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2010年9月26日 (日)

しっぺがえし

(2010年6月 通信No.97より)

U-6クラス・・・子供たちは、好き勝手にやっています。無法地帯です、無法地帯! 
なので・・・・私はもっと好き勝手にやっております! 
申し訳ありませんが、一般的な働きかけなんか無視、無視! 
でも、基本を軽んじているわけではありません。基本はとても重要なので、その上でのことです。・・・・・あ、今、電子レンジのピピピ音が聞こえました。ということで、シューマイを食べながら、続けさせて頂きま~す。
だって、今日はまさにそのU-6クラスがあった日。
ちょうど保護者の方に「U-6クラスのことも書いて」と言われたので、「書きますよ!」ということで書いているのですが、もう、エネルギー残ゼロですので・・・シューマイ食べま~す。ちなみにわんこロー君が、私がこぼすのを狙っています。こぼすか! もう立派な大人だぞ(だけどたまにこぼすからヤツはここにいる)。「お腹すいた」という顔で見ているので、ちょっとあげ・・・るかっ! 俺のだ! 
・・・話を戻します。どこまで話しましたっけ、そうそう、まだ全然話してない。戻すまでもない・・・。
えぇ、好き勝手にやっていますが、決して基本は軽んじておりません。
しかし、子供界には“見た目の基本”では通用しないことも多く、Oh,No! ・・・いやいや、応用応用なのです。
例えば、道端で子供が転んだ時に、すぐに立たないとするじゃないですか。
お母さんが自分のところに来てくれるかが心配で、まるでそれを試すかのように(意識的に、或いは無意識に)、しばらく立たないことがありますが、こういう時は、一度、そばに行ってあげると、次からは見守ってくれていると安心して、自分から立つようになることもあります。
「不安だったら安心を与える」・・・これは基本といえば基本です。
同じように、子供は「かまってオーラ」を発して困らせるような行動を取ることがありますが、基本的には、普段、十分にかまってあげるとそれで満足したり、困らせなくてもかまってもらえるのだと(見てくれているのだと)安心したりして、「かまってオーラ」を必要以上に発しなくなることがあります。
「関わりを求めているなら関わる」・・・これも基本です。
ですが、基本とは全く逆のことが必要なことがよくあります。“見た目の基本”とは全く逆のことが必要なこともよくあるので、私は、応用として捉えられるようなことでも、基本として捉えています。
行動の理由を考え、先程挙げたような基本的な対応が望ましいように思える場合でも、さらにもう少し深く考えて、それと真逆のことをすることがあります。
ソラは子供たちの作る空間なので、子供に相応しい「しっぺがえし」はあった方がいいと私は思っています。
もし、約束を破ってしまったら、悲しい思いをする。友達が自分のことを思って助けに来てくれたのに、それに応えなかったら、悲しい思いをする。こういうことは、必要だと思っています。
ですから、「こりゃ、子供の世界では通用しないだろう」ということは、放っておく(実際には放っておいているわけではありません)ことがよくあります。こういう働きかけをする時は、それなりの理由がある時ですが。
例えば、小さい子は、よく、自分からプイッとコートの外に出てしまうことがあります。「あっ、ウチのことだ」とか思わないで下さい。本当によくあることですから。
そういう時、グラウンドの中や友達の様子に全く興味・関心を示していなければ、結構強く働きかけをします。
ですが、興味・関心を示すサインを出していたら、私はちょっと放っておくことがよくあります。
そして、様子を見ながら、ちょっと声をかけます。何度か適当な大きさ・内容の声をかけて、それでも、プイッとしていたら、それ以上は声をかけないこともよくあります。
「コーチなのだからもっと声をかけてあげた方が良いのではないのか」と思われるかもしれませんが、私は理想からはかけ離れたコーチなので。
なぜなら、声をかけるのが、私でなく、子供であっても同じでしょうから。
子供の場合、数回は「どうしたの?」「いっしょに遊ぼう」と言うでしょうが、それでも、相手がそれに応えようとしなければ、声をかけるのは数回で、自分は遊びの中に戻っていくでしょう。
これは、別に優しくないのではありません。優しい子でも、まだまだ「自分が」中心の時ですから。
まだ自分の楽しさを友達に全てあげるようなバランスの取り方はしません。本人が楽しい経験をたくさんする必要がありますから(そういう年代ですから)、これが自然だし、これでいいのだと思います。
なので、私もそれに近い行動をするだけです。
さすがに、子供のする回数よりはちょっとだけ多く声をかけますが、本当にちょっと多いだけです。
その時に、(本心では戻りたいのに)自分から応えようとしないと、ちょっとさびしい思いをさせるのです(こういう時でも、子供の段階や様子によっては、もちろん、声をかけ続けます)。
こういう中で、心を使って、子供たちは色んなものをつかんでいくのです。
この前も、プイッとなって外に出た子がいます。
私は数回声をかけた後は声をかけず。すると、ある子が声をかけに行ってくれました。
声をかけられても、その子は中に戻って来ませんでしたが、声をかけに行った子は、数回声をかけた後、練習に戻ってきました。これぐらいが自然です。
声をかけてもらっても、その時に応えず、戻るきっかけをなくした子。
その日はちょっとさびしい思いをしたことでしょう。かわいそうでも、子供の世界ではあたり前の一日です。
こういうことから、自分がどこまで歩み寄るべきなのか、友達の気持ちにどう応えるのか、その他諸々のことを少しずつ学んでいきます。
・・・さて、その2週間後、この子は同じようにプイッとなり、コートの外に出ました。
この時、私は全く声をかけず。すると、前回声をかけに行った子が、また声をかけにいきました。
するとすると、声をかけられた子は、すぐに嬉しそうにコートの中に入ってきました。
前は全く同じ場面で、まだ戻って来なかったのですが、今回は一回の声で戻ってきました。
さびしさ、嬉しさ・・・あたり前ですが、子供たちは、子供たちの社会で、多くのことを学びます。
心を使いながら、何かを感じながら、簡単には線を引けないものに線を引いたり、見つけにくい基準を見つけたりして、分別を学んでいきます。そういうことがとても大切な年代なのです。
好きなように思いきり行動する中でこそ、そういう本当の線や基準は見つかるものです。
これからも全クラス、適当な大きさのしっぺがえしが来るような、自然な場であればいいなと思います。
冷たくてごめんなさい(わんコローにもシューマイはあげず。さっき、あきらめてすごすごと戻りました)。

