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2010年9月26日 (日)

ありの「ヤダ」

(2009年11月 通信No.87より)

ある日のU-9クラスの練習。
「2人組を作って」と言うと、ある子が、A君に「やろう」と言いました。
でも、A君は「ヤダ」と一度断り、1秒後に「やっぱり、いいよ、やろう」と。
ただ、一度断ったため、タイミングがずれ、断られた子はもう他の子を見つけていたので、2人組にはなりませんでしたが。
最初に「一緒にやろう」と言われた時のA君の「ヤダ」は、私は「あり」だと思っています。この子は「ヤダ」なんて、まず言いません。でも、この時は「ヤダ」になったのです。
今までに、たくさん一緒に練習をしてきて、2人組をよく組んでいましたが、気持ちをわかってくれないことがあったので。
「これ以上、僕の気持ちを聞いてくれないのなら、もうヤダよ」と、相手に伝えても、それを聞いてもらえないことがあまりに多かったなら、「ヤダ」って言うことも、当然あります。
こうして、少しずつ、相手の気持ちをもっと考える必要があることを知っていきます。
「あの段階までは喜んでいたと思ったけど、あれ以上は、やっぱり嫌なんだ」って、「あの子が、あのように言う時には、本当に嫌な時なんだ」って、知っていきます。
子供たちにはこういう機会が必要なのです。だから、今回の「ヤダ」はありなのです。
もちろん、「ヤダ」と言われた子も、友達の気持ちを全くわからないというわけではありません。優しいところもたくさんあります。でも、子供だから、相手の本気のヤダをわからないことや、わかってもごまかしちゃうこと、わかっても、その前に自分の気持ちを押しつけちゃうことがあるのです。
お互いに接して、少しずつ、気付いていくしかないのです。
この時、A君が一度断った後に、「やっぱりいいよ」と言ったのは、「ヤダ」って言ったすぐ後に、「ヤダって言われたら、嫌だよな。かわいそうかな」って思ったからだと、表情の動きを見て私は思いました(違うかもしれませんが)。
この子だって、「ヤダ」って言ったことで、心に何かが来たのです。
自分の気持ちと相手の気持ち、友達の嫌なところと好きなところ、自分のわがままな時と相手の子のことを思う時・・・色んなことを、色んな時に、子供ながらに考えることが大切です。
これからも、心が揺れたり動いたりしちゃう、そういう経験をたくさん積んでくれたらなと思います。

・・・「ヤダ」と言ったA君のことと、「ヤダ」と言われた子の、それぞれのおまけのおまけです。

■「シュートが決まらなかった、の先」
先程の日の、U-9クラスの練習後・・・
3年生の子に混ざってゲームをした2年生の子に、「どうだ? 3年生とやっても頑張れたか?」と聞くと、「うん、頑張ったよ。でも、もうちょっとで点が(入るところだったのに)入らなかった」と。
この子がA君です。
ゲーム、頑張りたかったんですよね。その前の練習でも上手になりたかったんですよね。
この子の場合の「上手になりたい」は、とても自然で、子供の大きさ、子供の顔で、当然、面白いことには反応するし、友達と楽しいことも言うし・・・。
一生懸命な友達の失敗だって許せるし、自分に対しても、「できなきゃダメなんだ」というような辛すぎる感じもないし、ただ、その瞬間瞬間で、自分が一生懸命。色んなことに一生懸命。
でも、あまりに友達が気持ちをわかってくれない時には怒っちゃうという、本当に自然な「上手になりたい」でした。

最近は、子供たちのサッカーの大会などで、1、2年生でもとてもプレッシャーのかかる形で試合をしているのを目にします。その影響か、低学年でも、たまに、「まだ年代に合わないのでは?」と思うような「上手になりたい」を見ることがあります。
友達が優しさから出す、ほんのちょっとのおふざけや子供ならあたり前の失敗を友達がした時に、それを許せずに、大人のような口調で注意したり・・・
上手になりたい気持ちが、“自分発”というよりも、何かに押されているというか焦っているというか、そんな印象を受ける「上手になりたい」を見ることがあります。
そんな光景を見ると、「もともとの年代に戻さなきゃ、子供のサッカーを楽しめる状況まで戻さなきゃ」なんて思うことがありますが、この子の場合は、そんな心配はまったく必要ない「上手になりたい」で、いつも、見ていてこちらも楽しくなる「上手になりたい」でした。

