« 「子供が声を出さない」というご相談 | トップページ | 子供の素のサッカー »

2010年9月23日 (木)

競争環境

(2007年5月 通信No.57より)

思いつくままに、今回は書かせて頂きます。まとまりのない文章ですがお許し下さい。
現在、月曜日に開催しているU-15クラス。ここに在籍している2人がうるさいうるさい。
さすが、中学生にもなると、通信を自分で読んでいる、さらにホームページもちょこっと見ているらしく、「ねぇ、また俺たちのこと書いてないじゃん」「中学生クラスのことも書いてよ」、時にはホームページにもケチをつける・・・などなど、いちいちウルサ~イ!  
お前たち(←中学生のことです)とは、練習後にたんまりと話をしているではないか! スクールのことも、お前らよくわかってんだろうが。ホームページだって、(ホームページの)充実よりお前らのメニュー考える時間の方が大事だし、やりたいことなの。←さり気なくホームページが地味なままである言い訳を入れてみました。
・・・ついこの前の練習後も、「俺たちのことも書いて」とうるさく・・・。「なので」というわけではありませんが、今回は、この2人のことをちょっと書きます(嫌々?)。
おそらく、この通信も、渡したらすぐに読むことでしょう。そして、こんな書かれ方をしているのを見て、すぐに文句を言うのでしょう。
さて、そんな中学生クラス。ちょっと練習の内容をご紹介しますね。
中学生クラスでは、基本的なことをもちろん練習しますが、それぞれの練習で、スタミナが必要な強度になっています。それは、心肺機能が発達する時期だからです。たまにヘロヘロにしています。**小学生クラスは、年代的に技術の習得がしやすい時期なので、そんな練習をしています。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、技術の習得は頭が働いていないとできませんから、ヘロヘロ状態にはせず練習してます。**
・・・・・・・・・
それにしても、4クラス(U-6,U-9,U-12,U-15)の練習を見ていると、各クラス、年代の「らしさ」「魅力」がよくわかりますね。特にゲームでそれが表れます。しかも、各年代の「らしさ・魅力」に加え、一人一人の「らしさ・魅力」が存在します。それらが十分に表現された時には、何とも面白いサッカーになり、見ていると、「このあとどこまで自分たちの可能性を広げるんだろう」とワクワクします。・・・ただ、いつもそういうプレーばかり見られるわけではなく、(損か特かに関係なく)ボールを出さないようにプレーしていた子が、出れば自分に有利になる場面ではボールをそのまま外に出してしまったり(出さなければ大変な思いをするけど必ず上手になるのに)、相手のボールを取る時に、自分でボールをキープしようとせずにすぐに外に蹴りだしてしまったり(ピンチは脱出できますが、自分にも、他の子にとっても、成長のチャンスがなくなります)・・・。さらには順番的に吸収すべきことがまだ残っているのに、上の年代でやるような“戦術”的なプレーに走ったり・・・なんてプレーを見ると残念になります。もちろん、残念な気持ちになると同時に、どうにかせねばと思い、必ずや成長につなげたいと思いますが。
さて、話は変わりまして・・・5月に入ると、チームに入っている子は様々な大会があるようですね。仕事柄、コーチの方からのご相談を頂くこともよくあります。
やはり、育成年代だという大前提を踏まえている方が悩むのは、「個性」をいかに発揮させるか、ということのようですね。
「個性」を、「偏った技術」と捉える見方がありますが、それは違います。「個性」は、「基本」の上に、成り立ちます。多くの方がご理解されている通りです。
しかし、この「基本」自体の理解を誤っていると、本来、受け入れるべき「個性」をも受け入れないことが出てきてしまうかもしれません。私は、サッカーでの「基本」とは、その年代に必要な、その年代に身につけることができる(身につけることが適当な)技術・体力だと思います。
何も、大人のサッカーに必要な技術が基本なのでも、大人のサッカーのような戦術の理解が基本なのでもありません。子供の年代に合ったものでいいのです。
それがわかっているコーチは、子供の良さをなくさないように、生かすように、伸びる要素を捨てずに、みんなが成長するように考えるから、苦悩するのでしょう。
子供の試合は、単純に「勝ち」=「子供の成長」(「負け」=「成長せず」)なんて式が成り立ちません。そのかわり、「伸びる」という本来の目標に絞ってサッカーをすることができれば、何とも魅力的なサッカーになるのです。

