理解、実践している」と良い評価を得られるかもしれません。それなのに、パスをしない。技術のある子も、理解のある子も。― 頼もしいです。「子供」です。
たぶん、私が子供でも、自分たちが一生懸命に守っている時に守りに来ないで、自分たちが攻めの時だけパスをもらおうとする子には、パスはしません。それだったら、他の、一緒に頑張って守ろうとしてくれた味方にパスをします。その方が楽しいんです。
もちろん、その子はべつに守りをさぼっていたのではないと思います。悪気もなかったのでしょう。
もし、「そんなこと言うんだったら守りに戻ってこいよ」という仲間がいれば、気づいたのかもしれませんし、気づけばいいプレーもたくさんできたでしょう。でも、まだ(期間的に)そこまでの関係にはなっていなかったので、このようなことになっただけです。
それでも、夏休み中の一か月のメンバーで行う子供のサッカーとしては、上出来です。
これでいいと私は思います。こういうサッカー、どこまで子供たちが発見できるのか。
これからも、「子供」のサッカーからどんなものを子供たちが発見できるのか、楽しみです。

■追加・・・2
・・・と、ここで終わるつもりがなんとなんと、2学期最初の水曜日コースで、出ました! 
「だって、お前どうせパスしないじゃんかよ!」という声が。こういう声が必要なんです。
ゲーム中、ボールを持つとまずゴールを目指す…すぐにシュートを打てなければ、ドリブルからシュートに持ち込もうとする。ドリブルですぐに相手が抜けなくてもなんとか抜こうとする。
だから、パスをすることがあまりない・・・というように思ったのでしょうね。味方の子が、そのようなプレーをしている子に対して、さっきの言葉を発しました。
もちろん、相手はそういうつもりでなかったかもしれませんが、あまりにも自分勝手にプレーしていたら、そう言われるのです。
実際に、この時は、これを言われた子は、確かにドリブルが多く、また雰囲気的に自分勝手にやっているように見える感じもあったので、そのように言われても仕方がないと言えば仕方ないのですが、違うチームの時には、ちゃんとパスをしている場面がたくさんありました。
もちろん、ドリブルでガンガン行くプレーも多かったですが、無理に狙えばシュートを打てる場面でも、味方の子に、優しいパスをする場面もありました。ですから、決して自分勝手にだけプレーをしていたわけではありませんでした。
この子のプレーが自分勝手なようになる時と、そうでない時の違いは、相手チームの守備でした。
さっきのことを言われたゲームでは、相手の守備がそこまできつくなかったので、この子がボールを持った時にはすぐにシュートを打てる場面ばかりでした。だから、パスをせず、打っていただけです。また、ドリブルで相手が抜けず、この子がつらい態勢になっても、そこでさらにボールを奪いに来るような守備者がいなかったので、またこの子がボールをキープしながら色んなことを考える余裕があったのです。
その結果、(あまりきつくない守備なので)パスを要求する味方の声も、「今出せ!」というような緊張感のある声よりも「へ~い」というようなリラックスした声が多く、また、パスをもらうための動きもサッと動くような感じではないので、パスが出ず、この子が一人でボールを触る時間が長くなったのです。
言った子も言われた子もどちらもべつに悪くなく、強いて言えば相手の守備、全体の守備意識が問題だったので、この原因は子供たちにはわかりにくいかなと思い、この時は、もっとボールを奪いに行くように全体に話しました。
ただ、私がその説明をする前に、すでに、さっきの言葉を言われた子はもっと周囲を意識するようになりましたし、言った子も言った手前、頑張らないわけには行かないのでさらに頑張り、お互いのプレーが良くなっていました。
何かを言われると、その時は感情的に言い返すことがあったとしても、それにより、何かに気づいてプレーが変わることもあります。また、言った側も、相手が自分の言葉を受け取った時の顔やその後の行動を見て、プレーがより良くなる、相手への考えを改めることもあります。
こうして、お互いに多くのことに気づき、そして、技術的にも成長していくことがあるのです。
・・・なかなか面白くなってきました。日に日に成長を見せています、子供たち。いいぞ! 