―さて、この日の試合では、そうか、点を取れないのがちょっと残念だったのか、でも頑張ったんだな。
そう思っていると、その会話を聞いていた3年生の子が、いきなり、「あの子、あの子いるじゃん。ほら、今、車に乗ったあの子!」と言ってきました。
いきなりだし、慌てて言っているので、何のことかよくわからないのですが、とにかく何かを今、伝えたいようです。
よく聞くと、その、車に乗った3年生の子が、A君のシュートを止めたのだそうです。
もう少しで入りそうな時があったようなのですが、それをその3年生の子がギリギリで防いだそうです。
そのことを、一生懸命に教えてくれました。
A君は、シュートが決まらなかったのは残念でしたが、もっといいこと、ありましたよね。
こういうことの方が、私は大切だと思うのですが - A君がどれくらい頑張っていたのか、A君が友達のことをどれくらい見ているのか、A君が友達にどれくらい見ていてもらえたのか - それがすごくよくわかって、嬉しかったです。
子供たちに「ありがとう」、ですね。

■「ヤダ」って言われちゃうこともあるけれど
あの日、2人組で練習しようと友達に言ったら、「ヤダ」と言われてしまった子(この後も登場するので、この子のことをB君と呼ぶことにしますね)。
B君については、「優しいところもたくさんあって、でも、子供だから、相手の本気のヤダをわからないことや、わかってもごまかしちゃうこと、わかっても、その前に自分の気持ちを押しつけちゃうことがある」と書きましたが、この子ならではの、こんな場面も、実はあったのです。
ある日、練習の最初からちょっとおふざけの過ぎる子がいました。
その子のことを、B君は、練習前によくかまってあげています。
かまうというより、半分見守ってあげているという方が合っているでしょうか。
おふざけ具合などを見ていると、兄貴分と言えば兄貴分のような感じですね。
さて、ある日、おふざけがあまりに過ぎていた子は、(みんなの前ではない場所で話を十分にした後で)子供たちを集めた時にもおふざけが過ぎていまして、これは注意しないとな、と。
そして、(みんなを集めた状態ですが)「さて(注意せねば)」と思うと、私のその時の表情を見て、B君はわかったのでしょうね、“サッ”と座り場所を移動し、私とおふざけ君の間に座ったのです。
これではおふざけ君を見ることができません。
「今のはもしかして?」と思い、私が首を横に動かしておふざけ君を見ようとすると、やっぱり同じように動き、さりげなく邪魔をしています。本人はさりげなくしているつもりなのでしょうが、顔がちょっと緊張しているのがわかります。必死な感じです。
はは~ん、おふざけ君を私から守っているのか。
それでも、おふざけ君は、B君が自分を守ってくれていることにも気づかず、まだ、過ぎたおふざけをしています。この場合はやはり注意が必要です。
私はB君には気を留めず、目でおふざけ君を追います。すると、今度はちょっと大げさな動きをして、私の気を引こうとしています。B君の頑張りは認めるけれど、「でも、ダメ。怒るよ」ということで、結局、おふざけ君を言葉でつかまえ、注意はしました。
それにしても、粘りましたね、B君。B君だから、わかったのでしょう。
実際には守ろうとしたのか、それとも、わざと私の視界に入り、この子もふざけたのか、わかりません。良いことをした時には、聞いても本当のことを言わないので、本人には聞いていません。でも、あの、ちょっと赤くなった頬からは、十分に一生懸命さが伝わってきたので、たぶん、守ろうとしたんじゃないのかと私は思います。
もし、違ったとしても、私がこう思うぐらいに、この子にはこの子なりの優しいところがあるんです。

ソラには本当に色んな子がいます。
強さの表し方も、優しさの表し方も、好きさの表し方も、勝ちたさの表し方も、楽しさの表し方も・・・色んなことの表し方が、みんなそれぞれ。子供特有の、それぞれ。
だから、受け取る側が反対の意味で取ってしまうこともあるし、送る側がそれに気づかないこともあって、ちょっとした気持ちのすれ違いやぶつかりあいが起きることもあるのです。
それぞれに良さがあり、(良さはあっても)それぞれに学ぶべきところがあり、本当に面白い関係です。
嬉しいし、楽しいし・・・、私自身、学ばなくてはならないことが多すぎて、なんか、とんでもない空間なんですけど・・・(最近、歳を取るのが早くなったような気が)・・・・・・・・・こんな空間、最高です。

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