・・・・・・・魅力的なサッカー。U-6,U-9クラスは、いつも魅力的なサッカーをしてますね。
U-12,U-15クラスは、子供が精神的な部分でも色々と変化する時期でもあるので、いつも「魅力的」とはいきません。そんな日があってもいいと私は思うのですが。あ、もちろんゲームが魅力的でなくなるのは私の責任です。すみません。
特にU-12クラスの4月の最終週(ゲームをたくさんやる週)は、曜日によって全く雰囲気が違いました。
ある日は、笑ったり、怒ったり、すっごく真剣になったり、適度~にリラックスしたり・・・色々な表情がありましたが、全部本当。まさに子供度100%のサッカーをしていましたね。
そして、その日の、その“子供サッカー”の中心にいたのは、とても子供らしい6年生。
頼りになるこの子は、普段、私に注意されることもかな~りあるのですが、笑ったり、叫んだり、「燃えたり」しながら、色んな子とプレーを楽しんでいました。
逆に、「あれ、お前らどうしたの?」と思うゲームをする日もありました。今までの彼らなら、「こういう働きかけをすればこうなる」というようなケースで、そうならず・・・。
友達との絡み方がちょっとバラバラすぎる感じで。
4月の第1週から第2週にかけて、曜日によっては、年代的にちょっと早すぎることをやろうとしている子が数人いたので、(まだ覚えるべきプレーではないので)そのことについて話をした日がありました。その月の最終週でのプレーがそんな感じだったので・・・色んな表情があっていいと思いますが、大人のような顔は、大人になってからすればいい、みんな、もうしばらく、子供でいてほしいと思う日があったのでした。
・・・話がずいぶんそれました・・・そろそろ中学生がブーブー言い出すころなので、話題を中学生の子達に戻しましょう。
今は2人で活動しています。高学年の子を練習に参加させることもありますが、子供達はもっと人数がいた方が嬉しいようです。子供たちにはちょっと申し訳ないのですが、それでも(彼らに必要な間は)彼らが伸びる環境は何とか作っていく気です。
さて、この中学生。2人ともいい奴です。実はちょっと前に嬉しいことがあったんです・・・「書いて」なんて言われなくても書く気だったのに、先に言うんだもんなぁ。反抗期なら書くのやめるぞ、やい、中学生! 
ちょっと前、1人の子が練習を続けて2回休んだ時がありました。その時、練習後に1人の子と話をしていると、「あいつがいないと何か・・・」というようなことを言っていました。「何か」の後には、「さびしい」「つまらない」「やりにくい」等の言葉が続きます。
私は、2人がこう思える関係にあることを嬉しく思います。
2人なので、練習内容によっては競争関係になることだってあります。当然、3人、4人での競争に比べ、競争相手がはっきりします。それでも、これまでに、助けたり、助けられたりということがあったから、ちゃんと相手の良い部分を認め合い、協力すべき時は協力する、競争する時は競争する、互いに成長する・成長させることができるような関係になることができたのだと思います。この子達ももう中学3年生。いつまでスクールに来れるかはわかりませんが、いい友達を見つけたものですね。