*今回の話の中で約束を守らなかった子は、この話の1週間前、ゆびきりをしたら、約束を守りました。
その前の週(=2週間前)は、ゆびきりをしても(途中まで約束を守りましたが)、最後の方で守れなかったのに。
少しずつ成長していた子です。
こういう流れできていたので、さっきの話の週も、予定ではゆびきりをするつもりだったのですが(もししていたら、きっとこの子は最後までまた約束を守ってくれたと思います)、この時は、ある理由からゆびきりをしなかったのです(私としては、ギリギリの選択で)。
そういうことも、この日のプイッには関係していますので、私はこの日のプイッも自然なことの一つだと見ています。
*練習時は、「見えない働きかけ」がたくさんありますので、保護者の方は、スクール中はコート外からは子供たちに話しかけないようにお願いいたします。
*プイッとなっている子が、グラウンドの中に興味を持っているかどうかは、足の微妙な動きや表情、視線、様々なものに表れます。一見わかりにくいこともありますが、それらの行動から、どれぐらい興味を持っているか、どれぐらい自分で処理できるのかを判断して、働きかけの方法は決めています。
*この前、ある子がお母さんと遊んでいるのを見ました。その子は、兄弟の中ではお兄ちゃん。きっと普段はお母さんも下の子を見なければならない時間が多いと思います。そういうこともお兄ちゃんは理解していると思います。
ですが、こういう、お母さんと1対1で過ごせる時間があったなら、それはこの子にとって特別な時間で、とても安心するだろうなと思いました。

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