■引き寄せろ
しつこいくらいに続きます・・・すみません。←一応、“しつこい感”を少しでも和らげるために、「引き寄せろ」という題にしてみました。本当は、「追加・・・3」という題なんですけど。
先程のことがあった日、その、自分勝手にやっているような子に対し、別の子がとった、ある行動。
ゲームで並ぶ時に「べつに並ばないでいいよ~」と言い、なかなか並ばないその子。
みんなは早くゲームをしようと並んで待っていました。
そして、やっとその子も並んで、みんなで“よろしくの握手”。この時もこの子はちゃんとせず、相手の顔も見ず、雑に相手の手を面倒くさそうにさっと触り、(相手は握手をしようとしていたのに)すぐに離れてしまいました・・・いや、離れられません! 
なんと、相手の子が、さっと離れようとしたその子の手を強くつかみ、ぐっと引き寄せたのです。
ちょっと決心したような顔で顔は赤く、少し笑って、でも、しっかりと強く、引き寄せました。
引っ張られた子は、一瞬驚き、その後は、照れと嬉しさと混ざった顔でニコッと。
このすぐに離れてしまおうとしていた子、それまでの並ぶところでも、なかなか並ばなかったり、好き勝手なことを言ったり、並んでも、一人だけ練習に関係ないことを言ったり・・・少し、他の子との雰囲気上の差が出てきていました。
ただ、この日は水曜日。水曜日は「大人なしでサッカーしてみろ」的な部分もあるので、私はほとんど注意もしませんし、子供たちの間にも入りません。ですからこの時もじっと見ていました。
そして、さっきの場面になったのです。
その時、腕をグイッと引っ張った子の、ちょっと「間」があっての引っ張りと表情を見て、私は、友達がその空間から離れてしまう、孤立してしまうことを止めたかったのではないかと感じました。
「そんなこと考えつく?」と思われるかもしれませんが、この子なら、できるかもしれません。
この日は、練習前からこの2人は遊んでいて、練習中も2人組を組んでいました。
もともとそんなに絡む方ではありませんが、この日、2人はかなり絡んでいました。
練習前の遊んでいる様子も、初めて友達になる時のように、ちょっとぎこちないのですが、それでも「一緒に遊ぶ」という心でつながっていたようでした。
ですから、さっきまで一緒に練習していた子が、急に周囲と違いすぎる方に行っている、何かおかしい、何か嫌だ、何とかしたい・・・そういう思いから、引っ張ったのかなと思います。
もしかしたら違うかもしれませんが、言葉にはできない思いが働いての行動だと思います。
あの時、本当に、ただサッと手が離れてしまったら、本当に好き勝手なことばかりして、きっと、周囲の子はその子と一緒にやるサッカーを楽しいとは思えない状況になっていたでしょう。
そうしたら、その(離れた)子がかわいそうです。良いところがたくさんある子なのに。
それを食い止めたかったのかなと思います。子供たち、本当に頼れるヤツラになってきています。

■おならが出る? 
もう、いい加減に終りにしてという感じでしょうが、実はさっきの話と続いていますので。
文句があるのなら子供たちに言って下さい。だって、書きたくなるようなこと、するんですもん。
さて、その「グイッと腕を引っ張った子」が、ゲーム中に転倒してしまいました。
相手チームの子の足が引っ掛かってしまい、結構勢いよく転び、おしりを打ちました。
その子が「おー、痛ぇー!」と言うと、足をかけてしまった子が「ごめん、大丈夫?!」とすぐに声をかけました。本当に心配して謝っているのがよくわかります。
すると、この転んだ子、「オナラが出る~!」と。心配した子も、そばにいた子もゲラゲラ状態です。
きっと、心配させないように、こんな冗談を言ったのでしょう。結構、痛そうでしたけどね。
この子、本当に心も体も強くなっています。上手になっているのは明らかですし、親御さんからの話を聞いても、心身ともに成長していることがよくわかります。それがよくわかる、一場面でした。
さっきも書きましたが、水曜日は大人なしでのゲームをイメージしています。
この日は、2学期最初の水曜日コースで、子供たちは一人一人、自分のイメージではじけていて、ゲーム開始時点では、みんなバラバラでした。
色んな言葉、他人に関係ない独立した言葉、自分だけの好き勝手な言葉が飛び交い、ゲーム開始後も10分くらいは「この後、どうなるのだろう」と思って見ていました。
場合によっては、注意に入らなければならないかと思いながらも、見極められる限界までは見極め、その上で大人として子供の中に入るなら入ろうと思っていました。
そんな中、さっきのような状態まで、子供たちが持って行ったんです。
本当に、開始直後には想像できないくらいの、立派な「子供サッカー」でした。
ここまで子供たちに力を見せられたら、こっちもさらに、頑張りたくなりますよね。お互い、切磋琢磨して(勝手に子供たちの仲間に入れてもらっています)、良き空間を作っていきたいと思います。

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