・・・と、ここで、競争についてちょっと、触れます。
最近、練習に、よく「競争」形式のメニューを取り入れていたので、ご説明を加えますね。
子供達は競争が大好きです。中には嫌いな子もいるかもしれませんが、楽しめる範囲のものは基本的に好きですね。なので、やる気を高めるために、それを利用することはよくあります。
例えば、ワザの練習をやる時に、「もっと早く、速く」と言っても動きの変わらない子が、「競争やるよ~」と言うと急にビュンビュンしだすこともあります。
「お前、それは気持ちの部分が足りないんだろう」と言いたくもなりますが、(実際に言うことも結構ありますが)言ってもダメだけど、やり方やルールを変えれば気持ちが変わるということは、まだその(例えば口で言う)方法よりも違う方法で動きを高める方が自然であったり、言い方を変えて伝える必要があることを示しています。もちろん、その方法でも十分に伝わる段階の子もいますので、併用していきますが。
さて、そんな競争形式。誤解があるといけないのでお伝えしておきますが、取り入れるのは、「子供たちにあった状況、子供たちにあった程度で取り入れる」という大前提があるということです。気持ちを高めたり、より楽しませたり、ドキドキに慣れたり、達成感を持たせたり、逆にリラックスさせたり・・・他にも理由・目的は様々で、取り入れ方も色々ありますが、「子供の成長のため」が大前提です。なので、子供に合わない取り入れ方はしません。
今、心と体がすごく成長する大切な時期なのに、子供たちを適当でない競争環境におくと、逆効果になることもありますから。
何でもかんでも、競争下に置けば、それに勝ったもの、勝とうとする者が強くなるかと言えば、そうとは言えません。
今は、サッカー選手でも海外のチームに行く選手が多く、移籍先での「レギュラー争い」などがテレビなどでもよく話題になりますね。
「フムフム、さすが一流だ。やっぱりもまれないとな」「争いがあるから、強く、上手くなるんだよな」とも思いますが、まだ、自分や相手のことを勉強中の子供たちに、大人と同じような、(彼らに合っていない)「競争」を課したらどうでしょう。
子供がそれを自然に跳ね返しているうちはいいかもしれませんが、うっかりすると、競争に勝ちたいから他人(競争相手)の悪いところを見つけようとしたり、ジャマをしてみたり、自分や他人に適当でない順位のつけ方をしてみたり、レッテルを貼ってみたり・・・オーバーなようかもしれませんが、競争環境の与え方が合っていなければ、時間の経過と共に、そこまで発展する可能性だってあります。
子供のとる、それらの行動は自然と言えば自然です。でも、自然だからいいかと言えばそうではありません。
もともとの状況が、子供たちに合った競争環境でなければ、そこで表れる行動がいくら自然でも、彼らには合っていないのです。***子供が作り出す環境下であったり、発する側・受け取る側の子供にとって無理のない範囲でのものなら、それが成長につながることも、成長するための仮の行為であることもありますから、それらの行動自体が悪いのではありません。例えば、「どっちが先に的にボールを当てる?」というような競争で、先に失敗した子が、“声を出したり”、“笑わせたり”というような方法で、相手の子の邪魔をするのは、どちらも適当な大きさで受け取る・返すことができるので、成長する上ではあっても良いことだと思います。***
適当な競争関係にあれば、友達を素直に認めることができ、それらが良い意味で表れ、吸収し、成長していけるでしょう。友達を認めるのには勇気が必要なこともありますので、強くもなっていくでしょう。しかし、子供の範囲を超えた関係ではそうはなりません。
そこでの勝者になっても、一見、強くなったように見えても、それを支えているのは絶対的な自信でも、自己に対する正当な評価でもありません・・・。
まだ適当でない段階で、適当でないものを求めると、逆に弱さを強さのように出して、弱さを育てることにもなりかねないのです。
どんな競争関係でも、ちゃんと素直に認め合ってほしいと思いますが、子供は今、強さだって身につけている途中 - 適当でない競争環境下におかれ、(正しい努力をすることなく)他人を抑えることや他人が失敗することによって自分が優位に立つことを成長だと勘違いして育ってしまったら、これは本当に残念なことです。
今は、自分を信じること、友達を信じること、それによって互いが成長することをまずしっかり覚えてほしい年代です。そのためには、自分が自分のために頑張ることも、自分が友達のために頑張ることも必要です。また、友達が自分のために頑張っていることを知ることも必要です。
あたり前のことですが、助けたり、助けられたり、それによって、自分の存在や力を知ったり、友達の存在や力を知ったりすることができ、お互いに、(1人でいる時の何倍もの)成長をしていけるのだと思います。
スクールの中での競争メニューや競争環境は、そこからスタートしての、年代にあった「競争」の取り入れ方をしています。どうぞご安心を、ということで・・・。
・・・随分と脱線したようですが・・・中学生の2人は、そんな過程をしっかり踏んできたように思います。だから、今、2人で成長しているのだと思います。

では、競争~友達~成長ということで、最近あったことを。
U-9クラスの子。非常にチャキチャキ足の動く子がいます。
この子、ゲームの時に練習したテクニックによく挑戦しています。自分が上手になるために、自分が楽しむために。でも、それだけじゃなく、友達のためにもテクニックを駆使します。
ある子に得点を入れさせたいから、ドリブルで相手をどんどん抜き、そして友達に点を取らせようとする。パスしたい子に(パスをしたいけれども相手が邪魔をするので)ドリブルにこだわって、そこでテクニックにも挑戦する。そして、成功したらパスを出せる。
自分のためにドリブルをしていても、ボールを取られたら取り返す努力をしますが、友達のためにドリブルをしている時の方が、ボールを取り返そうという気持ちは強くなります。だから、とても成長します。そして、友達が点を入れた時には、すごく嬉しそうな顔をしています。
この子だって、競争に負けるのが大嫌いで、競争に負けると口を尖がらせたりしています。程よい感じで文句も言います。でも、子供の受け取るべき大きさの競争の勝敗なので、合った大きさで上手に、強く、優しくなっているように思います。
ちなみに、友達のためにというのは、(その子が)「サッカーを続けるため」であることもあるし、「(玩具の)ゲームをできなくなるのを防ぐ」ためであったりと、これまた子供たちにあったもので、本当にいいなぁと思います。こういう範囲で、友達を助ける、友達に助けられる、ということを経験することが必要なんですよね。
助けてもらった友達は、少しずつ自信だって出てくるし、自分の存在・力を、友達の存在・力を、子供にあった大きさでわかっていきます。少しずつ、自分のためにも、友達のためにも、頑張れるようになります。
助けられる側、助ける側の双方にとって、自分が頑張ったことを友達が喜んでくれる環境が生まれます。だからこそ、みんながうまくなる - 今はこれでいいんです。
すごく伸びている子が、「僕達が成長するのはこういう時さ」というのを体中で表現してくれているような気がします。
さすがさすが。
・・・・・・最後に、O(オーバー)-30クラスの話を・・・(まだの方もいます? もうすぐもうすぐ!)
ある方(コーチをされています)と話をしていると、その方が、友人のコーチが変わった(とても良いコーチになった)と話して下さいました。その方自身、ご自分のことを「変わった」と言っていました。以前は、勝敗の結果に意識が行き過ぎていたらしいのですが、今では子供の成長を、より考えるようになったとのことです。
これまで、その方とは随分と色んな話をしてきました。子供のプレーについて、子供のすべきサッカーについて、子供が成長するサッカー、成長していくプレーとはどんなものなのか・・・他にもたくさん、一緒にお話をさせていただきました。
最初の頃は、お話の内容も、試合の結果やスコア、戦術的なことが多かったのですが、色々お話をしていくなかで、今では、それらのことはあまり話題に上ることはなく、子供のプレーについて話をするようになりました。
その方が言っていた、友人のコーチの方の変化、これは当たり前と言えば当たり前です。
例えば「勝利」や「優秀な成績」を求めるとしても、それが「子供のため」「子供の成長のため」と思って、子供たちに求めているのであれば、当然、子供のことが気にかかり、子供の顔を見るようになり、表情を見るようになっていきます。そうすれば、次第に子供たちにとってどんなサッカーが良いのか、より深く考えられるようになります。それが、「変化」として表れることもあるのです。
また、別の方が勝った試合の後で、「子供達は頑張っていたけれど、私達のベンチワークが反省点です」と言っていましたが、コーチも子供も、一緒に成長していける、それが少年サッカーの、何よりの魅力、本来の魅力なのかもしれませんね・・・。
あ、皆さんの成長ばかりを書いてしまったので最後に私達の成長話も書きます。悔しいので。
ソラは今、ペアを組んでコーチングにあたっています。せっかくペアが組めるので、一人でグラウンドに立つ場合よりも効果が出るようにしたいと思っています。また、これまたせっかく違う人間が2人なので、それも活かしたいと思っています。
同じような2人がグラウンドに立つ場合よりもさらに効果を高められればと努力しています。
テクニックを指導する際の役割分担(説明役、見本役など)や雰囲気作りの際の役割分担、運営上の役割分担・・・様々な役割分担があります。
コーチ間の意思統一は必要ですし、行動がバラバラではいけませんが、子供をより成長させるためには、それぞれが、相反する役割を担わなければならないことも必要です。
ですから、私が「フンガー! (怒)」となった時には、豊田は落ち着いていて子供をフォローしています。逆に、私がフニャフニャしている時には豊田がビシッとしています。ちなみに、もし私が子供たちにとって良くない言動をしたら、きっと豊田のグリグリヘッドが飛んできて私をKOするでしょう。それぐらいの信頼関係はできています。
子供が起こす行動は、単純に線を一本引いて評価できないことが多いので、様々な役割が必要で、この2人の関係がうまくいかなかった時には、かなり反省です。悔しいですが、そんな時は、その都度話し合って、成長につなげる努力をしています。
さて、まだ今年度は始まったばかり。まだまだたくさんの表情が生まれることでしょう。
皆さんや子供たちに負けないように、頑張っていきますので、どうぞよろしく! 

|

« 「子供が声を出さない」というご相談 | トップページ | 子供の素のサッカー »

スクールの考え」カテゴリの記事